063.さぁ本番ですよ! 後夜祭
「というわけで、二日間よく頑張った!」
終わりの鐘がなると、学園祭はそこで一つの終わりを向かえる。
僕達は教室に集まると、まだ祭の熱気に包まれているようすだった。
ほっと胸を撫で下ろしている経理の子とか、さっきまで動き回っていたメイドさんなんかが思い思いに席に座ってじゃれ合っていたりする。
僕達も当然、その中で無事に終わった二日間にほっと息を吐く。
これでガクランにさえ着替えられればもう、安全だ。
でも。
「じゃあ、とりあえず、これからメイド諸君には着替えてもらう。メイド服に」
「ええーっ、もう、お店終わりでしょう?」
まだ喫茶店スペースのままのクラスで、実行委員の二人が宣言した。
さすがに、みんなははてな顔を浮かべる。
学園祭が終わって、とりあえず最低限の片付けをするのが今だ。
クラスの装飾だとかで多くの木材を使っているようなクラスは、今のこの時間だけで片づけるのはまず不可能だから本格的なのは明日なんだけど、軽い掃除やゴミ出しなんかは今日やっておかなければならない。調理室なんかは間違いなく完全撤去するのが決まり事だ。
それなのに、着替えろというのはどういうことだろう。
「ああ、全員じゃないぞ。メイド班のうちから五人まで。それ以外は片づけをやってもらう」
「だから、なんでですか?」
僕はメイド班を代表して、一歩前にでて聞いた。
「四時から後夜祭が始められるのは、みんなも知っていると思う。そこで……みつば祭衣装コンテストがあるんだが、実は、うちのクラスもエントリーされているんだ」
「へ?」
そう答えられて、僕は慌ててパンフレットを見直した。
パンフレットは見ていたものの、行く場所ばかりに気をとられていて、その投票の事は気付かなかったのだ。
確かに一番最後のページの一番はじのほうに、投票用紙みたいなものが載ってる。締め切りは三時までなんていう注釈がついていた。
どうやら自分が良いと思う衣装を出してるクラスが投票されるらしい。
「で、何位だったの?」
「それはまだ発表されないんだよ。十位以内に入ったところだけ呼び出されて発表はその時だってさ。おまえ、パンフレットちゃんと読めよな」
そう言われても……仕事と回る先ばっかりに気がいっちゃってそれどころじゃなかったんだから仕方がない。
「代表者は各クラス五名までだって。メイド長と副メイド長の三人で俺はいいと思うけど、どうだろう?」
そう問われてクラスのみんなから賛成の声があがった。
つまりもう一回、メイド服を着ろと言うことな訳だ。まぁ、ここまできちゃったら僕としてはもうもう一回くらいとか思っちゃうけど、ステージの上に立つのはちょっと恥ずかしい。
「まぁ、そんなに嫌そうな顔しなさんな、メイド長。その代わり今日の掃除は免除なんだから」
「ほらほら、そんなに額に皺寄せてると、せっかくの可愛い顔が台無しだぞ」
もっかいメイド服きれるなら、もうたまらないっしょ、と伊藤くんは笑っていった。
りっちゃんの方も俄然やる気でにこにこしている。きっと彼女の場合、メイド服を少しでも長く着ていたいんだろうね。
そんなわけで、僕達は再び被服室の例の簡易着替え室に入ったわけである。
他にも何人か人がいて、浴衣姿の女の子だったり、なにか着ぐるみのようなものを着た人まで揃っていた。
そのまま着ている子もいるけど、やっぱりシフトの関係でもう一度着直す人が多いみたい。うちのクラスの場合、僕と伊藤君は女子の制服からメイド服へ、りっちゃんはメイド服のまま、そして最後のシフトでメイドをやっていた二人はメイド服から学生服への着替えを行う。
ちなみに、僕と同じシフトで働いてたあゆたちゃんたちは、今頃教室の方で女子の制服から、ガクランに着替えているはずだ。おそらく今は混んでいるからって。
たしかにコンテストに出るのは十のクラスなので、それぞれ十の部屋を各クラス一つずつ使うって感じだから、他の子達がきちゃったらきつかったのは間違いなかった。五人でもちょっと狭いくらいだ。
「じゃー、ちゃっちゃと着替えちゃいますか」
肩を揉みながらそういうと、りっちゃんはメイド服のままにこにここちらを見ていた。
「それって、ちょっと女の子っぽい仕草だよね」
「えー、そんなことないでしょ」
「だって、胸で肩こりってやつでしょ? たしかにこのパット重いもんね」
毎日こんなんじゃ、ほんと肩こって仕方ないよねぇ、とりっちゃんは嬉しそうに言った。
まったくほんとその通りだよ。これEカップだっていうけど、こんな胸つけて歩いてたらバランスもとりにくいし、肩ひもが食い込んで痛い。前島さんも毎日こんなんじゃ大変だろう。おまけに僕には自前の胸がちょびっとあるんで、実質Fくらいになっちゃってるし。
「まっ、とりあえず」
ブレザーの上着をとって皺にならないように軽く畳むと、僕はスカートのホックを外してすとんと下に落とす。プリーツスカートってほんと、これやると下にふわって広がるから面白い。
「ごくり」
脱いだスカートも畳んでブレザーのところに置くと、なにやらそんな音が聞こえてきた。
ごくり、というのも変な音だ。
「と、となちゃん……えと……僕、壁になってあげるから、はやく着替えちゃって?」
「へ?」
りっちゃんが、慌てながらそんな事をいうので、僕は不思議そうに前を見た。
すると、なんと学生服に着替えに着たメイドの子二人が僕を見て、なんか危ない表情をしているではありませんか。さっきのごくりってもしかしてこの二人だったんだろうか。
「え、あ、うん」
すかさず、今の自分の姿を思い出して、それでもまさかね、と思う。
そりゃ、ブラウス一枚で下なにもはいてない状態で太股とかでまくってるけど、一応コレでも僕は男だよ? それなのになんで、そんなごくりだなんてするんだろう。
そうは思っても、実際それが起きているのは仕方ないわけで。
僕はいそいそとメイド服の方に着替え始めた。
密かに伊藤君も壁役として後ろ向きながら着替えていてくれているので、ちょっと助かる。
「ほい、完成」
「わー、となちゃん早いー」
そりゃ、仕事上慣れてますからね。
フォルトゥーナに駆け込みで入って、急いで着替えてお店の手伝いっていうのがいつものパターンだから、早着替えはお手の物だ。まぁ、それでも、髪型とか、服が崩れてないかとか見なきゃいけないけど。
「それじゃ、髪の毛とかやっちゃお。っていっても、弄らなくても大丈夫そうだけど」
そういって笑い会う頃には、伊藤君も準備万端になったようだ。さっきこっちをみて、変な気を起こしていたメイドさん達も、今では学生服に戻ってしまっている。
「夜だから、もーちょいメイク濃くしたほうがいいかもしれないけど……まぁ、いっか」
伊藤くんは僕達を品定めしながら、うんと肯いた。舞台に立つとしたら舞台のメイクを、だなんて、伊藤くんもすごい徹底している。
「っと、そろそろ始まりかな。急ごうか」
そんな時、後夜祭を告げる放送が流れた。
「ええ。最後の時間を、しっかりつとめましょう」
それを聞いた僕は、先程までと同じく、メイド長の仮面をかぶってきりりと言った。
会場に出る頃には、あたりは夕陽に染まっていた。
後夜祭というけど開始時間は五時からだからまだまだぎりぎりお日様が上がっているんだ。
六時くらいまでにはイベントも終わって、それからは各クラスで打ち上げをするか、解散にするかは自由ってことになってる。うちのクラスは、せっかくカフェっぽくなってるし、教室を使って打ち上げをやろうってことになっている。
実をいうと、この打ち上げの費用に関しては、売り上げの額に応じて使える金額が決まっているから、どうも夕飯は豪勢にいこうよなんて話になっている感じで。
あれだけ抑えた費用設定だったくせに、かなりの利益がでていてびっくり。やっぱり人件費と場所代がかからないのが素晴らしくありがたかったみたい。
「なんだか、どきどきするね」
りっちゃんが少し顔を赤くして、僕につぶやいた。両手を前で組んじゃって、やっぱりすごい可愛らしい。
「ほら、お前ら、そろそろ俺達のばんだ」
伊藤君に言われると、ステージの方から声がかかった。
各クラス順番でステージに立ってから、最後に発表をするんだそうだ。
ステージに三人で並ぶと、会場からは、なでしこさーんという声や、りっちゃーんという声が掛けられた。そんな様子に司会者さんはたじたじだ。
「すごい人気ですねぇ……」
「ありがたいことです」
丁寧に司会のにぃさんをあしらうと、僕達は一歩前にでた。
それだけで、みんなの注目が集まる。
司会者さんがクラスと出し物を紹介した上で、いくつかの質問をしてくる。
「どういうコンセプトなんでしょうか」
衣類の事を聞かれたらもちろん答えるのは伊藤君だ。彼にマイクを完全に預けて僕達はその答えをじっときく。
「えー、この服はですね、見ての通り三タイプありまして、清純派路線、可愛い路線、そして控えめなおねーさん路線とそれぞれコンセプトが違います」
「衣装は、どうされたんでしょうか」
「それはもちろん、我ら手芸部が総力を結集して作り上げました。制作期間は一ヶ月。聞くも涙語るも涙の物語」
よよよ、と泣き真似をすると、会場がどっとわいた。
「それでは、着てみての感想を聞いてみましょう」
「メイドにとって着衣とはまさにユニフォームそのもの。袖やエプロンなど、仕事をする上で必要なポイントを抑えつつ、華やかさを備えた装いは素晴らしいと思います」
マイクをつきつけられて冷静に答えると、なでしこさーんというかけ声が一斉にかかった。軽く手を振って上げると、無意味におぉーと言って彼らは軽くのけぞる。
「三種類の服がありますが、あなたは他の服を着てみたいと思ったりはしますか?」
「そうですね……」
りつかちゃーんという叫び声が聞こえる。やっぱり、彼女もそうとう人気。
そういう声をちょっと恥ずかしそうに聞いて俯いてる姿なんてもう、ちょっと内気な女の子そのものだ。思わず守ってあげたくなっちゃうようなタイプ。
「どの服もかわいいと思うから、気分で変えるのもいいかな~って思います」
相変わらず、りつかコールは鳴りやむ気配が無かった。
「さて、なでしこさん。二日間メイドをやってみてどうでしたか?」
「そうですね。この二日間は本当に楽しかったです」
問われて、僕は素直な感想を述べた。
普段、仕事でメイドやっていても楽しいけど、その比じゃないくらいここ二日のお仕事は楽しかった。もちろんひやひやもあったし、キャラをつくるのは大変だったんだけど、それをやってもあまりあるものがあったと思う。
なんというか、空気感が違う感じだったのかな。すごい充実している感じだった。
「それじゃ、もう、明日からもなでしこさんは、そのままというのはどうでしょう?」
「それは……」
「……無理です。どうか、みなさん。私を普通の男の子でいさせて下さいっ」
司会の言葉にもごもごしていると、なぜか伊藤くんが僕のマイクをぶんどって、少し違和感のある裏声で、可愛らしく、んふっといいながら答えた。
もちろんみんな、それでずっこけそうな勢いだ。
まったく、それどこの時代のアイドルの言葉ですか。
「でも、ほんと、伊藤くんじゃないけど、もう、なでしこさんは今日で店じまいです」
だから明日からはもう会えませんよ、というと、会場から、えーそんなーと残念そうな声が漏れた。
「最後に、質問です。貴方にとってメイドとはなんでしょう」
そして、会場を静まらせつつ、司会は最後の言葉を僕達に投げかけた。
一人ずつ、マイクを向けられてコメントを言っていく。
「きらびやかな服を着れる可愛らしい存在」
「お客様に笑顔で触れられる存在」
「ご主人様の為に、滅私奉公する存在ですっ」
ありがとうございました、と司会の人にいわれて、僕達は、ステージの少し後ろに下がった。まだ、後の人達が何人か残っているのだ。
「では、お次は……」
司会の人が紹介をして、服を着た人達が現れる。
そんな説明を背後から聞きながら僕は……やっと終わったと、ほっと息を吐いた。




