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006.ついに開店。メイド喫茶

 光が入っていた。観葉植物の緑がその光を受けて、暗い緑から明るい碧に色を変える。

 磨き込まれたテーブルは暗く鈍い光沢を放って、指で軽く撫でてみるとするっとした感触が返ってくる。どちらかというと、クラシックな焦げ茶色のテーブル。メタリックな感じと比べると、木製というのはずいぶんと暖かみがあると思う。


 席数は、二人席が十個に四人席が三個、カウンター席が五席と三席のあわせて八席。めいっぱいお客様をご招待すると、四十人まで入る計算だ。

 ただカウンターというのには少し語弊があって、カウンターの面する先は調理場ではなく、ただの壁。まぁメイド喫茶という性質上、調理場と向かい合ってない方が良いという配慮だ。メイドさんが調理するのならばそれを見られた方がお客様は幸せなのかもしれないけれど、作るのは調理場の二人だからそれはなるべく見せない方針になっている。


 壁に向かって食事というのも、正直少し息が詰まりそうなのだけど、そこはカウンターが好きなお客様を狙ってのこと、なのだそうな。いまいちご主人様の感覚というのはわからない。


「お帰りなさいませ~ご主人様。メイド喫茶フォルトゥーナへようこそっ」

 ドアのベルの高音が耳に心地よく響いた。

 朝からお客様、ううん、ご主人様達がお戻りになる度に、ボク達はにこやかに出迎える。入り口のそばには常時誰か一人メイドが居てご主人様を席にお連れする。ここらへんはほんと芸が細かいと思う。よくデパートとかで開店時間に行くと挨拶されるという、あんな感じに近いんだろうか。お出迎えしてくれるのが若くて可愛い女の子達となると、ご主人様はたぶん嬉しいに違いない。


「本日は……お連れの方は……」

「おタバコはいかが致しましょう? 灰皿をお持ち致しましょうか?」

 人数確認をするのを千絵里オーナーは嫌ったけれど、こればっかりはさすがに仕方ない。そしてタバコを吸う気があるか尋ねる。聞き方はあくまでもご主人様に尋ねる形を取るのが基本で、禁煙席にするか喫煙席にするかなんて無骨な聞き方はしない。細部に亘って、自宅にご帰宅したご主人様とメイドというシチュエーションが徹底されている。


「こちら、本日のメニューでございます」

 席に着いていただいたらメニューをお渡しする。

 本当なら椅子を引いてご主人様を座らせるところなのだけれど、実際はどうにもご主人様方が勝手に座ってしまうケースが多くて、どうしていいか困ってしまった。

 たぶん高級レストランとかならばそういうサービスもあるのだろうけれど、こんなところでしてもらえるとは思っていないんだと思う。


 メニューは基本的な料理が書かれた羊皮紙でカバーが掛けられているものと、ラミネートフィルムでつくられた企画ものの二つ。

 今はオープニングセールだから特別メニューとして何品かと、オムレツへのソースサービスや、紅茶の注ぎサービスがあることのアピールなんかが書かれている。


 ここに書いてある通り、メイドがするサービスはやってもらうと少し嬉しくて行き過ぎないのが基本。あんまりやりすぎちゃうと方向性が違っちゃうもんね。

 この前巧巳が言ってたみたいに、他のお店ではスプーンでオムライスを食べさせてくれるサービスをするところもあるみたいだけど、そこまではうちではやっていない。

 もしかしたら冬になったらチーズフォンデュのサービスとかはしそうな気もするけど、あくまでもメイドはホステスではないってことだ。やってもお食事の最後の仕上げをテーブルでやるという程度のところまで。


「はいっ、ホットミルクですかぁ。ごしょうちです~。ただいまおもちしますね~」

 今日、一緒に働いているのは渚凪さんと、り~なちゃんの二人。

 日曜開店なので、メンバーは三人。

 それぞれ、『自分のご主人様』への給仕は一人が最初から最後まですべてをこなすのが基本で、お迎えにあがったらお見送りまで責任を持って仕えるのが、ボク達のお仕事だ。もちろん指名が入ったら途中でチェンジだけどね。


 さすがに初日なのでボク達には無かったけれど、それでもり~なちゃんへの指名が何件かはいっていて驚いた。

 ふわふわする声でまわりを取り込んでいくり~なちゃんは、すでに他のお店で人気のメイドさんだ。なんだか年上なのにすごく妹みたいな印象があって、せっせと世話を焼いてあげちゃいたくなるんだよね。ああ、もちろん実はボクなんかよりずっと先輩でしっかりしてるんだけどさ。


 そんな彼女が新店舗でデビューをするということで、今日入っているご主人様の半数以上がそちらから流れて来ている人達なのだそうだ。

 そりゃ開店当日にこんなに人が来るだなんて、普通はそんなにない話だもんね。ラーメンチェーンとかの入りやすいところならまだしも、メイド喫茶はこの町としては入るのに躊躇するところだ。


 広告を出したりはしているみたいだから、それにつられて来てくださっている方もいるようだけど、おばちゃんやおじちゃんの姿はあまり見受けられない。ドリンク無料サービス券とかはオーナーのポリシーでつけてないそうで、そりゃおばちゃんたち来ないよーと普通に思ってしまった。


 なんにせよ、り~なちゃんみたいに、しっかりボク達も早く顔を覚えてもらってどんどん指名してもらわなければいけないと思う。

 今日は開店特需というやつでそこそこ人が入っているけれど、地元の人は一桁だ。

 宣伝の少なさと、あとは立地条件なんかのせいだろうと思う。巧巳が言ってたみたいに折り込み広告はいれたみたいだけど、近所の人はあまり来てくれている感じがしない。


 話によると、メイド喫茶というのはコスチュームを着ていることもあって、まともな場所という印象よりも、アダルティックな印象の方が強いんだって。それに関しては、千絵里オーナーに雇われるときにくどくど言われたし、学校側からなにかお咎めがあるかもしれないから、もし何か言われたら相談して頂戴ね、とも言われた。自分が出て行って、風俗営業とかは全くない、健全な喫茶店だということをアピールするというのだ。逆効果のような気もしないでもないけど。


「はいっ。かしこまりました。オムレツとアッサムティーですね」

 確かにボクも働いていて思うけれど、まったくもって健全な喫茶店だと思う。

 ご主人様がいらしてご奉仕する、そしてお給金を頂くわけだ。他のアルバイトをしたことがないからいまいち比較はできないけど、これがアダルトかといわれるとそんなことは全然無い。普通の喫茶店とたいしてかわらないと思う。


「は~い、お出かけになられるのですね。本日のお給金を頂きたいのですが……はい。850円でございます」

「なかなか良かった、また来させてもらうよ」

 二十代の男性のご主人さまが表情を緩めながらお財布に手を伸ばしている。


「ありがとうございます。是非お早いお帰りをお待ちしていますねっ」

 人の入りは少なくても、そんな言葉を聞くたびに、嬉しくなる。

 それなりにうちのサービスは人を満足させているのだ。最初こそ奇異な目で見られてしまうだろうけれど、サービス自体に間違いはないとボクも思っている。あとは口コミででもいいから一度この空間を体験して欲しい。


 千絵里オーナーが徹底的にこだわったメイド空間。それは入ってから出るまで一貫されていた。他のメイド喫茶の情報なんかも集めてみたけれど、レジでの精算でお給金と言う所はない。

 千絵里オーナーが言うには、せっかくいままでご主人様気分だったのに、レジで不愛想に、いくらになります、とお金を取られたら、それだけで夢がぶち壊れなのだそうだ。

 できればお店から外にでるまで、帰る途中でもメイド空間の余韻を感じていてほしい。いつもあの人はそんなことを考えている。


 そんなオーナーの姿を思い出すとボクも俄然やる気が出てくる。

 もうばれるかばれないか冷や冷やするっていってられないくらい、今日だけでボクはこのお店の仕事に夢中になっていた。


 また一人、入り口の扉を開けて、ご主人様がご帰宅される。

 ボクは、親父に向けるような笑顔を浮かべながら、出迎えた。

「おかえりなさいませ、ご主人様」

 まだまだ、新人ですが、音泉、がんばりますっ。

ようやっと開店です。

やはりメイド服はいいものです。そして初日働いてみなさんからの反応ですっかりドはまりした音泉ちゃんは今日もにこにこ営業中なわけでした。


このお話を書いていたころが十年近く前なので、ところどころの手直しをしつつの更新ですが、ここからは少しゆっくりめの更新をしていこうかと。

学業とメイド喫茶としっかり両立していこうと思います。恋愛成分とかもいろいろもりもーりしていきますよ。

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