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042.会議は空転しない

「なぁ、トナ……なんで、おまえそんなに嫌がるんだよ……」

 前で行われているくじ引きの様子を見ていると、後ろの巧巳が情けない声で話しかけてきた。

 この前はウエイトレスちゃんとやってくれたじゃないか、と彼は不満そうだ。

 彼にしてみれば、ウェイトレスもメイド服もあんまり変わらないと思っているんだろう。


「イヤにきまってるじゃない! 巧巳だってイヤでしょ? そういう恰好するの」

 僕はぷぃと顔をそらして、不機嫌そうに言った。

 だって、巧巳が僕に女装させようとしたんだもん。

 そんな相手に愛想振りまく真似なんてできない。

 夏の一件と今の事を一緒くたにされちゃこまる。

 あれは事故みたいなもので、知らない人達に給仕するだけだから辛うじてセーフだった。でも学校で、知り合いが一杯いるなかでの女装となると危険がいっぱいなのだ。この町ならフォルトゥーナに行ったことのある人もいるに違いないんだから。


「俺は別に……こういうのってお祭り騒ぎだしな……一日二日女装するくらいなら、いいんじゃねーの?」

「うわ、巧巳……そういう人だったのか……」

 大げさに驚いたふりをして、僕は後ろに引きまくった。ずずりと椅子が大きく地面をひっかいた。


「いや、でも俺はほら、ケーキ職人要員だし。制作の指揮とらないといけないだろ?」

「うわー、もー完全に安全だから、ってそんなこといってるー」

 ぷぅとほっぺを膨らませて、僕は不満げな視線を巧巳に向けた。

 巧巳はずるい。

 でも巧巳は、あーと声を漏らすと、困ったようにがしがし頭をかいて言った。


「わっかんねぇよなぁ。たかが女装だろ……」

「もーあれだよ、いいじゃん。たかが女装ってんなら、女装なんてなくてもいいじゃん。巧巳のケーキの味だけでお客さんもぞもぞ集まるって! てか、新作つくれば完璧だよ!」

 そうだそうだ。その通りだ。巧巳のケーキがあればたとえどんなメイドさんがやってたってお客さんはつくにきまっている。ボクがメイドをする必要なんて皆無だ。


「じゃー俺も新作つくるから、お前もウェイトレスやってくれ……」

「やだ」

 僕は新作という言葉に少し惹かれたものの、胸の前で腕を組んで、ぷぃっとそっぽを向いた。

 騙されてはいけない。これは絶対的な危機なのだ。


「じゃー俺も、ケーキつくらない」

「それも、やだ」

 ぷぃっと、もう一回そっぽをむく。

「おまえなぁ……」

 巧巳の困ったような情けないつぶやきを背後にききながら、それでも僕は頬を膨らませ続ける。たかが女装、されど女装だ。こんなところでメイド服なんて着たら、それこそフォルトゥーナで働いていることがばれてしまうかもしれない。三組の松田とか特に要注意だ。


「はーい、みなさんおまちどー。厨房係は決定。あとは、裏方さんとメイドさんと当日のお金管理だけど、メイドは当然男なわけだ。よって! そこを踏まえて裏方決めないといけないんで、男女比決めます。てか、うちら実行委員は当日仕事あってあんま働けないので、裏方に回らせて下さい」

 実行委員はそういうと、みんなの反対が出ないのを良いことに自分達の名前を裏方の所に書いた。どんどんぎちぎち首が絞まっていくのがよくわかる。


「じゃ、僕も裏方に回らせて下さいよ!」

「裏方の仕事って、資材立てたりとか結構力使うんよ。残念ながら榊原くんではきついね。てか、会場作りはなるべく男がやってくれ」

 彼は僕の訴えを軽くかわすと、裏方のところに男5、女2と書いた。このうち実行委員で、男女一人ずつ削られるから、残りは男4、女1だ。女子が必要なのは、店内装飾をなるべく綺麗にこなしたいからだろう。

 ほどなくして美術部の子が何人かと、数名の力仕事部隊が手を挙げた。


「そして、会計は……こんな比率だ。まぁ最後の椅子を巡って争ってくれたまえよ」

 黒板に男1女5と、集金係を書いた瞬間に男子達から猛烈な挙手が上がった。

 これをはずせばメイドになるのだ。当然僕も手を挙げる。副メイド長を任されそうになった秋田くんだって、控えめに手を挙げているのが見えた。

 人数分、実行委員がクジをつくって男子を集めて引かせる。女子はもう、残った人がそのまま確定してしまっているので、男子だけだ。

 あたりは一本だけ。


「みんなひいたか? じゃー一斉に開けて」

 ぺり。

 紙を開けて、中に「アタリ」の赤いはんこが押されていれば、当たりらしい。

「当たった。当たったー」

 どこか遠くで声が聞こえた。

 そりゃね、僕はね、くじ運なんてないですよ。本当に無いですよ。でもこんな時までくじ運なくてどうするんですか。こっちは生活がかかっているんですよ。

 でも! それでも僕は!


「じゃぁ、残りはみんなメイドで。ローテーションなんかは、各セッションで後で決めてください」

「ちょっとまった!」

 僕はここで、茶々をいれた!

 このまま、メイド服を着るわけにはいかない。


「予算はどうなるんです!?」

 ケーキもメイドの衣装もタダじゃない。一着作るのにどれくらいかかるかわからないけど、それだって大変だろう。しかもさっき聞いた感じだと一人一着ずつ作るみたいだし、相当な額になるに違いない。


「それは試算してワリカンってことで。一番金かかるのが服とケーキだろ。どれくらいかかる?」

「どんだけ売るか次第だ。作る量が増えりゃ、そりゃ材料費もかさむしな。正直言って学園祭での集客数なんてわからんから、どんだけ作るか今はちょっと目星つけらんない。いちおー、こっちの労働力考えると、上限で最高までフル稼働させて五万ってとこか。まっ、全部売り切れりゃ、倍にはなるけどな」

 巧巳は、ぱぱっと頭の中で計算するとわかる範囲で答えた。お店でやるのとこういうところでやるのじゃ勝手だって違うもんね。


 ちなみに全部売り切れば倍、というのは店頭での卸価格の場合、という意味で倍だったりする。喫茶店なんかだと、原価率が三割とかいうデザートがごろごろしていたりするので、ここでもそういった喫茶店価格で販売すれば利益はもっと出る。

 必要経費以外の分に関しては学校に没収されて、どこかのチャリティーに送られることになるから、なにがなんでもがむしゃらに金儲けをしようって感じにはならないんだけど、やっぱり原価割れだけは避けたい。


「それと、調理室はつかえるのか?」

「ああ、おおっぴらには使えないが、一テーブル分は借りれるそうだ。他の料理系の店と分け合って使う形になる」

 その言葉に、巧巳は安心したようにほっと胸を撫で下ろしていた。

 ガス台やオーブンがつかえるかによってもそうとう、費用も内容も変わってくるのだろう。最悪、調理の環境が整わないなら、できるところまで巧巳の家の厨房でやって、こっちに持ってくるということにもなりえてしまう。


「で、メイド服の方は?」

「服のほうは、布質次第だな」

「一番安く作ったとしてどれくらいになる?」

「俺としては、一着三千円分くらいは使わせて欲しい。メイド服を店で買うと最低で五千円はかかるから、まぁ、妥当っしょ?」

 できればもっとかけてきっちりしたの作りたいけど、と伊藤くんは答えながら肩をすくめた。ま、二日間だけしか使わない衣装に大金はかけられない。ペラペラでもペロペロでも、この際仕方ないだろう。


 ちなみに、フォルトゥーナで使っているメイド服は一着二万なのだそうだ。どこかに専属の職人さんがいて、そこで作ってもらっているらしい。

「というわけで、店内装飾の経費も合わせて、十万見とけばいいだろ。ってことは、一人当たり三千円ずつ徴収しておけば、十分に足りる」

「三千円!?」

 その数字を聞いて、みんなは少し眼を曇らせた。ここまでやっておきながらなんだけど、それだけの額の出費は痛いと思う人が結構いるわけだ。もちろん僕としてもこの出費は痛い。バイトのできない高校生の金銭感覚なんてそんなもんだ。


「でも、成功すればその額はまるまる返金されるから、心配ない」

 増えはしないけどな、と実行委員は少し残念そうに言った。

 それだけで、みんなほっと胸を撫で下ろしている。

 あんたらはもう成功確実とか思っているんですか……


「でも、失敗したらまるまる返ってこないってこともあるんだよ!」

 僕は負けじと、みんなに訴えかけた。もう、その声は悲痛とすら言ってもいいかもしれない。

「ふーん、トナは、俺のケーキ売れないって思ってんだ……」

「うぐ……」

 ぼそりと巧巳に言われて僕は完全に言葉を詰まらせた。

 売れますよ……ええ、売れますよ。ほんと、ほうっておいても、絶対みんな食べてくに決まってますよ。

 さっき巧巳が言っていた上限の五万円分。ケーキの数にして400ピースってとこだろう。一日15ホールずつくらいが巧巳が作る限度ってことだ。それくらいなら、下手をすると一日で両日分なくなっちゃうくらいのペースで出るんじゃないだろうか。

 安いからってテイクアウトで大量に買っていく人だってきっとでてくるだろう。


「あのね、俺ね、当日フォルトゥーナのケーキも作るんだよな。おまけにさ、さすがにその日だけは店はやってらんないから、親父に頼んで閉めさせてもらって、んで、こっちにほとんどボランティアで参加するわけよ。二日分の売り上げまるまるこっちに寄付するようなもんなの。そこんとこ、わかってんのか?」

 冷たい視線が僕に降り注いだ。

 それでもやりたいのだと、巧巳は言った。彼がいうには親父さんもこっちの手伝いで来てくれるそうだ。荷物の搬入やら発注やらの指導をしてくれるらしい。

 そうまで自分は力を割いているのに、なんでたかが女装をしてくれないんだといった感じだ。

 まったく、なにも知らないクセに。


「ひどいよね……巧巳は……」

 非難めいた視線を感じながら、僕は小刻みに震えていた。

 どんどん胸のあたりが冷たく、悲しくなってくる。

 巧巳はいつだってそう。こっちの事情なんてまったく考えないで正論ばっかり。

「その一日で人生変わっちゃうかもしれないんだよ。僕は怖くて怖くて仕方ないんだよ……なのに……」

 目の前が少しだけぼやけ始めている。


 そう。そうなんだよ。その一日で、もし僕がメイドをやって、音泉との関連を見破られちゃったら、我が家は路頭に迷う。おまけにお店にだって迷惑がかかるんだ。

 フォルトゥーナは男をメイドに仕立て上げた詐欺商売だ、なんて言われたらいくらなんでもオーナーに申し訳ない。そしてボクを慕ってくれる多くのご主人様達に、申し訳ないんだ。


「そっか……そうだよね」

 そんな僕のつぶやきは、少し離れたところに波紋を投げかけていた。

 ガタリと机を引く音が響いて、教室は一瞬、静かになる。

「僕はこんな顔してるし、ちっちゃいし、いっつもこういうことで、からかわれてイヤだった。でも今の一言で決心がついたよ。人生変わっちゃうかもしれないなら、恐れないで変われば良いんだ」

「へ……」

 立ち上がったのは、もう一人メイドを押しつけられている秋田くんだった。


「榊原くんだってそうだよ! それだけ可愛ければ女装しただけで大騒ぎだったんでしょ? もう大丈夫だよ。勇気をだして一緒にやろっ」

 ねっ、と可愛らしく言われて、僕はへなへなへなと足に力が入らなくなって、椅子に腰を下ろした。

 いや、勇気とかじゃなくてですね……こっちは生活がかかってるんですよ……

 うん。うちはね。貧乏でね。借金があってね……

 でも、それ自体を言うわけにはいかないのだ。借金のことも働いてることも。


「じゃーこれで、配役は決まりだ。榊原の許可も出たことだし、当日は絶対に成功させよう!!」

 放心している世界の中で、実行委員が勝ち誇ったようにそう言った。

お祭りって周りの空気にながされますよね……

そんなわけで、周りからの圧力に屈してしまうわけですが、もちろんこのままになるわけもありません。


次話は、対策を公開予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] まあ巧巳くんったら女装少年の気持ちがわからないとは! これは巧巳くんも女装させて気持ちをわからせるしかない・・・! 昔力仕事が必要な時に、この子は男にカウントしないで!と言われたことを思い…
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