046.たまには同僚とお出かけを1
さあ学園祭のシーズンですが、お仕事もちゃんとやってますよと言うことで、同僚ときゃっきゃしますー。
鏡を前にして、はらりと落ちる髪を右手ですくい上げる。
つるりとした感触。
腰くらいまであるウィッグの長髪はきれいにまとまってきらびやかだ。
長い髪はやっぱり音泉にはよく似合っていて、可愛らしさを添えている。
「やっぱり、そろそろ秋服を買いに行かなきゃ……」
はぁ。軽いため息を漏らして服を身体にあてがってみると、丸い顔が少しだけ曇った。
正直少しだけ、気分は複雑。
外出することは純粋に楽しいけれど、今後のことを考えると少しだけ憂鬱になってくるのだ。だって、もうちょっとで季節は秋になってしまうから。
六月に買いそろえた夏服から、衣替えをしなければならない季節。
そうなれば自然と出費は増えるし、音泉としての服装だって整えないといけない。
しかも。店員さんったら、僕がなにもわからないことをいいことに、あれもこれもと大喜びで着せようと寄ってくる。もちろんいい人に違いないんだけど、あんまり可愛い服を渡されても困るんだよね。
音泉は通勤のために僕が演じている女の子。それは時間制限があるし、はっきりいってデートの為の服とかは必要ないのだ。
それでも……店員さんは僕に可愛めな服を中心にコーディネートをしてくれちゃってて。
なんとか押しとどめてジーパンとかにしてもらおうと思っても、結局何着かは買わされてしまった。もちろん研修とかもあったし、その為の服として何着か買ったというのもあるんだけれどね。
もちろんジーパンに合いそうなチュニックとか、カットソーとかも一通り揃ってるけど、途中で着替えるのが面倒だから、普段は男女兼用な服装で行くことの方が多かった。
やるとしてもせいぜい、ジーパンだったのをスカートに履き替えるとか、それくらい。
確かに、灯南と音泉が同じ服を着ているのはおかしいのかもしれないけど、毎日フォルトゥーナに行く時に荷物を持っている、というのも変な話な気がする。
コインロッカーを使ってもいいんだろうけど、まだちょっと毎月あの負担をするだけの余裕が我が家にはない。
音泉のお給料が上がれば考えてもいいかなって感じだ。ちゃんと着替えてしっかりしていった方が安全なのには違いないしね。
「今日ばっかりはしかたない……か」
はぁ。やっぱり出るのはため息ばかり。
さて。なんで僕がこんな風に服選びをしているかというと。
先日、渚凪さん達と約束したお食事会に行くためだった。
ちょうどテストも終わって、それの気晴らしとしてはちょうどいいタイミングだ。
本当に、ここ二週間は忙しさ倍増できつかった。
勉強に加えて、仕事だっていっさい休みナシ。もちろん休んじゃうとお金が入ってこないから、気をつかわれても困るんだけどね。
もちろん気晴らしが女の子の格好をしてご飯を食べに行く、っていうのには少し疑問点はあるんだけど、でも渚凪さん達みたいな可愛い女の人と一緒に行動できるってだけで、ちょっぴっと嬉しくなったりするんだ。
だって考えてもみればこれってすごいことなんだよ。普通、生活しててあんな人達と友達になれるなんてことはないんだから。どんなにお客としてお店に通い詰めたって絶対に駄目。一緒に仕事している同僚だから仲がいいんだもん。
きっと三組の松田あたりがこのことを知ったら、なんと羨ましいだとか、そんな恐れ多いことをやるなんてっ、などとわめき散らすに決まっている。
でも実際にいくのは灯南じゃなくて、音泉。女の中に男が一人、ってわけじゃなく、僕自身女の子として行くわけだから、別にやましい気持ちなんてこれっぽっちもない。
それに……今は女の子を追っかけるよりも、お金を追っかける方が先だもん。守銭奴なんて呼ばれたって、親父の借金が減らないことにはどうしようもないんだから。
「これだとちょっと地味……かなぁ」
ちょっと、服を合わせてみてうーんと小首を傾げてみる。髪が一房服の上にかかる。
最初からウィッグを付けているのは、やっぱり確認のためだ。いくら休みだからといっても、はずせるものじゃないからね。
いくつかとっかえひっかえをして、結局選んだのはお店でコーディネートされた通りの黒のワンピとオフホワイトのボレロ。結構上品なお嬢さん風に仕上がるんだけど、涼しいし、音泉にはよく似合っていると思う。
暦の上ではもう立派に秋。でもやっぱりまだまだ暑いから今はまだ夏の服で十分だ。
もうちょっとしたら……秋服も用意しなきゃいけない。出費は正直痛いのだけれど、それもきっと今年だけ。来年になれば今年のを着回しできるし、お金だってずいぶんかからなくなるはず。なんて思い浮かべては、来年まで音泉を続けていられるのかと想像して、ボクは苦笑を浮かべた。
声変わりしちゃったらもうさすがに無理だもんね。
「それじゃ、行ってきます~」
いったん灯南の男の格好にもどると、着替えをごっそりとスポーツバックの中にしまった。
さすがに家からフルメイクで女の子の格好をしていくわけにはいかない。
この家から音泉が出てきてしまっては、いったいどういうことだと言われてしまうからね。
考えてもみれば、女の子を一人つくりあげて、それを隠すっていうのは本当に大変なことだ。
それでも僕はそれをこなさなければいけない。
それに……やっぱり、あの二人とご飯を食べに行くのは楽しみだ。
今日、ご飯を食べに行くのは、フォルトゥーナから少し離れた町にある料理屋さん。
ボク達がまだ高校生なのを配慮してくれたのか、そんなに高価なところじゃなくて、チェーン展開している鉄板焼き屋さんだ。
ボクはファミレスでも良かったんだけど、渚凪さんがせっかくだからって提案してくれたお店だった。前から入りたかったものの、女一人で入るには二の足を踏んでいたらしい。やっぱりああいう、大人数で囲むようなものは友達がいないといけないもんね。
魚介類から始まって、お肉や野菜、おまけにお好み焼きなんかもできるらしくて、今からもうわくわくどきどき。やっぱり家で食べるご飯と外で食べるご飯はベツモノだもんね。
いつも使っているいくつかのトイレのうちの一つを選んで、僕は手早く着替えを済ませた。メイクもばっちり完成していて可愛くしあがっている。
「ううぅ。もったいない……」
ちゃりん。コインロッカーに着替えをしまうと、鍵を引き取って小さなバックにしまった。普段なら、ジーパンをフォルトゥーナのロッカーにしまうくらいだからこんなものは使わないんだけど、今日は頭から下まで全部着替えたからかなりの大荷物になってしまっているからしかたない。
かつかつ。はき慣れない女の子用のサンダルをならしながら、電車を乗り継いで待ち合わせ場所に着くと、ボクが一番乗りだった。
時間まではまだもうちょっとあるけど、まぁ、良いだろう。
駅の入り口の壁に軽く寄りかかると、時計をちらちらみながら時間を潰す。
ふふ。どっからどうみても、人待ちをしてるお嬢さんだ。
だいぶこういうのにも慣れてきたけど、やっぱりちょっとはずかしい。
ばれないかどうか、っていうのよりも、純粋に着慣れていないからなんだろうね。
メイド服はさすがに慣れたけど、私服を着る機会なんて滅多にないから、ちょっとだけドキドキしてしまう。
う~ん、女装して外に出るのを楽しんじゃうなんて、ボクはやっぱりちょっとおかしいんだろうか。
「あ、あの……突然ゴメン。フォルトゥーナの音泉さんだよね?」
「え? あ、はい。そうですけど?」
そうこうして一人待っていると、声を掛けてくる男の姿があった。
たぶん、フォルトゥーナのお客さん。かすかに記憶があるから、間違いないだろう。
ああいう仕事をしているから、やっぱりボク達の顔を知っている人は多くて、渚凪さんが言うには、町中で声を掛けられることもあるんだとか。
ボクは、というか、音泉は普段お店の外で存在していないから声を掛けられる経験なんてなかったんだけど、今日初めて声をかけられてちょっと驚いた。
「うわ、嬉しいなぁ。こんな所で会えるなんて。買い物かなにかなの?」
彼はボクの私服姿を見れたことに大はしゃぎなようで、すげぇすげぇと言いながら、ボクをいろんな角度から眺めていた。
でも。
「すみません。人を待っていますので」
巧巳に言われたことを思い出して、少し顔をきりりとして、ボクは答えた。
やっぱりボクは今まで無防備だったのだろう。それにいまここで彼に帰って頂かないと、渚凪さん達にも迷惑がかかる。
「ああ、ごめんごめん、つい嬉しくて。迷惑だったよね」
また行くから、その時もよろしく、といって彼は去っていった。
「ボクもやればできるじゃん……」
拍子抜けするほど簡単に引き下がっていったお客さんを見送りながら、ボクはつぶやいた。
音泉ちゃんが、声変わりしたら無理とかいってて、作者的にはちょっと抱腹絶倒っw
昔書いてた話だから当時は声とかーって思っていたのだよなぁと。でも、声はつくれるのです。なので来年もメイド喫茶で働いてください。
よろしくおねがいしまー。




