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019.新人研修~女子食べ歩き会in秋葉原

 信号が赤から青に変わると、ごったがえしていた人達が一気に対岸へと流れ出す。


 日曜は歩行者天国になるらしいんだけど、今日は平日なのでちゃんと信号待ちをしなきゃいけない。都会は人が多いって聞いてたけど、この街は本当に異常じゃないかと思えるくらいの人が歩いていた。

 だって、ほら、斜め前にも人、前に十歩進んだところにも人、隣にも人ひとヒトーーー。もう、ほんとヒトだらけ。夏休みっていうのを差し引いても平日にこんなに人がいること自体おかしいと思う。

 しかも、リュックサック背負って、紙袋を持っている人なんていうのもいる。


 なんでボク達がこの町を歩いているかというと、今日は例の萌え文化発祥の地、秋葉原でのメイド喫茶体験の日だからだった。

 いわゆる社員研修の一環というやつで、他のメイド喫茶に触れるという至上命題をもらったわけだ。


 正直いって、こんな新人研修なんて普通のお店じゃしないんだろうけど、千絵里オーナーだからなんでもあり。

 他にも何軒かメイド喫茶を手がけているそうだけれど、フォルトゥーナだけは本当にオーナーの趣味を全面的に押し出しているから、メイドも半端な気持ちでされては困る、なんていうことらしい。

 こんなだから、ほんとにもう、アルバイトの一人も増えないんだと思う。はっきりいってお給料もいいけど、仕事の中身だってすばらしく厳しい。好きじゃないとやってらんないよ、これ。


 今一緒にいるのは、愛美さんと、渚凪さんの二人で、今日は思いっきり私服モードでの登場だ。渚凪さんは、もうお店の時の印象のままにやさしい感じのおねーさんって感じで、愛水さんはもー完璧ボーイッシュ。


 お店の方は、り~なちゃんと、瑠璃さんでやっていてくれる。あの二人はもとから別のお店で働いていたこともある経験豊富な先輩なので、まるっきりのド新人であるボク達三人だけがここに着ているっていうわけだ。


「うへー初めて来たけど、すごいわ、これ」

「なんかこぅ……町全体が妙なオーラだしてるというか……」

 なんというか、渚凪さんが言うには、混雑する東京の中でもここはちょっと異質な感じがするらしい。ボクは都内なんかには滅多にこない人間だからわからないんだけど、たしかに人が多いってことは置いておいても、雰囲気がずいぶん違かった。

 一応今日回らなければいけないのは三軒。二軒がこの街で、もう一軒は新宿からちょっとでた郊外にある所らしい。


「しっかしすごいよねー。この街だけで、メイド喫茶三十軒くらいあるんでしょ。ここにも書いてあるけど、昔は休憩するところ探すのも一苦労だったみたいなのに」

 愛水さんが持っている雑誌を見ながらつぶやいた。なにやら学校の友人から借りてきた雑誌だそうで、この街の特集を組んでいるものらしかった。ブームが来たのが十年前くらいで、その前の話もばっちりと載っているのがすばらしい。


 昔は、もっと家電製品を見る人でごった返していたのに、いつからか萌え文化の影響を色濃く浴びた聖地と化しているという話だった。確かに、至る所にアニメとか漫画のキャラクターが載った看板が見えるし、美少女の絵が至る所においてある。


「うわー、ちょっと、音泉ちゃんは見ちゃだめよ」

 目的地に向かう途中にも、そういう美少女のゲームソフトが売っている店の前を通った。

なぜだか、渚凪さんが目隠しをして、ボクの目を遠ざけた。別に女の子の絵が載ってるくらいいいじゃないかって思うのに。


「そうそう。音泉ちゃんは、ダメ。なんというかこー汚しちゃ駄目な気がするから」

 愛水さんまで身体を盾にしてそんなことをするくらいだ。

 汚れるとかいわれると、人間としてはそれを見たくなっちゃうんだけど、残念ながらそのまま目的地に連れて行かれてしまった。


 裏通りからちょっと入ったところにあるビルのエントランスをつっきって、奥の階段を上っていくと、そこになってようやくお店の看板が掲げられてあった。ずいぶんと奥の方に入り口があるんだななんて思いながら進んでいくと、すでに長蛇の列ができ上がっていた。


「これが都内の現実ってやつか……」

 渚凪さんが肩を竦めながら言うように、ボクもちょっとその店構えには憐れみみたいなものを感じた。一軒家で喫茶店をやれるのは田舎の特権。こんな都会じゃ、ビルの中の何階かにテナントとして入る以外道はないのだろう。それでも、道路沿いの入り口の所に看板が置けなかったり、メイド喫茶がここにある、というアピールみたいなものができないのは致命的だと思う。


「それでも、これだけお客さんが来るんだったら、まぁ、そんだけ力があるってことでしょ」

 よくお店なんかにある、待ち人の記入欄に名前を書いてから、愛水さんは列ができている所の最後尾についた。開店直後の状態でこれだけの満員というのは、いくら夏休みだからといっても凄まじいものがある。フォルトゥーナも混んではいるけど、さすがにお客様がお店の外まで列をつくる、ということはありえた試しがなかった。


 待ち時間は暇なので、入り口や客層のチェックをおこなう。ここまでくると、看板やらメニューやらが貼ってあったり、あとは、これ、メイドのキャラクターを模したデフォルメの女の子の絵が貼ってあって、『おかえりにゅ、ご主人様』とか書かれてあった。うちのお店もキャラグッズって売ってるけど、ここまでデフォルメアニメキャラがばーんって店頭を飾るのは秋葉原ならではなのだと思う。


「次でお待ちのご主人様どうぞー」

 インターフォンが外で待っている人達に入店の許可を告げる。それに従って、ドアを開いてお客さん達が中に入っていった。

 しばらく見ていると、お客さんがおかえりになられているときに、見送りをするメイドさんの姿を拝むことができた。ちらりと見えたメイドさんは小柄で可愛い感じのするおねーさんだった。


「どうぞー」

 待つこと三十分。これでようやく、一番ドアの真ん前に到着。もうちょっとすればボク達の番だ。後ろを振り返ってみると、もうすでに背後には長蛇の列。ほんと、おそるべき集客能力だ。そして、ほどなくしてボク達の番を告げる声がインターフォンから聞こえてきた。

 鬼がでるか蛇がでるか。きっと、出てくるのは可愛いメイドさんなんだろうけど。

 ボク達はその扉を開けて中に入った。




「もえもえにゅ~」

「あの……ちょっと。うわ」

 渚凪さんの口真似をききながら、ボクはちょっと赤面しながら苦笑した。


 とりあえず秋葉原の二軒のお店の視察は終了。

 次の目的地は、新宿にあるお店だ。まだまだ秋葉原の散策をしたかったのだけど、とりあえずは三人で電車に乗って今は移動している最中。一日で三軒のメイド喫茶をはしごするのはけっこう堪えるのだ。中に入ってからお店をチェックする時間に、待ち時間が付加されるから、どうしたって時間がかかってしまう。


「しっかし、こーやって他のお店回ってみると、やっぱりうちのお店ってかなり変わってるんだなぁってつくづく感じる……」

「そうねー。……うーん。やっぱ地方だからなのかな……」

 愛水さんが腕をむんずと組みながらぼやいていると、渚凪さんも同意の声を漏らした。


 ボクも同感。

 お客さんはあくまでも、一般客。だから、どうしたって萌えよりもサービス内容とお金ということになってくるのだ。お店の店舗だって、平屋で広いし、ちょっとしたレストランみたいにも見える。あんなの都会では絶対に無理だ。


「あとなぁ……店員さんの笑顔がなんか、私はダメかも……上手く言えないんだけど、なんかやな笑顔なんだよ……」

 むぅ、と唸ると、困ったように愛水さんは肩を竦めてみせた。


 そりゃ小悪魔スマイルってやつだもんね。女の人にはちょっと嫌な笑顔かもしれない。かくいうボクは、その笑顔に赤面しっぱなしだった。渚凪さんのもえもえにゅ~の方が破壊力はあるんだけど、なんというか酔っぱらったような気分。


「あとは料理なんですよね……二軒目はまぁなんとか平気だったけど、一軒目は……」

 はぁ、とボクは大げさにため息を漏らした。もえもえにゅ~が一気にしょんぼりした瞬間。

 なんというかこう、感覚としては遊園地のご飯が高いっていうのと似た感じなのかもしれない。値段と料理の兼ね合いが非常に悪いのだ。それなりにいいお値段がするのに、下手をすると安さが売りのファミリーレストランの方が美味しいくらい。

 その分、もえもえオムレツとかでケチャップをかけてくれたり、一口目を食べさせてくれたり、おにぎりを握ってくれたりするんだけど、それの価値がわからないとダメみたい。周りはそれだけでかなり幸せな顔を浮かべてたけどね。


「うちのシェフは、本格派だからねぇ。あれでよく赤字でないって思う」

「やっぱり、腕なのかな……」

 愛は最高のエッセンス、なんていうけど、やっぱりご飯の味はそれをどう料理するか、ということに他ならない。安い材料でいかに美味しくするかっていうのは、料理人の腕の見せ所。


 いくら愛する妻が作ってくれても、超かわいい子が作ってくれても、煮ても焼いても駄目なものだってある。そりゃ、ね、同じレベルの物だったら、可愛い子が作ってくれた方が、数百倍は美味しいんだろうけどね。


「あとは、オーナーの金勘定の力じゃないかな。低コスト、低予算。田舎ならではの家賃の安さ。そしてコンスタントにお客さんを入れる集客力。やっぱし平日のお客さんをわんさかかき集める、カスターニャのケーキ」

「あれは、もう、最高ですよねぇ。奥様の心をがっちりと掴んでる」

「おまけに、音泉ちゃんの心もがっちりね」

「あはっ。それはいいっこなしですよー」

 愛水さんがからかってくるので、ボクもちゃんとそれに乗ってぷぅと膨れてみせる。

 カスターニャのケーキに洗脳されてしまった身としては、むしろ心地良い感じすらするくらいだ。


「それを作ってるのが、あたしより年下っていうのがちょっと複雑」

「和人さんが作ってるんだとばかり思ってたのにな……」

「ああ、渚凪さん、ちょっとショック?」

「そんなことないない。ただちょっと……あまりにもさ、巧巳くんが若いからそれはショックだったかな。音泉ちゃんと同い年でしょ?」

 もうあと五歳くらい上だったら狙い目だったのにぃ、と渚凪さんは泣き真似までしてみせてくれた。そういやどんな人なのかって予想してさんざんいろいろな想像膨らませてたもんね。いまさら高校生ですとか言われてもちょっと切ない。きっと年下は守備範囲外なのだろう。


「まぁ、ボクは美味しいケーキが食べられればそれで、幸せですよ。どんな人が作ったかっていうのは二の次です」

「なんていいながら音泉ちゃんは巧巳くんの事、結構意識してるんじゃないの? 初めて会ったとき、ちょーーあがってたじゃない」

「やっ、だって、あれは……」

 初めてお店に巧巳が来たとき、ボクは本当に力一杯あがりまくった。でもあれはどっちかというと巧巳に対してあがったのではなく、巧巳にあのメイド服姿を見られたから、恥ずかしくて顔が真っ赤だっただけの話だ。


「結構お似合いだと思うけどなぁ。まぁつき合ってる人がいるなら、あれだけど」

 ふふんと、最後に薄笑いが付け加えられた。二ヶ月前の状態でボクに彼氏がいないことを渚凪さんは知っているから、それから出会いがあったのかどうか、そんなのも暗に示唆されているんだろう。その後どうなのよ、みたいな。

 恋人なんてボクにできるわけないのにね。


「またまたー。音泉ちゃんならよりどりみどりでしょうに」

 ぷるぷる首を横に振っていると、愛水さんが腕をとってそんなことを言う。

「お客さんにも大人気だもんねー」

「それなら、二人だって十分じゃないですか。指名だって入ってるし」

「それと音泉ちゃんの人気とはちょーっと違うんだなー」

「なんですかそれー」

 尋ねても二人ともふふふんと笑うだけで、それ以上の事は言ってくれなかった。


「おっと新宿到着か。それじゃ目的地に向かいますかねぇ」

 へっへっへーと薄ら笑いを浮かべながら、愛水さんは逃げるようにホームに降り立った。ボクは軽く息を吐きながら、肩を竦めて後を追った。


ぐぬっ。せっかくあっちの更新ペースを落としたのに、ぜんぜんこっちの更新が……

はい。というわけで、新人研修の一環で他のメイドカフェ体験でした。

これを書いてた当初はほんと、メイド喫茶全盛の頃だったから、ちょいとそこら辺の設定をいじりつつ……

最近の秋葉原はキラキラした街になつちまったねぇ。

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