056.さぁ本番ですよ! 出店周り
「すごすぎ」
なんか行くところ行くところで、すごいすごいしか言っていないようだけど、初めての学園祭なのだからそれも仕方がない。
あれからさらにいろいろ回るとすぐにお昼前になってしまって、今は目的のライバル店に僕たちは並んでいた。春花さんの助言はぴしゃりと当たっていて、十一時くらいから並び始めて、まだお店の中に入れないでいる状態だ。もうちょっと後に来ていたら間違いなく、お昼ご飯は食べられなかったに違いない。
春花さん曰く、基本的に「ご飯」を扱うところは数がかなり限られるので、列も結構長くなるのだそうだ。だってご飯ものを出すのはこのお店と、カレー屋さんと、フォーのお店くらいしかないのだから、みんなそのどれかに入るしかないというわけ。学食も開いているけれど、お祭りの最中で学食に入るというのも味気ない。
そんなこんなで、僕たちがお店に入れたのは、十一時も半ばになった頃。
お店に入ったとたんの言葉が、冒頭の言葉ってわけ。
一歩入ったらもうそこは別世界。
外にそんな文章が書かれていたけど、まさにその通りだ。薄暗い感じの店内はピンク色やら紫色やらの光に照らされていた。蛍光灯に色セロファンをはって、そういう光を出しているのだ。
「いらっしゃいませ~」
そして。野太い声が、僕たちを出迎えた。
少し待っているとメイドさんがぎくしゃくした動きでこちらに来てくれる。
「……」
ええと。そも。目の前であったことにちょっと硬直してしまった。
すごい。びっくり。ちょっと、おどろいた。
どう凄いのか、教えて欲しい? そう。知りたいの。命知らずだね。
「こちらにどうぞ」
二人席の方に通されると、僕達は食券を渡した。
「なんか……うーん、伊藤くんってすごかったんだな……」
つぶやくと、伊藤くん? と春花さんが聞いてきた。
うちの衣装係ですよ、と答えると、なるほどねーと彼女は得心がいった様子だった。
そう。お世辞にも、このお店のメイドさんの服は可愛くなかったのである。
なんというか、スカートはとにかく短くて、生地もぺらぺらで、エプロンも申し訳ていどにしかついていない。それでいてみんな胸が爆発していてお化粧もどぎついのだ。
うちがなんとか女性メイドさんを目指しているところで、こちらはもうそれをネタにしようという感じのできだったのだ。
そりゃ男の人がメイドをやっているわけなので、見た目的に無理があるのは百も承知なんだけど、それでもちょっとこれは……と思ってしまう。
おまけに言えば、所作もよろしいとは言えなかった。完全に男の人の動き方なのだ。
なんていうか、うちのお店とは方向性がまったく逆。ここは……太股を笑いに来るところなんだろう、きっと。確かにこっちの方が正統派ではある。
「まぁ、コンセプトは、馬鹿騒ぎ、だろうからなぁ。あ、でも、あの子かわいー」
春花さんは、僕を引き寄せるとメイドの一人を指さした。確かにその先にいた人は、すらっとしていてなかなかスタイルが良かった。もちろん爆乳なのだけど、それがコメディにならないような長身モデルみたいな感じなのだ。顔もいわゆるジャニーズ系の中性美人で、ああいう恰好をしても結構似合う。
「お待たせ致しました、ご主人様」
しばらく店内を見ていると、僕達の注文した鍋焼きうどんとカレーが届けられた。
「やーん、里見くんかわいー」
そうして。春花さんはそれらを届けてくれた人に、そんなことを言って悶えていた。
実際、他の子よりも少しおとなしい感じの彼は、まだましな部類ではあるんだけれども、やっぱり太股全開の姿には少し引いてしまうものがある。
けれど。
「あんまりみるなよ……はずかしいじゃん」
二人でじろじろと見ると、彼女はちょっと顔を伏せて言った。
そんな風にちょっと身を引いてもじもじされてしまうと、正直ちょっと印象が違って見える。
人が女装をしているのなんてクラスメイト以外で初めてみるけど、あんがいこういう恥じらいって破壊力があるかもしれない。違和感があるにしたってすごく胸に迫るモノがある。
「それで、そちらは?」
そうこうしていると、彼女は恥ずかしさから復活したようで、僕の方に視線を移して聞いてきた。
「この子は、私の愛する後輩よー」
榊原です、と挨拶すると、彼女?は、なにやら僕の顔をじぃっと見つめてきた。
なんだろう、もしかして、僕が女の子じゃないのがばれたんだろうか。
「素顔の君が見てみたいね」
「へ?!」
すると、いきなり彼はこんな事を言ってきたのだった。
「気にしないで良いよ、こいつ、お化粧している人みると必ず言うから」
「だってよー、女の子はすっぴんの方がかわいくないか? せっかくのぴちぴちした肌を、粉で覆っちゃうのはもったいないよ」
同意。僕もかなりそう思う。
今の僕のメイクはいつもみたいなナチュラルメイクじゃないし、けっこうキツイ感じなんだよね。メイド長をやるにはまぁ悪くはないんだろうけど、ちょっとやりすぎだろっていう気はする。
「でも、となちんは好きでお化粧してるわけじゃないからねぇ」
普段はすっぴんなんだよーというと、彼はおぉとむやみに声をあげていた。
実のところ日焼け止めは塗ってるから、すっぴんと言うのかどうかはちょっと微妙なのだけど。でも男でスキンケアをしてると変な目で見られるから、やめておいた。
「お店で売り子かなにかやってるの?」
「実は、喫茶店でメイドをやるんですよ」
「おぉー確か、噂になってたっけな。上手いケーキを出す店があるらしいって。でもたしか……うちと同じで男がメイドやってるんだって話も聞いたけど……」
女の子もメイドさんやってるの? と彼は聞いてきた。
それを聞いて思わず春花さんは、ぷっ、と吹き出した。
今、お店をやっているのは伊藤くん達のチームだから、男がメイドやってる喫茶店っていうので、たぶん噂が流れているんだと思う。パンフレットにも『魅惑的な少女達がご主人様方をお持てなし』と書かれていたし、男がやってるって事は述べていないんだけど、そりゃぁね、一目見りゃわかる。
「それは来ていただければわかりますよ」
ふふっと笑うと、なんだそりゃーと彼は言った。
僕の時はともかく、りっちゃんの時に来たら、きっと女の子もやってるだなんて思うんだろうね。
「じゃあ、後で行かせてもらおうかな」
そろそろ仕事に戻らないとどやされる、と言いながら彼は戻っていった。
「なーんか、普通にメイド服を着ている男の人って感じでしたねぇ」
僕がぼやくと春花さんが苦笑を漏らした。
「そりゃ普通の男の子だもん」
君達とは違うってば、と彼女は笑い続ける。
たしかに……僕達のスタンスの方がもしかしたらなにか間違ってるのかもしれない。
女装とはけして「女のようにやる」のではなくて、「男が女をやる」っていうので売っているんだもんね。
でも巧巳のケーキとそれってちぐはぐな感じがしちゃって僕はイヤだった。笑われるのは勘弁だ。
「それよりも春花さん。あの人とどういう関係なんですか?」
「去年クラスメイトだっただけ。うちの学校って二年で文系理系別れるからね」
春花さんはそんな風にいったけれど、それにしてもずいぶんと仲がいいもんだ。
でもそんなときふと別の考えが頭をかすめる。
もし二年のクラス替えの時、巧巳と別のクラスになったら僕はどうなのかな、なんて考えて、ちょっとだけ胸のあたりが冷たくなった。
「あ、今、クラス替えの事、考えてた?」
「え?」
それを見透かしていたのか、春花さんが優しげにそんな事をいってのけた。
「ぶっちゃけ、たっくんは……文系とか理系とか関係ないと思うな。ケーキ職人なんだし、理系はとらないと思う」
まぁ得意ではあるみたいだけど、と春花さんは付け加えた。
そう。巧巳ってばなんだかんだいって数学とか理科系科目とか得意なんだよね。
この前だってぱぱっと教えてくれたし。でも専門的に工学とか理学とかをやるかというと、たぶん時間の無駄だと思うだろう。それならもっと芸術的な部分だったり、味だったりを突き詰めていった方がいい。
料理は科学って部分もあるんだろうけども。
「でもヘルシーなケーキの開発なんかに理系の知識って使えたりしません?」
「栄養系かぁ。無いとは言えない」
でも万が一つだよ、と春花さんは笑った。
よっぽど僕は不安そうな顔をしていたらしい。
「まぁクラスが最悪離ればなれになっても、あいつはとなちんから離れないからだいじょぶよ」
「そんな、別に僕は……」
さて、じゃーお昼ご飯たべちゃお、と春花さんは注文した鍋焼きうどんをたぐり始めた。
その声に押されて僕は口をつぐんだ。
巧巳は初めてできた僕の友達だ。
時々困ったことを口にするけど、それでも離ればなれになるのは、寂しい。
きっと執着が強すぎるんだと思う。親しい人がどんどんつくれないから、きっとだから友達は大切。
それでも。
それ以上考えて、僕は軽く頭をふった。
今は学園祭の真っ直中。考え事をしている暇なんてきっとない。
そう思って僕もカレーにスプーンをつける。
その味は少し辛くて、それでいてやっぱりレトルトのカレーの味だった。
女装して学校の学園祭を回るのってチョー楽しいよね!
ってなわけで。普段の学校が煌めく瞬間と言いましょうか。
なんていう感じで書いてみました。
お店は二丁目風味を出してるんだぜっ。(イメージです)
最近のTGブームで少し作者もそっち方面に意識が少し流れつつ。
TSおしだったはずなのに。
え、トリグリセリドを気にしたほうがいいと。がびーん。




