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057.さぁ本番ですよ! お仕事の時間

「おかえりなさいませ、ご主人様」

 ぴしりと腰を曲げて挨拶すると、一分の隙もない笑顔を作り上げて、お戻りになられたご主人様をお出迎えする。いつもの音泉は意識しないふにゃっとした笑顔だけど、今の笑顔はどっちかというときれいに作られた感じの笑顔だ。


 ぱぱっと準備をこなして交代したのがつい三十分前。お昼時なのに、『カスッたなー』の店内は超満員だった。お昼時は基本的に食事ができる場所に集まるもの。

 ケーキと飲み物だけなのに、なんでこんなに多いの!?っていう感じだった。

 ちなみにうちの店はショーケースを会計の横において、廊下側の横にキャスター付きの低い壁を作ってメイドの作業場を確保している。客席のスペースを縦長に取ったような構造といえばいいだろうか。

 目隠しの壁の中にあるのは大きめのヤカンと、喫茶のスペースの数よりもやや多めに用意されたティーポット。コーヒーの類はおいていない。エスプレッソ機やらなんやらの機材がバカ高いから却下されたのだ。サイフォン式は置けないし、ドリップ式もお湯の注ぎ方など注意しないといけないところがある。

 飲み物の種類は紅茶がメインで、この前僕が選んできたとおりセイロンとダージリンとアッサムと、ホット麦茶の四種類。僕としてはもうちょっと種類を増やしたりオリジナルブレンドやらフレーバーティーって案もちらついたけど、経験が圧倒的に足りない即席メイドさんでは無理ってことで却下した。そりゃね、中途半端なものは出したくないし。


「本日は何になさいますか?」

「そうだね、ではチョコレートムースと、セイロンティーにしようかな。ああ、ミルクも頼む」

「かしこまりました。しばらくお待ち下さいませ」

 オーダーをメモしてから、ラミネートフィルムで覆われた超薄いメニューを回収して僕はぺこりと頭を下げた。

 このメニューにはそれぞれケーキの写真と説明と紅茶が並んでいる。こういうのが得意な子がこの前のケーキの試作会で写真を撮ってぱぱっと作ってしまった物だ。割とお店においてあるような本格的なのに仕上がっていて、表紙にはちょこっとコメディに『カスッたなーにようこそ』なんて書かれている。


 ケーキの種類も五種類のみ。多彩なものを入れてもいいのだけど、製造能力の事もあってあまり多すぎても結局品切れになる時間ができてしまうってことで、五種類を三回転で作るように計画している。ちなみに、すでに午前の二時間だけで七ホール分は片づいてしまったらしい。お持ち帰りのお客さんも対応しているから、そっちでけっこうな量がでているみたい。

 そりゃ……ね。そりゃね! 巧巳のケーキが喫茶店で一個200円だったら……僕だって買って食べたいさ! 食べたいさ! でもそれ以上に驚きなのは、お持ち帰りじゃなくてお店で食べていく方の方が圧倒的に多いって事だ。メイドパワーがすごいのか女装メイドパワーがすごいのかはよくわからない。

 ケーキはフォルトゥーナに出しているやつではなく、カスターニャで人気のあるやつを巧巳がちょっと弄ったやつが並んでいる。はっきりいってカスターニャのケーキって味は良いけど見た目がいまいち平凡って感じだったんだけど、学校のイベントってことで巧巳はついにその封印を解いたそうだ。親父さんの目が届かないからってやりたい放題である。


「お待たせ致しました。お茶をお注ぎさせていただきますね」

 いつもやっているみたいに、よく蒸れたティーポットから茶こしを添えてお茶を注ぎ込む。芳醇な香りがあたりに広がった。

「良い香りだ。ミルクもいれてくれるかな」

「はい。いいところで、ストップといって下さいね」

 ミルクカップを傾けて、いいところでストップを言ってもらう。紅茶の表面にうっすらとミルクが流れて消えていく。

 入れて終わったポットにはまだ二杯分くらい紅茶が残っているので、上にポットカバーを掛けて冷めないようにしておく。

 このティーセットは、ショーケースをどこかから借りてきた子が一緒にかき集めてくれたものだ。席の数のほぼ倍あったから結構助かる。水道は隣の教室の脇のところについているものの、やっぱり多少は遠いから一回にまとめて洗えないとやっぱり面倒なのだ。こんなことなら特殊教室でやればよかったと思う。


「では、六十分後に次のご予定となっておりますので、お心にお留め置き下さいませ」

 最後にこう付け加えると、ぺこりと頭を下げて裏方に戻る。

 メイド喫茶って、だいたいどこも九十分の時間制限があるものだけど、うちのお店は営業時間が短いので、六十分で退席していただくようにしている。より多くのご主人様にご帰宅頂くための手段だ。

 廊下の待合い席用の椅子も一杯で、椅子が足らなくなって立って並んでもらっている人もいる。はっきりいって普段フォルトゥーナで仕事してる時以上にお客……きてない?


「大盛況ですね」

「こっち、セイロンいけるのか?」

「口調、気を付けて」

 一緒に働いているメイドの子が、ぶっきらぼうな口調を使ったのでたしなめる。

 やっぱり、忙しくなってくると地がでるみたい。エプロンの脇につけられてる名札には、「さゆり」とかいう名前がひらがなで書かれている。メイドさんの名前を覚えてもらうための手段みたいなもんだ。もう一人のメイドさんは「あゆた」ちゃんっていう。僕はなんて名前にしてるかっていうと、クラス一致で「なでしこ」になってしまった。

 これだけ髪が短くてなでしこもどうかと思うけどね。やっぱしなでしこっていったら、長髪黒髪の美人さんってイメージだ。


「メイド長、ご主人様がお呼びです」

「どちらのご主人様ですか?」

 簡易厨房の中でヤカンを火にかけると、あゆたちゃんが野太い声で伝えてきた。僕はやれやれまたかと思って、それでも冷酷に笑みを作る。

「君がなでしこさんか……可愛らしいお嬢さんだ。記念写真を撮ってもいいかな?」

 ほら、やっぱり思った通り。窓際にいた男性のお客さんがもう何度も言われた台詞を言ってきた。だいたい僕目当てで写真をお願いしてくる人は若い男の人ばかりだ。うちの学校の連中もそうだし、卒業生なんだろうか、二十歳前半くらいまでの人がそう言ってくる。

 女の子はメイド服を触らせて欲しいとか僕よりも服に夢中になり、または他の女装メイドさんの方にご執心な感じだった。

 みんな……やっぱし、僕もその女装メイドだってこと、全然気付いてないよね……


「もうしわけございません、ご主人様。わたくし……お写真はちょっと……」

 もちろん僕はその申し出をやんわり断った。

 入り口でも書いてあるけど、メイドの写真撮影は本人の了解がとられたら、という制約がついているのだ。午前中は伊藤くんががんがん撮られまくってたみたいだけど、僕は当然撮られるわけにはいかない。

「そっかぁ、残念だな。せっかく可愛いのに」

「もしよろしかったら別のメイドとツーショット写真を撮らせて頂きますが……」

「……男のメイドはいいよ」

「さようでございますか……」

 代わりにちょっとしゅんとして見せる。いわゆる怒られて小さくなっている子供みたいな仕草だ。大概、男の人ってこういう仕草をしている女の子に弱い。


「いいよいいよ。それより、追加オーダーいいかな。これ、苺のショートケーキで」

 そして、だいたい、こうやって追加オーダーをくれるのだ。

「かしこまりました。すぐおもち致しますね」

 追加オーダーを書き込んでから一礼すると、急ぎながらそれでいて清楚に、会計の脇にあるショーケースのところに行ってケーキを取り出した。

 学園祭ってだいたい金券をかって、とかめんどくさい所が多いみたいだけど、うちの学校は、普通にやっちゃっていいから楽でいい。


「なんかなでしこちゃんって、悪女だね……」

 会計の子が小声でそんな事を言った。

「そんなこと、ありませんよ」

 ふふっとそれだけ言うと、僕は手元のケーキを彼の所に持っていった。


 そんなやりとりが何回かあって、一時間くらいすぐに経ってしまった。

 いろいろ忙しく動いていると、時間ってほんと早く過ぎてしまう。松田も来たし春花さんも食べにきてくれた。メイド姿はとりあえず二人にも好評だったみたいだ。


「あれ、もう、ケーキ作りは終わりですか?」

 ほとんど終盤にさしかかった所で、巧巳の姿が眼に入った。

 肩にはケーキの移動用のケースを抱えている。

 彼自身がこっちまでわざわざ持ってくるというのは珍しいので、僕は不思議そうに尋ねた。

「ああ、今持ってきたので今日の分は終わり。七ホールしかないけど、あと二時間もつよな?」

「どうでしょう……三時を挟むからわかりませんけど……足らなくなったら、これ、SOLD OUTシールを貼っておけばいいと思いますが」

 そうだよね。もう予定の十五ホールはほとんどでちゃったわけで。追加で持ってきてくれた分は、むしろ余計に焼き上げた分だ。さすがにこれ以上作るって言うのも……

「そうだな……」

「むしろ明日の材料の方が心配ですね……」

「ああ、それは発注しといたから大丈夫。会計と話し合って、三十ホールまでいけるようにしといたから。やっぱあれだな。カマが二個使えるのと人手があるのがいいな」

 一人だったら、さすがにこんなに作れなかったと巧巳は言った。

 それは僕も実際かなり感じている。そりゃ動きとか不慣れだけど、やっぱりこれだけ人手があるとかなり楽なんだ。会計がないってだけでも大助かり。


「それで……メイド長様は、そろそろ仕事上がりだろ?」

「ええ。もう少しすれば、りっちゃん達も来るはずですので」

 手首に付けられた小さな時計を見ると、刻一刻と時間が迫っているのがわかる。

「そっかそっか。じゃぁ、その前に記念写真でも」

 そんな僕の仕草をみたせいなのか、巧巳はデジカメを構えながらそんな事をいった。

「申し訳ございません、使用人様、わたくし、魂を抜かれるのは嫌ですので」

 そんなの、即却下である。

 ふふふん、といってやると、巧巳が苦笑を浮かべた。


「お前はいつの時代の人間だよ」

「いつ? 平成っコですよ?」

 そんなやりとりをしているうちに、前の方の扉が開いた。スタッフオンリーになっている方だから、ようやく交代要員が来たんだろう。

「じゃあラスト十分、頑張って来ちゃいます」

 ちょっと、待っててね、と言い残して、僕は外で待っているご主人様を中に招き入れた。

女装姿のメイドさんと、わいのわいの良い感じ名巧巳君は、爆発するべきだと思う……

予定数よりケーキ一杯作ったのは、あっぱれでありますが。


そして、やっぱり可愛いコの写真は撮りたいご主人様でした。

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― 新着の感想 ―
[一言] 巧巳くんとよーじくんは爆発しろ!と常日頃思っている読者でございます。 なでしこメイド長はすっかりヘルプで入った女の子みたいになってしまって・・・ でも自分ももしこのお店にきたら「へー女の子…
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