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022.それでも季節は巡るわけで

本日短め。

 薄い桜色の布地が膝のあたりをくすぐる感触に、ボクは胸の奥の方が沸き立つのを感じていた。今日の服装はいつものメイド服とは違って、桜色の浴衣。


 本日のフォルトゥーナはいつものスタイルとは異なり、お盆シーズン特別版、ということで。

 今日はついに待ちに待った浴衣フェスタなのだった。

 普段、正統派メイド喫茶こそ至上!! といっている千恵里オーナーの、数少ない遊び心というやつで、お盆とお正月は西洋メイドから離れる日が訪れるのである。


 とはいってもお店の中身がヨーロッパ風なので、日本情緒たっぷりとは行かないんだけどね。

 それでも、そんな西洋の店内にあわせて絶妙な色具合のものを茜さんがそれぞれに選んでくれていた。感じとしては文明開化後の洋食屋さんみたいな感じといえばいいのかな。お店は洋風なのだけど、中で働いている人はみんな和装っていうような。


 ちょっと違和感があるのだけれど、むしろなんだか普段と違う新鮮な空気がして特別な日という印象をボクに与えてくれる。

 お盆の間の三日間限定で行われるイベントなのだからたしかに特別と言えば特別。そのうちボクが出勤するのは今日と明日、つまり14日と15日の二日間だ。

 正直ここのところ、気持ち悪い気配を感じ続けていたので、これはリフレッシュという意味合いでもとても嬉しいイベントだった。


「なかなかご機嫌じゃない」

 今日一緒に働いている渚凪さんにそう言われるくらいボクはなにやら浮き足立っている様子だった。もうキモイ手紙のことなんかも浴衣パワーでどこかにふっとんじゃうくらい。

 女物の浴衣を着ていてにまにましていると変に思われるかもだけど、これはもう魔法みたいなものなんだと思う。メイド服の気恥ずかしさよりも、なんだかこう暖かいなにかがあるような気がするんだ。


「浴衣って初めてなんですよ~」

 ふふふんと鼻歌をもらしながら答えると、そんな様子を見ていた渚凪さんはおやまぁ、と言いながら裾のあたりをごそごそ直していた。

 やっぱり彼女もそれほど和装に慣れているわけではなくて、ちょっと動きにくそうにしている。でも紫色の着物はすらりとした長身によく似合っていると思う。

 ちっちゃい頃に浴衣を着てお祭りに行ったとかいう話で、浴衣を着るのはどうやらそれ以来なんだとか。彼氏もいないし花火大会ってのもいかなくてねぇなんていって、渚凪さんはしょんぼりしてみせた。


 そういやこの町にも盆踊り大会ってあるんだよね。花火なんかも盛大に上がって夜店なんかもでる所。ボクだって小学生のころ以来いっていないから、ここ最近はとんとご無沙汰だ。

 まあ今年もたぶん、借金の兼ね合いもあるから、遊びに行くってことができないだろうけれど。


「やっぱりなんか気分かわりますよね、こういうの」

 なんだか気分が沸き立つというか、ふわふわするというか。

 別に女装が板に付いてきたとか、可愛い恰好が好きになったとか、そういうんじゃなくて、なんか和服っていうのを着るとすごい浮世離れした感じがしちゃう。コスプレの感覚ってこういうのなのかもしれない。


 ちなみにボクの髪型は茜さんに指定されていて、今日は長髪のまま後ろに垂らして旧家の令嬢風味に、明日は上で括り上げてアップにしなさいという話だった。

 はっきりいってアップなんて言われてもできないっていったら、しかたないなぁといって茜さんは丁寧にやり方を教えてくれた。これで再び、女の子スキルを一つ獲得である。


「女の子の浴衣はいいねぇ、やっぱり」

 二人でそうこう話をしていると、今日の分のケーキを運んできてくれた和人さんは、ほれぼれとした声を漏らしてくれた。

 だいたい朝のケーキの補充っていうのは和人さんの仕事。かなりの量になるから車で一気に持ってくる。

 それで足らなくなったら補充にきてくれるのが巧巳の仕事だ。最初の頃はバスだったけれど、最近は補充の頻度が増えてしまったから、原付の免許を無理して取ったという話をこの前学校で眠そうにしてくれた。

 そうなんだよね。あいつはもう十六歳なんだ。


「えへへ、いいですよねー」

「巧巳のやつも見たかっただろうなぁ」

 和人さんは、気の毒そうにそうつぶやいた。

 おや。巧巳は今日はこれないんだろうか。せっかくの浴衣姿なのに本当にもったいない。

 ボクのはともかく、他のメンバーのは見たいだろう。


「巧巳さん、お忙しいんですか?」

「今日はあいつ、ケーキの展覧会に行ってるんだ。知識をどんどん入れないとまずいってね。かなりここの仕事受けるようになってから、気合い入るようになってるね」

 いいことだいいことだと、和人さんは肯いていた。やっぱし巧巳もこのお店で反響がでるのが嬉しいんだと思う。

「なら、また新作できるのかな……」

「残念ながら、フォルトゥーナに納めるのは今度は秋だから。それまでお預け」

「えー」

 そんなぁと不満を漏らすと、和人さんはまあまあと宥めてくれた。


「そんなに好きなら今度店にくるといいよ。あいつも喜ぶだろうし」

 そしてしっかりとお店の営業をしてくれた。

 まぁ、確かにね。音泉も灯南もカスターニャに行ったことはないから、一度くらいはちゃんと行きたいとは思っているんだ。でも、どうしたって忙しかったり出不精だったりでダメなんだよ。

 でも、あのケーキがごっそりお店に眠ってるかと思うと……

 よし、決めた。今度、灯南状態でカスターニャに行こう。


「わかりました。時間ができたら遊びに行かせてもらいますね」

 そうは思うものの、とりあえず音泉でも社交辞令だけは言っておく。行く気はありませんからとは言えないもんね。でもきっと巧巳の家にいくなら音泉としてっていうのは無理だと思う。男の子の家に女一人でいくのって、ちょっと抵抗があるし。みんなを誘っていくというのも、ちょっとまだそこまでの勇気もないし。


「おっと、そろそろ開店時間だね。私はもう、お暇させてもらおうかな」

 和人さんが言うようにもう開店時間五分前。

 入り口のドア越しには、浴衣フェスタを狙ってすでに外で並んで下さっている方が何人か見えた。けれど和人さんはそっちの入り口からじゃなくて、空になったクーラーボックスを持って、裏口の方から帰っていった。

 今日も一日がんばってね、なんて言われちゃったらもう、俄然やる気がわいてくる。


「おかえりなさいませ、ご主人様っ」

 ボクは笑顔を浮かべると、列になっているご主人様方を店内に招き入れた。


書き下ろしで少し長くとも思ったのですが、短いままお届けです。

着物メイドさんも私は大好きです。

次話は、巧巳くんのおうちにお邪魔いたします。

なにげにあっちのほうではもう、登場済みの可愛いお店なのです。

なるべく早めに、うぷということで。


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