064.さぁ本番ですよ! 打ち上げ
原則、主人公一人称のこのお話なのですが。
途中でちょっとあって、今回はカメラ視点でのお届けとなります。三人称ではなく、なるべく違和感なく仕上げたいのだけどね!
さて。そして後夜祭のあとは打ち上げだよーーー!
みんなで、たのしもーーー! 高校の文化祭のうちあげーーー! たーのしーく、あることを!
後夜祭もそろそろ終わって、お祭もついに終わり。
もう、わずかに残った地平線の赤も消え果てて、普段見慣れない夜の学校がここにはある。
「終わっちゃった……か」
メイド服の裾を軽くつまみ上げながら僕はつぶやいた。
一気に駆け抜けた二日間。
最初は怖くて怖くて仕方なかったけれど、いざ始まってみるともう、力一杯やりとおした感じだった。
あとは着替えて教室に戻って打ち上げをちょっとやっておしまいだ。今日は祭だから、夜九時までは学校が解放されて、だいたいみんなその時間まで騒ぐんだって。夕飯はどうするかというと、近所から宅配を頼んだり、クラスによっては食材を持ち寄ってご飯を作ったりするんだそうだ。
「あ、となちゃん、ここにいたんだ」
りっちゃんがやっぱりメイド服姿で、屋上にあらわれた。
うちのクラスは本番に力をいれたから、打ち上げはピザの宅配を頼むことになっている。それを管理するのは経理と実行委員だから、それ以外の僕達はしばらく自由時間ってわけで。
独り、屋上でぽつんとしていたんだけど、彼女にはわかってしまったらしい。
「そろそろ、着替えて戻らないとかな?」
「……そのことなんだけどさ……」
僕を呼びに来たらしいりっちゃんは、メイド姿のまま、ちょっとはにかんだ笑顔を僕に向けた。
「ねね、となちゃん。ちょっと……相談したいことがあるんだけど」
そして、ちょっと言いにくそうに言った。
薄暗い屋上で浮かび上がる彼女の姿は、まるできらきら輝いているようで、可愛さも二十パーセント増しだ。
「残った茶葉って、打ち上げ用だよね?」
「うん」
「ならさ。えと……このまま着替えちゃわないで、メイド服のまま給仕しない? その方がみんなも喜ぶと思うんだけど」
一人だけだとおかしいけど、二人だったらだいじょぶだよ、と彼女が熱心に言うので、もう、やれやれと思いながら僕はイエスと答えた。宴会の途中で抜けて、着替えればいいわけだし、もうちょっとくらいならメイド服でもいい。ここまできちゃったらもう、突き抜けるだけだ。
「じゃあ、いこっ」
差し出された手を僕は掴んだ。
すると、しっかり彼女も握り替えしてくる。
男の子の手に思えない柔らかい手と笑顔は、満足そうに微笑んでいた。
「そうは、言ったものの……僕達二人で全員分ってかなりきついね」
お湯を沸かしながら、りっちゃんがわずかに顔を歪めた。
他のメンバーはもう制服に着替えているし、メイド服なのは僕達だけだ。
クラス四十人分のポットはさすがに大量になった。この前みたいに三つのポットでという感じではなく、二人で一ポットで、それぞれ一杯ずつ入れる形にしたけど、それでもかなりの量だ。
茶葉はランダム。それぞれ給仕はなしで、時間になったら自分達でカップに注いでもらう。二杯目が飲みたい人はセルフサービスでお湯を注いで飲んでもらうって寸法だ。さすがに全部に給仕してまわるのはあまりに負担なので止めさせてもらった。
「さて、諸君。二日間ご苦労だった! 祭りもこれで終わりになるけれど、最後の最後に余韻を楽しもうではないかっ」
カップに注がれたお茶を片手に、実行委員が言った。
僕は巧巳の横に座って、その声を聞く。
もちろん、メイド服だから座るのには注意しなきゃいけなくて、シワにならないようにゆっくり椅子に腰を下ろす。
僕達のカップに注がれているのはダージリン。隣の巧巳にも同じものが注がれている。
傍目から見ると、メイド服を着た女の子と、学生服の男の子のセットみたいに見える。
「おつかれさまー」
かつん。紅茶のカップをかちあわせて、乾杯の真似をしてみる。
僕も確かに大変だったけど、巧巳だってすごい大変な二日間だったんだと思う。
それを思えばメイドさんが横にいるっていうのも、役得みたいなものだろう。
まっ、僕がメイド服を着ることになった元凶もこいつなんだけどね。
「なんか、気持ちの良いけだるさってこういうのなんだなぁって……思った」
「だな……」
仕事量自体はいつもより少ないはずなのに、気苦労が多くていつもの倍は疲れたような気がする。でも、不思議と動きたいと思う気持ちだけはあるんだから、お祭っていうのはすごいパワーのあるものだ。メイド長のお仕事自体は正直かなり楽しかったし、みんなが本気で取り組んでくれたのも嬉しかった。ただ、音泉との関係性がばれないかどうかが精神をすり減らした原因なのである。
「とにかく、よくがんばったよ」
ぽんと頭に手を置かれると、思わず頬が緩む。
きりりとした笑顔を返さなきゃいけないのに、ほとんど無意識な笑顔が出てしまう。
「はーい、二人とも、笑って笑ってー」
「え?」
ぱしゃり。
ぴぴっと音が鳴ったときにはもう手遅れだった。
どうやら、写真部の子が狙っていたみたいだったのだ。
「ちょ、ちょっとやめてよ。写真はほんと困るって」
僕は顔を引きつらせて、写真部の子に頼み込む。撮影は禁止ということは最初に言い含めていたし、メイドの紹介写真ですら僕のは後ろ姿である。
さて。今やデジタルカメラの時代なので、そこを消してもらえば良いだけなのだ。
昭和の時代だったら、相手からカメラを奪ってフィルムをばぁーっと開いて全部ダメにするなんて話もあったみたいだけれども。
僕の写真一枚を消してもらえば良いだけならば、特別僕の良心も痛まない。
なにせ、写真が残ることは死活問題なのだ。
「でも、こんなにみごとなツーショットなのにもったいないよ」
ほらほら、と言われてカメラのちっちゃなディスプレイを見せると彼女は言った。
そりゃ、たしかにそこに映ってた姿はものっすごい可愛く写ってたけど……
「駄目です。消してください」
ずんっと、メイド長の表情と口調で言ってやると、写真部の子がびくりと身体を震わせた。けっこうこの雰囲気は迫力があるらしい。
「私が好きで女装をやっているわけじゃないことを、みなさんご存じのはず。なのになぜそれを残そうとするんですか?」
「おいっ、トナ、いいすぎだろ」
隣で巧巳が止めるけど、僕は言葉を止めるつもりはなかった。
多少きつかろうが、写真は破棄してもらわないと困る。
「それは、可愛いから……だよ。そりゃ、イヤだってのはわかってるけど。写真家の意地っていうか。それを撮らないのは信念にもとるわ」
「なら、そんな信念捨ててください」
ギンと、きつい視線を叩き付けて、追撃をかけた。
さすがにそこまで言われて、彼女は目をまるくしている。
普段の僕のキャラとはぜんぜん違うからなんだろう。
「おまえ、そんなに……」
隣にいた巧巳も唖然と僕のほうをみて硬直している。
周りで談笑していた人達も騒ぎに気付いて、恐る恐るこちらを見守っている。
まったく、パーティーの雰囲気が台無しだ。
「写真を消してくれるだけでいいんです」
だから、僕は表情をゆるめてやんわりと言った。
「わかった。じゃあこれは私だけのお宝ってことで家に保存するわ。コピーも配布も一切しない。それならいいでしょ?」
くっ。しつこいな。
彼女は、それでもまだ食いついてきた。どうしてもその写真を消したくないらしい。
それだけいいできということはあるのだろうけど。
残念ながら僕の女装写真が世の中に残ることは危険を残しておくことに他ならない。
放置してはいけない問題なのである。
こうなったら奥の手だ。
「どうして……」
僕は軽く俯いて。身体を震わせながら言葉を詰まらせる。
「どうして、そんなこと……するんですか? 保管してどうしようっていうんですか?」
しんそこわからない、といった風で僕は潤んだ瞳を彼女に向けた。
どうしてもその写真が保存されてしまっては困る、というせっぱ詰まった女の子の顔。
守ってあげたくなるような弱々しい雰囲気を表情に出す。
普段はこんな仕草を意識してやったことはないけれど、これでもりーなちゃん達の姿を間近で見ているから、やってやれないことはない。
そして写真を保管されて困るのはかなり事実。感情の高ぶりを上手く使えば泣くこともけっこう簡単にできた。
「おまえの負けだ。写真は被写体の許可なくして撮ることはできない」
ぴぴっ。写真部の彼女のカメラを取り上げたクラスメイトが、先程の画像をデリートした。彼女は不満な顔をそのクラスメイトに向ける。
助かった。確かにそう思った。これで写真は残らない。
「さてと。問題解決っていうことで、写真を一枚とっても良いかな?」
泣き顔の君を撮っておきたいんだ、なんていって彼はカメラをかまえる。
「嫌ですー!」
「はぁー、残念だなぁ。でもま、みーちゃん先生も来たし、撤収するかな」
これにてどろんでございますと言いながら、その写真部の男子生徒は元の席に戻っていった。
ぴざぴざー、とか鼻歌を歌っているのは、真ん中に作られたテーブルに置かれているピザを取りにいくためか。
Lピザを一人四ピース計算で購入しました! ということで、すでにピザパーティーはスタートしているのである。
デリバリーで届けに来てくれた人に、思い切りメイド服姿を見られたけれども、メイドさんだ……メイドさんがいるっ……と、なぜか眼福といわれてしまった。
クラス全部の分でピザ12枚……
割引はあるとはいえ、結構なお値段なのだけど、売り上げ分から必要経費として出せるので、実質無料というやつである。
さすがにここまで大盤振る舞いできるのは、二日間の売り上げがかなりになったからで、かなりの労力を使った巧巳には、ピザ神さまーなんてお参りをしているクラスメイトなんかもいた。ピザ神はちょっとと巧巳は嫌そうな顔をしていた。
ケーキ神とか、スイーツ神とか言えば満足だろうか。
「さて、じゃあ、みんなよく頑張ったから、先生からご褒美だ」
ある程度みんなのお腹がいっぱいになったころ。僕は3切れめのコーンマヨピザを食べきった頃に、みーちゃん先生は注目ーといってからそんな事を言い始めた。
今回は一大イベントということもあって、先生も自腹でなにかを持ってきたみたいだった。
職員室でもケーキとお茶は人気だったようだし、良い感じに鼻高々といったところだったのかもしれない。
そして。
だだんと出してきたのは、ちょっとお高そうなチョコレートだった。
「あー、あそこのチョコ美味しいよなぁ」
「巧巳のチョコケーキも美味しいと思うけど」
むしろお高すぎてショーケースの中をのぞき込む勇気すらありません、というと、トナは初めてか、と巧巳は言った。
お高すぎて、であって、別に大人っぽすぎて近寄りがたいとか、そういうわけではない。
お金さえあれば、そういうお店も是非行ってみたいと思っていたしね。
「じゃー、一人一つずつなー」
ほい、と、先生は気さくに一人ずつにチョコを配っていった。
一個ずつ包装に入っているもので、一粒の大きさもかなり満足できるような量がある。
あんまり家だとこういうお菓子って買わなくなっちゃったから、チョコは久しぶりだ。
巧巳のケーキも美味しくいただいてるけど、フルーツ系のものが多いのである。
「って、みーちゃんセンセー。これ、アルコール入ってるやつじゃん」
「大人味ってやつだな。でも、そんなに強くないからさ。これくらいならお酒のうちにはいらんのじゃないか?」
「いや……先生。この手のは、18歳未満はご遠慮くださいって書いてある系かと」
あんまりよろしくないと思います、と実行委員が苦言を呈した。
「洋酒で風味をつける、か。うちじゃあんまりやったことないから、今度研究してみてもいいかもなぁ」
でも、そうなると酒の入手は親父だよりかと巧巳が呟いた。
未成年だと飲酒に適したお酒は買えず、入手できても料理酒のみだ。
あれをケーキに使うのは難しいように思う。
ちなみに、お酒風味のお菓子類は法律上は飲酒にはならないそうだ。もちろんだからといって大量に食べていいものではなく、先生と実行委員がわいわい言い争ってるように本来は大人向けである。
僕はちょっと鼻をすんすんさせてからチョコをかじる。ふわっとなにかフルーツのような香りがした。そして口のなかはちょっと刺激があって苦味と甘さが絡み合ってるようだ。
おいしいなぁと思いながら食べ進めていくとすぐになくなってしまった。
なんだか体が熱くなって、目の前がくわんくわんする。
「ちょっ。トナ? おま……って、はぁ? これ一個で……っていうか……」
巧巳の匂いがするなぁと思ったらそのままなにかいい感じな頭おきがあったのでそこに体を預けることにする。家の枕より固いけど甘い香りがして幸せだ。
「おぉーー、なでしこさんに肩を貸すなんて、いいなぁ」
「二日間がんばったから、疲れでもでたんだろう」
「っていうか、こいつ、寝てるからな?」
すーすーと、柔らかい寝息が首筋にかかる。
なんだか、かなり甘い香りがするのは、先ほどチョコを食べたからなのだろう。それを言えば巧巳もケーキの甘い匂いはしている。
「まさか、この量で寝落ちするとか……」
「ちょっとのお酒で寝ちゃうとかなんたるかわいさ。さすがはなでしこちゃん」
寝顔もかわいいと、ちょっと離れた席の女子まで顔を覗き込んでいる始末だ。男子が頭をなでたりしそうになるのを女子勢が抑えているということもあったらしい。
「あーなんか悪い。さすがにこれでそこまでいくやつがいるとは思ってなくて」
あーーみーちゃん大失態じゃんと、学級委員をはじめ、ぶーぶー文句が出ていた。
お酒入りのお菓子も未成年にはだめっということなのだろう。
「だーーもう、はいはいわかりましたー。ぜぇんぶ自分のせいです。っていうわけで下校時間までに起きなかったら、車出しますー」
「おっ。みーちゃん先生、なでしこさんお持ち帰り事件」
「そう言われると思ったので。池波。おまえも同行な。そして後日なにもなかったことをみんなに伝えてほしい」
社会人人生が終わるのは勘弁と、みーちゃん先生は絶望的な顔を浮かべた。
同性の男子を送り届けてー、そのあとーっていう事件だって世の中にはあるしな! とみーちゃん先生は言い放った。そっちはセーフと思ってる人がいるのかはわからないけれども、基本的に「大人が子供にたいして傷害を起こすこと」は、やっちゃいけないことランクでは高位にあることである。
それだからこそ、体罰っていうのはなくなってきているし、だからこそ、他の方法で生徒の「四方八方に向かう思い」を、まとめていくことが難しいのだろう。
友達のように触れ、そして楽しく日々を過ごし。前より広くなった網の中から出てしまう生徒を、なんとかかき集める。それが、担任の仕事なのだろうと緩い顔をして思っている。
「親父の車があれば、俺一人でもよかったんですがね……で。せんせ。車までは、こいつの上半身と両足、どっち持ちます?」
ん? と巧巳の言葉に、みーちゃんはびくりと体を震わせた。お前、なんてことを言い出すのかといった感じである。
「ちょ。池波くん? まさか二人ですごい姿勢で運ぶ感じ?」
それは周りのクラスメイトも同様らしくドン引きぎみである。
「いくらトナが軽いからって二人いるならその方がいいじゃん」
「そこはお姫様抱っことかじゃないの?」
メイド姿の秋田くんが不満そうに声をあげる。
みんなもそれに乗っかって、お姫様抱っこだろー! といい始めた。
さすがにものを運ぶような感覚はだめっということなのだろう。
「だーーわーったよ。お姫様抱っこは別として、俺がおぶっていきます、はい」
「お姫様抱っこはー?」
まわりからそんな声がかかったが、そこまでするつもりも巧巳にはない。なので、わざとらしくこういって見せた。
「それは起きてるときにしてこそ、だろ?」
そういうと、周りからはおぉーと声が上がった。
というか意識がない人間を運ぶのは大変なことだという。
おぶればなんとかというのが実際のところだ。
「願わくば、ちゃんと起きてほしいもんだけど、三十分くらいじゃ無理だろうなぁ」
はぁと巧巳はため息を漏らすと、まったくお前はといいながら、頭をぽふぽふなで始めた。
当然、寝ていた僕はそれに気づくことはなく。
打ち上げは終了したのである。
主人公が寝たとき一人称はどうするのかーーー! 問題であります。
まあ、お話の筋は通ってると思うのでこれでいきますとも。
いやぁ、メイドさんに肩を貸すとかたっくんはもーリア充さんだなーと。
次は、おくりおおかみさんのお話です。




