053.さぁ本番ですよ! 朝
さあついに、メイド喫茶開店です。
紆余曲折ありましたが、本番も楽しみますよー!
「おっはよー」
朝。光が教室の窓から差し込んで、周囲を明るく照らし出していた。
まさに文化祭日和。
ちょうど普段僕が登校している時間に行くと、すでにそこには人影があった。
普段と違う日はやっぱりわくわくしちゃって、いつもより早く来ちゃう子の一人や二人はいるもので。
「おはよー、となちゃん」
「……もう、着替えちゃったんだ?」
そう。そこには人一倍乗り気な秋田くんの姿があったのだ。
それもただ一番乗りなだけじゃなくて。すでに女子の制服姿でばっちりときめているのだからすごい。髪の毛もしっかりとブローしてあって、あとはもうお化粧するのを待つばかりって感じ。
でもお化粧して無くたって、『彼女』から感じる雰囲気は女の子のそれだった。
座る姿とかだって、ちゃんと足を閉じてスカートの中を隠していて、すごい女の子っぽい。
「……うん。だ、だって、そのお祭……だし?」
「たしかにお祭だもんね。わくわくする気持ちはわかる」
そんな姿を見ながら、僕は秋田くんの席の隣にちょこんと腰を下ろした。
店内の装飾はもうばっちり終了しているので、いつもの教室の風情はもはやかけらもない。窓にはレースのカーテンが掛かっているし、黒板のふちの部分も綺麗にもこもこレースたんまり。
机だって、四人の机を一つに合体してつくられた大きめなテーブルに白い布がひかれていたり、窓際に外が見渡せる一人席が作られていたりしている。外の看板ももう完璧にできていて、あとはもうショーケースにケーキを置くだけだ。ショーケース本体はどうも経理の子が上手いことどこかでレンタルしてきたらしい。
ぱっとみ学園祭のレベルをぽんと飛び越えてしまっているくらいの見栄えだ。
そんな景色に囲まれているとがぜんやる気にもなってくるし、胸の方があつくもなってくる。
メイドをやるのは正直不安もあるけれど、せっかくここまでこぎ着けたんだからあとはもう楽しまないと損だ。
「それにしてもとなちゃん。今日は一人なんだね」
「ああ。うん。巧巳は準備とかいろいろあるから、もう少ししたら親父さんと一緒にくるって」
くすりと意味ありげに笑って秋田くんは僕の顔をのぞき込んだ。
まったくいつも僕たちが一緒にいると思っているみたいだね、この子は。
でも巧巳は今日はもう絶対忙しくてたまらなくって、豪華なショーケースを埋めるために大量の材料を持って移動中のはずだ。きっともうちょっとしたら和人さんの運転で到着するに違いない。
「そっかー。池波くん……大変だろうねぇ……」
「そりゃね。なんだかんだで調理組のチーフだし。結局ケーキ作りの練習って、みんな切るところとか混ぜるところとかしかできなかったっていうじゃない?」
「そうみたいだよね……」
はぁと彼女はにまにましながらも苦笑を浮かべる。
そうなんだよね。切り分けくらいは上手くできるようになったんだけれど、作ったりするのはまだまだみんな無理で、巧巳無しでは絶対に仕事がなりたたないようになっている。
「土台無理なことだよね。一日や二日でそんなできるようになったら、ケーキ屋さんつぶれちゃうもの」
違いないと言って僕はため息をついた。
そりゃね、やっぱりそういった部分は長年やってないとどーしようもない。でもそれらすべてを一人でこなすのって凄まじい重労働ではないだろうか。
「ある程度、彼も予想はしてたと思うんだよね。自分の負担がすごく大きいの」
「まったく巧巳もばかだよねぇ……」
「僕が思うにきっと池波くんは……それでも灯南ちゃんのメイド姿みたかったんじゃないかな」
彼の言葉に僕はうむむと顔をうつむけた。
それはもう僕だって嫌になるくらい知ってる。なんせ巧巳本人からもうどろどろになるくらい聞いているのだから。
「しっかし、喫茶店『カスッたなー。』って名前も……すごいね」
でもそれを素直に認めるのは嫌で、別の話題にきりかえる。
「……そうね。いくらなんでもねぇ」
話題を変えたことにとやかく言うでもなく、彼女はただなぜか微笑を浮かべながら僕を見た。
名前の由来はお店のメイン武器であるケーキの出所である「カスターニャ」から来てるのは言うまでもない。
「でも、看板とかはがっちりできてるよね。みんなちょー頑張ったよー」
うんうんと外を見ながら肯くと、秋田くんもうんうんと思い切り肯いた。
本当に中学までの学園祭が嘘みたいな盛り上がり。よくみんなここまで力をいれて作ったよなってくらいに店内もしっかりと作られてる。
「佐竹くんも、昨日の晩まで頑張ってたみたいだし」
「そっかぁ。彼って確か裏方だったよね」
しかもその裏方を仕切っていたのが、あの佐竹くんだと言うのだから驚きだった。なにやら本番の晴れ舞台のために必死になって頑張ったんだって。
「こんなに張り切られちゃうと、もーこっちも頑張らないとって思っちゃう」
そうだね。
そんな風に言われると確かに、僕もやるだけの事はやんなきゃなって思う。
「あとは、あたしたちが、しっかりやるだけだね」
一緒にがんばろっ、なんていいながらにこりと笑う秋田くんの姿を見ていると、つられて僕も笑顔を漏らしてしまう。
いつもそんなに笑う方じゃなかったのに、最近すごく秋田くんは笑うようになった。それもすごい柔らかい、女の子っぽい感じの笑い方。
「じゃーとりあえず灯南ちゃんも、お着替えお着替え」
ねっ。と言いながら彼は立ち上がると、僕の手をきゅっと握った。
僕もさっさと着替えろということなのだろう。
彼女の手は驚くくらいちっちゃくって、男の子の手という感じがまったくしなかった。
巧巳の手もそれほど大きくはない方だけど、それよりもちっちゃくて華奢な感じがする。やっぱり感じとしてはフォルトゥーナのみんなの手に近い感じだ。
「って、僕一人で行ってくるから、秋田くんはここにいてくれていいよ」
着替えくらい一人でやってこれるから、とやんわり彼の手を引きはがす。
「えーあたしも一緒にいくのに」
でも彼女はずずいと顔を寄せて、僕の手を両手でつかんだ。
「え……あ、いや……そのね」
なんだかきらきらする目に見つめられると、すごい断るのが悪い感じがしてしまう。
まっすぐつきささる視線。
「それと、となちゃん? あたしのことも名前で呼んでよ」
「あ……う、うん」
名字で呼ぶなんて他人行儀だよ。なんて秋田くんは少し寂しそうにいった。
巧巳のことは下の名前で呼んでるから、たぶんそれを聞いてなんだと思うけど。
「えと……じゃあ、陸……ちゃん?」
「うんうん。りっちゃんでもいいよー」
飛びつくように目の前でにこにこしている姿を見ると少しだけ困惑してしまう。
秋田くんと仲良くなれるのはうれしいけれど、女の子と一緒にいるみたいな感覚がしてしまうのだ。
「でも着替えは一人でいいよ。これからどんどんみんなが来ると思うから、その姿みせて驚かせてあげなよ」
「……そだね。それもいいかもっ」
うんうん、と肯くのを確認すると、僕は着替えを持って被服室に向かった。
「おらーいおらーい」
そんな声と見慣れたミニバンが見えて、僕はすぐさま被服室から外にでた。
もう着替えもばっちりで、いつにない大きめな胸元もぷるんとしている。さすがDカップのパットは重たくて、それだけでちょっと身体の重心を安定させるのが大変だ。
鏡を確認した感じでは、髪の毛も短いし胸もあるし眼鏡もかけてるしで、かなり音泉とは別の印象があった。これならたぶん、うん。たぶん大丈夫。
「うわー荷物いっぱいだねー」
調理室に横付けされたミニバンには、見るからに大量の材料やら機具やらが入れられていた。外から見て段ボールが天上につきそうになるくらいだから、そうとうなもんだ。
「あ、とな……?」
それを見ながら思わず言葉をこぼしていると、車を誘導していた巧巳がこちらに気付いた。
そして。
「って、それ……」
彼はまずこちらの姿をみて、そのまま硬直した。
「あんまり見ないでよ……はずかしいんだからっ」
気恥ずかしさはメイド服姿を見られたときよりも遙かに少ない。
でもやっぱり。女子の制服を着ていたり……なにより大きめの胸がある状態を見られるのはなんかむずがゆい感じがしてしまう。
「おまえ、その胸……」
「……ああ、これは伊藤くんの私物。わたし達だけ付ける事になって……」
わたし、の部分をやや弱めにして、ちょっと言いにくそうにして僕は答えた。
きっと使い慣れていない一人称を使った時って気恥ずかしさでこうなるに違いない。仕事に入ったら、そんなことなんてやらずにぴしっとするしかないのだけれど。
「あいつ……変なものもってるんだな……」
やや顔を引きつらせながらいうと車のドアが開いた。それのおかげか巧巳は呪縛からようやく解放される。
「これが、うちの父親」
「これっていうなよ……」
そんな巧巳は、車から降りてきた親父さんを僕に紹介してくれた。
ぞんざいに紹介しながらも、ちょっと顔を背けてる巧巳が可愛かった。やっぱり肉親の紹介ってちょっと照れくさいもんだよね。
「えと……榊原灯南ですっ。はじめまして」
ぺこりと控えめに頭を下げながら僕は、初めて会うという設定の巧巳の父親、和人さんに挨拶をした。和人さんとはそこそこ何度かあっているけれど、灯南としてあうのは初めてだ。
もちろんこの制服姿だって初めて。初対面でこんなんだともしかしたら女子生徒と勘違いされてしまうかもしれない。
「おやおや、巧巳のクラスメイトの方かな。いつも巧巳がお世話になってるみたいで」
和人さんはいつもとかわらない柔和な視線を僕に向けた。
でもいつもとちょっとだけ雰囲気は違う。普段は仕事っていうのがあるから、ぴしっとした感じだけど今日はオフだからなのか、少し緩い感じ。
「いえいえお世話だなんて、そんな。わたしはもう巧巳くんのケーキが食べられるだけで……」
「こいつのケーキは、親の私が見てもほれぼれするばかりだからね。これからも仲良くしてやってくださいよ」
それでも朗らかに言うと、軽く笑って荷物の一つをとった。
「こらっ、この不良親父。なんてこといってんだよ。トナも喋ってないで荷物運び手伝ってくれ」
「りょーかいー。これ運べばいいのかな」
巧巳に言われてミニバンの後ろにつまれてる袋をひっつかむ。何かの粉が入ってるらしい袋は重くてずっしりとしていた。
「って、ちょっとまてまて。おまえ……女の子に荷物運びさせるつもりか?」
「ある人手は使い倒す、だろ? それに、これくらい運べるよな?」
ぽんと久しぶりに頭の上に手のひらを置かれて、僕は肯いた。調理室は一階だしこれくらいの荷物ならそれほど大変な作業でもない。
「平気ですよーこれくらいなら。これでもか弱い女の子、じゃないですから」
やっぱり僕のことを女の子だと思っていたおじさんに向けて、「女の子」を強調していってあげると、よいしょと袋を肩に乗せた。ずしりと身体へ重みがかかるけれど、やっぱりこれでも僕は女の子ではないので、これくらいならばへっちゃらだ。
そのまま何往復かして調理台には材料が山盛りになった。
他のクラスももう準備にかかっていて、各調理台にはいろいろな種類の機材だったり材料だったりが並んでいる。
ちなみに僕達が使うことになっているのは、全部で十何台かの調理台のうちの二つ。当初は一台だけといわれていたんだけど、カスターニャのケーキの噂のおかげか余っていた台を使わせてもらえることになったのだ。
「おぉ。榊原ーー! うわーちょーかわいー」
「って、三組はたこ焼きだったっけ?」
ふぅと調理台の脇で一息ついていると、声を掛けてきたのは三組の松田だった。
彼はあろうことか、すげーすげーを連呼して、僕の周りをくるくる見渡した。
他の生徒は特に僕に注目するでもないというのに、こんなに言われたら目立っちゃうじゃないか。
「たこ焼きだな。焼くのは会場でやるけど下ごしらえはこっちだ。それにしてもすげー」
彼が言うように、三組の調理台のところにはぬとっとした赤い塊が顔を覗かせている。
「もーオレ、絶対におまえのメイド姿見に行くからな」
目をきらきらさせて言う彼に、僕は眼鏡を人差し指で押し戻す仕草をしてから、言った。
「君は、愛水おねーさまにご執心じゃなかったの?」
そう! そうなんだよ。三組の松田は、愛水さんに懸想していて、もうそれこそ毎週フォルトゥーナに通うような常連さんになっているんだよ。それなのに、他のメイドにうつつを抜かすとは問題がある。
「わかってない。わかってないぞ君は。愛水さまはもう、女神さまなのだよっ。女神さまは手が届かない神々しいものなんだ! そうだからこそ俺達男には、身近な女の子が必要なんだよ!」
「あのーもしもーし」
ぐっと拳を握り締めて語る彼をつんつんとつつきながら、声を掛ける。
身近な女の子って……僕はこれでも男なんですけども……
「それで、女じゃないだなんて、嘘だ」
けれど抗議の声もあっさりとそう切り捨てられた。
ちょっとそれはどうなのよ。嘘だとかいわれても僕困っちゃうよ。
そんなに可愛いのに、男の子だなんてっ! ってキャッチフレーズがあるけど、言われる側としてはなんだか変な感じがする。
「おーい、となー遊んでないで、荷物の運搬たのむよー」
「うわっ、よばれた。それじゃーたこ焼きも食べにいくから、また後で!」
はーい、と声を掛けてから、僕は三組の松田に手を振って、ミニバンに戻った。
女装と、女子としてっていうのは、違うんでぃ! というのが作者のポリシーでございまして。
女装だと、おぱーいばびゅーんでございます。
細いのに胸だけ、豊満というこのラインはなかなかに希有なものであり、ありがたいものです。
ナイスオッパイ! と拝んでしまう気持ちもわからんでもない。
あ、次話は、朝2をお送りします。結局ナンバリングになるんかーいってな……




