051.突撃、近所の茶葉屋さん
学校のそばに茶葉を売ってるお店とかあったらなぁ、って昔思っていました。
小さなログハウスの見事な木目が、目の前に飛び込んできた。
学校から出てちょっと行ったところに、僕の目的のお店はあった。
ログハウス風ってのがたぶん一番しっくりくると思うんだけれど、木造の建物は小さいくせに人の目を惹くのには十分すぎるくらい小洒落た雰囲気をもっていた。
入り口には、小さな黒板が椅子の上に置かれてあって、何かしらの文字が書かれている。
一見すると洋食屋さんのようにも見えないこともないけれど、なにか小物を売ってそうな雰囲気でもある。
でも、このお店が実は紅茶の茶葉を売っているお店だ、ということを知っている人はたぶん少ないんだろうと思う。
残念ながらこのお店は通学路から少しばかり外れてしまっているのだ。外観くらいは毎日眺めていても、わざわざここまできて確認するような人はそれほどいない。
僕だって、フォルトゥーナで渚凪さんからリーフティーの買えるお店を教わったときに、ここの名前がでてびっくりしたくらいだったんだから。
当然。僕がここにくるのだって初めてのことだ。だからお店の前で軽く深呼吸をした。
やっぱり一見するとお洒落なんだけど、ちょっと近寄りがたい雰囲気がある。
少しハイソというか……僕みたいな一般庶民が入るところという感じがしないのだ。
「いらっしゃい」
けれどその場で立ちつくしているわけにもいかないので、僕は意を決してドアを開けた。瞬間。いろいろな紅茶の香りがふわっと匂った。これだけいろいろな匂いが混ざると悪臭になってしまうものだけれど、不思議と全体がまとまっていて紅茶の香りとして落ち着いている。
「ちょっと、見させてもらいますね」
「あらまぁ、若いお客さんは大歓迎っ。ゆっくり見てってね」
そしてすぐに若い女の人の声が耳に入る。二十代の中盤から後半くらいだろうか。顔を上げると、古そうなレジの脇に座っているおねーさんの姿が見えた。
「はい」
僕はなるべく笑顔を作って挨拶をしてから、店内を物色しはじめた。
思ってたよりも種類が多くて目が回りそうだ。
壁面にびっしりと、金魚鉢くらいの大きさの紅茶の瓶が置かれていたのだ。
それぞれ大まかな産地で区分けされていて、さらにそこから各種の茶葉と農園の違いなんていうのが書かれている。
やっぱり商品の名前と茶葉の香り、おまけに値段を考えた上で茶葉を選ばなければならないから大変だ。こういうのをりーなちゃんや瑠璃さんはほとんど把握しているというのだから、すごい。
一口にセイロンティーといっても、産地の場所で味と値段はまるっきり変わるし、グレードでだって味は変わる。セイロンっていうのは、今のスリランカの事で、スリランカでできたお茶は全部セイロンティーってわけ。一番有名なのはたぶんウバ。他に、ヌワラエリヤとティンブラがある。
「あの」
それらと睨めっこしてある程度絞ったところで、僕は意を決して店員のおねーさんに声をかけた。
「何か、質問かな?」
ん? さぁ、聞いてくれ給え、といった感じで、おねーさんはにこやかに答えてくれた。どうにも若い子がお店に来ることが珍しいらしくて嬉しいようすだ。
やっぱりみんな、入ってなかったんだね……
「今度学園祭で、喫茶店をやることになりまして」
「ああ、みつば祭ね」
私も例年遊びにいってるわ、とおねーさんは言った。
「それで、茶葉を選ぶことになったわけなんですけど、大量に買ってしまってもいいもんなんでしょうか?」
「ぷっ」
少しおどおどしながら僕が言うと、彼女は吹き出して、そのまま笑い出してしまった。
でも、ほらやっぱり業務用っていうかさ。お店で使うんだからけっこうな量になるじゃない? それを一気にかっ買っちゃっても平気なのかすごい心配だったんだよ。業務用みたいな感じになるんじゃないかなって。
「ごめんごめん。そんなこと気にしてたんだ。別にこっちは商売だし、二日間でしょう? そう大した量にもならないと思うし、平気よ」
一応、仕入れはちゃんとやってるしね、と彼女は胸を張った。
それを聞けばもう安心。あとは、茶葉をどれにするか決めるだけだ。
「どういうケーキに併せるのか、説明できる?」
二つの紅茶を嗅ぎ比べている僕をみかねて、おねーさんは声を掛けてくれた。
だから僕は、さっき味わってきた巧巳のケーキを細かく説明する。ちょっと、私情がかなり入りまくってるのは、この際、目をつむって欲しい。
「それ……もしかして、カスターニャのケーキだったりして」
彼女がおどけてそう言うので、まさにそれですよ、といったら彼女は驚いて立ち上がった。
「そっかぁ。それはうちとしても嬉しいな……あのケーキ美味しいものね」
想像するだけでヨダレがでそうと、彼女は苦笑した。
僕も同感だ。巧巳のケーキは絶対に美味しい。
「それなら、やっぱりウバの方がいいんじゃないかな。そりゃ、お値段ははるけど……あのすっきりした感じが合うと思う」
「やっぱりそうですよねぇ……」
そう言いながら、わずかに僕は顔をしかめた。
「高いの、やっぱり気になるんだ?」
「そりゃそうですよ。いちおう六十分制限で入れ替えしますけど、どれくらいでるかって予想があまり立ちませんからね」
「じゃー最初は少なめに買っておいて、ばかすか売れるようなら、後で補給に来てくれてもいいよ。土曜はお店開けてるし」
日曜はみつば祭に遊びに行きたいから、休みだけどねと彼女は言った。
そっか、それなら確かに分量の調節がしやすいかもしれない。土曜にでた量を目安に日曜分を買っても良いわけだし。
「ちなみに、一杯いくらの設定にするの?」
「ポットがありますから、それを200円以下に抑えたいと思ってます」
なるほどねぇ、と彼女はつぶやいて、目をつむった。
たぶん頭の中で計算しているんだろう。
ポット一杯につき6g程度の茶葉をつかうのが一般的だ。100gでウバが1000円ちょっとなので、一杯分で60円の計算になる。光熱費などを含めても十分儲けがでるのだ。人件費がゼロなのもありがたい。
問題となるのはデッドストックがでてしまった場合。リスクは大きくなるけど、それだって買い足ししていいという話なら問題はない。
「正直なことを言いましょう。まず、カスターニャのケーキのネームバリューでお客さんはすごいと思うわ。で、ケーキを頼めば自然と飲み物も頼む。普通の喫茶店みたいに500円とかだとちょっとって人もいるかもしれないけど、200円ならまず普通に頼むんじゃない?」
そりゃ、僕もそう思う。巧巳のケーキが目当てならセットで頼むのが普通だし、メイドを目的で来ればお茶を頼むのが普通だろう。
「問題はダージリンよね。200円だと、ちょっとランク落とさないと厳しいかな。普通なら500円とかザラだし」
本当はもうちょっと値段高くしていいやつ飲んでもらいたい所だけど、いちおう旬を外さなければ大丈夫と彼女は言った。
「ダージリンっていうとマスカットフレーバーの夏摘みばっかり有名だけど、秋のダージリンだってけっこうおいしいのよ」
「そういえば、入り口に入荷しましたって書いてありましたよね」
「ちょうど昨日入ったばっかりでね。香りは落ちるけどその分、味はぎゅぎゅっと詰まってるから」
ロイヤルミルクティーにしても紅茶の味がしっかりでるから、レパートリーも増やせるし、なんて彼女は言ってたけど……たぶんあのメイドさん達でそこまでやるのはちょっと危険に違いない。
「それに、値段もお手頃ですしね」
隣にある夏摘みの値札と見比べてみて、僕は素直な感想を述べた。
本当ならそれぞれ茶葉の値段にあわせて、値段を変えればいいんだろうけれど、お茶の値段が違うことをよくわかっていないみんなは、一律同じ値段になることを望んでいる。
茶葉にだってグレードも値段も存在するのに、それがわかっていない。どんなお茶だろうと、それはお茶というカテゴリに属するものという認識しか持っていないのだ。
それはたぶんお客さんだってそうなのだろう。多くの高校生は、たかがお茶にそんなにお金は出せないと思っている。そこのところが難しい。
「200円で出すなら、やっぱりそれくらいのグレードになっちゃうのよね。もうちょっと値上げしてもいいと私は思うんだけどなぁ」
「僕もその方が良いかなって思わなくもないんですけど、みんながちょっと怖がってる感じがするんです。むしろお茶なんてティーパックで十分じゃないかなんて言うくらいですよ」
「それは、けしからんねぇ。きみはそれ、説き伏せてここに?」
「いえ、とりあえず飲めばわかるって言って、ここに来たんです。巧巳の……カスターニャのケーキもちょっと前に焼き上がった所ですから。併せてみればイヤでもわかりますよ」
「なーる。いいなぁ。私もケーキ食べたいや」
でも、お店しめて行くわけにもいかないのよね、と彼女は肩を竦める。
「とりあえず20gずつもらえますか? それでOKならまた買い出しに来ますよ」
「まいど~」
彼女は僕がいう通り、三つの袋に茶葉をつめてくれた。だいたい一種類にカップ十杯分になる量だ。試飲だから、カップ半分ずつ試してもらえばこの量で20人分はいける。調理室にいるメンツくらいなら十分行き届く。
「でも、初めてだなぁ。ここ三年お店開いてるけど、みつば祭でリーフティー使おうなんて言った子なんてさ。だいたい紅茶っていうと、ティーパックじゃない」
よくよく考えればそれってボロモウケよねと、紅茶を詰めながら彼女は言った。
ティーパックのお茶を一杯200円なんかで出したら、すごい事になる。お湯を沸かす為のガス代なんかを含めても十分な利益がでてしまう。
「やっぱり紅茶って高いですからね。敷居も値段も」
僕が言うと、おねーさんは苦笑した。ある程度はそんな自覚があるらしい。
「でもさー、ちょっと化粧品を買い控えるとか、ちょーっと服買うのやめればけっこー楽しめるのにね。100gもあれば一ヶ月もつし」
毎月二千円とかなら、そうそう高いものでもないと思うんだけどなぁ、と彼女はしょげてみせた。
それには僕もちょっと同意だ。でもたぶんみんなは値段よりも、味の違いにこだわっていないだけなんだと思う。そもそも、美味しいお茶を飲んだ経験がない人の方が多いんだろう。僕だってフォルトゥーナで働いてなかったら、こんなに紅茶が美味しいものだなんて知らなかった。
「あー私はもう、ダージリン・シルバーニードルズ・マカイバリとか毎日ばかすか飲める生活が送りたいわ……」
おねーさんは、そういって泣き真似をしながら、レジを打った。
シルバーニードルズっていうのは、とんでもない高級茶葉で100g15000円もするやつだ。前に、メイド喫茶巡りに行ったときにポット一杯3000円って値段を見て、思わず目が飛び出そうになった一品。
このお店では取り寄せだけに対応して、店には置いてないんだって。あれを毎日飲める人なんて、きっといないから。
「美味しいものは、記念日にだけいただくから美味しいんですよ」
「まぁ、そうなんだけどね」
僕は、受け売りの台詞を言うと、代金を払って領収書を書いてもらった。
シルバーニードルスほどじゃないけど、3種類×20gの茶葉で、そこそこな値段になってしまった。僕の金銭感覚ではやっぱりこれでも十分高いのだ。
「また是非来てね。学校のもだけど、私的にも贔屓にしてもらえると、おねーさんよろこんじゃうから」
扉を出る頃には、おねーさんは、手を振ってそんな風に見送ってくれた。
灯南ちゃんが大人のお姉さんと、わきあいあいですよー! ういういしくてかわい!
思えば、作者は十六のころあいでは大人と会話するの怖かったですー。
さて、茶葉を手に入れましたが、採用になるかどうかは、次話ですね!




