017.喫茶店のコックさん2
ランチが終わるとボク達はぶらぶら町を歩いて、意味もなく町の風景とかを眺めていた。
幸いここってボクの住んでる町から五駅ほど先に進んだ所で、高校の場所ともやや方向が違っているから、知り合いに会う可能性というのがない。
そういう感覚もあってなのか、こうやって一日私服で女の子やってると、だんだんと最初にあった怖さみたいなのも取れてくるしずいぶんと良い気持ちだ。デートだというのを差し引けば、だけど。
メインだったレストランでの食事を終えて歩いているとやっぱり、夏の日差しがちりちりと肌を焼いた。
千絵里オーナーが夏は日差しが強いから、日焼け止めは今まで以上にしっかりやりなさいって言ってたけど、本当にもう焼け付くくらいのはげしい日差し。
ボクはその中で日傘を差して歩く。あんまりこの年齢で日傘を使う子なんていないんだけど仕事だから仕方ない。それにこれってすごいありがたいアイテムでもあった。
そう。傘を差すとどうしたって一緒に歩いている人と離れて歩かなきゃいけないって事。戸月くんと少し離れて歩く口実としてはばっちり使えるアイテムなんだ。いや、別に彼の事が怖いとかそういうんじゃなくて、音泉が男の子の側に寄るのを回避したいんだ。
なんていうのかな、ちょっとした男の子アレルギーみたいなのが音泉にはあって、もちろん灯南は男の子と触れ合うのはへっちゃらなんだけど、音泉だとそうはいかないってわけ。
最初に音泉の性格設定をしたときに決めた一つの約束事。だってむやみやたらと男の子とべたべたしちゃうと、変な子って思われるに決まっているからね。ボクとしては、女の子と男の子の距離感っていうのがなかなか難しいんだよ。普段男やってるから、そういった駆け引きみたいなもんがわからない。さらに言えば、ちょっと前までは女の子同士の距離感ってのもわからなかった。最近はだいぶわかってきたつもりだけど。
「それで、お次はどこに行けばよろしぃんで?」
お嬢様っぽく日傘から顔をだして、それでも口調は音泉っぽく砕けた感じでボクは尋ねる。映画とレストランの話は最初に聞いていたけれど、それ以後の行動に関しては一切聞かされていないので、あとはただついて行くだけだ。できればもうこれで解放してほしいんだけど、デートの時間設定は午後の五時までということに決められている。まだまだ結構時間はあるのだ。
「ちょっと、休んでいかないか?」
そんな事を言いながら、彼が指さした先は河川敷だった。
もう夏真っ盛りの河川敷は、ここのところずっとお天気が良かったせいもあって、ほどよく青く輝いていた。
ボクとしてもこういった所は賛成だ。やっぱり町中でいろいろやるよりも、植物に囲まれていた方がいい。それに町中だと、万が一にでも知り合いに目撃されるということもありえるからね。正直言ってボクは賭けに負けてここにいるだけで、戸月くんとは別になんともないんだから。誤解でもされたら困る。それはきっと戸月くんの方もそうで、ボクなんかと変な噂が立ったらイヤだろう。
あまり汚れてなさそうな草むらにハンカチを敷いてから座ると、全面に広がる景色が自然と目に入ってくる。目の前には大きな川が広がっていた。川はゆっくりゆっくりと水面を動かしていて、そのゆったりした感じが気分を和らげてくれる。ここのところ忙しかったからこういうのは嬉しい。
ちなみにハンカチを敷いたのは、スカートを汚したくなかったからだ。
なぜって? 女物の服は洗うのが大変だから。お店で買った後に思ったんだけど、ドライマークばっかりが入っていてはっきりいって愕然としたもんだ。
もちろんクリーニングなんていう豪勢なものに出すだけの金銭的余裕なんてうちには無い。それなら汚さないで済ますというのが一番というものだ。
「やっぱり、河川敷は気持ちいいなぁ……」
川からの涼しい風が、ウィッグの髪を軽くくすぐる。
それがあまりにも気持ちよかったから、ボクは、ふふっと自然に笑っていた。
なんというか、髪の毛が軽くたなびくのって見てて楽しいんだよ。そりゃさ、普段はショートだから、長い髪の毛の苦労なんていうのはぜんっぜんわからないよ。でもね。やっぱそんだけ苦労しても髪の毛長くする理由ってのがなんとなくわかる気がする。かといって、普段のボクが地毛で伸ばすなんてことはありえないわけなんだけど。
これで隣にいるのが戸月くんじゃなければいいのになぁ、なんて思うとちょこっとだけしょんぼりしてしまう。だってさ、こんなシチュエーションで隣に男がいるのってなんかちょっとねって思っちゃうよね。戸月くんじゃなくて、戸月くんがつくった料理、がここにあるなら大喜びなんだけれど。
「お前、ケーキ屋の小僧とどういう関係なんだよ……」
「へ? あ……いや、その……」
そんな風に思っていたら、隣の戸月くんは苦虫をかみつぶしたように複雑な表情をしながら、ぶすっとそんな事を言ってきた。
「まさか、好きとか……じゃねぇだろうな」
そして、言いにくそうにそんな事をいうのだ!
まったくボクが巧巳をどう思ってるかって? そんなの、好きに決まってるじゃない。一緒にいて楽しいし、作るケーキはおいしいし。
でも。彼が今言っているのは、別の意味での、好き、なんだろうね。
もしかして今までの行動で、そういう思わせぶりな態度ってあったんだろうか。やっぱり巧巳はクラスメイトで友人だし、無意識のうちにそういうのが出ちゃってるのかもしれない。
でも実際どうかと尋ねられたら、う~ん、違うんじゃないかと思う。
これでも、たぶん、おそらく、ともすれば、きっと、願わくば? ボクも男なのだし、男の子とつき合うっていう感覚がまずないんだよね。なんていうのかな、こう体中が燃え尽きるみたいなとか、そんな感覚自体わかんないんだよ。
他の子の初恋とかってべらぼうに幼い頃だったりするんだろうけど、ボクはぜんっぜんそんなの感じたことないし。年上の女の人に憧れるっていうのだってなかった。っていうか、中学の頃はそんな余裕だってまるでなかったもんね。
「なーにいってるの。ボクが好きなのは、美味しいもの、だよ。いきなり変な事いわれても困っちゃうよ」
「そうか……すまん」
彼はそれだけいうと、ややしょんぼりしてごろんと草むらに横になった。
「だからね、戸月くんの料理だって、大好き」
そう言いながらボクは、彼の作るサンドイッチの味を思い出した。ジューシーな肉の感触と、しゃきしゃきする野菜の感触。あれだけ短時間であんなものつくれちゃうなんて、本当すごいことだよ。
「ちゃんと、仕事してやってもいいぞ」
川を見ながら、頭の中ではきっちりそんなことを考えていると、彼はぼそっと言った。
「だたし、 言うことを聞いてくれたら、だ」
「えー」
不満そうに声をあげると、彼は面倒くさそうに頭を掻いた。
「この前の賭けは俺の勝ちだ。あれは交換条件じゃなくて、お前は無条件で俺のいうがままになるって話だったろ」
そういわれると、そうだよ。確かに勝ったほうの言い分を聞く、っていうのが賭けだ。
だとしたらこのまま、彼がサボり続けたとしても、ボクは何も言えない。
「とりあえず、目をつぶれ」
「どうして?」
いいから、と言われて、ボクはとりあえず素直に目を閉じた。
たったこれだけで美味しいご飯が食べられるなら、いくらでも目を瞑ってあげよう。
「はい。つぶったよ」
こうやって目をつぶってみると、目が見えない分だけいろんな感触が強くなる。川が流れてく音とか、草が擦れ合う音すら聞こえる。
そして。
不意に。
暖かくなった。
身体を包み込むような、そんな。
これって……
「……やだっ!」
ボクは力一杯、戸月くんを押しのけると、二、三歩後ずさった。もうスカートが汚れようが何だろうがお構いなしだ。
「なんで、こんなことするの?」
むしろ、哀しくなった。なんで、ボクが男に抱きしめられなきゃいけないんだ。
そりゃこんな恰好してるし、メイド服だって着てるけどさ。でも、それもこれも借金のためで、恥ずかしいの我慢してやってる。それなのに、この仕打ちはなに?
あぁ、もう。泣けてきた。もーどんどん目が熱くなってきた。
「俺はただ……くそっ」
そんな事を言いながら、戸月くんは俯いて地面を見ていた。
「ひどいよぅ……えぅ……ひっく……うぅ……」
情けない。そりゃ。さ。ボクだって抱きしめられたの初めてじゃないよ。親父にだってちっちゃい頃は抱きしめられた。でも、それとは違うじゃない。
音泉が初めて、男に抱かれたんだよ! これがどれだけ大変なことなのか、わかってよ!
おまけに相手が戸月くんだなんて……
酷すぎる。
「あ……えと……」
「……戸月くんはさ……何がしたいの? ボクに何をしろっていうの?」
嗚咽がもれてくるのをなんとかこらえながら、ボクは尋ねた。
それでも彼からの返事は返ってこない。
「今日はもう、帰る」
あんまり力の入らない膝をなんとか動かして立ち上がると、日傘を持ってボクは歩き出した。
こういうことって、賭けの対象とか交換条件とか、そういったものでやるものじゃないじゃん。
音泉だって、ちゃんと真摯に向き合ってくれれば、ちゃんと考えて答えを出すよ。でも、こんな卑怯な手じゃ、いくらなんでもひどいよ。
潔癖? 潔癖で結構。音泉はまだ何も知らない、ピュアな女の子なんだ。
なるべく人がいない道を選んで、ボクはひたすら歩いた。
結局彼は……追っては来なかった。
早めに後半をーなんて言いながら月日が経つのは早いものです。
さぁ、デート(仮)後編でございます。
男心がわからない! というのは作者の作品共通のことではあるのですが、こちらのほうが若干シリアスです。というか、女子ってなんだろうって状態の灯南くんの反応が、どこかの女装マスターと違いますね。
さて。ちょっと最後の方がしょぼーんって感じなので、次話こそはっ。放課後お休みしてる間に更新予定でございます。まあ短いお話になるんですけどね。




