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020.新人研修~女子食べ歩き会in新宿

(紅茶のお値段設定のところ、修正のご指摘があったので微調整いたしました! ご連絡ありがとうございます)作者は高いものを食べるときに一口の値段を気にする派です!

 ごくり。

 あまりの外観に三人ともで、喉を鳴らしてしまった。

 壁の色は、白。かといって、ビルというわけではない。


「すご……これ……お城……?」

 それは確かにお城だった。大きさはそれほどでもない。ないんだけどこう、感じとしてはヨーロッパの家みたいな感じと言えばいいだろうか。いわゆる平面で三角屋根の喫茶店のイメージではなくて四角い建物。ビルディングっていってしまうと味気がなくなっちゃうかもだけど、本当にちっちゃい、可愛い建物だった。


 やっぱりここも結構繁盛しているみたいで、外に出されている椅子に数人が座っていて、他にも立って待っている人の姿が見えた。秋葉原に比べれば数もすごい少なくて、並んでいる人達のタイプもなんとなく、さっきと違う感じに見える。


「中も……すごいね」

 ちょうど回転する時にはまったらしく、ほとんど待ち時間無しで中に入るとそこもまた凄かった。

 美容院みたいな感じ、と渚凪さんは言うんだけど、こう、なんかすごいきらびやかな感じだったのだ。普通喫茶店ってちょこっと薄暗く作られてて、ゆったり落ち着けるように暖色系のライトで照らす感じなんだけど、ここは、もう、開放感抜群の白い世界。


「いらっしゃいませ」

 長身のメイドさんに連れられて、ボク達は四人がけの席に通された。テーブルも普通の木の机じゃなくって、クリアな感じの薄い半透明のホワイトテーブル。交互に黒いテーブル席も置かれてあって、モノトーンっていうか。ともかく明るい店内には眩しいほどに輝いて見えた。


「こちらがメニューになります」

「う……」

 席に座ると間を置かずに、高級レストランみたいに一人ずつにメニューが配られた。

 結構いい紙を使ったしっかりしたヤツ。それを一枚ぺろりとめくって見て……ボクは固まった。


「ど、どうしたの……? 顔色悪いけど……」

「い……いや、なんでもないです」

 うちの経済事情を知らない渚凪さんが心配そうにボクの顔をのぞき込んだ。


 ほんと、まじやばっ、とか言いそうになっちゃったよ。ほんとほんと。これはまじやばだ。

 超都会で高級志向なのはわかるよ。みんなの生活レベルがこれでもかってくらい高いのだってわかってる。お客さんだってこうやって見回すと、高そうなスーツを着込んだ大人とかいっぱいで、ボクみたいな子供が来るところじゃないのくらいわかるよ。


 おまけに、これでも本業でメイド服で給仕してる身なんだから、高いリーフが有ることくらいは知ってる。でも、これはいくらなんでも、バカタカじゃないだろうか。うちの店で一番高い紅茶は1000円なんだけど、それでも高いと思ってるのに、それ以上がここにある。

 他の料理は、それほど値段高くないんだけど、それでも……


「ほぁー、オリジナルティーがあるんだ……」

 そんなボクの内心には気づかれなかったようで、愛水さんが出されたお冷やを飲みながら、感心したようにつぶやいた。

 そう。確かにメニューの中には、メイドそれぞれの印象で作ったメイドオリジナルブレンドというものが書かれていた。ちょっと見慣れないような抽象的な名前のブレンドで、その脇に、こんな感じ、みたいな説明が載っている。さらにはそのメイドさんが休みの日はお出しすることはできませんと注意書きが書かれてあった。


「私達はまだ知識不足だもんなぁ」

 オリジナルティーの名前をなぞりながら、愛水さんが残念そうに不満を漏らした。

 実は、フォルトゥーナにだって、メイドが出すオリジナルブレンドはある。でもこれっていうのは、メイドのイメージに合わせてオーナーが作ってくれる、のではなく、メイドが自分で作らなきゃいけないから、新米なボク達ではまだ無理ってことなわけで。テストに合格しないと、ブレンド作りをさせてもらえないんだよね。


 これってたぶんメイドの技能アップの為の戦略なんだと思う。自分で作ったオリジナルのフレーバーティーとかがあると、なんかかっこいいしね。それを目指してちょっと頑張ろうって気になっちゃう。


 ちなみに瑠璃さんとり~なちゃんはもう、しっかりとお出しすることができる。いちおう、裏メニューとしてひっそりとあって、指名回数が二十回を越えたお客さんだけにこっそり教えられるアイテムなんだよね。彼女たちが出す紅茶はおおむね好評で、指定のお客さん達に愛されている。


「まぁ、どれほどのものか、見させてもらおうじゃないですか」

 結局、三人とも別々のメイドオリジナルティーを注文した。オリジナルはやっぱりそのモチーフになったメイドさんがきて、それぞれ目の前で淹れてくれるので、三人別にして三人のメイドさんの所作を目の前で見れたほうがいいってわけ。


「お待たせ致しましたぁ、ハニーミルキーのご主人様は……」

「お願いするわね。あまねさん」

 少しマダム風味で渚凪さんが答えると、ハニーミルキーを入れてくれるメイドのあまねさんは、くすりと笑って渚凪さんの前にカップを置いた。感じとしてはり~なちゃんみたいな感じ。ほわほわしてて、ほんとミルキーって感じ。


「えとっ、その……お待たせしました。モグラさんの涙をご所望のご主人様は……」

 次は愛水さんの紅茶が届く。今度のメイドさんは、かわいらしいけど初々しい感じのメイドさん。まだ、慣れていないのかカップがカタカタ震えていた。こういうのがか弱くて萌え! とかなんだろうなぁ……


 それで、ボクはと言うと……

「はいっ、おまちどおさまです!」

「うわぉっ、東洋美人!」

 現れたのは長身の美人さん。黒髪のストレートが腰くらいまで伸びていて、きらきら輝いていた。ボクが頼んだのは「疾風怒濤」。凄まじい名前だから、どんな荒くれのメイドさんが来るか期待してたのに、出てきたのは、見るからに東洋美女といった感じの、かえでさんだった。


「疾風怒濤ってイメージじゃないと思うんだけど……」

「ええ、よく言われるんです。けれどわたくしこう見えて長刀を少々やっておりまして」

 どうぞ、と渡された名刺には、プロフィールとして長刀が得意と書いてあった。そのほかにも合気道もやっているらしい。


「ほえー、だから疾風怒濤なんですねー」

「はい。じゃ、じゃばっとお注ぎ致しましょう」

 じゃばっと、といいながらも、かえでさんの注ぎ方は丁寧で基本通りだった。ボクもだいたいこんな感じで注ぐ。


「では、ごゆっくりおくつろぎ下さいませ」

 ぺこりとおじぎをして彼女が厨房に戻るまで、ボクはその所作の一つ一つをきっちりと頭にたたき込む。やっぱりボク達は観察の為に来ているわけだからきっちりと見ないとね。


「それじゃ、いただきましょう」

 彼女が厨房の中に隠れてしまってから、ボクらはそれぞれ鼻を近づけて香りを楽しむ。


「さすがは本格派って感じかな」

 うんうんと愛水さんが嬉しそうに肯くと紅茶に軽く口をつける。ボクも疾風怒濤と呼ばれるだけの鮮烈な香りを味わいながら、少しだけ味を見た。なんかこう上手く言えないけど、あぁ、疾風怒濤って味だった。最初に苦みがでてそれから、ふわっとする感じ。これはあれだね、ミルクもなんにもいれないで飲む方がいいね。


「メイドさんもけっこーしっかりしてるもんなぁ……」

「音泉ちんとしては、あとはお値段だけですかな?」

 うひひと、愛水さんがからかってくるので、ボクは自分の貧乏性に少し顔を赤らめた。だって、ほんと、飲んでて考えちゃうんだもん。あぁ、一口で四十円だ、とか。やっぱしちょっと高いよね。それを言うとうちのお店の紅茶だって、安くはないんだけど。


 結局、その値段に見合うだけの価値をお客さんが見いだせるかどうかなんだと思う。うん。お客さんがこの値段でも満足だって思ってくれるようなお持て成しができれば、きっと最高なんだろうね。


「なんせ、うちは貧乏で貧乏で……」

 おいおいと嘘泣きをしてあげると、二人からまたまたーというつっこみが入った。そりゃまぁおかげさまでボクにも徐々に指名はついてるし、お給料だって今月分は結構期待してるけど……実際まともに貧乏なんだから仕方ない。生活だってほんといっぱいいっぱいだもの。


「まぁ、ゆったりできるのはいいことね。やっぱり」

 近くに来たときはちょっと寄ってもいいかも、なんて渚凪さんは感想をもらした。さっきのお店に比べれば雰囲気も飲み物も段違いにいいし。なにより女の人でもこれなら入りやすいもんね。値段も段違いだけど、ボクも結構このお店は気に入った。


「でも、男とだけは来たくないね……」

「まず、相手探しから始めないとですねぇ」

「あぁ、もぅ、嫌なこと思い出させないでよー」

 あんなメイドさんに鼻の下をのばされたら切ないよー、なんて、渚凪さんがなさけない声をあげた。


 そう言われるとうちのお店もだけど、男女カップルって来たことはあんまりない。ここのお店もあんまりいない。秋葉原のお店は話題だから結構いたんだけど、こっちはほんと、女同士とか男同士とか、もしくはグループとかばっかりだ。

 こんな所に親父を連れてきたらどうなるんだろう。きっとメイドさんに給仕されて、め、めっそうもない、とか恐縮しまくっちゃうんだろうなぁ……

 そう考えると連れてきたいような可哀想なような。


「お待たせ致しましたご主人様っ。西洋風サンドイッチと、庭師のサラダでございます」

 そんな話をしているうちにお料理の方も届けられる。ことりと音を立てずにお皿を置いたのは、疾風怒濤なかえでさんだった。


 正直喫茶店三連続っていうのは、かなりお腹の調子がきつかったんだけれど、一応これは研修なので味見をしなければならない。あまり重くないの二つを三人で分けて食べるくらいならなんとかなるだろうってことで、これになったのだ。


「じゃー、ご飯もいただきましょうか」

 紅茶の味があれだけしっかりしていたのだから、きっとお料理だって美味しいんだろうな。なんていうのがわかるくらいにこにこしながら、渚凪さんが言った。

 うんうん。もうほとんど、絶望的な気分になっていたけど、最後の最後で満足がいきそう。ボクも期待に胸を膨らませながら、サンドイッチをお皿に取った。




「ふぃ~ヨは満足じゃー」

 愛水さんが、らしくない台詞をどうどうと言うと、時代劇マニアのボクはおかしくて笑ってしまった。


 目的だったお店の視察も無事に終了し、実はもう帰るだけってところだったんだけど、せっかくだからウィンドウショッピングでもしていこうよ、なんて話になって今はとことこ歩いている最中だ。見学が目的だから後はもうフリーってわけ。


 駆け足でメイド喫茶を回って、時間はそろそろ夕方近くってところ。まぁ、もともと夕食は外食ですますつもりだったから、今日の帰宅予定は思いっきり夜って親父にもいってあるし、多少遅くなっても問題はない。


 でもこう、女同士での買い物っていうのを今までしたことがないから、ちょっと心配だ。

 っていうかボクは未だかつて友達と一緒にどこかにいった経験なんてないんじゃないだろうか。ほら、やれ女顔だなんだって、からかわれて今まで友達なんて全然できなかったもん。


「なんだか嬉しそうだね」

 そう思うとなんか、じーんときて、うん。たとえこんな妙な状態であっても友達と買い物というのがなんだか、すごいことだと思えた。


「こういうの初めてなんですよー。友達も全然いなかったから」

「へぇ。そうは見えないんだけどな」

 明るいしいい子だしいろいろ気がつくし、もうすごい絡みやすいのに、なんて愛水さんは驚いた。

 それは今の話で昔はこんなんじゃなかったって話すと、じゃぁどんなんだったのよぅ、と詰め寄られてボクは曖昧に言葉を濁した。


 あの頃のボクはコンプレックスに押しつぶされて、本当に何もできなかったんだ。可愛さって女としてなら受け入れられるけど、それが男であっても美徳かというとそうは問屋が卸さない。中学生のけだもの達は、男は雄々しくなければならないとかいう妙な気概をもってしまっているから、僕みたいなのは悲惨なのだ。


「まぁあんまり時間ないけど、今日はめいっぱい楽しんじゃお」

 そう言われて手を引かれるとボク達は街の中を見て回った。もちろん買い物をする余裕なんてボクにはないんだけど、それでもこれが似合うとか、いろいろ見るだけで十分楽しかった。


 しかし。

「おおぉ、まさかっ、まさかこんな所で、我が愛しの姫に会えるとは……」

 おろおろといろんな女の子買い物スポットを連れ回されて、もうそろそろ日も墜ちるってくらいな頃になって、ボク達は妙な言葉に呼び止められた。


「えっと……たしか……」

 そう。たしか週に一回フォルトゥーナを訪れるお客さん。いつもリュックサックを背負って、カスターニャのケーキと紅茶を飲んでいく方だ。それも決まって紅茶は二種類。二度目の来店から、指名をボクにしてくれてる常連さんだ。


「これはもはや運命っ、我々はきっと前世から結ばれる宿命にあったに違いない」

「……あのーもしもーし」

 愛水さんが呼びかけても、どこか遠くにいってしまったらしい彼はひしっと右手を握り締めると、天を仰いでぷるぷると震えていた。


「実はこの近くに行きつけのレストランがあるんだ。君に是非同行して欲しい」

 おまけにボクの方に視線を投げかけてくると、これはご主人様からの命令だよ、ん? なんて言ってきた。ご主人様もなにもここはフォルトゥーナの中じゃないんだから、そんなもん関係ない。ボクは誰に隷属しているわけではないんだから。隷属しているとしたら、それはきっと、借金にだけだと思う。泣ける。


「あの。ここはお店の中じゃないし、この子はメイドではありません。うちのお店にも書いてあるじゃないですか。店内にいない間はメイドは、メイドではないって」

 とはいってもお客様を無下にもできず、ボクがおろおろとしていると愛水さんが割って入ってぴしりと言ってくれた。渚凪さんもずいぶんと険しい顔をして、男を睨み付けている。


「そう。そうだったね。すまなかった。ついつい姫の顔が見えてしまったから、我を忘れてしまったよ」

 その視線にひるんだのか、男はおろおろと言いつくろって後ろに一歩下がった。


「また、お店に行かせてもらう。そこでまた」

 君の笑顔を見せてもらうよ、なんていいながら、男はそのまま都会の雑踏に消えていった。


「うわーきも。人気でるのはいいけど……ああいうのは怖いなぁ」

「いい? 音泉ちゃん。ああいう輩がきたらびしっと言ってやらないとだめ。なんか音泉ちゃんを見てると、無防備すぎて心配になるよ」

 そこが魅力なんだけどね、と二人は肩を竦めて見せた。


 無防備……そりゃ、ボクは音泉としての自分の立ち位置をあまり把握できてないけど、いちおうお客さんには特に媚びを売るとかそういうのは無かったはずなんだけど。


「もしかして、ロッカー室荒らしもあいつの仕業だったりして。毛とか取られてない? だいじょうぶ?」

 愛水さんがふとそんなことを言うものの。毛が取られたとかそういうのはわかりませんから! でも、もしそういうのが拾われてて、何かに使われてたらと思うと……ちょっと全身に寒気がしてしまう。軽く体がぷるりと震えてしまった。


「あーもぅ! 一気に楽しい気分がしょんぼりしちゃったね。こーなったら、美味しいご飯でも食べに行こっか。なんか暖かくなるものがいいね」

 そんな感じでとぼとぼ歩いていたら、渚凪さんが、うぁーって唸ってから、ありがたい提案をしてくれた。確かにボクもいまは温かい物を食べたい気分だ。


「さんせー!」

 無理矢理元気よくボクが言うと、渚凪さん達はボクの手を優しく引いてくれた。

音泉ちゃんってば、なにげに「この頃」はまだ、そこまで女子っぽくないんだよなぁとほんと感じるところです。そして中学時代の感覚が、あっちよりまともだ……

まあ、染まっていくのを楽しむお話でもあるので、これからです。ふふふ。


そしてようやく、音泉ちゃんにもファンが出来たご様子です。

不穏な気配がありますが、まだもーちょっとひっぱりますよ。

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