059.さぁ本番ですよ! 二日目のふるまい
二日目すたーとー
二日目。
学園祭は日曜日を迎えて、本当に本番を迎えたといった感じだった。
昨日も本番だったけど、どっちかというと日曜の方が外部のお客さんも一杯来るし、活気づくのだそうだ。
昨日は気球の見学をしたり、今日の分の紅茶の買い付けをしたりとで、怒濤の如く過ぎ去って、家に帰ってすぐに眠りについてしまった。やっぱり疲れがたまっていたんだろうね。
肝心の紅茶の方は、経理の子と相談して土曜日の売り上げ分プラス二割増しの量を注文することになった。日曜日だからお客さんの入りが多いことを想定したっていうのと、仮にその二割分が残ったとしても十分黒字だっていうことが理由だ。むしろちょっと残してクラスの祝勝会で、『余ったこと』にして飲んじゃおうという目論見も多少見え隠れしていたりする。
昨日は結局茶葉が足りなくなって二回ほどあのお店に走ることになったわけで、そうとうの売り上げが出たんだよね。学園祭だからっていうのもあるのか、回転率も結構良くて、他のクラスを見に行くために時間内におでかけになる方も多かったし、結構ありがたかった。
まぁそれでもお客さんはぎっしりで、空席っていうものができてた時間が無かったから、もしかしたら日曜でお客さんの数が増えても待ち時間だけ長くなるっていう噂も……
ちょっと待ち時間が一時間とかになっちゃうと、お客様に悪い気がしてしまう。あまりにも並んでるようならちょっと、なんかのサービス考えないとマズイかもしれない。
「おかえりなさいませ、ご主人様っ」
そんな予想は的中して、開店一時間後には驚くくらいにご主人様が並んでいるのが見えた。もう都内のメイド喫茶並だ。
今日のシフトは朝一番が僕達の組で、お昼の部が伊藤くん達。最後がりっちゃん達のところになっている。
「メイド長ーー昨日の倍は並んでるよぉ……」
あゆたちゃんがその列をみて、微妙な声をあげていた。お客がくるのは純粋に嬉しいのだろうけど、あまりの列にびびっているのだろう。昨日は待ち時間が三十分未満だったけど、今日はもっといっちゃうかもしれない。
「んーんー」
僕は仕事をしながら、なにかできることはないかを考えた。
そして、僕はぴんと思いついたのである。
「……というわけなんだけど、どうでしょう?」
何をやるにも経理の子にまず相談だ。人間なにかをするには必ずお金が必要ってことで。
彼女は僕のアイデアを、それはいいかも、と言ってくれた。昨日の売り上げで気が緩んでいる部分もおそらくあるんだろうね。その分お客様に還元というわけだ。
丁度、お店に来ていたクラスメイトをひっつかまえて購買までお使いに行ってもらえばもう、準備万全。
外に机を一つ、えっちらおっちら運んで、角に置いてから僕はせっせと準備を始めた。
いま並んでいたのはざっと三十人ってところか。僕はポットをいくつか取り出して、紅茶を煎れた。やっぱりティーセットが多くあって良かった。
「ご主人様方、お待たせして申し訳ありません。現在、お屋敷は大変混雑しておりまして、もしよろしければ、紅茶をご用意させていただきましたので、お飲みになってお待ち下さいませ。ミルクとお砂糖の欲しい方は、仰って下さいね」
申し訳なさそうにそう言うと、僕は、お待ちになられているご主人様方に紅茶を振る舞い始めた。
そう、僕が考えたアイデアというのは、これだったってわけ。
ティーカップは数がないので、入れ物は購買で買ってきてもらった紙コップだ。これなら量もそれほど入れなくていいし、なにより洗わなくて良い。味気ないからお店ではつかえないけれど、こういうのだったら別に構わないだろう。
ご主人様方は、湯気が立ち上る紅茶をみんな受け取っていった。もちろん無料の奉仕で、だから経理の子に相談をしたわけなんだけど、これで多少リラックスしてもらえるとありがたい。
だいたい三十分に一度くらいのペースで紅茶を配れば、ちょうどいいんじゃないかと思う。もちろん茶葉の種類は時間で変えてね。あんまり多くても、お店に入る頃には水っぱらなんてシャレにならないことにもなるので、それだけは注意だ。
「なでしこさーん、ありがとー」
なぜか紅茶を配ってる間、そんな声援? を送ってもらったんだけど、僕は、いえいえ、ご主人様方に尽くすのが我々メイドの使命ですから、と営業スマイルを浮かべて見せた。
きっと、昨日も来店されて僕のメイド姿を見ている人達からだろう。
「大人気ね、お嬢さん」
そんな姿を見ていたせいか、結構早い順番で並んでいた女の人から声がかかった。
そこにいたのは、例の紅茶屋さん。今日はお店をしめてみつば祭に来るって話だったけど、さっそくうちに来てくれたってわけだ。
「もー、ケーキと紅茶のおかげですよ」
ふふっ、と笑ってみせると、彼女は複雑そうな顔をして、笑っていた。
彼女は男子制服姿の僕を見ているわけだし、それがこうやっているといろいろ思うこともあるのだろう。だって黒いガクランだもんね。ブレザーならまだしも、あれじゃぁ完璧男ですっていわんばかりだ。
「紅茶も美味くでてるみたいだし、なでしこちゃんはメイドさんになったほうがいいんじゃないのかな?」
「いえー、メイドはここ二日限定のお仕事です。毎日だなんてとてもとても」
紅茶を煎れるにしても自分のためと、家族のためですよ、と言って僕は軽く手を振って見せた。でもこれだけじゃ心証が悪くなるのでフォローにもう一言付け加える。
「ですので、本日は誠心誠意、ご主人様方にご奉仕する所存ですので、どうかお楽しみくださいませ」
ぺこりと一礼すると、お客様がほぅと息を吐くのを感じた。
これなら、しばらく待ってもらっても平気かもしれない。
僕はそれを見ると、再び店内の方に戻った。
そんな忙しい時間は、まだまだ続いている。
あれから一時間。待っているお客さんの数は膨れあがることもなく一定量だけれど、それでも一時間近くの待ち時間が出てしまっているのは心苦しかった。特に、先生方を待たせるのが非常に心苦しい。
「あーもう、廊下までお店広げちゃいたいくらいです」
こんなに繁盛するなら、もう来年は特別教室借りて喫茶スペースを大きく取りたいなんて、愚痴がどこかから漏れていた。来年はクラス変わっちゃうからこのメンバーじゃなくなるのは知っているけれど、その気分はよくわかる。
名前を書いてもらうシステムっていうのは採用しているわけで、ちょっとくらい席を外してくれても良いんだけど、それでもお客さん達はガンとして廊下から離れないのだから仕方がない。逆にそのおかげで行列を見てすぐにテイクアウトで帰っていく巧巳のケーキ目当ての人もいて、ちょっと助かってもいる。
「こりゃ、二時半くらいには入場制限かけるしかないね、きっと」
やれやれと、さゆりちゃんが比較的高めの声で言った。
それでもきっと最後のお客様の来店が三時半くらいになってしまう。三十分しか居られないのは気の毒だ。
「とはいっても、来るものは止められないってね、あたし達は頑張るしかないよ」
あゆたちゃんが、忙しく手を動かしながらそんな事を言った。
この二人も昨日一日でだいぶメイド仕事が板に付いたようだ。口調も恥ずかしさが抜けて、自然な感じになったし。
「その通りです。外の事は、人員整理の方に一任するしかございませんから」
僕はそんな二人を微笑ましく思いながら、厳しいメイド長の口調で言った。
そう。昨日の混雑の反省として、今日は廊下の人員整理係を追加することになったのだ。あまりにもお客さんがいっぱい来ちゃうので、どれくらい待つのかを説明したり、紙に名前を書いてもらうのをお願いしたりする役目。これがいてくれるだけで、ずいぶんと廊下の混乱も収まるってわけ。
「お帰りなさいませ、ご主人様。大変お待たせして申し訳ございません」
「いけないな、なでしこクン。僕の事は、みーさまと呼んでくれないと」
「し、しつれい致しました、みーさま。ご案内致しますね」
それでも、お待たせしていることに変わりはないので、もうずっと謝りっぱなしだ。それはどんなお客様であっても変わらないし、先生だからといって優遇したりもしない。そう。それが担任であってもね。優遇するのは身体が悪い方だけ、と話し合いで決められているからこればっかりは曲げられない。
それは先生方も心得ていて、神無月御影先生は特に文句を言うでもなく、僕の後について席に着いてくれた。
「しかしほんと。なでしこクンは見事なメイドっぷりだなぁ。まさに噂通りだ……」
「いいえ、これがメイド長としてのあるべき姿ですから」
やや硬質的に答えると、みーちゃんはケーキと紅茶をオーダーしてくれた。
噂というのはきっと、職員室での話だと思う。昨日僕が働いてた時間にも先生が何人かご帰宅くださったし、話の出所はきっとそこだ。
「では、少々お待ち下さいませ」
オーダーをいただけば、後は紅茶の準備。タイマーをセットしておき、その間に外出されるご主人様のお見送りと、テーブルの掃除。
本当は新しいご主人様をお迎えしたいところだけれど、それは時間の関係で別の子にやってもらう。そこらへんは臨機応変。紅茶はやっぱり蒸らし時間が命だ。短すぎても長すぎても味が変わってしまう。でも基本的に、お出迎えからお持てなしまでは、一連で同じ人物がやることになっている。途中でメイドが変わるのは良くないからだ。もちろん呼んでもらえれば別のメイドと話をすることもできる。当然僕のご指名はほかの子よりもはるかに多いので、それを対応しきるのは正直かなり大変なことになっている。
「お待たせ致しました、みーさま。まずは紅茶をお楽しみ下さい」
まずは紅茶を先生の元に届ける。カップにお注ぎすると、きれいに香り高い湯気が舞い上がった。それから一度厨房に戻ってケーキを持っていく。
「あ、うまいな」
ちょうどその時、先生はダージリンを飲んだらしくて、ほとんど無意識にそうつぶやいていた。おまけにどこで売っているんだ? とまで聞くほど気に入ってくれたようだ。
「いや、だって家で飲めたらゴージャスだろう? これを期にダンディーになってみようかと」
「そうですねぇ。それでも私どもメイドが煎れた紅茶はまた格別なものですよ」
旦那様は座ってらっしゃるだけでいいのです、というと、おいおい今日でメイドさんいなくなっちゃうんだろう? と先生は苦笑した。
「いや正直な話、どこで茶葉を買ってきたのか教えてくれよ。リーフなんて売ってる店、滅多にないだろう」
「確かに、ほとんどティーパックですからね」
みーちゃんは心底紅茶の味がお気に召したようで、真面目な顔でそう聞いてきた。
実際、彼が言うように、紅茶の専門店なんてぜんぜんない。都内のおしゃれなショップの中にはあるのを見かけたんだけど、ここら辺のスーパーやデパートじゃティーパックのしか売ってないのだ。リーフティーは世話が面倒くさいし、圧倒的に飲む人が少ないから、本当に専門店じゃないと扱っていなかったりする。ここら辺の紅茶好きはきっと、学校の側のあのお店で買っているんだろう。
僕があのお店の事を話すと、そんな近くにあったのかと先生は目を丸くしていた。
そう。あんがい三年間もやってるのに、あの紅茶屋さんは知名度が低い。みんな何の店なのかわからないで通り過ぎちゃってるんだよね。それでも、まぁ、そこそこ経営できるくらいにはお客さんいるから、だいじょぶよ~とは言ってたから、学校関係者以外では結構流行ってるのかもしれない。
なんていうか、学校っていう一つの目標があると、そのそばにはあんまり行かないって言うような、そんなのに似てるのかもしれない。ちょっと足を伸ばせばお店があるけど、その、ちょっとがなかなか伸びない感じ。
「ついでに、茶葉の名称も教えてくれな?」
「それは……企業秘密なので。後でお教え致しますね」
ここで言ってしまうと元値がどれくらいなのかばれちゃって、ちょっと好ましくない。そう思って僕は人差し指を口にあてて、しーというポーズをしてみせた。
そこらへんを聞いてくるあたり、みーちゃんも地味に紅茶に詳しいのかもしれない。
「それよりもケーキの方も味を見て下さいよ」
そして巧巳のケーキの方を紹介する。紅茶だけじゃなくてケーキもそろって一人前だ。
「噂には聞いていたけど……これもまた、いけるな」
男でも苦にならないちょうどいい甘みだと、みーちゃんは舌鼓を打った。
「あの、なでしこクン?」
「それの作り方はさすがにお教えできかねますので、ご了承下さい」
みーちゃんが何かを言う前に僕が答えると、みーちゃんはなんだってぇ~と言ってがーんと大げさに驚いてくれた。我が担任ながらノリの良いヒトだ。
「くぅ、なら……仕方ない。もう一個ケーキ追加!」
「了解致しました」
オーダーを受けると僕はすぐさま先生の所にケーキを持っていった。結局みーちゃんは、それをぺろりと平らげて、満足したようだ。
「こりゃ、フォルトゥーナに行ってみる気になるのもわかるな……」
「え……」
食後の紅茶を楽しむ中で、先生がつぶやいた言葉に僕は絶句した。
いま、なんて……言ったの?
「いやー、昨日職員室でちょっと話題になったんだ。教員の間じゃメイド喫茶なんてけしからんって風潮があったんだけれど、カスターニャのケーキがお茶と合わせて楽しめるのなら、幸せかもしれないってな」
えええ。まじですか。
先生達が集団でフォルトゥーナに来たとしたら、僕はかなりピンチな気がする。髪型も服装もメイクも性格も香りすらも違うけど、基本は同じ人間だから万が一ってこともある。
「それなら池波くんにケーキもってきてもらって、学校でお茶会したほうが安上がりだと思いますけど?」
入学当初は巧巳も学校にケーキを持ってきてたんだよね。でも家庭科の先生に注意されてダメになったって経緯がある。それが撤廃になって学校での活動が可能になるのなら、僕もケーキ食べられるし先生達もフォルトゥーナに来ないし僕としてはばんばんざいだ。
「それも、そうか」
そういうとみーちゃんは、ケーキをもう一つ追加オーダーした。
だいたいみんなはケーキ二つで終わりにするけど、みーちゃんはかなりお気に入りだったみたいでこれで三つめだ。
注文のケーキをみーちゃんに送り届けると、ちょうどお出かけになるお客様がいて、みんなでお見送りと、新しいご主人様のお出迎えをする。
「うわ、校長先生まで……」
昨日の話はそうとう職員室でも盛り上がっていたらしい。
入れ替わり立ち替わり、先生達が来ては紅茶を飲んで帰っていく。
甘い物は好きなんだけど、なかなか恥ずかしくて食べられるもんじゃないんだ、と校長先生は照れくさそうに頭を掻いたりもしていた。
他にも、待ち時間がどうしてもダメという先生は、ケーキを詰め合わせで買っていって、職員室で食べていたりとか、カスターニャのケーキは好評だった。やっぱり巧巳は天才なんだよ。いつもはそんな風に思わないけど。
「頑張ってくれたまえよ」
そんな台詞を言って満足そうに帰って行かれるご主人様がたを見ていると、僕はそんなことを思った。
さぁ二日目になれば男の娘も成長するということで!
メイドさんたち自然な感じになってパワーアップでございます。
そして、なでしこさん無双……
もう、ずっとメイドさんやってしまえばいいのに!
というわけで、次はお仕事から解放されますよー




