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027.友達のおうちが豪華なようです2

「うわ……見事だね」

 カチャリと音を立てて通されたのは、地下の一室だった。

 地上部からは頑丈そうな鍵で閉ざされた扉を通って中に入る、というちょっと変わった作りになっている。地上部分の開けっぴろげな感じとは違って、むしろここは家の中に作られた蔵みたいな印象だ。

 一応耐震構造にもなっているそうで、例えば地上部分が地震で倒壊してもこの部屋だけはがっちり守られるし、火事になったとしても平気なんだそうだ。もちろん中で火事が起きちゃったら、話にはならないけれど。


「ご自慢の書庫、年々本も増えちゃうし、処分もできないしこういう形になったの」

 肝心の部屋の内部はどうなっているかというと、ジャンル分けされた棚が真ん中に置かれてあって、良く使うような本は壁面に固定されてあり、使用用途が薄めの本は真ん中にある稼働式の棚に置かれてあるらしかった。可動式の棚っていうのは図書館とかによくあるやつで、使わないときは棚と棚との間が狭まっているんだけど、レバーを引くことによって棚と棚の間に通路ができて、本を取り出せるというアレだ。

 収まっている本の数はだいたい棚の七割といったところか。開いているところは今後増える予定の本があるといけないから、ということだ。


「あっちの部屋は収納と金庫みたいなもんかな。いちおーこの地下室って、うちで唯一鍵をちゃんと閉めとく所だから。収納には上に収まらないものとか、あとは非常食なんかがしまってあるの。非常時に備えるのは大切なんだってさ」

「へぇ、ちゃんとしてるんだね……」

 うちなんて非常時はおろか、平常時のご飯すら怪しいくらいなのに立派なもんだ。でも当然彼女に僕の心の内なんて言えるはずがない。


「その割にあの二人は仕事でほとんど家にいないってんだから、本末転倒なんだけどね」

「やっぱり、みんな忙しいんだ……」

 うちの親父も忙しいけど、やっぱりみんな忙しく働いているもんなんだなと思った。まぁうちの親父の場合、人の仕事まで抱えちゃうからなんだけどね。


「あっと、喋ってる余裕はないんだった」

 時計をちらりとみて、彼女はいけないいけないと扉の方に向かっていった。書庫の鍵はいつも書庫を使う時みたいに、入り口のフックにかけてくれている。

「いちおうどんな本も読んで良いけど、読んだ本は元に戻しておいてくれると嬉しいな」

 それじゃお昼の準備してくるからしばらくここで待ってて、といって彼女は地上に出て行った。

 なんというかこうやって人様に食事を用意してもらうのはなれてないので、そわそわしてしまう。やっぱり家にお呼ばれしてご飯を作ってもらうのって違うもんね。

 お店で料理を待っているときとか、お店で天笠さんや戸月くんのまかない料理を出してもらうときとは圧倒的に状況が違う。


「いろんな本があるなぁ……」

 そんなそわそわを打ち消したくて、僕は書庫の中をいろいろと物色しはじめた。

 医学書の束みたいなものから一般的文学書、さらには少女漫画の棚まであって、それこそミニ図書館みたいな感じだった。

 お父さんお医者だっていうから、やっぱり圧倒的に医学書が多いみたいで、特に半分くらいは外国語で書かれててタイトルすら読めなかった。でも身体のしくみとかいう入門書みたいなのもあって、面白そうなのもある。


「思春期の科学、か」

 僕はそのうちの一冊を取り出して、開いてみた。

 思春期っていったらまさにいまの僕達の年齢だもんね。ちょっと大人がどう学問的に僕達を捉えているのか、見てみたかった。


「身体……医学書って、こんなのも載っけちゃうんだね……」

 一枚目。めくってみたら、人体の裸体の絵が描かれていた。男女で一枚ずつ。身体のいろんな場所に文字が描かれていて説明がつけられている。当然なんだけど男の方のは胸はぺったんこで、いわゆる胸板ってやつが描かれていた。

 それからさらに読み進めていくと、思春期特有の心の混乱みたいな事も書かれていた。そういや入学式の時に高校の頃はアイデンティティを確立する時だから、どうのって話をされたっけ。身体の成長に心がついて行かなくて悩むんだって。


「でも、まだ声変わりもしてないんだよねぇ……」

 いいかげん変わってもいいとは思うんだけど、声変わりしてしまったらフォルトゥーナでも働けなくなるから、ちょっと複雑。いちおうここには十八才くらいまでで声変わりが完了すると書かれてあるけど、僕の場合いつくるのか……いろんな意味で不安だった。


 さらに読み進めていくと今度は思春期にかかる病気の一覧が載っていた。

「思春期早発症に、思春期遅延症……なんでもかんでも、病名つけりゃイイってもんでもないと思うけど……」

 僕の場合はあきらかに思春期遅延症ってことになるんだろう。高校になってまでここまで男っぽくなってないなんてあり得ない話だもんね。でも僕はちゃんと生きていられてるし、そんなのに分類して欲しいとは思わない。そりゃさ、この本みたいに言えば「異性に発情」なんてしないわけだけど、この年で発情しまくってもどうなのって思っちゃうんだよ。戸月くんくらいならまだ……わかるけどさ。高校生で女の子ばっかり目で追うようになっちゃったら、それこそ学業の妨げじゃない。


「なお、思春期遅延症の症状の場合、インターセックス等の可能性も考慮しなければならない……か」

 ちょっと成長が遅いだけでそう言われてしまうとはとつぶやきながら、先に進むとそんな注釈を発見することができた。

 インターセックスとはいわゆる両性具有ってやつだ。これは漫画を読んでるからなんとなく知識がある。でも僕の場合は……それはないんじゃないかなって思うんだよね。肉体的に。


「ゴナドトロピンの放出が……あぁ、もーわかりにくいなぁ……」

 それからも先に読み進めていったんだけど、いかんせん専門用語が当たり前のように基礎用語っぽく使われているので、読み解くのにはかなり苦労した。

 でも……なんとか、がんばって僕が目的としていた記述を発見したんだ。


「思春期女性化乳房。この疾患は相対的ホルモン比率によって起こるとされるもので、性成熟がもっとも盛んな12~14才に起こることが多い。思春期になると胸が女性のように肥大化することがあり、それはおおよそ成人すると収まる。成人型の場合、他の疾患、薬の副作用などが考えられるので、早期の検査が必要、か」

 よかったー。はぁ、と大げさにため息をついて、もう一度その記述を確認した。


 そう、僕がさがしていたのは胸の記述。最近やっぱりちょっと、大きくなってきている気がするんだよね。さすがに目立つってほどじゃないし、灯南のときはブラだってつけてないけど、こうやって手で触ると掴めるし。

 でもそれが一般的に起こることでちょっとしたら治るっていうなら、それほど心配しないでもいいってことだ。ほんと変な病気だったら大変だもんね。


「おまちどー、鍵閉めてあがってきてー」

 ほっと一息ついたところで、上からお呼びの声がかかった。きっとここで資料にあたっているお父さんを呼ぶためなんだろうね、部屋同士を繋ぐテレビ電話があって、エプロン姿の美優さんが映っていた。

 やっぱり難しい本を読んでいたから時間が一気に過ぎちゃったみたい。はっきりいって半分以上の言葉が意味不明なんだもん。日本語で書かれているだけマシなのかもしれないけど。

 でも調べものはちゃんと片付いたし大収穫だ。こうも立派な図書館っていうのには僕もちょっとだけ羨ましいと思った。


 電気を消して鍵をちゃんと閉めてから上にあがると、なんともいえないトマトの酸っぱい匂いがしてきた。

「あ、パスタかな」

 エプロン姿の彼女はやってやりました、という顔をしながら早くおいでと手招きをしている。


「あ、ダイニングそっちだから……和砂、ご案内して」

 僕がキッチンに入ると彼女はメイドさんにそう声を掛けた。

 でも当然、メイドの和砂さんはぷぃとそっぽを向いたままだ。


「お嬢様の手料理をどこのウマの骨ともわからないものに食べさせるなど……」

「まーた言ってる……今日の主役はとなっちなんだから、それ以上言ったら怒るよ」

「ですが、お嬢様……」

「わかってるわかってる。でもとなっちのおかげで手料理つくる気になったんだから、いーじゃんよー」

「よくありませんっ。いいですか? 女の手料理というのは、愛する人の為に作るものなのです。それ以外の方なんてコンビニの弁当でも召し上がっていればよろしい」

「うわ、酷」

 あまりの言いぐさに思わずつぶやいてしまったら、和砂さんがぎろりとこっちを睨んできた。なんかほんとすごい嫌われちゃってるよね。なんでそんなに僕のこと嫌うんだろう。

 でも、コンビニの弁当でも(、、)、というけど僕からしたら贅沢品ってなっちゃうんだけどね。材料を買ってきて自炊した方が圧倒的にお金の節約になる。


「そんなに言うなら、和砂にはケーキあげないんだから」

「え……?」

 彼女の表情が一瞬硬直した。

 それを見ていやらしい笑顔を浮かべながら、美優さんは冷蔵庫からカスターニャの箱を取り出した。


「……いえ、いえ……わたくしは、そんなものでは……」

 明らかに口の当たりがひくひくしているのが見えた。

 この人もやっぱりケーキ好きなんだね……しかも、カスターニャの包み紙ってだけで、目の色が変わっている。

「ほれほれ、無理しないでよ」

 ほーれほれほれと、美優さんはカスターニャのケーキを見せびらかした。メイドの和砂さんは、うぁぅと妙な声をあげながら複雑そうな表情を浮かべている。


「ケーキ好きに悪い人はいない、でしょ? あんまり意地悪しちゃ悪いよ」

 あまりにも和砂さんが可哀想だったので、そう助け船を出してあげると見るからにメイドさんの表情は明るくなった。

「こ、こんなもので、買収されたわけじゃないですが……お嬢様がそこまで仰るなら仕方ありません……」

 それでも笑みが浮かんでしまうのをなんとか堪えて、ようやく彼女は僕をダイニングへと連れて行ってくれた。ケーキがあって大助かりだ。


「こちらがダイニングです」

 ダイニングはこれまた豪華な部屋だった。きらびやかってわけじゃないんだけど、キレイに掃除されているし花なんて飾ってあっていかにも洋風な感じだった。うちがべらぼうに和風だから、こういうのはちょっと新鮮な感じだ。

 そもそも食事をするところと普段いるところが別にあるっていうのがなんだかスゴイ。うちなんて居間で食事をしているわけだし普通そうだと思うんだよね。よくてダイニングキッチンじゃないのかな。


 和砂さんは勝手に座りやがれこんちくしょうといった感じで、案内はしてくれたもののすぐに壁際に控えてしまった。椅子を引いてくれたりとか全然してくれない。

 でもそんなのに僕は戸惑ったりしないわけで、勝手に椅子に腰を下ろすと美優さんがお皿を持ってやってきた。

 あ、予想通りパスタだったみたい。スパゲティが朱色してて、上にはキノコがのっかっている。ポルチーニ茸とか使ってるんだろうか。

 うちだったら、圧倒的にしいたけとかしめじとかにしちゃいそうだ。エリンギでもいいけれども。


「お、お嬢様……そんなことなさらなくても……」

 とりあえず僕の分と、あとは和砂さんの分だろうか。僕の席の前と、斜め前の席にお皿を置いた。自分の分を最後にするところあたり、好印象だ。

「今日は私がご招待したんだから、私が接待する」

 あたりまえでしょ? と言われて、和砂さんは小さくなった。

 でもそのかわりというか、彼女も言いなりにはならないわけで、すぐさま台所に移動して最後の一皿、美優さんの分を運んできた。


「わたくしには、お嬢様のお世話をするという使命があります」

「えー、それくらい自分でできるのに……」

 不満の声にも、これだけは譲れませんと、和砂さんは首を振って、彼女を僕の向かいの席に座らせた。


「さてと、それじゃ、食べてみてよ」

 わくわくしながら言う彼女の視線を浴びながら、僕はいただきますといってフォークをパスタに入れた。

「あ、おいしい」

 茹で方はちょうど良い感じで、しこしこした舌触りが心地良い。それほど難しい料理でもないけど、思ったよりもちゃんとした味でなかなか美味しい。


「和砂仕込みだからね」

 テレながら言う彼女の隣で、和砂さんはおろおろしながらパスタを口に運んでいた。お嬢様の手料理、が食べられてかなり嬉しいらしい。

 こちらの反応に満足して彼女もフォークをいれ始める。


「和砂さんは、このお屋敷長いんですか?」

 あまりにぷぃっとされるのもシャクなので和砂さんに話を振ってみると、彼女は一瞬驚きながら、それでも無言でパスタを味わっていた。

「もー十年くらいかな。おばあさまがひょっこり連れてきたのよ。それこそ本当に素性なんてわからなくってさー」

 今のとなっちみたいだよねー、って嫌みを言われると、和砂さんはうぅとうめき声を漏らした。きっと彼女にもいろんな理由があるんだろうね。住み込みのメイドさんなんてこの国じゃ珍しいことだもん。


「一緒に住むことになりましたから、って言われたときはビックリしたなぁ」

 まだ小学校入学するかしないかの頃だったし、って美優さんは懐かしそうにつぶやいた。

 こういう思い出があるのって、いいよね。


「お、お嬢様……」

 そんな美優さんを見つめて和砂さんも懐かしそうに目を細める。きっと彼女には初めてあったときの美優さんの姿が浮かんでいるんだろうね。

 正直、ちょっとだけ羨ましい。でもうちにも親父が居てくれるんだし、不幸だなんて思ったことはない。ただなんか、固い信頼関係っていうのに酔っちゃってるんだ。

 だから僕はそれを見ながらとにかくパスタを食べる。

 ボルチーニがくにゃりと口の中でつぶれた。

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