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030.友達のおうちはちょっとおかしいようです2

R2.1.12 芸人さんのコンビ名変更

「それは……なんなのかな?」

「いや、どこからどう見ても化粧品だけど?」

 着替えが終わった彼女が取り出したのは、かなり豪華なメイクボックスだった。

 もちろんそれを見て、僕は不思議そうというか不満そうな声を上げるわけで。

 茜さんが使ってるのよりはさすがに小さいけど、それでも高校生が持ってるようなもんじゃない。うちのメイク道具に比べればもう、数も種類も段違いに違いない。

 まぁ、毎月、茜さんが『新しい印象を』とかいって、新しいメイク道具を勧めてくるんだけど。まだ三ヶ月くらいしか働いていないというのに、これの時はこれが合うとか、教えてもらいながら何種類かずつの化粧品が増えるという……男子高校生にあるまじき状態があったりする。

 それでも茜さんはゴタゴタ塗っていくというよりは、素材の味を出すっていうのを最優先しているのは、ありがたいところであった。

 彼女がいうには、素材の持ち味を出してこそのメイクですっとのことなのだけど。

 高校生の瑞々しさってのを消さないようにメイクしてくれるから、ちょっと嬉しいんだ。たったあれだけで、灯南を音泉に変えちゃうんだから、ほんとスゴイと思う。


「だから、なんで……そこにそれがあるかを聞いてるんだけど……」

「もちろん、お化粧するのよ?」

 化粧品なんだから、お化粧するのに使うのに当たり前じゃないといった風で、彼女はぱこっとケースを開けた。

 ここまでくれば、それがなんのためにあるのか、というのはわかる。

 わかるのだけど、それをするっと受け入れてしまえる男子というのはどの程度いるのだろうか?

 僕としては、お化粧に抵抗はさほどないけれど、それは普通じゃないような気がする。

 ここは、嫌がるそぶりをしっかり見せておかなければ。


「誰が?」

「もちろん、私ととなっち」

 恐る恐る尋ねたら、案の定、ひどい答えが返ってきた。

 まさにビンゴである。


「なんで?」

「そんなの女子高生なら、当たり前じゃない」

 ぎちぎちと首を動かしながら聞くと、美優さんはなにを当たり前な事を、という様な口調で再びそう言って、化粧水をコットンに取り始めた。

 いや。女子高生は普通そんなメイクしないと思うけど。

 学校で禁止されてたりとか……ああー、はい。校則で決まっててもする子はしますね。それはわかるようになっちゃったけれども。

 

「はいはい、動かないでねー」

 彼女は軽く濡れたコットンを僕の顔にぺたぺたと塗っていく。

 お風呂から出たばかりの温かい顔に、ひんやりとした感触が心地良い。

 でも。

 心地よくたってこのままながされちゃだめだよ。


「あの……」

「少し、黙っていて下さい」

 今度は和砂さんが、乳液を取り出した。


「しかし……これだけキレイだとファンデーションは必要ないかもしれませんね」

「このキメの細かさは反則よねぇ。これで男子高校生っていうんだから」

「普段、お化粧などしていないからではないですか? 塗ればダメージは必至ですし」

 口々に彼女達が好き勝手なことをいうけれど、僕の肌が上質なのは日々のケアのたまものだ。確かに他の子みたいに一日中べっとり顔に薄皮しょってるのとは違うけど、仕事の時はちゃんとやってるし、お肌のダメージは結構あるんだよね。それでも良くなってるのは、お化粧をしっかり落として、保湿と日焼け止めをしっかりしているおかげだ。


「あ、えと、日焼け止めだけ塗ってもいいですか?」

 そのまま話が進みそうだったので、仕方なく僕は口を挟んだ。

「日焼け止め?」

 きょとんと美優さんは声を漏らす。


 そりゃね、男子高校生が日焼け止めなんて、おかしい事この上ないんだろうけど。でも、ここですっぴんで外にでるわけには行かないんだよ。巧巳との待ち合わせは五時からだし、夏の夕陽はどうしたってお肌に悪い。

「肌が弱いんですよ」

 いつも使ってるから、というと二人はとりあえず納得してくれた。確かにおかしいけど、病気で日焼け止め使わなきゃいけない人だって居るからね。

 塗るタイミングとしては乳液の後に使うから、このままお化粧が進まなくてよかったと思う。


 それから、もう言われるままに和砂さんに目の周りを弄られて、次のアイテムが取り出されるのを見て、僕は慌てて口を挟んだ。

「口紅なんて塗ったら、リンゴ飴食べられなくなっちゃう」

「そこまでやっておいて口紅塗らないのは逆に変だよ」

 そう。そのアイテムとは口紅だったのだ。浴衣の紅色に合うような結構強めの赤い口紅。たしか、ぷる口とかいうキャッチコピーでガンガンCMをながしている新商品だ。塗るだけで食べちゃいたくなる唇だとか。でも、そんなもんを塗ったら、『僕』がなにも食べられなくなる。


 庶民の楽しみなんだよ! あのでっかいリンゴをがぶりといただくのが、ここの所の楽しみだったのに、口紅なんて塗られちゃったら、気をつけて食べなきゃいけないじゃん。仕事中の夕飯でもそうだけど、ほんとお化粧してご飯食べるのってしんどいんだよ。

 ちょっとずつ食べないといけないんだもん。


「ちゃんとお化粧もしませんと、男だと思われますよ。男がそんな浴衣を着てたら変態ですよ。もうそれこそ語りぐさになりますよ。周囲からはもう、変態だのなんだの言われまくりで、お天道様の下なんて歩けなくなりますよ。それでもいいんですか?」

 美優さんに続いて、和砂さんも一気にまくし立てた。ずいぶん酷い言いようだ。

 そりゃね、ぱっと見でちょっと、うはって思っちゃうこともあるかもだけど、それでもそう言う人もいるんだから仕方ないじゃない。それをお天道様の下を歩けないだの変態だのなんていったら、それこそ人権問題だって大騒ぎになっちゃうよ。


「……」

 でもまぁ、確かにばれちゃいけないのは……たしか。女装男の噂なんていうのは、この小さい町の中に疾風怒濤に広がるだろうし、それはちょっと勘弁してほしい。丘の上にはメイド服で生活している本物のメイドが居る、なんて噂ならまだマシなんだろうけど、女装系の噂は本当にヤバイのだ。学校のイベントならまだしも……趣味で、となるとなかなか世間は放任してくれない。いつ手術するの、とかからかってくるに決まっているのだ。

 そして僕には音泉の件が秘密として存在する。変に注目をされて同一人物だと思われるのが一番困る。


 そんな風に観念して、やられるままにすることにした。ぬめりとした口紅の感触。

 浴衣の赤と同色の赤い口紅は、僕にしてはちょっと強めな感じだ。音泉がほんわか元気系なので、あれとの差別化の為にはありがたい。


「はい、完成」

「うわー、別人みたい……」

 すごいすごいと、美優さんは隣ではしゃいでいた。

 僕としては……まぁ、こうなるのはだいたいわかっていたからね、そんなに派手に驚いたりとかもなにもないんだよ。どっちかというと、音泉として浴衣を着ていたときの方が、なんかうっとりしたみたいなそんな感じだった。やっぱり茜さんにヘアメイク全部やってもらったからなのかな。気分がこう、すんなり女の子になれる感じだったんだ。

 でも今の状況では、無理に女の子になりきらなくても良いかと思ったりもする。むしろ、音泉みたいになってしまったら美優さんに怪しまれるだけだ。


「立ってみてよ」

 そう言われて立ち上がると、浴衣の裾が軽くふくらはぎのあたりをくすぐった。この感覚って、やっぱり女の子にしかわからない類いのものなのだろう。え、男性でも浴衣を着ればわかるって? うぅ。残念ながら男性用浴衣なんて着た記憶はもう遠い昔でございます。

「あとは、身のこなし……しだい、だね」

「なるべく、努力します」

 にっこりそう言われるともう、僕は諦めたように肯くことしかできなかった。




「あ、提灯」

 五時。まだお日様は煌々と輝いていて、空は青いんだけれど、道を歩く人の姿はいつもよりも多かった。おまけに所々でぽつぽつと浴衣姿の女の人の姿も見える。

 小さい町の小さいお祭り。だけどやっぱり花火っていうのはいい娯楽だ。夏休みに入る前には三組の松田が愛水さまと一緒に見れたら最高なのに! なんて言ってたけど、大人数で見る花火ってやっぱり楽しいと思う。


 ちなみにフォルトゥーナでもお客さんに今日のスケジュールを聞かれたりとか、同伴してほしいとかいう話が舞い込んだけど、それはすべて瑠璃さんがシャットアウトしてくれた。お店にいるとき以外はメイドではないのですから、と。今日はお店も休みだから、他のメンバーと一緒に見るっていうのも一つの手だったんだけど、それぞれ都合があるんだろうね、結局誰も花火大会のネタを話す人はいなかった。

 当然僕も音泉として花火大会にでる気はなかったから話はふらない。巧巳は誘ってくるかと思ったけど、灯南との約束を優先しているみたいだった。


「夜になったらキレイなんだろうなぁ……」

 はき慣れない草履をぺたぺた地面につけながら、僕と美優さんはお祭りの(やぐら)がある公園へと向かっていた。巧巳との待ち合わせ場所は、その櫓のある公園からちょっと離れた豆腐屋さんの前にしてある。やっぱり櫓付近は人が多いし、あんなところじゃ迷っちゃうから。


「夜までまだ時間あるけど……あんまり歩き回るのは勘弁ね」

 意識して女の子っぽく柔らかいトーンで僕は美優さんにお願いした。

 やっぱりこの草履っていうものがいけない。フォルトゥーナでも二日間みっちり草履を履いてたわけだけど、これがまた歩きにくいわ足も痛くなるわでホントもう悲惨だった。瑠璃さんなんかは、正しい姿勢であるけば痛くなどならないと言っていたけど、そんなの着慣れている人の台詞だ。


「やーん、もーとなっち可愛いんだから」

 彼女は、かわいーと連呼しながら、僕の二の腕に抱きついた。

 まったくもう誰のせいで、こんなことする羽目になったと思ってるんだろう。

「抱き心地だって、もー女の子みたいだし」

 きゅぅと腕を掴む力を強くしながら美優さんは言った。あまりに近くに寄るものだから、彼女のセッケンの匂いが香ってくる。いわゆる女の子の匂いってやつだ。


「匂いだって、なんかすごくいい」

「それ、美優さんちのお風呂の匂いでしょ……」

 適当にごまかしながら苦笑すると、彼女は、そう? と言ってもう一度鼻をひくひくさせた。さすがに普段はこれに香水をつけている、とまではいえない。


「あ、櫓見えてきたよ」

 ほら、あそこ、なんて彼女は公園の方を指さした。まだ歩いて五分くらいはかかりそうなくらい距離はあるけど、こちらの方が高い位置にあるので、ぽつんとそびえ立っている櫓を見ることができた。周りには米粒くらいの人だかりがみえる。


「あの、ちょっといいかな?」

 二人で無意味にその櫓をみてはしゃいでいると、突然見知らぬ男の人達に声を掛けられた。高校生かもうちょっと上くらいだろうか。見た感じ身なりをきちんと整えてる感じの……いわゆる、ちょっとかっこをつけた感じの人達だった。


「君達もこれから花火いくんだろ? だったら、俺達と一緒にどうよ?」

 どうよ、と言われても困るわけで、ちょっと俯きながら美優さんの様子を見てみる。こういう場面は、にわか女子の僕よりも熟練女子の美優さんのほうが慣れているだろう。


「ごめんなさい。先約がいるので」

 彼女はついと、それだけいって脇目もふらずに歩き始めた。僕もつられて一緒に歩き出す。後ろの二人組はちぇ、と軽く舌打ちをしていたけれど、とくに僕らに執着はないみたいだった。


「これでいいの?」

「いいのいいの。数うちゃ当たるってやつなんだから」

 そういうもんなのかなぁ、と思いながらも、僕は後ろをちらちら見ながら、彼女の横をついていった。


「お祭り時はめぼしい子に声をかける絶好のチャンスだから、となっちも気をつけてね」

 そう言われても無理だと思う。気を付け方なんてわからないし、そもそも気をつける必要なんてないんじゃないかと思う。だって、僕男だよ? いまの僕は音泉じゃない。今の二人組だって、美優さんが目的で声を掛けたのに決まってる。


「美優さんは普段も声かけられたりとか……?」

「んー、時々ね」

 ほら、やっぱり。僕から見ても美優さんは結構お嬢様ぽく見えるし、美人さんなのだ。それも高値の花って感じじゃないからなおさら声が掛けやすい。


「それより、となっちはナンパとかされないの?」

「それは……逆ナンって意味じゃないよね?」

 いちおう念のために聞いてみると、彼女はもちろんと肯いた。

 残念ながら灯南でいるときのナンパ件数は零だ。はっきりいって遊び歩いている余裕なんて僕にはないし、行き帰りの電車でナンパされちゃったとしたら、それこそ大問題になってしまう。

 ブレザーの学校なら、ぱっと見で勘違いをするってこともあるかもしれないけど、うちは学ランなので。


「それよりも……今年はなんだか、だいぶ派手みたいだよね」

「そうねぇ」

 話を変えようとして言うと、彼女は手提げから一枚の紙を取り出した。

 この前、折り込みチラシにいれられていた広告。もちろんうちは新聞とってないから持ってないんだけど、そこには今日の花火大会の告知が書かれてあった。


 いつもはそんなに大きなイベントでもないんだけど、なにやら町興しの一環だかでどこかのメーカーとタイアップして大きなイベントにするのだそうだ。いつもは櫓が組まれた公園で盆踊りをする程度なのに、今年はステージなんかも組まれていて、特に若者を引きつける感じになっている。花火の量だって例年の二倍らしいし、そういうのもあって巧巳に誘われたってわけだ。


 実を言うと、フォルトゥーナの方にも出店依頼が来たみたいなんだけど、オーナーはそれを丁重に断ったんだとか。まぁ、みんな浴衣着てる中でメイドさんやってたらかなり違和感あるからなんだろうけれど。

 浴衣姿の街の人間がいる中で接待なんてちょっとぞっとしない。学校関係者に会ったら下手をすると身の破滅だ。


「七時からイベントスタート……かぁ。ゲストはてっぱんメシ? 聞いたことない芸人さんだよね」

 ちょっと身震いをしながらも、彼女の持っているチラシをのぞき込んだ。

 確かにスペシャルゲストと書かれていたけれど、当然僕も知らない人だ。地方自治体のイベントで名の通った大スターを呼ぶということ自体がちょっと無理なのかもしれない。


「でもまぁ、そのおかげで若い子とかみんな参加してるんだから、いいんじゃない?」

「私としては人が多すぎてもちょっとイヤだけど……となっちは、見られまくって身体が疼いちゃったりして」

「ちょ、なに言って……」

 へっへ、じょうだんよ~と言われると、思わず身体から力が抜けた。

 でも彼女が言うように、人が多いと言うことは僕が見られる可能性は高いわけだよね。あ、でも人が多ければそれだけ人混みの中に紛れられていいのかも。木を隠すなら森の中っていうし。


「僕は八時半からの、巨大タイヤキ作りのほうが気になるなぁ……」

「ああ、たしかタイアップしてるメーカーのキャラクターの形につくるんだっけ?」

「そうそう。しかもね、みさき庵のタイヤキをベースにするんだって」

 まぁ、見た目がタイじゃない時点でタイヤキじゃないのかもだけど、というと彼女は笑ってくれた。


「そして、九時から花火スタート……か」

「門限とかはあるの?」

「うちは、無いよ。てか、男の場合は門限ある方が珍しいんじゃないかな」

「いいなぁ……うちは、門限十時だよ……」

 花火が終わったらすぐに帰らないと、と彼女は呻いた。門限を一分でも過ぎたら、和砂さんが力一杯怒るのは、簡単に想像できる。


「まぁ、でも花火終わったら帰る感じで丁度いいんじゃないかな? 巧巳だって明日があるから早く帰らないといけないだろうし」

 仮にも高校一年生が夜通し遊んでいるなんて、していられない。僕はそんな事を思いながら、待ち合わせの場所に向かった。

 もう櫓はそうとう大きくなってきていて、それに比例するように人の数も増えている。こんな小さな町によくぞこんなに人がいたもんだと感心してしまうくらいだ。


「池波くんは……と」

 きょろきょろ見渡すと、豆腐屋の前に一つの人影があるのが見えた。

女装が変態だとぅ! 和砂さんめーーー!

なんて血涙流しながら叫ぶ作者でありました。

でも、残念ながら「ばれたら語り草」くらいにはなることではあるのかなぁと思いはします。


そして灯南ちゃん状態での、緋色の浴衣ですよ! 緋色の浴衣を可愛い子が着こなすのはとてもいいことだと思います!

髪飾りとか付けないのがもったいないですね! 髪も結って欲しいものだけど、ショートである男の娘にはちょいと荷が重いのでありましたとさ。


さて、次話ではお祭りを回るよ!

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