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021.浮かない日常

 間があいたので、前回までのおさらい!

 小柄な男子高校生、榊原灯南は父親の借金と家計をなんとかするために女装してメイド喫茶で働くことに!

 そしてそこで出会った同僚と一緒に研修として他の店に見学に行ったのでした。

 その帰り、道端で店のお客とばったり出くわし、その常識はずれな言動に嫌な気分に陥るのでありました。

「相変わらず、浮かない顔……だな」

「天笠さん……」

 テーブルを拭きながらため息をついていたら、天笠さんは厨房から顔を出して優しく声をかけてくれた。いつだって、この気の良いおっちゃんは店内のメイドを気遣ってくれる。

 しかも無理に聞きだそうという感じではなくて、さっと聞いてくれるところがありがたい。


「なんていうか……もーいろいろ……ありましてねぇ」

 その優しい声音に誘われるように、ボクはあぁ~と情けない声を上げながらへにゃっとテーブルにへたり込んだ。拭いたあとだからメイド服が汚れることもないし、テーブルについてしまった香りはまた拭けばなんとかなるだろう。


 よくよく思い起こせば、もうここ三ヶ月でいろいろな事がありすぎた。

 多少のことはもう慣れた。借金ができてここで働くようになったことも、巧巳にメイドさん姿を見られることも。

 あの厨房のバカに抱きしめられたことだってまぁ……いちおう許容できる……ようになるといいなぁ。

 

 でも、昨日みんなで都内のメイド喫茶を見学した帰りに会った、例のご主人様からのアプローチははっきりいって背筋のあたりがぞわぞわしてしまった。

 だって、いきなりメイド喫茶でもなんでもない道ばたでボクのことをメイドさん扱いして一緒に食事をしようなんて言ってくるんだよ?

 当然、私服……うん。女の子としての私服姿だったわけで、たとえ他のフォルトゥーナのメンバーがいようと、私的に外に出ているということに変わりはない。

 専属のメイドさんというならそんな声をかけるのはなくはないだろうけど、フォルトゥーナはメイド喫茶であって、その関係性は基本的にお店の中だけで完結するものだ。


 それは明らかにルール違反だし、フォルトゥーナはもちろんそれが通るようなお店ではない。

 千恵里オーナーに話をすれば、出禁にもしてくれる案件だろう。


 毅然な態度でしっかり臨むべしと二人には言われたけれど。

 いささかメイドとしても、男性の視線を受ける者としても新米のボクが対応するには難易度が高い問題であるのは確かだったのだ。

 それに、ボク自身の性別の話もある。


 女の子がこれを受けたら純粋に怖いと思うんだよ。でもボクとしては、なんというか、とても複雑な気分になってしまった。

 もちろん、怖いとか気持ち悪いってのはあるのはある。

 けれども、それにもまして、なんだかなーという気持ちもちらりと出てしまうのだ。


 騙しているという自覚はもうあまりない。というかメイド喫茶というものはそもそも「大人のごっこ遊び」とでもいえばいいのか、その雰囲気を味わって楽しむところなのだ。

 ここではボクはしっかり「音泉」をやりこなせれば良いわけだし、男であることをとやかく思うのはもうだいぶ前に止めるようにしている。お金のための割り切りもあるし、なによりあの場所で働くことは楽しいと思い始めているところだからだ。


 ただ、あそこまで入れ込まれてしまうと。

 やっぱり、なんだかなぁーという気分にもなってしまうのだ。

 でも……入れ込んだ挙句実は女の子じゃないっていうのがばれたら、豹変とかしてしまうんだろうか。

 ああいう独りよがりなタイプの場合は、あながちありそうだから、怖い。


「前の件は片づいたのかい?」

「あれは……うやむやになっちゃいましたね。相手も特になにもしてこないで普通に仕事してるし……」

 前の件と言われて、うーん、と今までの事を思い起こしてみる。

 当然、彼が話題にしているのは、前に相談したお話だから、戸月くんの件だ。


 正直、ここのところは彼と話をする機会は圧倒的に減ったし、まかない料理を出すときだって、ほとんど無言になった。

 ちらっと視線を向けると、そそくさ逃げるようにぷぃっと視界から逃れることが本当に増えたのだ。おそらくばつが悪いってやつなんだと思う。


 そんな彼なのだけれど、一時期のように暇な時間は厨房でダレるということはなくなって、なんとか働いてくれるようになったのだ。だから普通に仕事をしている、と言ったのだけど、天笠さんは、はっはと笑って言った。


「まー許してやってくれ、あいつもまだ若いからな」

「あいつって……?」

 え? と天笠さんの言葉に思い切り目を丸くしてしまった。

 特別、どこの誰ということは言ってなかったはずなのに。


「仕事っていったら、あいつしかいないだろう? いくら俺でもそれくらいはわかる」

「うわ……」

 ボクは思わず絶句してしまった。

 ずっと、他のところの話ということで聞いてもらっていたのに、実は職場内でのことだったのがばれていただなんて。

 なんというか、無性に恥ずかしい。

 いや、別に彼とどうこうしてるからってわけじゃなくて、なんかすべてお見通しだったというのが、恥ずかしいのである。


「音泉ちゃんはあいつのことどう思っているんだい?」

「……どうって言われても、頼もしい仕事仲間……かな」

 素直に本心を伝えると、彼は、へぇと言って、フライパンをガス台の上に置いた。

 天笠さん的にはもっと評価が低いとでも思っていたのだろうか。

 でも、彼は仕事さえきちんとやれば、腕はいいのだ。ちょっと気持ちにむらっけがあるけれど、そこさえなんとかなってくれれば、おいしいご飯を作れるすばらしい人という認識になる。


「だって美味しいご飯作れるヒトってすごいじゃないですか」

「じゃあ、俺も頼もしい仕事仲間なのかい?」

「そうですねぇ……親方って感じ?」

 親方かよっ、とちょっと情けない顔をしながら、天笠さんは笑った。

 そしてそのままほっとしたように息を吐いた。彼なりに戸月くんのことは多少心配していたらしい。

 一緒に働く機会はほとんど無くても、メイドさん達からの話なんかを聞くこともあるのだろう。


「ただいまもどりましたー!」

 そんなやりとりをしていると、やや慌てて愛水さんが入ってきた。

 いつも彼女の方が先についていることが多いんだけど、今日はなにか用事があったのか、久しぶりに彼女の方が後だった。

 今は夏休みだから当たり前なんだけど、ばっちりと私服姿だ。惜しげも無く出されたひざはつるんとして輝いている。


 愛水さんは学校がある時も直接ここに来ることなんてなくて、いつだって家に帰ってから着替えてくる人だ。

 もちろんボクも男子制服姿で来れるはずもないので、家に帰っているけど、思えば彼女の制服姿というものを一度も見たことがない気がする。他のメンバーがどこの学校に行ってるんですか? なんて話をしても上手くはぐらかしているくらいなのだ。

 もちろんボクとしても自分の通ってる学校は言いたくないので、話が広がらなくてありがたいんだけどね。


「オカエリなさいませ、愛水お嬢様っ」

 ボクはいつも彼女がやるのを真似してにこりとお辞儀をして見せた。

 いつもボクが後だと彼女は必ずこんな仕草をするのだ。


「あー、それじゃぁ……おかしくなっちゃうのがいても仕方ないか……」

「いきなり、なんなんですか?」

 すると、愛水さんはいきなりはぁとため息をついて、ぴらぴらと紙切れをボクに見せた。どうやら外のポストに入っていたものらしい。


「あなた宛のラブレターってやつよ~」

 ほれほれ、ありがたく受け取りなさいと彼女はそれを放ってよこす。

 なんだか親指と人差し指だけでつまむ感じでいかにも汚いものを触っているみたいだ。それを受け取って見ると、なんだか妙に仰々しい手紙だった。裏面にはなんだか赤い蝋燭にバラの刻印で封がされているし、手紙全体がキザなのだ。今時こんなの映画の中でしか拝めない。

 それでもきちんとしているのならば、愛水さんだってこんな扱いはしないのだろうけど。

 まあ、愛しい我がメイド、音泉へ、なんて書かれてあったら引くのは当然だろう。


「きっと、中身もキザったらしいんじゃない?」

 それだけで嫌な予感がドっと膨れあがる。それでもおそるおそる中身を開けてみた。

 すると……なにやら、どぎついバラの匂いが鼻につんときた。はっきりいってこれだけでお店の雰囲気台無しである。


「会いに行けなくて悪いと思っている、最近仕事が忙しくて戻れないんだ? って、これ……」

「お客様から……でしょうね」

 あーあ、と愛水さんはため息を漏らした。そりゃそうだね。ボクも力一杯ため息をつきたい気分だ。

 ファンレターみたいなものはそれなりにもらったことはあるし、フォルトゥーナ公式掲示板では、それぞれのメイドさんとコメントのやりとりができるシステムもある。


 けれども、みなさんのは綿あめみたいに甘いセリフがはいることもあるけど、基本地に足がついているというか、音泉と触れ合えて楽しいみたいな雰囲気のものがほとんどだった。気楽に、またくつろぎに行くね、とかそんな感じ。

 でも、今回のこれは……さすがにちょっと、冒険しすぎである。


「もしかしてこれ、この前のあいつなんじゃ……」

 文面を読みながらあいつの顔がちらりと浮かんだ。どことなく自分に酔っているような、そんな感じ。ボクの事を愛しているといいながら、どことなく所有物扱いするような勘違い気味の文面だ。


「えー、あいつか……うわー最悪」

 愛水さんもあのやりとりを思い出して嫌そうな声を上げた。お客様には見せられない姿というやつである。


 二人でそんな話をしていると、天笠さんが不思議そうな顔でこちらを見ていたのでこの前の話をしてあげると、彼はわずかに眉をひそめて言った。

「気を付けないといかんな。君が一番危ないんだから」

「危ないって?」

 首を傾げて聞くと、そこらへんは女の子同士でしっかりレクチャーしてもらったほうがいいんだろうなと、彼は厨房の仕事に戻ってしまった。

 うーん、メイドさんは人気があるから狙われやすいというのはあるようにも思うけど、どうしてボクが一番なのだろうか。


「あんまり酷いようなら、オーナーに相談してみよっか」

 愛水さんは天笠さんとのやり取りにうんうんとうなずきながらも、ちらりと時計を見て、やばっと言いながら更衣室の方に入っていった。

 時間はあと十五分。急いで準備をしなければならない。


「なにがあっても、働かないと……か」

 不安要素はもう数えればキリはないんだけど、かといってどれもまだ解決するほどの素材なんて一つも無くって。

 だからボクはにかっと思い切り表情を作ってから、テーブルを拭き始めたのだった。

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