054.さぁ本番ですよ! 朝2
「うわっ。やっぱり大人気」
そろそろ朝の集合時間なので巧巳と一緒に教室に戻ると、そこにはもう凄まじいまでの人だかりができていた。クラスメイト達が群衆になって壁になってしまっている。
「何の騒ぎだよ……」
「きっとみんな、りっちゃんを見てるんじゃない?」
あれはもう、みんな見たがるだろうしねぇ、なんてつぶやきながら僕は手近な椅子に腰を下ろした。あまりにも短いスカートで座るのにも一苦労。ほんとよく三年間もこんな服を着れたものだと思ってしまう。
僕がもしこの制服をきろって言われたら、たぶんあと十センチはスカート丈を長くすると思う。こんなに短いのはもはや犯罪だ。
おまけに黒いニーソをはいているから、ちょうど靴下とミニスカの間に絶対領域と呼ばれるものが再現されてしまっている。一部マニアに大人気の聖域っていわれてるけど、着る側にとってはむしろ注目を浴びちゃって恥ずかしいかぎりだ。
まったくフォルトゥーナじゃこんなに短い子なんていないよ。一番短いリーナちゃんだってここまで短くはない。千絵里オーナーの趣味みたいなもので、メイド喫茶は「太股を見せるところではない」のだそうだ。
普通のスカートならもう免疫がついているけど、ここまでとなると、恥ずかしくて顔から火がでそうだ。
でも、そんな僕の気苦労とは別に、周囲はそれほどこちらに注目しているようではなかった。みんなりっちゃんを見るのに大忙しだ。
「やっぱり、秋田もすごいのか?」
「そうだねぇ……気になるなら見てくるといいんじゃない?」
なにがどうすごいんだよ、とつっこみたかったけど、僕ははぁと嘆息して学園祭のパンフレットをめくり始めた。入り口の所に置いてあったやつだ。
「ん。じゃあ、ちょっと行ってくる」
巧巳が行ってしまって一人になると、パンフレットを最初から読み始める。
初めてのあおば祭。やっぱり、こういうパンフレットの中身だって気になってしまう。学校の全体図の紹介だったりとか、どこで何をやっているかの紹介、また、それぞれのクラスのアピールなんかも載せられている。もちろん、うちのクラスの出し物である、喫茶『カスッたなー』の紹介文も載っている。なにやら、魅惑的な少女達がご主人様方をお持てなし、するんだとか。魅惑的っていうか……どうなんだろう。
そんな事を思いながらページをたぐっていくと、ページの最後の方で、みつば会が主催するイベントの告知がでかでかと書かれてあった。やはりこの学校のキモみたいな会だけあって、扱いが別格だ。
今年はどうやら科学的なたくらみということで、巨大な気球を浮かせるらしい。例年になくスケールだけがでかい試みはきっと、みんなの心を引きつけるだろう。ちなみに、去年はみつば会が前から準備していた『稲作』の成果を披露して、できたての新米をみんなにふるまったんだとか。見た目かなり地味だけど、『稲作』もれっきとした科学の産物なんだって。
みつば会の連中は気球作りに必死で、被服室の一部を占拠されてちょっとやりにくかった、なんて伊藤くんは言っていた。でも、彼のことだから布の縫合とか絶対手伝ったに違いない。
「では、朝のホームルームを始めるぞー」
めぼしいのいくつかを頭にたたき込んでいると、担任がようやく姿を現した。
十月にして初めて登場した彼こそはっ、我がクラスの担任である神無月御影先生なのだった。今時の教師にしては珍しく、なんと二十代でそれでいてこう切れ長の目を眼鏡の奥底に潜ませていながら、白衣を格好良く着こなしている様は、実はうちのクラス以外の生徒には凄まじく人気がある。
でもなー、実際こう担任になってクラスを受け持ってると、これがまたそんなかっこよさとかクールさとは無縁だってことがすぐにわかる。
「はいはい、みんな、騒ぎたいのはわかるけど、とりあえず黙れ」
「えー、みーちゃんだってみつば祭初めてでワクワクしてるんだろー? いいじゃんちょっとくらい」
はい。クールなのは外見だけな点、一つ目。彼は自分のことをみーちゃんと呼ばせるのである。
そして、そう呼ばれるたびに嬉しそうにくねくね身体を悶えさせる。これを見てしまったら、かっこいいとかいう思考はちょっとどこかにふっとんでしまう。そこが可愛いと言ってのける女子生徒は何人かいるのだけど、ちょっと理解しがたいところである。
「まあまあ、ホームルーム終わったら思う存分やってくれ。とりあえず出席とるぞ」
彼はまだ身体をもぞもぞさせながら、それでも出席を取り始めた。いつもは、机が空いてるかどうかで出席を取るんだけど、今日はばらばらだから一人ずつ点呼だ。こういうのは、なんだか入学式のあとのちょっとだけだったので、ちょっと懐かしい。
うちのクラスはもう、いま流行の五十音順名簿なので、僕の名前が呼ばれるのは結構前の方。もう、ちょっとだ。
「榊原……えーと、榊原は……」
「はいっ」
視線をめぐらせて、彼は僕の顔を確認しようとしていたけど、なかなか見つからなくて、それより先に僕は、返事をして手をあげた。
「おぉっ……」
すると……なぜか、周囲からどよめき声が上がる。えと……なんでいまさらそんな声があがるわけ? さっきから教室にいたのに。
「秋田もすごいと思ったけど……おまえは、それ以上だな……がんばれ、メイド長」
ひとしきり僕を観察しきると、みーちゃんはそれだけ言って、次の点呼へと移っていった。僕がりっちゃん以上って……それはないと思うよ。変化の度合いなら彼女の方が上だ。
「さて、それじゃーここからは君達の時間だ。俺達はもうこっからは完全なお客。あとは好きにやってくれ」
点呼が終わっていくつかの連絡事項を終えると、みーちゃんはそう宣言して廊下の方に歩いていった。
そう。みつば祭は生徒の自主性が重んじられる祭だから、教師達は基本的に口出しはしないのだ。もちろん、危険なものや風俗上きわどいものなんかは最初の企画書提出の際にはじかれるし、もっとも危ないと言われている、みつば会の出し物にだけは理系の教師が監督に付くけれど、それ以外はほとんど自由。こちらから助言を請うことだけはできるけど、大体は自分達だけでなんとかするんだそうだ。
「さぁーて。ここからは俺達の出番だ」
代わりに登場するのは、クラス委員の二人組。
「みんな今まで、本当にごくろうだった。まず、それにねぎらいの言葉を贈りたい」
なんだかんだで、クラスをここまでひっぱってきた二人組だ。彼の言葉に、本当にみんなはそうだそうだと深く肯いていた。
「俺は完璧な布陣ができたと思っている。店内もケーキもメイドも一流品だ。あとは、思う存分二日間を楽しんでくれっ!」
「了解!」
ほとんど同時に声が挙がった。
熱い言葉に熱い返事が返される。
「じゃあ、メイド班は着替え。調理班はケーキの準備を頼む。朝の十時スタートに間に合うように定位置についてくれ」
彼に指示されるまま、僕達は各自散った。
とはいっても、僕はもう着替えが済んでいるので、最終的な打ち合わせと、交代時間の確認くらいしかやることはない。
ああっと、そうだ。お化粧だけはやってもらわないといけないんだった。お店に出る直前にやればいいって思うんだけど、なぜかりっちゃんが乗り気で朝からってことになってしまった。口紅とか……ご飯食べれば崩れるのにね。
でもその案はみんなにも支持されて、全員が今頃、着替えを済ませたらばっちりと顔を弄られているはずだった。きっとみんな、お化粧をがっつりすることで、素顔の上に仮面を付けようって魂胆なんだろう。
「やっぱ、あんた達は手がかからなくていいわ」
はい、おしまいと言われて目を開けると、この前と同じメイクをされた僕の顔が鏡に映っていた。衣装はもちろん制服のまま。僕の出番は十二時から二時までの二時間の間だから、それまではこのまんまだ。最初に仕事につくのは伊藤くんのグループで、今、彼らは必死になってメイド服を着込んでいる。服を着るのはもう平気なんだろうけど、やっぱりお化粧にそうとう時間がかかっているみたい。
「あらかた、着替え終わったわね」
一人さっさと準備を終えて出てきていた伊藤くんが、しゃっというカーテンの音をききつけて、女言葉で言った。声はのぶといので、やっぱり違和感はすごいある。
「じゃあーみんな、メイド長からの言葉をいただきましょう」
みんながぞくぞくと集まる中で、僕はふぅ、と軽く息を吐いた。瑠璃さんのイメージを頭にもう一度思い浮かべる。いちおうこんなんでも僕は長なので指揮みたいなものはとらなければならない。
「みなさま。ついに本番がきてしまいました。お茶の出し方、お皿の出し方、オーダーの取り方、いまさらもう、なにも言うことはございません。やるだけのことはやりました。あとはご主人様にご奉仕する。その一点のみです。どうか、お帰りになられるご主人様方が最高の時間を過ごせますように、ご尽力下さるようお願い致します」
「……ほぅ……」
制服のまま、それでもメイド然とした感じで一礼すると、みんなはうっとりした視線を僕に浴びせてきた。
「あ、それとわかっているとは思いますが、自分の出番の十分前には、メイド服に着替えてお店に待機するようにお願い致しますね。遅刻したらお仕置きですよ」
語尾だけわずかに明るく言うと、みんなの顔がぽぅっとなにかにとりつかれたように赤く染まった。
「すごいね……どこでそんな話術覚えたの?」
みんなの輪からでて、りっちゃんの側に戻ると、隣にいた前島さんに声をかけられた。メイクまで担当してくれた彼女は、他のクラスメイトみたいにうっとりしてるわけではなく、あんな仕草ができることに対して純粋に驚いているようだ。
「至る所に転がっているじゃない。キツイ感じのおねーさん、なんてさ」
本当は瑠璃さんをモデルにしているんだけど、敢えてそこは曖昧に言葉を濁した。今時漫画とかだって、ツンツンしたねーさんはいっぱいでてくるんだから。
「さて、それじゃぁ巧巳のほうのお手伝い、行きましょう。ケーキのスタンバイとかお湯沸かしたりしないとだよ」
手首につけてある淡いブルーの女子用の腕時計を見ると、すでに九時半。
時間はあと三十分。これで開店の準備を完全に整えないと。
調理班や十時からの担当のメイドさんだけではなく、メイド班はみんなで開店の準備だ。
土曜日っていったって、お客は絶対集まって来るに決まっているんだから。
「じゃーいそごー」
りっちゃんが可愛らしく言うと、みんなも、無駄におーっとかけ声をかけた。
その声は、もちろん野太い男の声で……見た目とのギャップは激しいのだけど。
それでもやってる当人達は楽しそうだった。
お祭の空気が、彼らの羞恥心を洗い流してしまったのだ。
いや……すっかり洗い流してしまわないと、へこむだけなのをわかっているのかも知れない。
僕はそんなみんなの姿を見ながら、被服室の扉を開けた。
女装には羞恥心をあおる何かがあるらしい!
それを感じないでスカートはける子はぁー、生粋のナニカだと思うんですばい。
え、灯南ちゃんは慣れというものがありますが、ミニスカートのすそを抑えて、恥ずかしい……とかしてるのが、可愛いかと思います。
さて、次話からはお祭を回ります! 誰と一緒に回るかは、お楽しみに!




