043.今後の対策のために被服室へ
今日は短めでーす。更新遅くてすまぬ。
きんと張りつめたほこりっぽい空気と、木の臭いが混ざった部屋は、いつになく照明に照らされて明るかった。
北の一角、他に比べると少し薄暗いところに鎮座している被服室は、家庭科でも極端に使う時間が短いあんまりなじみのない部屋だ。そもそも被服というものは既製服が基本の昨今じゃあんまり流行らないのが正直なところだと思う。
いちおう僕はボタン付けくらいならばできるけれど、さすがに服を自作するという所までは絶対にできない。そりゃアイロンかけとか服のメンテナンス自体はちゃんとできるんだけどね。
「メイド服のイメージを決めさせろって?」
そんなひなびた部屋に命を吹き込むことになったのが、目の前で紙と格闘している手芸部の期待の新人、伊藤昌樹だった。
手芸部は存在はしていてもそんなに活発に活動していなかった所らしいんだけど、彼が入って被服室の自由使用を訴えてからはかなり活動するようになったんだとか。
もともと一人や二人しか部員がいないところに、どかんと五人も入部すればそりゃ、活気づきもするよね。動機が例えコスプレだとしても、被服室に命が灯っていくのを感じて、顧問である家庭科の溝口先生は先頭だって部の運営に心を砕いているんだって。
「メイドってさ、いろんなタイプがいると思うんだ。きれい系、かわいい系、切れ者系、どじ系、ほわわん系、ってね。そういうのって服によって変わるでしょ。で、僕が思うに、伊藤くんは九種類全部違うタイプのメイド服作ったりするんじゃないかなって」
で、なんで僕がそんなところにいるかって言うと……簡単に言えば、彼にお願い事をするためだった。
みつば祭の出し物を決める会議からまだ数時間。今だからこそ、僕は彼としっかり話をしておかなければならないのだ。
手遅れになるまえに、少しでもこちらの都合のいいようにしておかなければ。
「まぁ、そりゃな……デザインは大量にあるし。予算の関係で三種類だけってことになったんだけど、メイドも三人ペアだから三種類のメイド服が見れる形にすればいいっしょ?」
「でもそれじゃ、メイドのスケジュール決めちゃわないとだめじゃん」
「まー、こっちとしてはテスト開けから本格的に作るにして、今はその三種類をどれにするか選んでる状態だから、まだいいんだけどな」
ほれほれと、彼はメイド服ばっかり書かれた紙の束をこちらに渡してよこした。それこそ二十枚以上ある。
「でもメイドのイメージか……それはいい点かもしれない。例えばロングメイドっていっても、フリルついてるかどうかで清楚にも可愛らしくもなるしなぁ」
彼はそのうちの二枚を取り出すとこちらに並べてみせた。
彼が言うように片方はフリルがついていて、もう片方にはつけられていない。かなりシンプルな作りになっている。
「三人ペアで仕事するとしたら、いろんなタイプのメイドをそろえるべきだよね。厳しい系、かわいい系、活発系ってところでどうだろ?」
「って、お前、やる気あるんだかないんだかわかんないやつだな。そんなこと言ってきたのお前だけだぞ」
「僕は、嫌なだけだよ。だから、せめてイメージくらいは自分で決めたい」
そう。僕のイメージ。
蒼い風のような、上品でさわやかな感じが音泉のイメージだ。元気だけれど上品さを失わない。大人になりきってないまだ無垢な少女。自分の事を無垢、とかいうとかなり恥ずかしいけど、でもそれが音泉のイメージだ。
だから、それとはまったくかけ離れたメイドにしなければいけない。
選ぶのは音泉とは真逆のロングタイプのメイド服。イメージ的には瑠璃さんみたいなきりっとした感じがいい。露出も当然すくない方がいいし、髪だってもちろんショートのままだ。茜さんにざっくり切られてかなり女の子ぽくなってるけど、これならかなり違う印象を持たせられる。そして、最後にはいつも変装用に使っている眼鏡をつければばっちりだろう。
「僕は、これぞメイド長! って感じのキリッとした感じで行ってみたいんだ。ただでさえ女装イヤなのに、これで、もえもえにゃーんとか言うのはちょっと……無理」
「なるほどね……ま、考えとく。採寸時にみんな集めてメイドのイメージの話をすればいいし」
少し憂鬱そうにいってやると、彼はやや同情混じりにこちらを見上げた。
言質こそとれなかったものの、さすがにちゃんと配慮してくれるだろう。
だから僕は内心でほっと息を抜きながら、それでもそれを悟られないように別の意味でしんそこ残念そうに肩を落とした。
「しばらくは動けないもんね」
はぁ、と二人して同時にため息が漏れた。
そう。学園祭の前。夏休みが終わった後には、前期の試験があるのである。
僕はもとより、伊藤くんもあんまり勉強はしたくないらしい。その時間も全部コスプレ衣装作りに費やしたいってところなんだろう。
そこでふと、僕はある疑問を思い出した。
「伊藤くんは、なんでメイドまでやるなんて言い出したの?」
普通、男はメイド服を着るのを嫌がるもんだ。もちろん僕みたいに理由があって断固拒否というのも珍しいだろうけれど、わざわざ立候補してやりたいという人は珍しいように思う。
「そりゃメイド服は可愛いから、男なら一回や二回着てみたいって思うっしょ?」
「え……」
さも当たり前に、男全部をひっくるめた物言いをする彼に、僕は思いきり絶句してしまった。男がメイド服を着るなんてどうかしているというのが普通だと思っていたのに、どうやら彼にはそれが通用しないらしい。
「もしかして……伊藤くんって、女キャラのコスプレとかもする?」
「もちろん、するよ」
なにを当たり前な事を言っているんだといわんばかりに、彼はメイド服のイラストを見比べながら、むー、なんてうなり声をあげていた。
あまりにさらりと言われてしまったので、僕としてはもう驚いて声もあげられない。
「女キャラの服装ってどれも豪華でかわいいものばっかりっしょ? だから、それを着れないのは残念だって思うわけだ。そりゃ俺はお前みたいに可愛くはないけど、好きな服に包まれてるのって幸せじゃないかな」
「なるほどね……」
服を好きになるっていうのは、ずいぶん奥が深いらしい。
僕はどうしたって全体で物事を見てしまうから、似合う似合わないっていうのが気になってしまう。
やっぱり自分に合った服っていうのはあるよね。僕がそれこそダイヤがちりばめられたようなゴージャスな服をきても似合わないし、身の丈にあった服っていうのが一番だ。
でも、そうじゃない人っていうのもいるわけだ。純粋にその服を美しいと思って、それに袖を通せるだけでいいと思う人達が。
「もしよければ榊も女コスやってみない? おまえならどんな子よりもすごいコスプレイヤーになれるっしょ」
「……いや、遠慮しておきます……」
彼の視線が僕を精査するように下から上へ向かっていくのを感じて、僕は思いきり身を引いた。そして、そのままやんわりと言葉を濁して逃げるように被服室の外にでた。これ以上ここにいると、他にもいろいろな事を言われそうだったからだ。
「変わった人がいるもんだなぁ……」
被服室を飛び出て、教室が収まっている校舎への渡り廊下につくころになって初めて、僕はほっと息をつきながらつぶやいた。
おまえが言うな、というブーメランな発言ではあるのだけど……僕の場合はあくまでもお金のためである。変わってるのは確かだけど……
なんにしたって、これで第一段階はクリアだ。
メイドをやることはもう決まってしまった。それは覆せない。
だとしたら、あとはもう。どうばれない算段をするか、だ。
「でも、学園祭は休みたくないんだよね……」
せっかくの学園祭を潰されてしまうのはやっぱり嫌だ。
だから、せめて。
「がんばらなきゃ」
なんとか両立させるための道筋を想像して、僕はよしっと気合いを入れて歩き出した。
さて。メイドさんもいろいろなタイプがいると思うのですよね。
もちろん、素材の見た目とかもあるんですが、見た目同じでも「ぽじてぶ」が「ねがちぶ」かでも変わると思うのです。そこらへんを上手いこと操作していけば、まったくの別人をご用意することもできるのではないか! というのが灯南ちゃんの考えですね。
さて、とはいえ巧巳くんに、ぷんすこしてる灯南ちゃんは次話どうなるのか! ということでー。
学園祭編は続きます。




