018.男心ってわからない
今回短めです。
「んぉーこなくそーー」
テーブルを布巾で拭きながら、ボクは思い切り声をあげていた。
現在お店にご主人様はいらっしゃらない。まあ開店準備中というやつだ。
あんなことがあっても、やっぱりお店は今日も滞りなく開かれることとなる。もちろん休みなんて取れないし、ちゃんと仕事しないと借金だって返せない。
「珍しいね。音泉ちゃんが荒れるなんて」
そんなボクの様子を不思議に思ったらしく、厨房から優しい声が聞こえた。
今日の厨房は、天笠さん。
彼は、にこやかな笑みをいつも絶やさないひげもじゃのあんちゃんだ。あんちゃんといっても、もうボクの倍くらいは生きてる感じで、もーあんちゃんというよりおやっさん。週に三日は彼がここで腕を振るうんだけど、出勤日の絡みで一緒に仕事をするのは週に一日か二日程度。ホントはもっといっぱい一緒にいたいのに、あの破廉恥シェフのほうとばっかりボクは一緒になるようになっている。
「なんかこーむずかしいなーって。あっ、でも開店するまでには、なんとか笑顔こしらえてみせますよー」
とりあえず無理矢理頬の辺りを引きつらせて、にぃと笑ってあげると、天笠さんは苦笑を浮かべていた。手を止めてオープンカウンターのところに乗り出してきてくれている。
どうやらその笑顔は、彼からしてちょっと無理があるように見えたのだろう。
というか、後ろの鍋の感じをみると、煮込み時間で手が空いただけかも知れないけれど。
「私なんかは、君みたいな若い子の事はわからないんだが。まぁ、何事も年配者にすがってきなさい。解決しないでがんばれとだけ言ってやろう」
「あはっ、がんばれーだなんて、今時目覚まし時計でも言いますよー」
うちの目覚まし時計は、大きな声で、今日も一日がんばろー! なんて言葉を言ってくれる。どっかの声優さんが吹き込んだ元気なねーちゃんの声のだ。それなら、あんまり相談して迷惑かけてもなって思ってしまう。
「しかしなぁ……実際言われても、本当に私はダメなんだ。どうにも人からの悩み事ってのの受け皿がないようで」
今まで受けた相談だって、親身になって乗ったら、まるっきり話がはずれて、とんでもない結末になったのだと、彼は付け加えた。良くも悪くも身の程を知ってしまっている大人ということなのだろう。
「問題なんてのは、自分で決着つけるしかないものがほとんどだ。それでも話したいなら、話してくれても一向にかまわんぞ」
ん? と言われて、ちょっと困った。いくらなんでも戸月くんに無理矢理デートさせられて抱きしめられたなんて恥ずかしくて言えるわけがない。
でも、このままくさくさしてるのもちょっと……しんどいんだよね。こんな気持ちのまま、ご主人様達をお迎えしたくなんて無い。
「為にならなくていいから、体験談だけ教えてもらってもイイデス?」
「それなら、いいかな」
天笠さんは、不思議そうな顔をしながらも了承してくれた。
まあ、聞くだけならタダだ。上手く行かないならそのときまた考えれば良い。
「例えば好きになった人がいたとき、無理矢理襲いたくなった事、ありますか?」
「……音泉ちゃんも、顔に似合わずすごいこと言うねぇ」
質問がストレートすぎたのか、天笠さんはぽりぽり頬を掻きながらまた、苦笑した。でもそれ以外にはちょっと、男の本能? みたいなものを聞き出す上手い方法なんてないんだから仕方ない。ボクにはわからない感覚なんだし。
言うまでもなく、ボクには女の子を無理矢理どうこうしようという経験はもちろんない。
っていうか、ムガイニンテイだったようで、中学時代に親しい女友達は少なかったくらいだ。
まあ、こっちもこっちで、家事全般やらないとだったし、友情よりは実生活を、という感じだったけれど。
だからこそ、今、巧巳が構ってくれる高校生活は、すばらしい時間なんだっていう思いが強い。
「そりゃ、若い頃は、そういうのもないとは言えんな」
「へぇ。じゃあ天笠さんは大丈夫、と」
こんなに可愛い女の子ばっかりで、変な気を起こしたりしないんですか? と言うとまぁ、眼の保養にはなるけどなぁ、と苦笑いだ。
そしてそれから、腕を組みつつ彼は真剣に答えてくれた。
「女の扱いに慣れてなかったりするやつだと、どう触れて良いかわからんからなぁ」
一回目のおいたは、許してやってくれよ、と割と同情混じりの声がきて、ちょっと意外な気持ちになった。
もちろん同性を庇った、ということなんだろうけど、天笠さんってわりと「自分のことは自分で管理」な人だと思ってたから、それにはちょっと意外だった。
「天笠さんもそういうクチだったんだ?」
だから、ふふふんと笑いながらつっこんであげると、彼はまぁな、と困ったように肯いた。
「中学から男子校で、女子との接点ゼロだったから仕方なかろう」
「へぇー中学から男子校って珍しい。もしかして超優秀学校だったりして」
今時、公立中学なんてほとんど共学。男女七歳にして席同じからずなんていってたのは、ずっと昔の話で、超エリートな一握りの私立の人達だけが、男子校だったり女子校だったりするんだ。ボクの中学ももちろん共学で……共学だったから、なのかな、すごい悲惨だった。
あ、いちおう、学力関係なく、男子校、女子校があるかもしれないので、弁解はしておくけどね。ボクが知ってるところはそんな印象って話。
「あたり。いわゆる名門ってやつだ。俺はこうみえて、英才教育ってやつを受けて育ったんだよ。将来は医者か弁護士かってな」
「それで、いまじゃ、立派に料理人ってわけかぁ」
意外意外と肯いていると、彼はその理由まで語ってくれた。珍しく今日は口が柔らかい。
「まぁ、ある日美味いモンをくってな。そんとき、いろいろ煮詰まってたし、馬鹿馬鹿しくなっちまったんだよ。人はガタがくれば死ぬし、自分の権利を主張する片棒を担ぐのも御免だ。それだったら、美味い物をたらふく食べて、みんなで幸せになるべきだってな。人間誰しも、美味い物を食ってるときだけは絶対に笑うもんだ」
「それは同感かも」
美味しいご飯を食べればそれだけで幸せな気分になれる。巧巳のケーキもそうだし、戸月くんの料理だってそう。美味しいものを食べれば、もう不機嫌な気持ちはどこかに行っちゃう。残るのはなんでボクなんかに、っていう困惑だけだ。
ほんと。なんで戸月くん、他にも女の子いるのによりにもよって、ボクなんだろう。
「だから音泉ちゃんも、美味い物を食べて機嫌を直してくれよな」
ほぃと、いつもみたいに早夕飯のまかない料理を天笠さんは出してくれた。
俺じゃあ相談の役にはたたねぇというメッセージ込みなのだろう。いつもよりもちょっとゴージャスな気がする。
「いつもすんませんねぇ、旦那」
「それは言わない約束だろう」
へっへっへと言いながら受け取ると、お皿はほっこり温かかった。
「渚凪ちゃんも、早くこっちきて夕飯たべなー」
「は~い」
遠くから声が聞こえた。ロッカー室の掃除と整理をしていた渚凪さんの声。
彼女は休憩時間になるやいなや備品の管理の為にロッカー室に入り詰めだった。これ以上泥棒に入られちゃったらマズイからね。
オーナーがとりあえずということで、大きい鍵つきの棚をつけていってくれたので、特に盗まれてはいけないものはそこに保管して、更衣室自体の鍵も開けるのが難しいものに切り替えた。
キーはそれぞれメイドさんと関係者とに配られているだけだ。それでも駄目なようなら警備会社との契約も考えると言っていた。
「何も無くなってませんでした?」
「ええ、異常なし。これで安心してロッカー室も使えるわ」
渚凪さんの返事を聞いてボクはほっと胸を撫で下ろした。
日に日に物がなくなってく感覚って、なんとなく気持ち悪いんだよ。こう、いじめにあってて物がなくなっていくのと、ニュアンスも意味合いも違うわけで。あ、もちろんそっちもヤだよ? 消しゴム一個だってお値段するもん。
でも、ほら。
いじめの失せ物はなんかじめじめした感じなんだけど、今回の盗みはどっちかというと、ぬるっとした感じとでも言えばいいのかな。とにかくなんか、気持ち悪い。背筋がぞぞぞってする感じなんだ。
「こーいう仕事だからねぇー。音泉ちゃんも十分注意するんだぞー」
なんていいながら、渚凪さんはまかない料理を口の中に放りこんでいた。
注意するっていっても……うーん。一応、着替えの時くらいは、気を付けた方がいいのかな。ボクを狙ってるとはあまり思えないけど、これからはもうちょっと注意するようにしよう。
「はーい」
やる気無く返事をすると、ボクも天笠さんが出してくれた料理を口の中にいれた。
温かいご飯は、ほっこりと口の中で、ほどけて消えた。
あああ、早くーって言ったそばから、原稿おちまくりなので、もう、次の更新予定なんて、希望的観測は言わないことにしました。スンマセン。
まあこっちはゆっくりだらーっとすすめて行きますので、だらーっと見ていただけたらなぁと。
などといいつつ、つい先ほど「一週間前に出会った女装メイドもの漫画」の作者さんが、妊娠したんでいったん一部完で、更新はのちほど! みたいなのを受けて……がくぅーと。変集部の「可愛い男の娘を産んでくるまでまっててください」ってのは、だいぶほっこりしましたけれど!
うちも、妊婦さんいっぱいだけど、けっこーぎりぎりまで働いてますが……うむ、あれかな。あと四ヶ月くらいででてくるということかしら……
と、あんまし更新ないと、ねぇ、エタなの? ねぇねぇとかいわれかねないのでー。ほどほどに。はい。ほどほどにいかせていただきますとも。
あ、次話は、いちおう先輩メイドさんの職場(オーナーの別店舗)見学予定です。




