061.さぁ本番ですよ! 渚凪さんと散策
気がつけば一ヶ月たってたんだぜ。。
そして渚凪さんと校内デートですばい。。
セミナーハウスのほうは、お客さんでごった返していた。
さすがお昼時だ。
でもさすがにうちらのお店程じゃなくて、十分も待てば中に入ることができた。どうも昨日入ったお店の方が人気があるみたいで、こちらはそうでもなかったみたい。
「よぅ! きてやったぞ、我が弟よ」
いらっしゃいませと、給仕をしてくれる男の人に、渚凪さんは少し砕けた口調で言った。
いつも丁寧でおっとりした口調ばっかりしか聞いてないから、こういうのも新鮮。
「まさか……」
けれどその給仕の男の人は、なぜか僕の方を見て固まった。
ざわり。周りがこちらに聞き耳を立てているのがわかった。
「なでしこ……さん?」
「え? あ、はい」
そう問われて、僕はこくりと肯いた。
その瞬間。周りにいた人達がどわっとこちらに集まってくる。
おまけに、うわ、ほんものだ、とか言われる始末だ。
「まぁ、なんだかよくわからないけど、お客が来たんだから、ちゃんと席に招待してよ」
それじゃ接客業失格、と渚凪さんは弟のおでこをこつんとはじいた。
弟さんはしかたねぇなぁと言いながら席に案内すると、なぜか僕の方の椅子をひいてくれた。渚凪さんはちょっとむっとしながら弟を睨み付ける。でも渚凪さん美人だから睨む姿もすごい可愛い。
「それじゃあ、注文しちゃおっか」
メニューを見ながら、僕達はそれぞれ注文を決める。
僕は一番安いカレーピラフで、渚凪さんはチキンカレーだ。
「はいはい。もう、注文も受けたなら、行った行った」
僕にまだなにか言いたげな彼を、渚凪さんはおっぱらおうとしてくれる。
「頼むから、たった二日間だけの俺達のアイドルを取らないでくれよ」
「たった二日?」
渚凪さんはきょとんとしてこちらを見た。
転校かなにかするのかという勢いだ。
「実を言うと、私、学園祭の為にこういう恰好してるけど、女子じゃないので……」
だから、明日になったら制服も学ランになりますし、と付け加えた。
こうなったならもう、言ってしまうしかないだろう。
別に僕は女装しているってことを極秘にしているわけじゃないし、一番内緒にしておかなきゃいけないのは音泉と灯南の関係だから、むしろ僕が男だとばれてしまった方が、この場合良いのかもしれない。音泉はいくらなんでも男だなんて誰も思わないもんね。
「……うそだー」
めいっぱい硬直したあと、渚凪さんは僕の顔を見て口をぱくぱくさせた。
ああ。やっぱり、信じられないですか、そうですか……
まぁ、僕もね。鏡見た時に、男子には見えないなぁとは思ったんだけれど。
「嘘じゃないですよ……これ、いちおうつけ胸ですし」
「だから俺達は貴重な二日間を楽しみたいんじゃん」
普段からいてくれるんなら、俺達もここまで執着しないよ、と弟さんは言った。
「でも本当、姉貴がなでしこさん連れてきてくれて、俺、ラッキーだわ……」
こんな間近でみれるなんて信じられない、といって弟さんは再び僕の顔を愛で始めた。
もう本当に心の底から幸せそうで、僕の方が信じられない。なんでそんなに男だってわかってるのに愛でようと思うんだろう。
「……はい。もう十分愛でたね? なら仕事に戻りなさい」
「えーまだ、いいだろう? ツンツン状態じゃないなでしこさんなんて激レアなんだぞ?」
そ、そういわれると、今は僕、ツンツンしてないんだっけね。渚凪さんの前じゃさすがにあのキャラを出す気にはならなかった。
「なんだかわからないけど、却下。ほらさっさと帰らないと、来月の誕生日プレゼント、なしにするから」
「うへ、それは勘弁……」
わかりましたよ、と言って弟さんはすごすごと厨房の方に帰っていった。
「まったく、できの悪い弟でごめんね」
「あの……誕生日プレゼントって?」
「ああ、私、メイド喫茶でアルバイトしてるって言ったじゃない? そこでささやかな誕生日パーティーをって話なの」
オーナーに確認とったら、客としてくるのなら別にかまわないわ、ということだったのだそうだ。
「ところで、榊原くん?」
じぃと、渚凪さんは僕の顔を見つめて、言った。男だとわかったからなのか名字でよんでくる。
「姉妹とか、従姉妹とかって、いる?」
「え? 従姉妹……ですか? いませんけど……」
僕は一人っこだし、親父の親戚関係もあったことがないから、従姉妹がいるかどうかわからないんだけど、とりあえず、いないと答える。
「じゃあ、気のせいかな」
ふむ、と言って渚凪さんは出されたお冷やに口をつけた。
「実はね、同僚で、君に似た子がいるの」
「メイドさん……ですか?」
その子は丁度、榊原君と同じくらいの体型で顔も似てるから、もしかしたらって思ったんだけど、と彼女は笑った。
「まー似た人は世界に三人いるっていいますしね。でも……そっかぁ。女の子とそっくりなんですね……僕……」
もちろん似てるのは僕本人だからなんだけど、ちょっと落ち込んだふりをして、うつむいた。普通女の子に似てるっていわれたら凹むものだ。
「そうそう。一人称もボクでね。もー無茶苦茶可愛いの」
思わずきゅーってしたくなっちゃうくらいに、と目の前で言われるとかなり恥ずかしいものがある。でも、それを顔に出すわけにもいかなくてかなり大変だ。
「榊原くんも髪の毛伸ばせば、もう、そっくりになるだろうなぁ」
「その子、髪の毛長いんですか……」
もちろん、それはウィッグを被った僕なわけだけど、話を上手くあわせるようにする。
「腰にかかるくらいの黒髪でね。もう清楚ってこの人の為に有る言葉だって思うくらい可愛くって」
今度、フォルトゥーナに遊びに来てくれれば、紹介するわと彼女は言った。
でも、そんなの無理ですから……
まったく、巧巳といい渚凪さんといい、どうしてみんな僕とボクを会わせようとするんだろう。
「それにしても、榊原くん、ホントにかわいいなぁ……」
えい、と渚凪さんは僕のおでこを軽くつついて言った。
「うちのお店で働いてみない?」
「それは……無理でしょう……」
ええ。無理ですとも。すでに働いているんだから。
けれど渚凪さんは、そうよねぇと、しんみりと言った。
たぶん男だから無理だと思ったんだろう。本当は僕だってね、新しいメイドさんが増えてくれた方がありがたいって思ってる。もうそれこそあと何人か入ってくれないと、かなり厳しいですよ。でもね、僕は無理なの。僕は二人にはなれないんだから。
「お待たせ致しました、なでしこさま」
そんな話をしていると、注文の品が僕達のテーブルに並べられる。このお店は、特に左から出すという決まりもなく、お皿を並べていった。
「それじゃ、いただきまーす」
暖かいカレーピラフは、スプーンをいれるともこもこと蒸気を吹き立たせる。それをふーふー冷ましながら、口の中に入れた。
ああ、割とまともなカレーピラフ。
「……あんた……いつまでそこにいる気?」
「そりゃもう、なでしこさんが食べ終わるまでずっと」
なんか視線を感じるなぁと思っていたら、弟さんはにこにこしながら僕の仕草を見ていた。さっきのふーふーしているのとか見て、萌えてでもいたんだろうか……
「ストーカー気質禁止っ!」
ぺちんとおでこを叩かれて、弟さんは、あぅ、とはかなく散っていった。
確かに、ずっと目の前で食事をしているのを見続けるのなんて、駄目だ。
でも……彼がチリと消えても、少し離れたところからの視線は消えることはなかった。
「ううぅ、普通の生活に……戻りたい……」
つぶやきながら僕はカレーピラフを口に運んだ。
「ごめんねぇ、なんだかつき合わせちゃってるみたいで」
「いえいえ、私も二時までは暇なので……」
あれからご飯を食べ終えても僕と渚凪さんは一緒に学校を回っていた。
別に用事があるといって別れても良かったのだろうけど、別行動をしていてばったり鉢合わせなんていうこともあるだろうから、それだけはやめたのだ。
一緒に回りたくないというのを全面に押し出してしまうのは申し訳ない。
それでも、ぜんぜん渚凪さんは僕とボクが同一人物だということには気付かないようで、その話題にはもう全然ふれてこないから、ほっとした。これなら大丈夫そうだ。
「次はお茶なんだけど……榊原くんは、やったことある?」
「全然、ないです。森宮さんは茶道部に?」
階段を下りながら渚凪が話しかけてくる。こういう格好でも名字で呼んでくれるのは正直ちょっとありがたい。
「ええ、三年間ずーっと茶道部でね。去年は来られなかったから、今年はちょっと楽しみなんだ」
久しぶりだしね、と彼女は懐かしそうに目を細める。
その時、昇降口からの風が少しだけ吹いて、渚凪さんの髪を軽く踊らせる。
「お茶会、いかがですか~、初めての方でも十分楽しめますよ~」
「心休まる一時をおすごしになりませんか~」
そうこうしていると、昇降口のわきにある茶道室の前に到着。
うちの学校は、昔は女子だけ茶道の授業があったらしくて、ちゃんとした茶室が造られているんだよ。今まで入った事なんてなかったから、どうなっているのか結構楽しみ。
その前で人を集めているのは、浴衣姿の女の子だ。
そういや、今年の夏は……女物の浴衣をこれでもかというくらい着たっけね……
「こんにちは。二人なんだけど、入れる?」
「あ、はいっ。もちろんです」
ちゃりんと、二人分のお金を渚凪さんが置くと、彼女は僕の腕を取る。
「ちょ、ちょっと……」
「いいからいいから」
お茶だって、そりゃただじゃないもんね。
それを出そうと思ってまごまごしていたんだけど、どうも渚凪さんは受け取る気がさらさらないようだ。
「あっ、渚凪先輩っ」
「来てくれたんですねー!」
中に一歩はいると、浴衣姿の女の人が、渚凪さんを取り囲んだ。
どうやら周りに集まっているのは、今の三年生みたい。渚凪さんが現役だったころ一年だった人達なのだろう。
「あれ、榊原くん、来てくれたんだ」
そのわきで一人ぽつんとしていると、僕にかけられる声にそちらを振り返った。
そう。茶道部というと、噂の日本美人がいるのだ。
和服姿の彼女は、驚くほど綺麗で……
「おーい、榊原くん、だいじょぶか~」
耳元でぼそりと、そういうつっこみをされて、はっとなった。
「いや、城島さん、やたらと綺麗だったからちょっとびっくりしちゃって」
「実は負けた、とかおもってる?」
「って、そんな……」
耳元で囁かれておろおろしていると、城島さんがおかしそうに笑った。
静かにしているときの彼女はまさに美人って感じだけど、笑っているとなおさら生きている感じが伝わってきて、驚くくらい魅力的。
さらさらの黒髪とか、まるで陶器みたいなすべすべなお肌がほんのり朱に染まったりとかしてて、もうすんごい可愛いんだよ。
「それをいうなら、私は灯南さんの方がすごい変わり様だと思いますけど」
「そりゃ……こんな格好してるしね」
そんな事を思っていたら彼女に切り替えされて、僕はうぐっ、と言い淀んだ。
女の子が制服から和服に着替えるインパクトに比べれば、男子が女子に着替える方が遙かに凄まじいものに違いない。
「あっちが和装の美女ならこっちは、西洋の美女って感じ」
渚凪さんがそんなことをすっとぼけて言うと、僕も城島さんもどよーんとしながら、渚凪さんの方を見つめた。
そういうあなたも十分美人なお姉さんですから……
「では、そちらのほうに、お座り下さい」
そんなことを思っていると、座布団の方に案内された。
部屋にはもう何人もの人がいて、それぞれ自由にくつろいでいる。
端の方に座ると、隣には渚凪さんが腰を下ろした。
「わわっ。なんだか、仕草が女の子っぽい……」
僕は普通に座ったつもりだったのだけど、城島さんは目をキラキラさせながら、こちらの動作を見つめて言った。
「別に普通でしょ? スカートみじかきゃ、ちゃんとおりこんで座らないと酷いことになるし」
「やっぱり、その丈では厳しいものがありますもんね」
僕の正論に、彼女はなるほどと肯いた。
普段の彼女のスカートの丈は、お嬢様らしく膝上五センチあたりだ。
そこで、ふと、あることを思って僕は隣の渚凪さんに聞いた。
「森宮さんは、高校時代ってどうだったんです?」
「あんまり短くはしなかったけど……でも、榊原くんのよりちょっと長いくらいよ」
あんまり長くしてると野暮ったいしね、と彼女は言った。
そう。僕が気になってたのは、このスカート丈について。
実行委員の二人は、卒業した先輩からゲットしたものだから長さは仕方ないみたいなこといってたけど、これってやっぱり……
「やっぱり、これって短いですよね……」
「まあまあ、ここ二日間のお祭りなんだから、気にしない方がいいって」
そう渚凪さんは言ってくれるけど、でもやっぱりこの見えちゃいそうな感じはたまらない。
「うぅ。だいぶ慣れましたけど……これならまだメイド服の方がましですよ……」
「メイド服はもうちょっと丈が長いんだ……」
「ええ。灯南さんのメイド姿は可愛かったですよ。もう、美少女そのものって感じで」
渚凪さんとの会話に、城島さんまで絡んでくる。
まったく、僕のメイド服姿を可愛いだなんて、お世辞も良いところだ。
「ああ、でも、もう僕のメイドタイムはお終いですからねっ? ね?」
期待の籠もった瞳をむける渚凪さんに、とんでもないというふうで首を横に振っていると、前の方から声が聞こえた。
それを聞いた途端、渚凪さんは、会話を区切ってしゃんと背筋を伸ばした。
そう。お茶会のスタートである。
女装男子が女の子とスカート丈についてきゃっきゃ話してるのが大好きです。
くぅ。初々しくてよいなぁ。




