029.友達のおうちはちょっとおかしいようです1
今がいつか、答えてみるんだ!作者よ!
五月でございますぅ。四ヶ月放置しちゃってごめんなさいましー。
「うわぁ」
「ごめんなさい!」
さて。お茶会も終盤になるころ。
和砂さんがお茶のおかわりを持ってくるところで、思い切り盛大にすっころんだ!
アイスティーだったので熱いというのはないのだけど、それでもTシャツは思いっきり水浸しである。
すぐに洗わないとしみちゃうかなぁ、これ。
「いけませんっ、すぐに脱いで下さい」
先程の誤解が解けてからというもの、和砂さんの対応はがらっと変わった。
すぐに、着替えをっ! とあわあわするくらいな反応である。
さっきまでだったら、それこそ、みすぼらしい格好にお似合いな状態になりましたね、とか言われそうだったんだけど。
確かに淑女を目指す人間としては、女の子が僕みたいな恰好してたら、お嬢様に毒、と思っちゃっても仕方ないのかもしれないね。
そんな和砂さんは僕の惨状をみると、すぐに脱衣所に連れて行って服を脱がせた。
まあ、異性の裸にというよりは、子供が風邪を引かないように、くらいの感じなのだろうけれど。
年上のお姉さんに身ぐるみを剥がれるというのは少し抵抗はあるけれど、音泉のときに剥がれるのを考えると、ずいぶんと気楽なものではあった。あっちで身ぐるみを剥がされるとさすがにちょっと困ったことになるのだ。
今では、同僚のみなさんと一緒に着替える、なんてことも慣れてはきたけれど、直視もできないし、こっちを見られるのも恥ずかしいといってある。更衣室のロッカーは一番奥で、着替えのときに隠しやすいっていうのはとてもありがたいと思っている。
「洗っておきますから、お風呂にお入りになって下さい」
そして上半身裸状態の僕を残して脱衣所の扉を閉じる。あとは自分で勝手にやれということなのだろう。そこまで言われたらもうお風呂を頂いてしまう他にない。
和砂さんからは、あなたのためにお湯を張りましたし、終わったら掃除して張り直しますからとまで言われた。
お嬢様の残り湯ではありませんからね! みたいなのはあるのだろうか。
うちなんて貧乏だから、わざわざお湯を張り直すなんて面倒なことはしないし、入浴剤の香りは親父も恩恵を受けているところである。
会社で、後輩の子に香りがいい中年なんていう風に言われてるのだそう。それが褒め言葉なのかはわからないけど、本人はちょっと嬉しそうにしていたので、まあそれはいいのだろう。
でも、こんな昼間からお風呂をたいているとは、さすがにお金持ちの家はすごいと思う。
うちなら光熱費を抑えるためにも、夜に沸かして一気に入るというのが通常だというのに。
「うーん。なんだか、大事になっちゃったなぁ」
和砂さんが出してくれたタオルを持ってお風呂に入ると、まずは軽くシャワーを浴びた。
少し膨らんでいる胸元にも水滴が流れていく。
こうして身体に水滴を当てつつ肩のあたりを見ると、ほっそりしてるよなぁ、やっぱりと思ってしまう。
そのおかげで女装してメイド喫茶で働けているので、この身体のサイズには感謝ではあるのだけど。
「浴槽もやっぱりうちよりおっきい」
ぴちょんと水面を揺らして、湯が張られたバスタブに入ると、思い切り足を伸ばせることができるくらいのサイズがあった。
洋式っぽくはあるけれど、それでもそこそこの深さがあるのでしっかりと肩まで浸かれるタイプのものだ。
ほどよくぷかぷか浮かべるような、そんな感じという感じだろうか。
柑橘系の香りがふわりと漂っているのは、入浴剤というよりは、精油かなにかを垂らしているのだろうか。オシャレさんである。
「お金……やっぱり、あった方がいいんだよねぇ……」
はぁと、ちょっと一人になって始めてため息がでた。
美優さんの手前あまり暗い顔はしないようにしてはいたけれど、はっきりとここは榊原家とは経済水準が違う。
まあ、うちが貧乏かっていうと、そんなことはないよ。家だって持ち家だし、僕自身の部屋もあるわけだし。
二人で繰らすにはちょっとばかり広いと思えるくらいの家ではある。
でも、そんな我が家も現在は家計が火の車。
それもこれも、親父が連帯保証人などになったからなのだけど、それを思うとお金の大切さというのがよくわかってしまう。
これでも小学生から家事はやってきている身だ。買い物に行くことも慣れているし、お金の価値というものもわかっているつもりだった。でも、実際疲弊してみないと、お金がないヤバさというのはわからないものだった。
まだ仕事を始めて何ヶ月も経っていないけれど、ありがたいことにフォルトゥーナの仕事は順調だ。
最初は色物扱いだったお店も、衣装がちょっと特殊な喫茶店くらいの地位は獲得できている。
半分くらいは巧巳のケーキのおかげというのはあるんだろうけれど、きちんと利益はでるくらいにはお店は成長しているところだ。
もちろん、これで稼げる金額で借金がどうこうなるわけではないけど、それでもお金があることで犠牲にしないで済むことは多くあるのだろうと思う。
例えば、巧巳達に誘われてる旅行の件。
これも、フォルトゥーナで働いていなかったら絶対断っていたことだと思う。
お金と時間に余裕があることは、やりたいことをやるためには大切なことなのだと思う。
そんなことを考えていると、脱衣所の洗濯乾燥機が動いている音が聞えた。ドラム式のもので一気に乾燥までこなせるタイプのものだ。
きっと小一時間もすれば乾くのだろう。
「でも、それまで……何を着ていれば良いんだろう……」
ああそうか。一時間お風呂に入っていればいいんじゃない。
ひとりそんな結論を出して僕はお湯に身体を沈めた。それくらいここのお風呂は心地よくって、気が付くとうとうとしてきてしまった。
「着替え、おいておきますねー」
だからそんな和砂さんの声も、あまりまともに聞くことなんてできなかった。
「これは、なんですかっ?」
とりあえず和砂さんが『着替え』といったものを着込んで、僕は彼らの待つリビングに姿を現していた。
「わお、ちゃんと着れたんだ、すごいすごい」
そんな僕の姿をみた美優さんは愉快そうに手を叩いた。しかもすごく前のめりな姿勢でである。
そう。確かに彼女が手を叩いて喜ぶように、僕は珍しい恰好をしているのだった。
お風呂から上がって、用意されていたバスタオルで身体を拭くと、そこに置いてあった衣装をみて、僕は思いきり脱力してへたり込んでしまった。
そう、そこに置かれていたのは、深紅の浴衣だったのだ。ご丁寧に黄色い帯までしっかり置かれていて、思わず頭を抱えてしまった。
で、僕のさっきまで着ていた服はどこに行ってしまったかというと、それが謎だった。
乾燥機はもう止まっていたのだけど肝心の中身がなかったのである。きっと和砂さんがどこか別の所に隠してしまったんだろう。
だから仕方なくそこに置かれてあった浴衣を着たってわけで。
「帯までしっかりまけるとは……どこで覚えたのですか?」
「え……」
でもまったく僕の抗議を無視しまくって冷静につっこむ和砂さんの一言に僕は、思わず凍り付いてしまった。
そうだよ。普通の男の子が女ものの浴衣の着付けなんて普通できないよ。っていうか、女の子だって帯なんて結べる人は少ないって茜さんも言ってたくらいだし、これってもしかしたらすごい変なのかもしれない。
最近はワンタッチの帯なんかもあるっていうくらいだしね。
茜さんは、着崩れるのが和服の醍醐味ではないですか! なんて、はぁはぁしてたけど、それはちょっと尖った意見だと思う。
少なくとも、僕は着崩れして直せないなんていう状態は勘弁して欲しい。
「あ、えと……中学の頃にちょっとね……」
とはいえ、今は着付けができる理由のほうだ。
あはは、と愛想笑いをすると、ふむ、さようですか、と彼女は引き下がった。もしかしたら勝手になにか、あらぬ妄想を大爆発させているのかもしれない。
「それよりもなんで換えが浴衣で、おまけに女物なんですか? 僕の服、どーしちゃったんですかっ?」
「それはぁ……今日が花火大会だから、だよ」
浴衣姿の方がそれらしいでしょ、と美優さんは申し訳なさそうに言った。たしかにそれらしいけどこれはちょっとどうかと思う。
むぅ、と膨れていると、美優さんは、そのね……と切り出してきた。
「私ね、女友達と浴衣姿で花火大会にいくの、夢だったんだ」
「え……」
僕の内心を知ってか知らずか、美優さんはなぜか少し俯いてはにかみながら言った。
「お嬢様はそれはもう、お辛い学生生活をお過ごしになりまして……」
何故か皆様お嬢様にお辛く当たるのです、と彼女は続けた。
公立学校にお嬢様がいたら、まぁ、女の子だったら嫌がるだろうなってのは想像できる。男子からはお嬢様ってすごい人気でるんだけどね。
「だからといって、僕じゃ女友達の代わりになんてならないでしょ……」
そりゃぁ、さ。そんな事言われちゃったら、僕だって手を貸してあげたいと思うよ。美優さんの事はもう友達だと思ってるし、一緒に歩くのは別に全然構わない。でも僕は、どうあがいたって「女友達」にはなれないよ。音泉、だったらなれるのかもだけど、灯南は男の子だもの。女の子スイッチは入らない。
「男子状態じゃ駄目なのかな? 甚平とかそういうので」
「……なるほど。男装甚平も最近のはやりとは聞きますが」
それでも、なんとかなってしまいそうですね、と和砂さんが顎に手を当てながら言った。
それはどういう意味なのだろうか。
「あの……つい、となっち女の子っぽいから、お願いしちゃったんだけど。雰囲気だけでも……味合わせてもらうのは無理かな?」
別に、となっちはとなっちのままでもいいんだけど、ぼっちな私にささやかな慈悲の時間をお与えくださいと、彼女は言った。
「ぼっちっていうけど、例の幼なじみの男の子とは、お祭りとか結構行ってたんじゃないの?」
「う……それを言われるとそうなんだけど……でも、女友達ができたのは、あんまりないしっ!」
「それで、女っぽい僕で練習とかそんな感じなんですか?」
自覚はあるけど、内面はそこまで女子っぽいわけじゃないんだけどなぁというと、それでいいのです! と和砂さんからも補足が入った。
うーん。別に美優さんみたいな子なら、友達できないってのがよくわからないんだけどな。
「正直、気が休まる女友達がいまぜんっぜんいないのよ……」
「お嬢様学校で気が合う人が居ない、と?」
「そんな感じ。もう、今の癒やしはフォルトゥーナのメイドさんたちくらいなもので」
「じゃあ、あの人達を誘うとか!」
「無理! てか、お仕事の邪魔しちゃうよ!」
「んー、いちおうアフターはダメーっていうのはあるみたいだけど、友達としてなら、ありなんじゃないかな?」
っていうか、美優さん、フォルトゥーナ的にはもう常連さんって感じでスタッフ的には、生暖かい目がでてるんだよね。
時々、厳しい表情で来て、その後ケーキ食べてはわーんとしてるのを見てると、しんぱーい、って声は実は上がっていたんだ。
そこに踏み込むのかっていわれたら、相談を受けたなら対応しましょうっていうことで、お店では認識されていた。
「でも、私は、となっちを友達にする方が嬉しいかな」
そりゃメイドさん達は綺麗だったり可愛かったりだけど、やっぱり、お金がからむ相手を「友達です♪」っていうのはちょっとなぁと言い始めた。
むぅ。いらっしゃった方と仲良くしていきたいと思うのに、こういう一線を引かれてしまうのはちょっとさみしい。
とはいえ、店側が、お客さんとは一線引くようにって言ってるくらいだから、心理的なストッパーは働くのかも知れない。まあお店が言うところの一線というのは「ご帰宅するご主人様」と不用意に近づくなということで、お嬢様との交流に関しては特別何も言われていないんだけどね。
交友を深めるかどうかは美優さん次第なのだけど、そこらへんは今後どうなるか様子見をしていこうかと思う。
「そこまでいうなら……女友達の代わりをやってもいいけどさ。でも、下着くらいは返してもらわないと……」
そんなに言うなら、まぁ僕としては断る理由はそれほどない。音泉との関係を疑われることだってたぶんきっと大丈夫だろう。浴衣姿の僕とメイド姿の音泉は、見た目も違うし持っている空気だって違うんだからね。さっき脱衣所で鏡を見て、こんなに違うのかと驚いたくらいだ。でも、譲れないものというのはあるわけで。
「和装は下着をつけないものですよ」
僕が嫌そうに抗議をしても、和砂さんは涼しい顔でそれを却下した。
そう。当然ながら僕の衣類が全部隠されてしまったと言うことは、下着もないわけで。用意されていたのは、浴衣一式だけだったっていうわけだ。女の子用の下着が用意されていたらそれはそれで困りものだけど、ないならないでやっぱり困る。
このスースーした感じはちょっと堪らない。普段からスカートでなれていると言ってもやっぱり下着があるか無いかというのは大きな違いだ。
ついこの前フォルトゥーナで浴衣を着たときは下着もばっちりつけてたから違和感はかなり大きい。茜さんの話だと、ちゃんと浴衣用の下着ってのがあるらしいけど、たった二日着るだけなら、そこまでしなくていいよとの事だった。ちなみに他のメンバーは浴衣を私用で着たりもしてるみたいで、ちゃんと家に完備していたんだよね。
「そうそう。ばっちゃまも毎年、下着は着けるものじゃないって」
「ほんとに?」
じぃーと見つめると、美優さんが頬をぽりぽり掻いているのが見えた。
「なら、美優さんも下着無し、ですよね」
そう言うと彼女から、うぐっ、という声が漏れた。
もしかして僕に浴衣の知識がないと思って、いろいろ言いくるめてしまおうとかいう気だったんだろうか。
「うそ。うそうそ。うそですよ。うん。たしかに。ばっちゃまは下着なんてつけるものじゃないって愚痴ってたけど、今時はちゃんとつけますってば」
外出するのにそんなんだったらいくらなんでもねぇ、と美優さんは悪びれもせずに言った。
「あ、でも、ブラはつけないほうがいいよ。キレイに着付けできないから」
「あーのねー。僕は元からつけてない……ってもういいです、はい」
ふふふんと笑っている彼女を見て、もうそれ以上言う気力がきれいに無くなってしまった。結局彼女は、僕のこういう反応を楽しんでいるのだ。
「それじゃー私も着替えちゃうか」
ひとしきり僕で遊んで終わった彼女は、ちょっとここで待っててね、とだけいって自室に入っていった。僕はそんな彼女を見送りながら、はぁとため息をついた。
美優さんちの話はかききろう! と思っていたのに、うっかり時が過ぎてしまいましたよ。敵スタンドの攻撃かってくらい。
さて、とはいえこの後は楽しい夏祭りがまっていますし、浴衣女装モードでもじもじする灯南っちを愛でていこうではないですか! もじもじ女装も作者は好きなんすよ!




