055.さぁ本番ですよ! スタート!
シリコンおぱいの感触を確かめるのは15禁ではないとシンジテイル。
そうして、ついにみつば祭開催の時間が訪れる。
十時になると同時に、ハジマリを告げる校内放送が流れるのだ。開会式みたいなものは無くって、ただ、一言だけ、生徒会長の宣言が放送で流れるだけ。校長の長い挨拶もなければ、なにもない。ただ、ただ。始まる。
それを聞いてから、僕らは教室の外に出た。最初の二時間のメイドをつとめる子達に、がんばってくださいね、とだけ言い残して、メイド長様は余暇を楽しむのである。
「たしか……中央階段だっけ……」
きょろきょろものものしく変身した廊下を見つめながら、約束の場所に到着すると、まだ待ち合わせの相手は来ていなかった。
りっちゃんに一緒に回ろうって誘われたんだけど、断ったのは先約が入っていたからだ。彼が一人になってしまうのなら一緒に連れて行こうとも思ったんだけど、隣に前島さんがいたからそれ以上は言わなかった。
なんだかあの二人、この前の衣装合わせからずいぶん仲良くなったみたいなんだよね。そしてその後ろにストーカーちっくに、佐竹君が歩いているものだから、思わず吹き出してしまった。一緒に歩きたいならちゃんと誘えばいいのにね。
「となちんはっけーん。おぉっ、女子の制服も似合いますなぁ」
「もー、からかわないでくださいよー」
そんなコトを考えて窓から外の景色を眺めていると、ようやく待ち人が登場した。
そう。一緒に回ろうと約束していたのは、春花さん。
今日の先輩はあたりまえなんだけど制服姿。相変わらず前髪は降ろしっぱなしで、キャラクターは明るいのにすごいギャップだ。
彼女は僕の全身をくまなく見ると、ちょっとそのままね、といって背後に回った。
「おまけに、びっくりするくらいのお胸で」
「きゃっ、ちょ……」
びくり。いきなり後ろから胸を捕まれて、僕は変な声をあげる。
さすがに、胸パットをあてているといっても、びっくりするのは変わらない。
「案外やわらかいんだねぇ。これ、シリコン性のパット?」
「ええ、クラスメイトが持ってきたヤツです」
コスプレで使っているらしい事を伝えると、春花さんは、ふむふむと頷きながらも胸をふにふにとまさぐっていた。
「……で、いつまで揉んでるんですか……」
冷静に説明しながらも、揉む手が止まらないのであきれ顔で僕は言った。
ぷにぷにとまさぐられると、やっぱりちょっとくっついてる胸の所も引っ張られて、なんか普通に胸を揉まれてるみたいな気分になってくるんだ。それにこれ、はっきりいって周りから見れば異常な光景だよ。
ほら、今も前を通った男子が驚きながらこっちをみて、硬直してるし。
「となちんが、とろんとするまで」
「なんですかそれー」
意味不明な言葉をいいつつも、冗談はともかく、と春花さんはようやく僕から離れてくれた。
「それで巧巳は、お店?」
「はい。二時まではフル稼働させるみたいですよ。お昼も焼成時間の合間で食べるって」
胸パットの位置を調節しながら答える僕の脇で、うは、重労働だー、なんて、春花さんは苦笑を浮かべていた。そりゃね、ここまでクラスのほうにかり出される人間もそうはいないもん。
「そこまでして、となちんのメイド服姿をみたかったんだねぇー」
「春花さんまでそんなこというんですか!?」
あああ。なんだってみんな、そんなコトをいうんだろう。
そりゃ、巧巳はちょっと脳みそとろけちゃってるけど、みんなにまでそれをつっこまれるのもどうかと思う。
「あたしも見たいから、時間になったら絶対にケーキ食べにいくね。ちゃーんとお持てなしをしてくれたまえよ」
ふふふんと、偉ぶりながら彼女は胸を張った。
今の僕よりも控えめな胸だけど、僕としてはそれくらいのサイズが羨ましい。はっきりいって今のつけ胸はおおきすぎて重すぎて大変なのだ。
「あぁ、でも、お茶の味はあんまり期待しないで下さいね。それほどお茶詳しい人がいなくってわたしが選別したんで」
「おぉー、となちん、紅茶詳しいんだ?」
問われて、あくまでも趣味ですけど、と付け加えておいた。
うちの経済事情じゃ、はっきりいって趣味でお茶なんてやれるはずないんだけど、それは言わなければわからないだろう。
クラスで詳しい人が一人でもいてくれれば良かったんだけど……まぁ、ご存じの通りだ。たった一人だけ、そういうお茶をやりそうなお嬢さんがクラスメイトにいたりするんだけど、彼女は紅茶ではなく茶道の方を嗜んでいるらしいから、まったくもってあてにはならなかった。ちなみに、今日は茶道部のお茶会の方で尽力しているはずだ。
「さてと。それじゃーまわろっか」
「はい」
とりあえず僕達は目的地も決めないで歩き出した。歩きながらよさそうなのあったら入ってみようって感じのノリである。
「となちん、どっか行きたいとこある?」
「やっぱし、うちのライバル店……かなぁ。でも、あれはお昼時でいいですよっ」
さきほどパンフレットで見たもので、気になったお店がこれだ。
「鍋焼きうどんとか、カレーとかだっけ? そのクラスの子の話だと、どうにもレトルトっぽいけど……」
ライバルという言葉に、少し眉を顰めながら彼女は言った。
作る物も違うし、人気も手間もはるかに違うだろうと。僕だってそう思う。巧巳のケーキはプロレベルというか、プロそのものなので、それを学園祭の出し物と一緒にしてしまっては、ちょっと比べられる方が可哀想だろう。でも、ライバルなのは、別の意味で、なのだった。
「いえいえ、メイドさんをみたいんですよ。給仕してくれる人がみんなすごいって話だし」
「あーなるほどねー」
納得、といったふうに、彼女は丸めたパンフレットでぱしんと手のひらを打った。
「あれ? となちんのところって……メイドさん、全部男の人だっけ?」
「いちおーそうですね。でも、表面上はメイドは全部女性ってことにしてるんですよ。わざわざこの二日間はずっと女子の制服だし、自分のことだって、わたしっていってますから」
「僕っこも萌えなんだけどなー」
残念と彼女は苦笑を浮かべた。
「だったら、フォルトゥーナに行けばいいじゃないですか。三組の松田がそんなこといってましたよ」
そう。実をいうと、ボクは松田と一度フォルトゥーナで会ったことがあるのだ。珍しく愛水さんと一緒のシフトだった時にね。それで、後日松田から言われたのだ。フォルトゥーナには自分のことを僕とよぶ、僕っこがいるのだ、と。
「……へぇ。三組の松田くんって……あぁ、あの」
「巧巳の中学の頃からの友達って噂ですけど……唯一の」
「唯一の……ね」
そう。巧巳の唯一の友達ってのが、松田なんだよね。中学の頃の巧巳って、それこそもう根暗なケーキ職人って感じだったそうだから、男友達がろくにできなかったんだって。それでもどういう出会いなのか、彼とは仲良くなったそうだ。
いまのあの優しい巧巳からするとちょっとそんな根暗な姿なんて想像できないけど。
「じゃー、その三組にまずいってみる?」
「いいですね。たこ焼きくらいなら、お昼前に食べても……」
「学園祭の食べ物って、小さいのばっかりだしね」
別名、ちゃちいとも言うのだけど、と春花さんはふふと笑って僕の手首をとった。
「なんか……すご」
「本格的だねぇ……」
たこ焼き屋の中に入った僕は素直に息を呑んでいた。
それは、たこ焼き屋の内装がとんでもなく凝っていたから。
入場口をくぐると、教室の後ろの方はたこ焼きを食べるためのテーブルのスペースになっていて、それから視線を移すと、ばーんとたこの壁が現れるのだ。そう。教室の黒板側三分の一を境にして前側には、たこ焼きを焼く店舗スペースになっているのだ。
ちょうど目線の高さあたりに窓口が開けられてあって、そこからたこ焼きの受け渡しなんかをやっているらしい。
中で働いている人の数はけっこう多くて、受け渡し口の奥の方でたこ焼き器と格闘している生徒の姿が見える。
こういう屋台は外でやるっていうのが一般的なんだろうけれど、残念ながら今年は校庭をみつば会が大々的に使うので、教室内での販売になったんだって。
「じゃー、私はこれだな。ミックスたこ焼き」
「んー」
メニューを見ながら僕は軽くうなり声をあげた。種類は全部で六つあるんだけど、ちょっと悩んでしまう。ちなみにミックスたこ焼きっていうのは、その六種類が一個ずつはいっているっていうやつだ。
「じゃぁ、わたしもミックスたこ焼きにしようかな……」
「飲み物はどうする?」
問われて、僕は首を横に振った。今日はそこそこお金を使うっていう気でいるけど、残念ながら、貧乏性はなかなか拭えない。
「青のりはかけますか?」
そんなやりとりをしていると、店員さんからそんな風に尋ねられた。焼きそばもそうだけど、青のりって好きずきがあるもんね。
「私のはかけて。となちんはどする?」
「あーわたしのは、無しでお願いします」
答えると、了解ですという声が聞こえた。
「えーホントに無しでいいの? もー青のりかかるだけでちょー美味しくなるのに」
「それは知ってるんですけどねぇ。やっぱし気になるし……」
春花さんから不満の声がもれた。
うん。家だったらもう、青のりとかもさもさかけちゃうし、普段だったら気にしないだけど、やっぱり女の子が青のり歯にくっつけてたらマズイだろうって思っちゃうわけなんだよね。そりゃお店に出る前はきっちり歯磨きして出る用意はしてあるけど、やっぱりちょっと気になる。いわゆるフォルトゥーナのメイドさん気質というやつだ。
「うわー、それはなんか女の子的こだわりだなぁ。やーんもう、となちんさいこー」
けど春花さんにはそんな僕の考えが妙にツボに入ったらしく、僕の肩によじりついて悶えていた。
「おおーさっそく来てくれたんだ」
そうこうしていると……ひょこりと三組の松田が姿を現した。ちょうど調理室から下ごしらえ済みの材料の補給に来たところらしい。
「はっ、このかおりは……はっ。いや……でも、そんな……愛水様がいらっしゃるはずが……」
荷物片手に挨拶をしたかと思うと、僕たちの前にきたとたんに彼は周囲をきょろきょろと見渡し始めた。なんだか普段のやる気のなさが吹き飛んでその視線は真剣そのものだ。
そんなに熱心に見回したって、別に普通にお客さんが入っているだけなのに。
「愛すべき女神様がこんなところにいるわけないじゃん」
はぁ、とため息をつきながら、僕は言った。彼女の匂いは、甘酸っぱい柑橘系の匂い。
鼻をこうやってひくひくさせてみても、匂うのは香ばしいたこ焼きの匂いだけだ。
「おまちどうさまです~ミックスたこ焼き二人前ですー」
ちょうどタイミングが良かったのか、たこ焼きはすぐに手元に届けられた。僕たちはそのままテーブルの方に移動して、腰をおろした。
「そりゃ、そうだよなぁ。っと、悪い。仕事途中なんだ……」
眉間に皺を寄せて真剣に悩み込みながら、一緒に僕達のテーブルに移動してきた松田は、慌てたようにそう言うと、ゆっくりしてってくれと言って部屋の奥の方に入っていった。
「しっかし松田くんも変な人だよねぇ。いくら飢えてるからって……」
「……愛水さまっていうのは?」
たこ焼きを頬張ってはふはふ言いながら、春花さんが首を傾げた。
そっか。松田にきいているかお店に行った人じゃないとわからないよね。喫茶店のメイドのことなんて。
「フォルトゥーナのメイドさんですよ。巧巳がケーキ卸してるところのメイドさん」
「へぇ……松田くんって……はまっちゃったんだ?」
「もーすごいですよー。ほとんど毎週のように行ってるらしいですもん。愛水さんの仕事日は完全に把握してるって自慢してましたし」
「……うわ……」
彼女はそれを聞いて、わずかに嫌そうに顔を歪めた。
そりゃ、まぁ。そこまでかわいらしいメイドさんにのめり込む男ってって思うと嫌だと思うんだろう。
「でも、メイド喫茶ってすごい人気だよね」
「そうですねぇ。お客さんも結構入ってるみたいだし」
「まぁ、あたしはあんまり、行く気ないなぁ。メイド服にも興味ないし」
あ、でもとなちんのメイド姿は別ね? なんてあわてて付け加えながら、春花さんはたこ焼きを一つ口にいれた。やっぱりできたてのたこ焼きは二個目三個目になっても中まであつい。
「わたしは……メイドよりもご飯がおいしきゃそれでいいかな」
僕もたこ焼きをとって半分ほどかじった。一応見た目女の子なので、豪快なまねは控えることにする。
「やーん、となちん、食べ方かわいいー」
そんな風にして食べていたからか、春花さんが身体をくねくねさせながらそんなことを言った。確かにちょっと意識はしたけど、そこまで悶えてくれなくてもいいと思う。
「かわいくない、かわいくない」
はぁ、とため息をつきながら、僕はたこ焼きをもう一つ口に運んだ。
熱い蒸気が、口の中でわずかにしみた。
たこ焼きほふほふ美味しいねー!
はい。となちんは意識して女の子っぽくしてる真っ最中でございます。
ステレオタイプをある程度踏襲するのも、女装の入り口っぽくて可愛いかと存じます!
そしてお供は春花さんですー。
ずいぶんと仲良くなった感じでございます。




