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045.朝の勉強会とお詫びの品

「榊原くん。ちょっといい?」

「ん?」

 ご飯を食べ終えてぱたりと蓋をしめると、弁当箱をしっかりと包み布で覆った。


 今日のお昼は鳥の唐揚げとほうれん草のおひたし、あとは昨日夕飯の時に作っておいたチビグラタンだ。冷凍食品のグラタンを使えばすごい楽は楽なんだろうけど、やっぱりああいうものは高いからダメだ。


 そんな風にお弁当の回想をしていたら、思わぬ相手から声をかけられて僕はちょっとだけ驚いてしまった。そう。目の前に立っていたのは、一緒にメイドをやることになっている秋田くんだったのだ。

 僕がいうのもなんだけど、彼はすごいちっこくて可愛くて壊れてしまいそうなほどなのだ。そんな彼がちょっと恥ずかしそうに頬を朱色に染めながら話しかけてくるものだから、そりゃ大事件なのである。

 身長が同じくらいだから体育で僕達はペアを組んでいるけど、どっちかというとだいたい僕の方から話しかけるばっかりで、そんなに秋田くんから話しかけてくるってことって無かったんだよ。良く言えば内気。悪く言えば臆病。

 でもそんな彼だから、僕は努めて普通な顔で彼を受け止めた。


「もうちょっとでテストだよね」

「うん。そう……だね」

 彼は神妙そうな顔で、さらりと嫌なことを言ってきた。

 テストまではあと一週間。忘れようと思ってもその時はすぐにでもやってくる。


「テスト勉強はかどってる?」

「それは……」

 彼の言に僕は、目を伏せてため息をついた。

 実をいうと、それほどはかどっているとは言い難いのだ。

 夏休みに勉強してなかったかというとそうでもないんだけれど、成績が下がれば親父の一言でバイトが中止になってしまう。そうなるとフォルトゥーナにも迷惑がかかるし、親父のビールも発泡酒に格下げになってしまう。

 そういうことを考えると、不安はどうしたって無くなってくれなかった。


「実は僕もちょっと、不安で……」

 だから素直に態度にしめしたら、彼も少しだけ嘆息して、まるで演技でもしてるかのようなオーバーアクションで思い切り肩を落とした。

「でも、一人じゃなかなか勉強できなくって」

 なかなか集中できないし、どうしても遊んじゃうの。彼は右手と左手を胸の前で併せると、可愛らしくそんなことを言った。実に乙女チックだ。少しもじもじしてなかなか言葉を言い出せないいじらしさが堪らない。


「……それでさ。もし良かったらなんだけど、朝少し早くきて勉強会やらない?」

 なんとか言いきった、という感じで彼はこちらの動向に注目していた。

 少し震えている様が、かわいそうなくらいだ。

「いいよ。やろう」

 だから、僕はいつも以上に笑顔でそんな風に答えた。

 すると彼も花が咲いたような笑顔になる。

 どうも秋田くんはここの所、人が変わったみたいに可愛くなったような気がする。入学したての頃はけっこうガチガチで俯き加減だったのに。やっぱりメイドをやるということで、なにか吹っ切ったのだろう。


「それでその……二人きりってのもアレだから、池波くんも一緒にどう……かな?」

「……え?」

 少し怯えるような目で僕を見つめながら、それでも彼の言葉は僕の背後の巧巳にかけられた。

 ははぁ。なるほどね。読めてきた。

 自分から言い出すのは抵抗があるから、秋田くんというクッションを置いたわけだ。

 たしかに今までずっと話もしてないし、こじれちゃってるから話しかけるのは怖いとは思うんだけど……


「……だめ?」

 わざわざ秋田くんに頼まなくても、と思う。

 僕に向けて彼は不安そうな顔を見せる。本当に人が怖いというか、そんな雰囲気を持ってるんだよね、彼って。

 そんな彼にこんな表情されたら、たぶん誰だって断れないと思う。


「巧巳がいいなら、いいよ」

「じゃあ……俺も参加する。うん」

 巧巳はただそれだけぶっきらぼうに言うと、僕から視線をそらした。

 まったく、そんなにガチガチに緊張しなくたっていいのに。

「じゃあ、決定。朝、一時間早くくるってことでいいよね?」

「僕は別にそれでいいよ」

 普段ならここで巧巳のことを気遣ったりするところだけど、今は喧嘩中なのでそれはなし。でも僕がOKを出しただけで巧巳はあからさまにほっとした顔をした。

 でも。


「両手に花、うっらやましぃねぇ」

 突然、秋田くんの後ろから軽そうな声が聞こえた。

「なんだよ、突然」

 両手に花、という言葉に、巧巳は警戒の色を強くする。

 たぶんその言葉の中に、少しの悪意を感じたんだろう。確かに少しだけ言い方にトゲがあるように感じられたし、中学の頃から反感を浴びている巧巳はもっと敏感なのかもしれない。

 一方、その声の主はそんな巧巳の態度なんておかまいなしに、僕たちの輪の中に入ってくる。こうやって目の前に立たれるとけっこう背が高くてがっちりしてるから威圧感があるね。

 彼の名前は、確か佐竹亮くんだったか。背が高いし別のグループにいたから、僕はあんまり喋ったことがない人。ちょっと体育会系で実はちょっと苦手なタイプなんだよね。


「おっと。気に障ったなら謝る。ただ、きらびやかでいいなって思っただけなんだ」

 でも、彼はそんなことを言って、僕たちをちらりと見た。

「それと……」

 そして、少し言いづらそうに言葉を切ると、先を続けた。


「なんていうか俺も試験やばそうなんだよ。それでこう……仲間に入れて貰えたら嬉しいかなと」

 数学が特にわけわかんなくって、と彼は苦笑混じりに頭を掻いた。

 巧巳が数学得意なの知ってて言ってるんだろうね。

「おまえなぁ……」

 巧巳は少し困った顔をして、僕たちの顔をちらりと見た。

 どうしようかきっと考えているんだろう。


「いちおう、秋田のおまけってことで、よろしく頼むよ」

「実は出身校が同じなの。親しいトモダチってわけじゃないんだけど」

 クラス違ったし、ね。と、陸くんが言うと、彼は、その通りだとうなずいた。

「でも! でもでもぉっ。今は同じクラスなんだから、仲良くしてもらわないとねっ」

 友達百人できるかなっていうだろう、と彼は身を乗り出して興奮気味に言った。やーんと、なぜか口調を女っぽくしているのはわざとなのだろう。けっこうがっしりした巨体でその台詞をねっとり言われると、千絵里オーナー以上にインパクトがあるのだから、すごいと思う。そしてそれをされるだけで最初にあったちょっとした恐怖感が薄れるのだからすごいものだ。


「僕からもお願い。同郷のよしみってやつで」

 一人くらい増えたって平気でしょ? と秋田くんは言った。

 巧巳は、しかたねぇなぁと言って、肩を竦めた。

 とりあえず、決着がついたらしい。


「にしても、僕は花なんて感じじゃないよ……」

 それに安心したからなのか、秋田くんは少し控えめに抗議していた。

 そう。僕もちょっとそれは気になっていた。巧巳は普段女子に囲まれているけど、今囲んでいる僕と秋田くんはどう考えても花じゃないと思う。

「……そう、でもないぜ。なぁ?」

「なぁ、って僕に振られても困るんだけど」

 佐竹くんは慌てたように僕に同意を求めてくるものだから、僕は困ったような顔をして答えた。すると。


「そりゃ、榊原くんは花かもしれないけど。僕なんてまだ全然……」

 ちらりと僕の方をみて、秋田くんはそんなことを言うではないですか。

 それはおおいに間違っていると思う。

 音泉は確かに花だけれど、今の僕はぜんぜんそんなことはないんだから。

「っと、もう昼休み終わりか……」

 けど、その事につっこもうと思った時、教室の前についているスピーカーからチャイムの音が流れた。予鈴だからまだ時間はあるんだけど、次は体育だから着替えなきゃいけない。


「それじゃ、勉強会の件、頼んだぜ」

 佐竹くんはそう言い残すと、自分の席の方に帰っていった。

 それに釣られるようにして、秋田くんも前の方にある席に戻っていく。

「勉強会……か」

 そこで巧巳が果たしてなにをするのか。

 そんなことはわからないけど。でもきっとその時になれば、巧巳からなんらかのアクションがあるのだろう。

 明日の朝。それですべてがわかる。

 僕はちらりと巧巳のぶすっとした顔を見ると、ワイシャツのボタンに指をかけた。




 そして翌朝。

 眠い目をこすりながら教室にいくと、そこにはすでに巧巳の姿があった。

 他にはまだ誰もきていないみたいで、教室はシンとしてしまっている。


「……おはよう」

「……」

 とりあえず無言なのもアレなのでぎこちなく挨拶をすると、巧巳はちらりとこちらを見てうつむいた。まったくせっかく挨拶してるんだから返してくれればいいのに。

 きぃ。椅子をひっぱってとりあえず巧巳の前の自分の席に座る。


「……その……」

 声。背後からぽつりと声が聞こえた。その声はどことなく弱々しくて、震えている。

 でも、後ろを振り返ってはやらない。

「……メイドの件は、悪かった。俺、無神経だった……」

 ぽつりぽつりと、言葉が漏れてくる。

 がたり。椅子が動く音が聞こえた。

「許して……くれない……かな」

 僕が後ろを向かないことに焦れたのか、巧巳は立ち上がると僕の前に立った。


 そして。

「俺にできるのは……これくらいだけど」

 これで、許してもらえないか。

 巧巳は僕の机の上にかさりと、小さな箱を置いた。

 これって……


「ケーキ?」

 開けてみろ、と言われて素直にその箱を開いた。

 中から出てきたのは、かわいいケーキが二つ。

 でも、これって……

「これ……新作……?」

 中にあったのは、今までみたことのないケーキだった。

 片方は円柱形のでふわふわのスポンジの中に林檎がぎっしり詰まっている。上に飾られているのは、たぶん林檎の皮。真っ赤な花びらみたいな細工がされてあって、可愛いというよりも美しい。

 もう片方は正方形で、こっちは葡萄をつかったものだろう。上にアクセントとして葡萄のつぶつぶが三つほど、皮付きで紫色に輝いている。

 僕はそれをみながら、完全に硬直してしまった。

 いろんな考えが頭をぐるぐる回って、それで……


「バカっ。巧巳のバカ! なんで。今みたいな時にこんなこと……」

 まずい。すごい嬉しい。

 巧巳はわざわざ僕に謝るためだけにこんなことをしてくれたのだ。お詫びをしなきゃというのは聞いてたけど、まさかこんな手段でくるとは思わなかった。

 それもこのテスト前の大事な時期に……


「そんなこと言われたって……お前……メイド、嫌だったのに押しつけちまって……」

 だから、自分にできることっていったら、これくらいしかないから。

 巧巳はほとんど泣きそうな顔になって、僕を見つめる。

 こんなことをされたら、許す以外にないじゃないか。


「……もういいよ。メイドは確かに……嫌だけどさ。でも。今回だけは我慢する」

「……よかったぁ」

 はぁ。と大きな安堵の息を吐いて、巧巳はぐったりと自分の席に身体を預けた。

 もうとことん緊張していたんだろう。音泉で少しプレッシャーをかけすぎたかもしれない。

 そしてその後すぐに、カラカラカラと音が聞こえた。

 他の二人がやっと教室にきたのだ。


「おはよー。遅いよ二人とも」

 僕は秋田くんに少しだけ皮肉混じりの挨拶をしてみせた。

「仲直り、できたんだ?」

「おかげさまで、ね」

 少しだけ苦笑を浮かべて言ってやると、秋田くんは少しだけバツの悪そうな顔をする。

 仕組んだのはわかってるぞ、というアピールだ。


「でも一緒に勉強会したかったのは、嘘じゃないよ」

 榊原くんとはお友達になりたかったし……

 秋田くんはそんな風にして、はずかしそうに顔を伏せた。

「それとこれ……」

 はい、と彼は暖かいストレートティーを渡してくれた。お近づきの印なんだそうだ。ケーキがあるならお茶がないとやっぱり物足りないから、素直にありがたい。


「秋田。手間取らせて済まなかったな」

「ううん。いいのいいの。みんなが仲良くなれるならそれが一番」

 巧巳は鞄からもう一つ箱を取り出すと、秋田くんの前に差し出した。

 彼はそれを受け取るとにこりと笑顔を浮かべた。彼もケーキは大好きみたいだ。

 そしてそのわきで。


「やーん。あたしも仲間にいれてぇ」

 佐竹くんが体をくねらせながら言った。

 ちょっとマズイくらいインパクトのある声で、夢に出てきてしまいそうだ。

 佐竹くんって……なんで突然テンションが跳ね上がるのかがよくわからない。

 別に不快ってわけじゃないよ。ないけど……なんかすごい不思議な人だ。


「じゃ、じゃあ、さっさと食べちゃおっか」

「さんせー」

 包みの袋を上手く切り開いてお皿代わりにすると、一緒に入っていたフォークを取り出した。林檎と葡萄。はたしてどちらを先に食べるべきか……フォークを持ちながら少しだけ真剣に悩んでしまう。


「……佐竹くんも……食べる?」

 そんな僕の隣で、秋田くんは物欲しそうな目を向ける相手に、そう問い掛けた。

 たしかにあんな風に、じとーっと見られてたらなにもいわないワケにはいかないもんね。


「わ、悪いな」

 はい、と二つのケーキのうちの片方を彼は佐竹くんに差し出した。

 彼の方のケーキは僕のと違って、カスターニャで置いてある普通のヤツ。たぶん巧巳のことだから僕に気を使って、彼にスタンダードなかざりけのないショートケーキを渡したのだろう。

 僕だけ特別。そう。特別にごめんなさいってことだ。


「巧巳にはあげないからね」

「別にかまわねぇって。それはお前の為のものなんだからな」

 二人のやりとりを見ながらも、僕はケーキの箱を少しだけ手前に引き寄せながら言った。

 いつもと同じ。少しだけ笑顔がこぼれてしまうような、そんなやりとり。

「やっぱり、池波くんのケーキって美味しいよね……」

「だな。ちょっと驚きだ」

 女子が騒ぐのもうなずけると、佐竹くんはケーキの最後のひとかけらを口に放り込んだ。どうやら彼はカスターニャのケーキは初めてだったらしい。


 いっぽう、秋田くんの方は一口ずつゆっくりゆっくりと味わって食べている。

 小さめな欠片にして、それをフォークで軽くつついて、口にいれる。

 かわいいなぁ。

 そんな一連の動作を見ていて、思わず僕はそんなことを言いそうになってしまった。

 ケーキを食べる姿が様になっているのだ。なんというかものすごい女の子ちっく。

 でも、そんな姿を気にする余裕なんて今の僕には、まるっきり、ない。ないっ。

 自分用のケーキをフォークでつつくと口の中にいれる。甘酸っぱい葡萄の味。もうこれだけで身体が溶けてしまいそうだ。


「ごちそうさま。美味しかった」

 二個のケーキを食べ終えて、僕は満足げに巧巳に笑いかける。

 もう、非常にご満悦でたまらないといった風な笑顔だ。だって本当に嬉しくてたまらないから。

「じゃ、じゃあ残り時間はしっかり勉強やるぞ」

 巧巳は、そんな僕の笑顔のせいなのか、少しだけほっとしたような、それでも少しだけ慌てたような顔をして、数学の教科書を開いた。

 たとえ、勉強会が謝る口実だったとしても、テストが近いのには違いはない。

 巧巳に教えて貰えるなら、僕だってありがたいもんね。

「うんっ。がんばろうね」

 だから僕も教科書を開いて。

 沢山ある数式との睨めっこを始めることにした。

高校生時代を書くのがやっぱ一番たのしーーー!

世の中、学生とおっさんの話が人気な理由がよくわかります。


そして秋田くんはご覧の通り、女の子っぽい男の娘であります。

やっぱ自分から女装するのがよいですなぁ。うんうんよきかな。

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