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002.良いお父さんの借金事情

12/31更新分の2/3です。

R.3.10.28後半の親父さんのメイド喫茶案内を大幅修正。

「すまんっ、借金ができた」

 そう親父が切り出したのは、珍しく晴れ渡った梅雨の日のことだった。


 もうこれでもかというくらい外は明るくて、カタツムリにはつらそーな陽気なのに、どうもこの部屋の中だけは暗くてじめじめしていて、陰気そのものだ。

 梅雨の日の晴れの日っていうのは、洗濯物が溜まっている家庭には嬉しいものだけど、こうも気温まで上がってくれてしまうとなかなかに拷問だと思う。暑さと湿気が部屋の中を蒸し風呂状態にしてしまうのだ。


 そんな中でも、さっきまではそんなに気分は落ち込んでいなかったんだ。

 そう。親父の先程の告白を聞くまでは。


「どう……いうこと?」

 親父は、申し訳なさそうに背中を丸めて、ぐったりとうつむいていた。

 僕は愕然としながらつぶやいた。声がわなわな震えているのが自分でもわかる。

 親父は、息子の僕が言うのもなんだけど、真面目な性格をした、大人しいというよりもむしろ人の印象に残らないような人間だ。


 そしてなにより人が良い。言ってみれば究極の善人。

 そんな親父が借金を作るとしたら、その理由なんていうのは、簡単に想像できる。


「父さんの親友が、消えちまってな。それで……」

「連帯保証人になっていた……か」

 ほとんどおきまりみたいなもんだ。

 親父は女遊びもしないし、博打なんかもしない。

 宝くじを買うときなんて、医療支援系のやつや震災復興系の宝くじしか買わない人だ。今まで大きな当たりは無いけど、もし当選なんてことになったら、どこかにどかっと寄付したりするに違いない。


 生活はとにかく質素に時々豪華に。

 生きていけるだけで幸せなんだ、なんて子供の頃から言い聞かされてるくらいだ。

 そんな親父が借金というからには、もうこれ以外にはあり得ない。

 イイヒトが陥る最大の難関は、たぶんこういった問題なのだろう。


 親父は、簡単に人を信用して、簡単にだまされる。家の中には訪問販売で売りつけられた品物もごろごろ置かれているくらいだ。ここの所は最近流行の住宅リフォームだけには引っかからないでくれと念を押している。わかっていてわざわざひっかかってやるんだから、もう始末に負えない。


「そうなんだよ……三千万」

 ああぁ、とうめきながら親父は頭を抱えた。

 本当に申し訳ないことをしてしまったと、さすがに今回はひたすら反省しているみたいだ。それでも親父は人を信用して、これからもずっと騙されていくだろう。この人はそういう人だ。


「それで、どうするの?」

 息を呑みながら僕は尋ねた。

 こういったお金の話を僕にしてくれる親父の姿勢は少し嬉しい。父子家庭だからということもあるのだろうけれど、親父は一人で抱え込むような真似はしなかった。

 だから、僕も一人の人間として、頭をフル回転させる。

 特に家計を管理している身としては、こういうときこそ役に立つチャンスだ。


「返していくしかないなぁ……たぶん、あいつよそでやり直してるだろうし」

 親父は、どこかに行ってしまった友人を思い出して軽く頭を掻いた。

 そのお人好し加減にさすがの僕もはぁ、とため息をつく。恨み言の一つも言わないなんて、できすぎているどころか、これじゃあ立派にバカだ。

 そんなバカさはたぶん貴重なんだと思う。僕はそんなバカにはなれないけれど、でも、そんな親父の事は好きなんだ。


「で、でも、耳をそろえてきっちり返せとか、そんなこと言われるんじゃ?」

 そうは思っても、好き嫌いと現実というやつはまったくのベツモノ。

 借金というと、だいたいこうテレビでやってるように、取り立てみたいなものがくるんだろう。お金に困った人っていうのは、最後にそういうところにいってにっちもさっちも行かなくなるもんだ。

 毎日、扉を叩かれて、家の中でおびえながら暮らすのはさすがにイヤだ。


「いちおうな。ちゃんと銀行で借り直しできたから、そういう心配はないんだ」

 親父の答えを聞いてとりあえずほっと胸をなで下ろす。

 親父は時々、ひどく冷静だ。親父の友達がもともとどこで借りていたかわからないけれど、金利が安いところで借りれるならその方が安心。銀行にも知り合いはいるし、もう家のローンも終わっていたから、なんとかなったんだろう。その分、家が担保になっているという話だけれど支払える限りは家を売れという話にはならないのだそうだ。


「そっちの方は、父さんがなんとかする。なに、いまよりもっと多く働けばいいだけだ」

 親父は無理矢理明るく笑った。

 でも、わかっているんだ。

 親父は今でもかなり無理をして働いている。基本的にイイヒトなもんだから、だいたいどんな仕事も率先して押しつけられて、最後のおいしいところだけを誰かに持って行かれて、それでもにこやかに笑っている。親父はそんな人。

 だから今以上に稼ぐつもりなら、もっときつい生活をすることになってしまう。そんな事は無理なんだっていうのは薄々わかった。


「ただ、さすがに、お前の学費までは稼げそうにないんだ……」

「……なに、言ってるんだよ。別に高校なんて行かなくたって」

 当然、学校だって行ってられない。

 ううん、親父が行けといっても、心情的に行っていられないだろう。

 親は子供が育つまでの全ての義務を負うなんて宣う子供もいるけれど、文字通り親身を削ってまで子供に尽くさせるというのは、おかしいと思う。

 だったら学校なんて行かないで、少しでも早く働けばいい。僕みたいな子供がどれくらいの仕事ができるのかわからないけど、きっとそれが一番で……


「無理するな」

 親父は、僕の肩を軽く触ってくれた。

 頭ではわかっているのに。身体が震えていた。地面にぽたぽたと黒い染みができていく。

 イヤだった。みんなと離れるのが。

 学校の生活。まだ二ヶ月しか行っていない、たったそれだけの時間が。

 それが消えてしまうのが、たまらなく辛い。


「お前は優しいからな。でもいいんだ。お前は、学校のことだけ考えてくれれば。借金は父さんだけでなんとかするから」

 ぽんと、背中を撫でられて、僕は顔を上げた。

 僕は優しくなんかない。

 目の前のこの親父に比べたら、僕は全然優しくなんかない。

 でも。あの時間を失いたくはなくて。

「わかったよ。でも、その代わり父さんも無理しちゃ、だめだから」

 泣きそうな顔で親父を見ながら、僕は親父の厚意に甘えることにした。




 早速取りかかったのは、仕事探しだった。

 早速といっても、家計の見直しを一度してからだから、もう周りは夕暮れ時だ。

 とりあえず削れるものは全部削って最低限必要な所だけ残す。

 親父が律儀にローンを組んでくれたので、あとはそれに合わせて生活できるだけのプランを練っていくだけだ。


 支払い分を差し引くとやはり、親父が言っていたみたいに僕の学費に充てるお金はなかった。それどころか食費もかなり切りつめてなんとかぎりぎりといったくらいだった。

 親父の唯一の楽しみだった晩酌はビール二本だったのを発泡酒一本に減らしてもらったし、僕が買っていた雑誌なんかも全部中止にした。新聞なんかも中止したから、明日からはもう届かない。


 残りの部分。足らない分は稼ぐしかないわけで、僕はとりあえず折り込み広告に入っている就職情報誌のクリメイトとあんなんかに目を通していた。地域別に分かれていて、アルバイトの募集がずらっと書かれている広告。ちょうど今朝届いたばかりのヤツ。

 コンビニに行けば無料で配布しているアルバイトの情報誌なんかもあるけれど、まずはここからだ。


「十五歳以上、十五歳以上っと……」

 条件が合わないのはとりあえずどんどん×印をつけていく。

 専門技能がないとダメだったり高校卒が条件だったりと、どんどん×は増えていった。


「やってるな。どうだ、ありそうか?」

 エプロン姿の親父は、お玉を持ったままこちらの手元をのぞき込んだ。

 ご飯を作るのは当番制。一週間で五日僕がつくって、二日は親父が作る。中学に入ったときからの僕らの取り決め。

 働く時間が増える親父の事を思うと、これからはこれも調整していかないといけない。


「いまいち。いいのはないね」

 僕は率直な感想を親父に述べた。

 そりゃそうだ。中学を出たばかりの人間に、優遇してくれるような所がないのはわかっている。だいたいどこも十八歳からだったり、自動車免許が必要だったり、なにかしら条件に合わないのが多かった。


「って、おまえこれ、隣の市の求人じゃないか」

 親父は僕が丸を付けたところを読むと、思うぞんぶん眉をひそめた。

 親父が言うとおり、そこに書かれていたのは近くの求人ではなかった。

 家から行こうとするとそれこそ三十分はかかる所。しかも、それが僕が通ってる学校とは真逆の方向にあるのだから不思議がられても仕方ない。学校から家に戻ってそれから行くとなると、移動時間は一時間を超える。


「ああ、心配しないでいいよ。交通費全部支給してくれるみたいだし」

「そうじゃなくてだな……」

「いや、ほら、うちの学校、バイト禁止だから」

 なにか言いたそうにしていた親父を遮って、僕は先に理由を告げた。

 そう。うちの学校って、そこそこの進学校だから校則にこういう縛りがある。許可を取ろうとしてもダメだし、密かにやってばれたら休学か退学にさせられてしまうのは、いくつかの前例からよーくわかっている。そのくせ、巧巳みたいに家の仕事を手伝うのならいいというのだから、ずいぶんと不公平だと思う。


 うちは事情が違うから、もしかしたら……と思う部分はあるけど、危ない橋は渡れない。

 なんにせよ、学校に内緒で働く以上は、なるべく学校から離れた、知り合いが少ないところでやるしかない。この町でやるのなんて論外だし、学校のそばの街だって危険がいっぱいだ。


「……でも、それじゃぁ……」

「だーいじょぶだよっ! 学費稼ぐだけなんだし」

「でもなぁ……」

 親父はまだ納得しない様子で、ううむとつぶやいていた。

 そりゃ、ね。善人の親父からすれば気が咎めるだろうけど、でも仕方ないじゃん。

 学校に通うのに必要な学費を稼ぐために、バイトが発覚して退学になったんじゃ、しゃれにならないんだから。

 いちおーこの場所でも、土日も含めてがんばれば、学校の授業料どころか食費くらいまでなんとかなる。


 そう説得しても親父はあまりいい顔をせず、もっと探してみようと夕飯の準備が終わった親父も手伝ってくれた。

 求人の広告、最近はインターネットでも調べられるけど、残念ながら我が家はいまだにレトロ環境だ。学校でパソコンとかタブレットの使い方は教わるから使えないではないけど、自宅用のものはない。

 コンビニから無料でもらってきた求人雑誌もチェックして、それでも条件にあうものはほとんど無かった。


 そんな中で親父はひとつのチラシに目を止めて、じぃっと僕を見ていた。

 さんざん条件に会わないものを見てきたので、疲れても来ているのだろう。


「いいのあった?」

「あ、いや。ちょっと、気になっただけで」

 そんなことを言う親父の見ている広告を横から覗き見すると、その情報紙にはこんなことが書かれていた。



メイド喫茶「fortunaフォルトゥーナ」開店スタッフ募集!

 メイドさん大・大・大・募集。あなたも未来のアイドルとして働きませんか?

 未経験者歓迎。 時給1200円から。

                           *審査あり


「……えーと……その……」

 いまいち理解がついていかなかった。

 メイドさんといったらメイド服を着た女性で、お金持ちの邸宅で住み込みで働く人の事だろう。

 ここに書かれているのは、『メイド喫茶』だから、そんなメイドさんがお茶をいれてくれる喫茶店という事だ。確かこの前テレビで特集していた気がする。ふりふりのメイド服をきたおねーさん達が、お帰りなさいませご主人様、とか言っていたお店の事だ。

 数年前から流行り始めて、萌え市場なんて呼ばれているらしいことくらいは、僕も知っている。

 そういえば巧巳のヤツも、今度近くにメイド喫茶ができるって喜んでいたっけ。


「一瞬どうかなって思っただけだ。時給も十分だし場所もかなり近いし」

 それこそ、学校の帰りに家によっても十分間に合う立地の場所にお店はできるみたいだ。

 けれども。


「ああ、忘れてくれ。男のお前にできる仕事じゃなかった」

 メイド服はすごく似合いそうだけどと、親父は困惑した顔を浮かべながら呟いた。

 う、親父が言うまでもなく、僕は女が顔だし、小柄だって言われている。

 メイド服だって着れてはしまうのだろう。


「ただ、逆に言えば学校にもばれないよなぁって思いもしたんだよな。こういうお店の女の子が実は学ラン着て高校に通ってるなんて普通は思わないだろう?」

「確かに、親父がいうこともわからなくはないけど」

 世の中には先入観というものがある。

 例えば、学校側がこのメイド喫茶の従業員に自分の学校の生徒がいるかをチェックする場合、まずは男であるだけで候補からは外れるだろう。

 学校から目が届く地域で仕事をするには、こういった手段もあり得ると言うわけだ。


「灯南。父さんはできればバイトは反対なんだ。学生のうちは学業をきっちりやってもらいたい」

「わかってるよ。でも、僕がメイドなんて、似合うと思ってるの?」

「似合うとは、思うんだがやっぱり無茶だよなぁ」

 うーむ、と親父はまた、僕の全身を見ると、あー、と疲れた声を漏らした。

 あと一歩が届かないと言う感じだ。

 

 そのあとも家にある情報誌や、もらってきた冊子を見ても条件にあうものはほとんど、いいや、全くといっていいほどになかった。

 そうなってくると、さらに範囲を広げたりとなってくるものだけど、やはり学業の時間は確保してほしいと親父は思っている。

 下手をすると自分が副業をするなんてことを言い出しかねない。

 人のいい親父のことだ。副業なんて始めたら便利に使われて終わるような気がする。


「さすがにここまでないと、やっぱりサバ缶工場しかないと思うんだけど」

「まさかここまでないとはな。新聞配達とかもお前の学校だめなんだっけ?」

「お正月の年賀状バイトだけはやっていいみたいなんだけど」

 公式にやるとなるとちょっと無理、と疲れた頭でそう答えた。

 親父も疲れているみたいで、眠い目を擦りながら付き合ってくれている。

 ううん、なんだかこのままなにかしら前進しないと親父も休んでくれなさそうだ。


「じゃあさ、とりあえず、これ受けてみるってことでどうだろう?」

 そんな親父を心配した僕は、今日のところはということで先程弾いておいたチラシを取り出した。

「おま、それは無理ってさっき」

「審査ありって書いてあるんだから、とりあえず、受けてみるだけうけて、ダメだったらまた探そう?」

 後期の学費を払うまで時間はあるんでしょう? というと、まあそうなんだが、といいつつ親父はしぶしぶ今日のバイト探しを終了してくれた。


 もちろん僕とて審査に受かるつもりなんて毛頭ない。

 でも、とりあえず受けるだけなら、と僕は改めてその募集広告を読み込むのだった。

ああ。この頃の灯南ちゃんは、ずいぶんとまだまだ男の子分が多いなぁとしみじみ感じます。

とりあえず本日中に、メイド服を着せるところまでいきたいものです。。


R3.10.28 親父さんが都合のいいマクガフィンとして、発言と感情がおかしいという指摘があったので後半変更しています。本編の流れとしては変化ありません。


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