052.ケーキと紅茶は合うものです
「おまたせいたしました、みなさま」
そんな紅茶選びは、時間にしてだいたい二十分程度だろうか。
できるだけみんなを待たせたくないから、急いで走って帰ったのだけれど、それを周りに気付かせないように平静を保って僕は一礼した。今まで雑談してたらしいみんなは、その声でしんと静まりかえった。
「ではこれから紅茶を淹れます。試飲なので量は多くないですが……それでケーキに合わないと思ったらなんでも仰って下さい」
ヤカンに水を思い切りいれて、まずは火にかける。
正直な話、フォルトゥーナと火力もなにもかもが違うから少し戸惑ってしまうのだけれど、いつもやってるみたいにポットとカップを温めてから茶葉を入れる。全部で三種類あるけどとりあえずはセイロンからだ。
「巧巳さん。ケーキはもういただいてしまってかまわないのですか?」
「あ、ああ」
もうメニュー用の撮影も終わったし、と彼は戸惑いながらも言った。
各種類のケーキが一ホールずつあるから、まずはそれの一種類を小さめにカットして、全員に分けてもらう。カットはフォルトゥーナの厨房でも教わってるので、きれいにカットできる。
「では、召し上がってみて下さい」
優雅な所作で紅茶を淹れると、周りからほぅとため息が漏れた。
男子の制服姿なのになんでそんなになるのかな。
とりあえず僕がチョイスした組み合わせで、みんなに試食してもらう。僕も試しに紅茶の香りを嗅いでケーキとの相性を確認した。
いちおうミルクはいれずにストレートだ。どうも僕が思うに紅茶っていうとミルクと砂糖の味で飲んでいる人が多すぎるような気がする。そりゃミルクとかを入れた方が健康にいいらしいんだけれど、病気が怖くて紅茶が飲めるかというはなしだ。
「あ……これいい……」
女の子達から声が漏れた。すっきりした香りがケーキの甘みをほどよくリフレッシュしてくれて、ちょうどいい。周りをちらりと見渡すと、うっとりしたような顔をしている子が多かった。
「あと二種類、当日はこれにホット麦茶も追加しようと思うのですが……まだ、試飲を続けますか?」
だいたいみんなが一つ目のケーキとお茶を食べ終えたところで僕は、静かに聞いた。
みんなは、こくこくと肯いて、次にいってと答えた。
「では、淹れ方の説明もメイド組に教えてもよろしいでしょうか?」
ほとんどこれで決まりなような空気だったので、僕はそういってお湯を沸かす所から、みんなに説明しながら作業を行っていった。当日はそれぞれストップウォッチをつけさせて蒸らし時間を計らせるつもりだけど、今日は一気に三つのポットをつくってしまうので腕時計でチェックだ。
その間に次のケーキを巧巳に人数分にうまいこと切ってもらって試食を始めた。今度は食べる最中にミルクを入れてもらって、ミルクティーでの味も見てもらう。
「あぁ、これもいい……」
それも案外好評で、二種類のケーキをみんなは片づけた。人数分に分割したので、お店で出す1ピースの半分くらいになってしまっているから、僕としてはちょっと物足りない感じだ。
最後の一種類は僕が口で説明をして、二人の副メイド長にやってもらった。
少しあぶなっかしいけれど、なんとかこなせたみたいで、みんなで美味しくいただいた。
「紅茶は一杯200円ということになっていますけど、それに見合う品質を私は求めたいと思っています。せっかく巧巳さんのケーキは最高級なんですから、できる限りのことをやりましょうよ」
すべての試食を終えてケーキが五ホールまるまる無くなってから、僕は言った。
するとみんなはこくこくと肯いていた。特に女子の方から賛同が多かった。お茶本来の味と香りに参ってしまったんだろう。
納得してもらえたところで、経理の子達との交渉だ。
どれくらいの量を入荷するのか、決めなければならない。
「喫茶店なら、この倍はするよね……」
経理の子は頭を悩ませながら、うーんと苦しそうに呻いた。
そうなのだ。今回出した紅茶はファーストフードで出てくる紅茶とは違う、本格的な喫茶店にも劣らないものだと思っている。それをこの値段で出してしまうことに彼女はためらいがあるんだろう。
これをこの値段で出すのはあまりにももったいないのでは?
そんな思考が見て取れる。みんな仲良く貧乏性である。
「ええ、普通なら人件費がかかりますからね。それにガス代も。でもうちはそんなこと考えなくてもいいわけですよ。それとも……募金の為に必死に儲けを出すようにがんばりますか?」
問われて彼女は少し悩み込んだ。儲けを出した方がいいのだろうけれど、あまり高くしすぎて売れないというのも不安なのだ。というか高校生で一杯五百円の紅茶を、という感覚の方があり得ないかもしれない。
「やっぱりティーパックの方が安くていいんじゃね?」
別の所からそんな声が挙がった。でも僕は首を横に振った。
「メイド喫茶は見た目でインパクトがあります。おまけに女装ですからね。でもそういう看板だけで勝負をするのは絶対にイヤなんです。想像してみてください。メイド喫茶に入って、メイドさんは可愛くて、でてきた料理がへぼかったら……って」
香りも、味も、リーフとティーパックじゃ段違いなんだから、と僕はつけくわえた。
前にメイド喫茶にいって思ったんだけど、どうしてもデザインばかり重視で中身が伴ってない店が多すぎる。いってみればハリボテだ。それはそれでお客さんのニーズがメイドのかわいらしさだけで他はおまけだ、っていう割り切りがあるのならいいのだろうけど、学園祭の喫茶店でそれができている人がいるかというと難しいところだろう。
学園祭に来る人なんて、生徒の家族だったりとか、友達だったりとか近所の人だったりとかだ。そんな人達って絶対にメイドの華美さだけでなく、その仕事内容にまで目を光らせる。学生の出し物だからしかたないよな……なんて思われたらちょっとやるせない。
「わかる……わかるよ、その気持ち!」
僕の演説がお気に召したのか、伊藤くんがうんうん肯いていた。
「俺も表面だけのコスプレなんて我慢ならないもんな」
そういうと、お前らもちゃんと女の子っぽくやらないとダメだぞ、とメイドさん達にゲキをとばした。
「そりゃ……まぁ。メイドが霞むくらい料理がよければ俺達だってはずくないしな……」
そういわれるとそうだよな。メイド候補生からはちらほらそんな声が漏れた。
目玉はやっぱり女装メイドなのだけれど、できればお店を出て行った後は、あの紅茶とケーキ美味しかったよねって印象の方を強くしたいってわけ。
やっぱり男の子にとって女装っていうのは恥ずかしいことだもんね。
「これで、店をあけられそうかな」
ちょっと、怪しいけど。
ひとしきりみんなの同意を得られたところで、僕は嘆息してつぶやいた。
ことことこと。
自転車がすべる音が横から聞こえた。
試食会が終わってもう時間は六時も過ぎたころ。
まだ夏の日差しは沈むことはなくて、薄暗くはなっていないけれど、ずいぶん遅くなってしまった。今日ばっかりはお店のお総菜とかで我慢してもらおう。経済的には厳しいけど、親父を待たせるよりはずっといい。
「なに?」
「あ、いや、おまえ……紅茶の事になると人が変わるんだなって思って」
巧巳が何かを言いたそうにしていたので、僕は少しきつめに聞いた。
どうも、さっきメイドさん口調をやったので、その堅さが残っているみたい。
「ちがうよ。僕はメイド長モードでしゃべってただけ」
「でも、だまっててもよかったわけだろ」
わざわざ、おまえがリーフティーを準備してこなくても、と巧巳は言った。
確かにそう。その通り。あのまま黙っていてもよかったはずなんだ。
でもね。
「巧巳のケーキ、おいしいから……」
僕はそれだけ小声でいってうつむいた。
むしろ黙っていた方が安全だっただろうし、流れにただ乗るだけの方が楽だっただろう。でもイヤなんだ。納得できないものを出すなんて。
「ごめんな」
しばらく無言で歩いていると巧巳が言いにくそうにつぶやいた。
なんだかんだでこの前の音泉の言葉が効いているんだろう。
嫌なことをやらせている、という思いはたぶんずっと燻っているのだ。
「いいよ。それよりも、当日。がんばろ」
でも。僕としてはただ、にこりと微笑み返すだけ。
メイドモードになっていても巧巳は僕と音泉の関係を微塵も疑っていないようだし、このままきちっとキツイメイド長を演じればなんとかなるだろう。
「あ、ああ……」
でも巧巳はなぜか複雑に笑って、自転車を先に進めた。
まったく巧巳ってば僕が笑顔向けると嫌がるんだから。
「メイド姿、笑っちゃやだよ?」
あんまりつれなくされるのもイヤなので、僕は少し控えめに拗ねて見せた。
「……」
巧巳はもう何も言わずに自転車を漕ぐだけだ。
初秋の夕陽は少し眩しくて僕は目を細める。
その影の先で巧巳がわずかに笑ったような気がした。
メイド長さんの準備も整った! という感じですね。
そして、巧巳くんはでれるというか、そんなこと言われたら、やだもー! みたいな。
うちにクラスメイトが俺だけにでれて辛い! みたいな感じになってるのがひほえますぃ。
というわけで、さぁ本番をたーのしーむぞーい。




