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035.帰宅時間にはご注意を

 トラブル回です、ご注意を。

 苦手な方は飛ばしてしまってもいいかも。(ストーカー被害のアンサーなので)

 てか、この文言をトップに書いておけば更新できてたじゃんっていう……



 夜のとばりが落ちてすでに、数時間が経った頃。

 ボクはにこにこしながら、家路についているところだった。

 フォルトゥーナの後片付けも終わっての帰宅。

 いつも以上に表情が明るいのは、今日がお給料日だからだった。


 ここまで働いてようやくの現金様とのご対面である。

 振り込みにするのが普通なんだろうけど、銀行口座は無理ですといったら、とくべつヨ? と千恵理オーナーが現金での支給をしてくれているのである。税金関連わからなかったら相談にのるからね、と申告の必要性があるということまで言われてしまった。

 今はほとんど、銀行振り込みだっていうけど、こうやって現物をみるほうがわくわくするのは、みんなも同じ意見なのだろうか。

 まあ、その分、身の危険を感じるわけだけれども。


「ほくほくっていうけど……」

 ボクは、ついさっきもらったばかりの給料袋を見ながら、ほくほくしていた。

 よく漫画とかでこの効果音を使うことがあるけど、ほんとまさにそんな感じ。なんというか懐が暖かいというけど、それと相まって「ほくほく」なのだ。もしくは「ぬくぬく」と言っても良いかもしれない。


 夏もいろいろあったけれど、こうやって無事にお勤めをこなすことができて、良かったと思う。ホント、この夏だけで新しい友達だったり、克彦さんに言い寄られたり、いろいろあったけど、そういうのもあわせて濃い一ヶ月だったと思う。

これでお給料をしっかり頂いて、学費を納めたり食費に充てたり、いろんな支払いなんかもできちゃうわけだ。


 そうそう。あとはね、これだけいっぱいだと今度の旅行にも結構使えそうなんだ。せっかくだし、いっぱい美味しいものを食べたい。

 愛水さんなんかは、せっかくだし服でも買うかなぁとか言ってたけど、僕はそういったものにはあんまりこだわりがないから色気よりも食い気だ。


 そりゃね。女の子の方が着飾る楽しみっていうのはあるのだろうし、音泉を着飾ることはそれなりに楽しいのかもしれない。

 でも、それより優先されるのはやっぱり借金だし、食事や健康のほうだと思う。

 親父の栄養状態なんかもしっかりとチェックしないとだし、学校の生活を維持することこそが大切だ。

 オシャレは……うん。ばれない程度、でいいと思うのだ。

 今を維持するために必要だから女の子の格好をしているだけなのだし。


「でも、物騒っちゃ、物騒だよね……」

 ボクはつぶやきながら給料袋をバックの底に隠す。一月分のお給料というのは、いまのボクの家に取っては生命線だ。

 そんなに頑張りすぎなくてもと親父は言うけど、ボクが稼いでいる分は借金の返済というよりは生活レベル向上のために使われるものだ。

 これがなくなって、それで路頭には迷わないけど、それでも外出はできなくなり、食生活すら満足にできるかあやしくなってしまう。

 それを考えると、どうしても体をぶるると震わせてしまう。

 これで、ひったくりにでもあってしまったら、おまんまの食い上げである。


 すでに外はもうすっかりと暗いし、こんな片田舎ではこの時間までやっているお店というのもそう多くはない。

 街灯があるから真っ暗というわけではないけど、それでも人通りというものはほとんどないのである。

 うん。今のボクはまだ音泉なんだ。これから公園のトイレを借りるまでは、周囲には女の子としてしか映らない。


 そんな事を考えたからなのか……なにやら背後に気配を感じた。ボクは比較的こういう事には鈍感なんだけど、なんだかこう誰かの視線を感じた気がしたんだ。


 ちょっと歩くとやっぱりわずかに足音が聞こえる。よくこういうのって自意識過剰で、同じ方向に行く人が後ろからついてきていることもあるんだろうけど、それだとしてもやっぱり気持ち悪い。

 ちょっとスピードアップ。すると、背後の足音も大きくなった。

 さらにスピードアップしても、その足音はもう、隠すことなく迫ってくるようだった。 


「逃げることないじゃないか……音泉ちゃん」

「ひっ」

 かなりのハイスピードで歩いていると、背後の足音は急に駆け足になった。

 そして、いきなり腕を捕まれる。ぬるっと汗ばんだ手の感触がとにかく気持ち悪い。

 まだつけてあるウィッグの長い髪がはらりと顔にかかった。


「ど、どうしたんですか?」

 それでもなんとか心を落ち着けて、ボクは冷静を装ってその人影に声を掛けた。まだ薄暗くて顔はよくわからないものの、声だけで誰だか一発でわかった。前に都内巡りの時に偶然出会ってしまったあいつだ。運命だとか、ご主人様に仕えて欲しいとか言ってきたあいつである。

 お店だったら、どうなさったんですか、だけど、お店の外ではせいぜい丁寧語が限度。それでも過剰なくらいじゃないかと思う。

 はっきりいって、こんな時間に後を付けてくるだなんて、異常以外のなにものでもない。


 そう思って彼の顔を見ると、どこか陶酔したような、正気では無いような雰囲気がぷんぷんと感じられた。

 さすがに、ぽやっとしてると言われるボクだけど、これはやばいヤツだというのはわかる。


「我々は、前世の宿命に縛られているのだよ。だから僕達はいつだって一緒に居なければならない」

「なにをいって……きゃっ」

 二丁目の山田さんちの壁に力尽くで押さえつけられて、ボクは小さな悲鳴をあげた。

 山田さんは七十代の穏やかな老夫婦だから、もうこんな時間じゃ完全に真っ暗になってしまっていて、寝静まってしまっているみたいだった。

 チャイムを押そうにも、玄関までは五メートルくらいはあるので、助けを呼ぶのは難しそうだ。


「なのにヒドイじゃないか。手紙を送ったのにろくに返事もくれないで」

 寂しかったよ、といいながら、例の男はボクの頬を掌で撫でた。その手は生暖かく湿っていて、背筋が震えるくらいに気持ち悪い。

 場違いにも、手汗は注意だからね、という千恵理オーナーの声が浮かんだ。


「……送り先もわからないで返事など出せないでしょう……」

 ひぃっと内心で呻きながらも、ボクはなんとか言葉をひねくりだした。恐怖もある。でも、言うだけのことは言ってやらないと気が収まらなかった。

 この相手が、あの手紙を送ってきた相手なのだとしたら、それに対してボクはしっかりと怒りを表に出すべきことだ。

 ボクだけのことなら、別にいいけど、他のスタッフのみんなも、あれは気持ち悪いといっていた。

 それが元で、警備を強化しましょうみたいな話にもなってしまったほどなのだ。

 オーナーは、人気がでるってことだから、必要な投資よと言ってくれたけど、それでも申し訳ない気持ちの方が大きくなってしまっている。


 それが、本当にボクを狙った人の行動の結果なのだとしたら。

 目の前のあいては、十分にあらがっていい相手だ。

 親父は人がいいから、同じ人類同士で争うのはどうのこうのいうけど、ボクはただ奪われるのは嫌だ。

 この世界には、悪い人間はいる。

 だから。そう。この場でただ混乱しているだけではだめだ。


「確かにそうだったかもしれない。でもね、君と僕とは前世の絆で繋がっているんだ。これの前には物理的距離などなんら意味はなさないのだよ」

 ねぇ、音泉ちゃんと呼びかけられて、再び背筋がぞくぞくした。かなり気持ち悪い男だ。まったくなんだってこいつは、そんなにボクを気に入ってしまったんだろう。特別なサービスなんてした覚えはまったくない。他のメンバーと同じように接客をしただけだというのに。


「ずっと、君が僕の事を思い出してくれるのを待っていたんだ。君が使ったであろうペンや、ヘアピンなんかも集めた。君の……毛、毛も……手に入れたんだ」

 おまけに、こんな事を言う男に、ボクの顔は完全に凍り付いた。毛の所だけ妙に恥ずかしそうにしている姿が恐怖を誘った。

 完全に、変質者さんである。


「それでも君は僕の事を思い出してくれない……」

 ひどいよ音泉ちゃん、と言いながら、男はボクの顔にふぅと荒い息を吹きかける。

 生暖かい息は素晴らしく気持ち悪くて、ボクは思わず顔をしかめた。


「シルクのようなほっぺた……華奢な肩……」

 全部、僕だけのものだよ、なんて言いながら、男はボクのほっぺたをなで回した。

 おまけに逆の手は、遠慮などまったくなく、太もものをなで回している。スカートにしわが寄るよ! なんて場違いなことを思いつつ、それでもぬめりと湿った感触が走って、敵認定したのに動けなくなってしまった。


「さぁ、前世の続きをしよう。引き裂かれてしまった僕らはもう一度結びつかなければいけないんだ」

「……いや……」

 すでに男からは理性のようなものは無くなっていて、ボクの嫌がる声なんて届いてはいないようだった。はぁはぁという耳障りな音ばかりが耳に届いてくる。

 太股を這う指が徐々に上がってくるのを感じた。それ以上指を先に進められたら……さすがにまずい。


「そんなに怯えないでくれたまえ。僕達の事はもう決められていることなのだから」

 ひぃ。ねとねとした感触が気持ち悪い。ここまでやっておいて、怯えるなという方が無理だ。おまけに変態男は顔を近づけてきて、首筋の匂いをくんくんしてる。

 うぅ。なんで十時過ぎだっていうのに、この住宅街はみんな寝静まってしまってるんだろう!

 もうっ! 誰か助けて良っ!


「そこまでにするんだな」

 もう少しで唇を奪われそうになった所で、急に変態男の顔は遠くなった。

 続いて、思い切り二の腕を捕まれて、さらに変態男から離される。

 まさか、こんなところで、救いの手が差し伸べられるとは思わなかった。


「……巧巳……さん?」

 ボクを庇うようにして立っていたのは、軽く息を弾ませた巧巳だった。いつもののほほんとした感じじゃなくて、キツイ顔で男を睨み付けている。

「……なっ、なんだなんだ。いいところを邪魔しないでくれたまえよ」

「いいところ?」

 どこがだ? という声は、いつもよりずっと低くて鋭い。


「我々は、前世から結ばれる定めにあるのだよ。彼女の仕事先では、迷惑もかけられんからね。密かに恋を深めていったというわけさ。ああ、忍ぶ恋。我らの前に横たわる障害が深ければ深いほど、我々の結びつきは強くなるのだよ!」

 けれど、そんな言葉の刃に動じることもなく、変態男はただ自分の理想を語った。

 あのきもい手紙だけで、心が通じ合ったなどと勝手に思いこむんだから相当なものだ。


「我々……か。それは、残念だ」

 巧巳はボクの耳元で、何を言っても驚かないで、とだけ囁いた。

「部外者は引っ込んでいてもらおう。さぁ、渡してもらおうか。僕の運命の人を」

「残念だが、それはできない……」

「なんで、おまえなんかにそんなことを言われねばならんのだ」

 男がそう言うと、にやりと巧巳は悪そうな顔をした。

 そして。


「それはな……」

「やっ……」

 んっ。なま暖かいぬめりとした感触が唇に感じられた。

 抱き寄せられてる? なんで? という上での所業だ。


 なんと。巧巳は腰に手を回してボクの唇を完全にふさいだのだ。

 驚かないでって言われていても、驚きは隠せなくて、思わず目を見開いてしまった。

 あぁ、巧巳に……キスされてる。そう思うとなぜか身体が小さく震えた。おまけに身体の力が一気に抜けていくから不思議だ。

 なんかふわふわするというか。もう。何も考えられなくてなにもできない。


「んっ、やっ……」

 キスなんて軽くちょんとするもんだと思ってたのに、巧巳の唇はなかなか離れてくれなくて、巧巳の指みたいに繊細に口の中を侵していく。なんか変な気分。本当は気持ち悪いはずなのに、驚きのせいで頭がぼうっとする。身体の芯がしびれる。無意識に声まで……


「悪いな、俺達も前世で結ばれてたんだよ」

 たっぷりな時間を終えてやっと巧巳の唇が離れても、身体に力が入らなくて、とろんとしたままボクは巧巳の顔を見ていた。薄暗い中で見る彼の顔はなんだかいつもよりもずっと男っぽい。だから巧巳が言った変な台詞の中身を理解するにはしばらく時間が必要だった。


「……なんてことだ……なんてことだ!」

 一方、その姿を見せつけられた変態男は頭を抱えながら、数歩後ずさってなんと言うことだと何度も呻いた。

「けが……僕の……となみちゃんが……けがされ……」

 うわぁ、と叫び声をあげて、変態男は立ち去っていった。

 これは……助かった……のかな? でも、そんなことよりも、さっきの巧巳の行動の方が衝撃的すぎてろくに動けなかった。


 いったい、なにがどうなって、こうなったのか。

 ちょっとした音が鳴ってもなお寝静まってる家の壁にずるずるともたれかかりながら、ぺたりと地面に座り込むと、まだ生暖かいアスファルトの熱がおしりのあたりに伝わってきた。

 でも、そっちに意識を回そうと頑張っているのは、別の理由からだ。


「ごめんな、変なことしちまって」

「……なんなんですか、俺達も前世で結ばれてたって……」

 それでも申し訳なさそうに謝る巧巳にボクはぼやいた。相手が前世がどうのといっていたけれど、巧巳までそれにいきなりつき合うもんだからびっくりしたのだ。

「昨日やってたドラマをとっさにぱくったんだよ」

 ああいう輩は大概、潔癖性なもんだから、もう君を狙わないだろうなんて彼は言った。

 どうやら、「しょじょせい」というものを大切にする人達がいるのだそうだ。

 普段の巧巳がそんなことをいうなら、なにその冗談って笑い飛ばせるんだけど、今日の巧巳は学校で馬鹿をやってる相手ではなくって。

 まったく別の人みたいな、大人っぽい顔で言うものだから、話の内容がいまいち頭に入ってはこなかった。 


 助けてはもらった。それはとても大助かりなのだけど。

 でも、やっぱりその方法は、ちょっとどうなのかと思う。いくらなんでもあんまりなんじゃないだろうか。

「そのドラマだと、その後助けられてどうなるんです?」

「いや……その、それは来週にならないとちょっと……」

 言い淀む巧巳の前で、ボクは唇に指をあてながら軽く嘆息した。

 そんなアバウトな。きっとボクの筋書きでは、そのキスされちゃった人はとろんとなって助けてくれた男の人とラブラブにでもなるんだろう。でもボクは残念ながら女の子じゃないからね。助けてくれたことにはもちろん感謝するけど、唇を奪われたことは納得できない。


「ファーストキス……だったのに」

 いじわるだってわかってたけど、ボクは少し俯いてつぶやいた。

「じ、事故みたいなもんだから、ノーカウントだよ、ノーカウント。しかたないだろ、あの場合は……」

「そうですけど……」

 まだ、唇の感触が残ってる。巧巳は……気持ち悪くなかったのかな。その、音泉とキスなんてしちゃって。

 フォルトゥーナでまかないをいただいた後、歯磨きはしているけれども、気になるものは気になる。


「とにかく、今日はもう帰れ。家まで送るからさ」

 お前はやっぱり、一人で夜道を歩いちゃだめだと、巧巳は言った。

 さすがに、アレだけのことがあったあとだ。一人でも大丈夫というのはなかなか通らないことだろう。

 ここまで来てしまえば安全だとは思うんだけど、説得力はない。


「じゃあ、駅までお願いしていいですか?」

 考えに考え抜いた結果、ちょっと面倒だけど、この手段に出ることにした。フォルトゥーナからうちまでの道のりは、駅を通り抜けて進むようになっているから、ちょうどボクが進んでいた道とは矛盾しないし、駅まで行って巧巳が進む方と逆の電車に乗ればいいって寸法だ。巧巳の性格からして、ボクが電車に乗り込むまでは帰ろうとはしないだろうし、見送るのだろうから電車には乗らないといけない。面倒だけど仕方がない。


 控えめにお願いすると、巧巳はオーケーとだけ言って、その前に乗り捨ててきたスクーターを拾ってきていいかと聞いてきた。当然、そのまま捨てておくわけにもいかなくて、ボクもそこに同行して、スクーターを拾ってから駅までの道を一緒に歩いた。

 もう、先程みたいな恋人の振りをするのはやめていて、手すら握ってはくれない。


 それでもときおり気分を和らげるためなのか、巧巳は話をしてくれた。フォルトゥーナの事、学校のこと。もちろん、なんで都合良くボクの後をつけていたのかも教えてくれた。

 オーナーとの打ち合わせの帰りに後ろ姿を見かけたんだそうだ。わざわざ乗っていたスクーターを置いて駆けつけてくれたっていうんだから、本当に巧巳には感謝しないといけないのかもしれない。


「おまえさ、あの店やめらんないの?」

「へ?」

 話が仕事の事になった後で、巧巳は言いにくそうにそう切り出してきた。

「フォルトゥーナはあぶねぇよ。確かにいい店だと思うけど、メイドのサービスが行き過ぎだろう」

 今回みたいな事件がこれからも起こるかもしれないぞ、と巧巳は言った。


「うちのお店は、あくまでもご主人様とメイドの関係ですって」

 でもボクは反論した。最近テレビなんかだとメイド喫茶を風俗と勘違いしているような報じられ方をしているけれど、うちのお店は普通の喫茶店だ。お客様だってそういったサービスを求めてこられるというよりも、ボク達の給仕を楽しみにして下さっているのだ。よくあるメイドさんが料理を食べさせるサービスなんていうのもやっていないし、あのサービスで行き過ぎというのは、ありえない。


「お前達を……いや、お前を見てると、男のこことここがどーにかなっちまうんだよ」

 いらいらしながら、巧巳は頭と胸の当たりをこつんとつついた。

 わざわざスタッフ全員ではなく、ボクだけだと言い換えたのは意味があるのだろうか。


「なんでボクだけなんです。他のみんなは?」

「わかんねぇか? お前だけ、無防備なの。瑠璃さんなんかは誰も手だす気にならねぇよ」

 多かれ少なかれ、他のメンバーにはそういうのがあるのだと巧巳は言った。あのり~なちゃんでさえ、「その場だけの幸せを与えている」という一種の線引きがある。


「それにお前、自覚してないだろ? 自分がその……かわいいってことにさ」

 可愛いって部分だけ妙に恥ずかしそうに巧巳は言い淀んだ。

 そのことについては、自覚はしてる。というか、鏡に映った音泉は可愛いとボクだって思う。

 でも、自分自身としては事実を知っているから、どうなのかなと思ってしまうんだ。さすがに男相手に、可愛いっていうのはどうなんだろう。

 なんとかやれてるというのが実際のところなんじゃないかと思う。


「もっとこうさ、サバカン工場とか人に触れないところで働いた方がいいと思う」

 今のままだとこれからもぜってぇ、ああいう輩がうようよ沸いて出てくるぞ、と巧巳は言った。ボクだってサバカン工場とかで働けるなら、その方がだいぶいい。でも仕方ないじゃない。いろんな事情があるんだから。


「……そうできればいいんですけどね。やっぱりボクはあのお店、辞められません」

 お給料もいいし、条件だって破格なんですよ、というと巧巳はわずかに顔をしかめた。

「それは俺も知ってる。求人広告でフォルトゥーナの名前も見てるしな」

 でも合う合わないがあるだろうが、と巧巳は毒づいた。そんなに、ボク、メイドに適してないかな……

「それに、高校一年でそんなに金貯めてどーすんだよ。シフト表見たけどそうとうな収入だろう?」

 巧巳はいぶかしむような声音で、言った。


 シフト表っていうのは、お客様が自分の贔屓のメイドがいついるかわかるように掲示しているもので、外部向けのものだ。ボクのシフトはご存じの通り、平日は木曜以外の夜の部と、土日のどちらかを終日。お店側の慢性的な人不足という事情ももちろんあるけど、ちょっと高校生が稼ぐ額ではないお金をボクはもらっている事になる。時給だけで他の人の倍近くだからね。それの使い道を巧巳はきっと遊ぶお金として認識しているんだろう。

 ケーキ屋が大繁盛している巧巳の感覚では、きっと学校に通うために働いている人間がいるっていうことを想像もできないんだと思う。


「なにも……知らないくせに」

「え?」

「何も知らないくせに、そんな事言わないで下さい」

 だから、そんな巧巳の言葉が寂しくて、つい冷たく言ってしまった。こっちにだってシビアな事情があるのだ。学校からの縛りや借金事情やらもろもろあって、今のこの形に落ち着いた。ようやく女装の恥ずかしさにだって慣れてきて、仕事が楽しいと思えるようになってきた矢先に、無遠慮に別の仕事をやれと言われたくなかった。


「助けて下さったことにはお礼を言います。でも。私は絶対何が何でもあのお店を辞めるわけにはいきませんっ」

 断定的に、ボクは巧巳の申し出を断った。

 その時、丁度電車がホームに入ってくるのが見えた。

 巧巳は、いらいらしたように顔をしかめていたけれど、ボクはそんな巧巳から逃げるように、本来乗る必要のない電車に駆け込んだ。

さぁ、巧巳くんったらやらかしましたね! 高校一年生なのになんて大胆な子なのかしら!

そして、ちょっと気持ちよさそうな音泉ちゃん。

でも、そのあと激おこです。そりゃそんなこと言われたらおこですよ。


そして、次話から海編にいきます! 日帰り旅行ですよ! え、半年後かって!? 大丈夫! もう、次話「は」書き終わってるので。明日にはアップ予定でございます。(さすがにここで長期ストップなどできませんて)

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