040.仲直りをしにカスターニャへ
遅くなりましたー。
今回はこの前の問題シーンの巧巳君が「お前メイドやめろ」からの流れになります。
なにか言っとけ、といわれてもいったい何を言えばいいのやら、という感じで、ボクは夏休みの最終日をカスターニャの前で立ち尽くしていた。
今日は音泉の格好だからどうしたって背中までかかるウィッグが暑くて仕方ない。
とりあえずうなじでくくって首筋を見せているけれど、やはりつけていない方が断然涼やかでありがたい。
でも、どうしても音泉としてここにいなければならなかったのだ。
おまけに今日は細いフレームのメガネもかけているからさらに暑い感じがする。
あまりはき慣れない女物のサンダルを履いているのも、私服で出かけなきゃいけない羽目になったのだって全部巧巳のせいだ。
確かに助けてもらったのは事実だけれど、でもその後のいざこざがどうしたって頭に焼き付いて離れない。巧巳と揉めたままにしておきたくないのだ。
かといってこちらから声をかけてもいいものか。
そう思うとトートバックを握る手に力が入ってしまう。
「あの……うちになにかご用でしょうか?」
しばらくああでもない、こーでもないと思っていると巧巳のおかあさんに声をかけらてしまった。
ガラス越しにこちらの様子が見えたのだろう。
「えと……私、フォルトゥーナで働いています、木原音泉と申します。今日は巧巳さんにその……お礼をしたいと思って」
実際は話をしにきたのだけれど、ご家族の方にならこういった方が通りはいいだろうと思ってお礼ということにしておいた。
「あらあら。こんな可愛い子を捕まえてるだなんて、巧巳ったらもー隅に置けないんだからっ」
入って入ってと手招きされるのに応じて、ボクはカスターニャの中へと足をすすめた。
この前、灯南としておばさんとは会っているから内心ドキドキなのだけれど、眼鏡もかけているおかげか別人だと思ってくれたらしい。
「ちょっとまってね。あの子呼んでくるから」
とてとてと階段を上ると、おばさんは巧巳の名前を呼んでいるようだった。
今日はどうやら工房でケーキ造りではなく、部屋にこもっているらしい。
「おまえ……」
しばらくして、巧巳は驚いた顔をして店先に姿を現した。
突然ボクがたずねてくるとは思っていなかったのだろう。
「ま、いいや。とりあえず俺の部屋、来るか?」
「……女の子を自分の部屋に呼ぶとは、たっくんもなかなかやりますねぇ」
おばさんは、うふふと含み笑いを浮かべて、飲み物は持っていってあげるからと息子の背中を押した。
「つーか、春花ねーちゃんとかだって時々くるだろうが。それと同じだよ同じ」
へぇ。春花さんも巧巳の部屋に遊びにきたりしてるんだ。
そう思っていたら、おばさんはめっと言いながら反論し始めた。
「それも中学まででしょー? ここのところはあの子も遠慮しちゃってこないじゃない」
年頃なんだからさ、とおばさんはやたらと嬉しそうだ。
どうしてそんなに気に入られているのかが謎だけれど、でもやっぱりボクは単なる友達でそんな大げさな話じゃない。
「あーもう。うるさいなぁ。絶対中にははいってくんなよ」
「まったくいけずなんだから」
くすんとかわいらしく泣き真似をすると、おばさんは、ゆっくりしてってねとウィンクしてくれた。
この前はあんまり話さなかったけど、割と楽しい感じの人らしい。
「まぁ、あがれよ」
「お邪魔します」
ぺこりとおばさんに頭をさげると、とてとて巧巳の後をついて行った。
そういえば巧巳の部屋に入るのは初めてだ。
前回は工房とダイニングだけだったから。
ぎしぎし階段を踏む音が聞こえた。リフォームしたというけれど、あんがい中のこういうところは手をつけていないのかもしれない。
「ケーキの本ばっかり……」
部屋に入って驚いたのは本棚の中身だった。ぎっしりとケーキの本がならんでいる。
別の棚には教科書のたぐいが収まっていた。他には少しぐしゃぐしゃになっているベッドとパソコン、勉強机が置かれあって、割と余計なものは置かれていない。
「で? この前のお礼だって聞いたんだけど?」
座布団を勧められて、そこにちょこんと座ると開口一番、巧巳は怪訝な声を上げた。
「助けてもらったから、そのお礼と……あとちょっと話をしたくて」
この前、気まずく別れちゃったから、と言うと巧巳はあのときのことを思い出したようでぶすっと顔をしかめた。
「とりあえず、これ。巧巳さんみたいなパティシエに渡すのちょっと恥ずかしいんだけど」
お礼という体裁をとりあえずとろうということで、即興でやいたクッキーを巧巳に渡した。とりあえず女の子っぽいラッピングもしてみたりした。
あまりお金はかけられないから、手作りにしてみたのだけれど果たしてどうなのだろうか。
「……おい。おまえ……さ。それがどんだけダメなことなのかってわかってる?」
「……はい?」
巧巳の反応がいまいちわからなくて、首をかしげてしまった。お礼として手作りクッキーはなにか悪いんだろうか? それとも何か市販のものの方が良かっただろうか?
そもそも巧巳はなにかあるとケーキをわけてくれるじゃないか。手作りの。
でも巧巳はご不満なようで、あーと頭をかきながらクッキーを受け取った。
「いや、たしかにさお礼って体裁とったほうがうちに来やすいってのはわかる。でも手作りクッキーはその……さ。異性に渡すのはちょっとこう、な」
「なにか、まずかったですか?」
わけがわからないという風で神妙そうな顔を浮かべると、巧巳はうろたえたように、それでいて覚悟を決めたような顔をする。
「男心を想像しろってほうが無理かもしんないけどさ。少しは俺たちのことも考えてくれって思うわけ。いつまでたっても危険が危ないだろ」
「でも、感謝の念を込めるのに男も女もないじゃないですか……」
不服そうにいうと、巧巳はあーと頭を抱えた。
頭を抱えたいのはこっちのほうだ。
「おまえさ。鏡見ろ。鏡。どんだけ可愛いのか自覚しろ。お前の手作りクッキーとか、オークションにだしたらバカみたいな値段つくぞきっと」
「へ?」
やっぱ、問題の根っこはそこだよなぁと巧巳は頭をかいた。
「おまえさ、あんな目にあって、あんだけお店でも人気があって、それでも自分は男にモテないと思ってるだろ。ていうか恋愛って概念がもともとないだろ」
「うー」
まさに巧巳が言うとおりだ。それは認めるところなので反論はできない。ボクは男である以上、恋愛だとかというものの外にいると思っている。女の子との恋愛だってその気になんてなった試しはないし、そもそもそんなことを言ってられる裕福な状態でもないのだ。
貧困は結婚の大敵だというけれど、恋愛だって同じ。
けれどそれと物騒なのとがつながらない。
「あの店やめられない理由は……あるんだろ? 俺も言い過ぎたと思ってるよ。でもだからといって危ない目にあっていいわけじゃないだろ」
「それはいちおうその……渚凪さんとも話しましたが」
この前の対策の話を巧巳にも聞かせた。
やれることはやるつもりではいる。でも僕自身にできないことを求められても困る。
「なるほど。渚凪さんに感謝ってところだな……」
巧巳が頷くのを見ると、危険な空気を出している男から離れるというのはよいことらしい。
「でも、それだけじゃちと足りないな。前にも言ったが、お前は男をおかしくさせる。見るからに危ないヤツでなくても、ころっとおかしくなっちまうこともあるだろ」
否定は残念ながらできない。いちおうまともな人間っぽい戸月くんだって、ものの見事に壊れてしまった。
「もし、よければだが……」
巧巳は深刻そうに声を潜めて言った。
「おまえ、俺の恋人にならないか?」
「は?」
いきなりのことで、思い切り口を開いてしまった。
このタイミングで告白というのはいくらなんでもどうかしているとしか思えない。
「まてまて。そうじゃない。俺がお前の彼氏役ってことでとりあえず彼氏持ちってことにしとけばどうだってこと」
そうすれば悪い虫もあまりつかなくなるだろ、と巧巳は恥ずかしそうに早口で言った。
「でもそれじゃ、巧巳さんにご迷惑が……」
「別に俺も今は恋愛がどうだとかいってる余裕ないし。それにフォルトゥーナが成功してくれないといろいろ困るんだよ」
そのためにはお前がしっかりしてくれないと困るんだ、と巧巳はボクの鼻先に指を突きつけて言い放った。
まったく、全部打算的な話ですかという感じだ。
確かに巧巳がいうように、フォルトゥーナが有名になればそこに並ぶケーキ達だって話題になる。必然的にカスターニャもお客さんが増えて相乗効果というわけなのだ。
だからボクに協力することはまんざら悪いことでもないだろう。
でも、本当にボクなんかが彼女面してしまっていいんだろうか。
そうこうしていると、扉がかちゃりと鳴った。
「お取り込みの所ごめんなさいね。とりあえず飲み物とお茶菓子、もってきてみたから」
ゆっくりしてってくださいなと、おばさんが飲み物なんかが乗ったお盆をもってきてくれた。どうやらお茶ではなく、オレンジジュースらしい。
「にしても、たっくん。あんた。てっきりこの前来てくれた子が本命だと思ったのに、恋愛に興味ないとはまったくかわいそうな高校生活だこと」
にししと悪巧みをするような顔つきのおばさんを見てしまうと、先ほどの会話の一部をきいていたんだろうなというのが伺える。巧巳は顔を赤くして言葉を失っていた。
それはこちらとて同じことだ。この前きた子というのは誰なんだろう?
さすがに灯南ということはないだろう。思い切り上から下まで見られたけれど、平均的な男の子の恰好だったし、さすがにあれで彼女とは思われないと思う。
じゃあ、他に誰かがきていたことになる。巧巳が特定の誰かとつきあっている……それが想像できない。
「あいつはそんなんじゃないっ。それに母さんも盗み聞きしてたならわかるだろ。こいつ危ないんだよ。この前だってやばい男に襲われかけてさ」
「音泉ちゃんかぁいいからなぁ。怖い目にあっちゃったんだねぇ」
なでなでと頭をなでられると、くすぐったいような感じになる。
「それで俺が彼氏役やるってわけだ。いいか? 別に深い意味はないぞ? 店の為なんだからな」
「いいわよ。そんなに力一杯否定しなくても。あんたがこの店を愛してるのはよくわかってるんだから」
まったくとおばさんは肩をすくめた。
「不出来な息子で申し訳ないのだけれど、仲良くしてやってね。この子、友達少ない引きこもりケーキおたくだから」
「そ、そんな不出来だなんて……ボクの方こそお世話になりっぱなしで」
あわあわと言うと、おばさんはかわいっ、と微笑を漏らした。
「じゃあ、恋人役のこと決まりでいいな? 一応店の人は俺の方から話をしておく。恋人役ってことにするのか、恋人ってことにするのかはどうする?」
「それは……渚凪さんたちには役ってことでお願いします……」
絶対、からかわれると顔を染めると、巧巳はドライにそだなと話を進めた。
渚凪さんたちはなにかあるとボク達をくっつけようと画策したがるのだ。本当にくっついたと知られたらもう、最近どうなのとかいろいろ言われるに違いない。
「わかった。じゃあメイドさん達には役ってことで伝えとく。厨房はそっから勝手に話がいくだろ」
「オーナーにはボクから話をしておきます。あの人ならたぶん、メイドは昭和のアイドルじゃないんだから恋愛御法度とかはないわよ、とか言いそうですけど」
「じゃあ、それで決まりというわけで。母さん。邪魔だからさっさと部屋からでてくように」
ちゃっかりと居座り続けているおばさんに巧巳は呆れた視線を向けた。
おばさんだって年頃の息子をもってきっといろいろと心配なのだろう。
「はいはい、わかりましたよ。でもたっくん。くれぐれもおいたはしちゃダメだからね」
「するかよ。俺はこいつの彼氏役であって彼氏じゃないんだから」
「じゃ、それを信じる」
うんと頷いて、それからゆっくりしていってねとボクの方に笑顔を向けてくれるとおばさんはお店の方に戻っていった。
さぁ! 私の作品では珍しく主人公に彼氏役ができました!
最近の主人公達は自分の使命に目覚めすぎて恋愛放置ですからねぇ。
これでいろいろ守ってもらって、二人は急展開! になるのかっ。
ここでいったん区切りで、次話からは二学期の学校が始まります。作者的には当時のりのりで書いてたパートですが……手直し大変そうだなぁ……




