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016.喫茶店のコックさん1

 ひらひらのティアードスカートをちょっと気にしながらボクは、待ち合わせ場所である駅の改札口の前に立っていた。

 はっきり言ってオフでまでこんな恰好をしているのは、おかしいんだと思う。

 いや、これが渚凪(なな)さんと愛水(えみ)さんと一緒に行くメイド喫茶巡りの研修ならまだ、わかるんだ。その為に女物の服を用意したんだし、しっかりきっちり外に出ても女の子に見えるようにコーディネートしてもらったんだから。

 でも今は別に研修でもなんでもないんですよ。まったくどうしてこんな服を着てなきゃいけないんだろうと思う。

 女の子の服は、洗濯するのも気を使うし、外で干すわけにもいかないし、あんまり使いたくなかったのに。


 八月に入ったこの頃はけっこう蒸し暑くって、長い黒髪のかつらなんて被っていると、もー身体からどっぱり汗がわき出てくる。そう。音泉になるっていうことはカツラまで込みだ。こうやって街頭に立っている姿はまさに女子高生の休日そのもの。


 顔をうまく隠すための帽子だけが、唯一気を休めてくれるアイテムだ。

 はっきり言ってお店の中で女装するのと外で女装するのは、段違いの覚悟がいる。もう周りの視線浴びまくりだし、なんか自分はおかしーんじゃないかっていう風に思ったりもしてしまう。


 ほら、いま通り過ぎた男の人達、思いっきり振り返ってちらちらこっち見てるよ。あっちの女の人もこっち見てる。

 今の服装が変か、といわれると、家から少し離れたデパートの店員さんにトータルコーディネート(という名のオモチャに)されて、ばっちりと今時の女の子風な感じに仕上がっているはずだった。それでも視線を集めるってことは、ボク自身がやっぱりおかしいって事なんだろうか。


「待ち合わせ時間……だなぁ」

 う~ん、と悩みながら時計を見るとちょうど九時の所に長針が止まった。

 普通デートってのは男が先に来ているもんだ、とは、ボクは思わない。というか、ボク自身が早く来るのが好きだから、今日も二十分前に到着したくらいだ。これで先に待っていろというのは酷だろう。

 けれども、遅刻をするというのはどうだろうか。そんな風に思ったその時だった。


「定刻通りだ、待ったとはいわせんぞ?」

 彼は軽く息を弾ませながら、ちらりと町の中にある時計に視線を向けつつ不遜にそう言い放った。

 いつもはコックコート姿ばかり見ているので、私服姿は初めてだ。

 彼の名前は、戸月彰。

 今日、ボクがここに来なければならなくなった理由を作った、二十歳過ぎのにーちゃんである。


 厨房で働いている戸月くんは、ギャンブルが好きだ。

 だいたいいっつも、休み時間は競馬情報誌なんかを開いている。

 正直、不健全。いや、それでもね、休み時間だけなら別にいいんだ。

 それは趣味としてやるなら全然問題の無い行為だもの。未成年や学生がやってるとなるとダメだけど、彼は立派にもう社会人というやつなのだから。


 最初の頃は休み時間にちょっと新聞を見るとか、ラジオを聞くとかその程度だった。でも、最近はそれが営業時間までめり込むようになった。


 フォルトゥーナは、お昼時を過ぎると相手にするお客のほとんどはお茶とケーキを注文するから、そうなると厨房は極端に暇になる。お茶はメイドの領域だし、ケーキだってカスターニャからのものだ。その間は、注文が入るまで待機、となる。

 今まではその時間を厨房の掃除だったり、グルメ雑誌の研究なんかをしたりで過ごしていたのに、最近はめっきり競馬新聞になってしまったわけで。


 なんかもう最近は頓に不真面目になってしまった。

 渚凪さんが注意してもだめ。瑠璃さんが言ってもダメ。そこで、ボクが出て行ったわけだ。


「ずいぶんとお暇そうですねぇ」

 オーダーが切れたところで、ボクは厨房で座って新聞を開いている彼に話しかけた。

「あぁ? 別にいいだろう。どーせオーダーこないんだし」

「そりゃ、そうだけどさ……」

 少しやる気なさげに睨まれると、ボクはちょっとだけ震えてしまう。戸月くんはいわゆる半眼というやつでボクを見るので、どうしたって怖いのだ。


「なんだ、お前、俺にちゃんと働いて欲しいのか?」

「そりゃ……ねぇ。戸月くんの料理は美味しいし……」

「ほぅ、おまえ、俺の料理好きか?」

「うん」

 ボクは彼の問いに素直に肯いた。美味いものを作れる人はすごいと思う。

 最初に試食会をやったときに、フォルトゥーナに勤めている二人のコックさんの料理を食べさせてもらったけれど、複雑な味わいで、見た目も美しいと思った。


 他のメイドさんに話を聞いたら、かなりのハイレベルよ、なんていう返事が来たくらいだった。残念ながらボクはあんまりこの手の料理を食べ慣れてないので比較がしにくいのだけど、ファミレスよりは遥かに美味しいと感じたのは確かだった。


 フォルトゥーナのコンセプトは、全部まとめて本気出すという感じで、メイドさんをメインにおいてあとは補助にまわる、のではなく、全部の分野で最善を尽くして最上の店にしようというものだったりする。

 彼だって腕は一流だし、こういうところで妥協しなければもっと美味しいものだって作れるはずだ。


「……俺にちゃんと仕事をして欲しいか?」

 だから、彼にはちゃんとした仕事をしてもらいたいんだ。もっと美味しい料理を、みんなにいっぱい食べさせて欲しい。当然ボクはこくこくと、首を振る。


「なら、賭けをしないか?」

 そういわれて、ボクは、へ? と首をかしげた。まったくこんなところまでこの人はギャンブルなのか。いつから彼はこんな風になってしまったんだろう。

「今日最初のお客さんが、男か女か。どうだ?」

「いいでしょう。それで真面目にやってくれるなら……」

 う~む、と少し考え込んでから、ボクは答えた。これで少しでも彼が良くなるのなら、乗ってやろうじゃないの。今のままの戸月くんなんてイヤだ。


「もしお前が負けたら、言うことを一つ聞いてもらうぜ?」

「……うっ」

 そう言われて、少し言葉が詰まった。


「賭けって言うのは、賭けるもんが等価じゃなきゃな」

 彼が言うのはもっともだった。こちらだけなにも出さないんだったら、賭けが成立しない。こちらも何かしら差し出さなければいけないだろう。

 少し考えてから腹を据えた。


 この賭けはこちらに分がある。いつも厨房の中にいる戸月くんよりも、直にご主人様をご案内するボクの方が知識が多いのだ。

 時間は夕方。女の人はもう三時のおやつの時間で来てしまうので、夕方は圧倒的に仕事が終わった後の男の人の方が多い。

 今までの統計をみても、ほとんど最初にくるお客さんは男の人だった。


「じゃあ、男の人」

「おぉ、話せるじゃねぇか。じゃ、俺は女だ」

 彼は、ふっと笑って、扉を見つめた。

 そして、扉が開いた。そう、そして、その先に立っていたのは……




 そんなわけで。ボクはここでこんな恰好をして戸月くんとデートということになってしまったわけ。まったくもうせっかくお出かけ用に買っておいた服をこんなところで使わなきゃいけないなんて、ほんとしょんぼりだ。

 結局、最初に来た方は女性のご主人様で、確率を超えて彼は勝負に勝ってしまったのだ。

 ちなみにデートとは言っても、別に変な意味は全然ない。ただ一緒にご飯を食べてくれと頼まれただけだった。


「かわいいな……」

「はい?」

 今日のデートのスケジュールのスタートである映画を見て終わって、予約してあったレストランに入ると、向かいに座っている彼は突然そんな風につぶやいた。


 きっと無意識につぶやいたか、ボクの気のせいだろう。きっとそう、そうに違いない。

 そう。ボクが可愛いはずなんてないんだ。だって、ボク、男だもん。これで可愛いだなんていったら、世の女性達がむせび泣いてしまう。可愛さってやっぱり女の子の特権だと思うしね。お店で働けているのは、服にたまたま華奢な体が合っただけのことなのだろうし、それもぎりぎりなんとかやってけてるだけだ。


 それより問題なのはなんで彼がボクなんかとデートをしようだなんて言い始めたか、だ。正直言って、戸月くんはかっこ悪いわけでもないし、ちょっととっつきにくいけど、料理も上手いし女の子ウケしないわけでもないと思うんだけど。おまけに言えば戸月くん目当てでお店に来る女の子の客だっているくらい。お店にでてないくせにこの人気はむしろ異常なくらいだ。


 はっ。もしかしてあれだろうか。からかってるんだろうか。賭けの賞品が今回のことなわけだし、内心不慣れなこちらの姿を見ながら笑ってでもいるのかもしれない。


「あの……なんで、ボクなんかを誘ったんですか?」

「おまえ、外でもボクっていうのな」

「それは……癖ですよ、癖」

 質問にはまるっきり答えないで、ボクっ子が珍しいといわんばかりに、彼はボクのことをじっと見ていた。

 そりゃ男の僕の普段の一人称は「僕」であって、それは珍しくも何ともない。でも女の子がそれを使うとなると、やっぱりちょっと妙な気分になるんだろうね。メイドさんとしての個性つけとしてのものならわかっても、普段でともなると、というところだろう。


「さぁ一皿目だ。じゃんじゃん、味見してこーぜ」

 ほどなくして、ぴしっとしたウェイターさんが、前菜をテーブルに並べてくれる。所作の一つ一つがぴしっとしてて、あぁ、こういうのがプロってもんなんだなぁなんて感心した。


 やっぱりほら、ボクみたいな人間がこんなレストランなんて来ないじゃない。外食って言ったらせいぜいファミリーレストランが関の山。お寿司屋さんなんてくるくる回るお寿司を三年前に行ったきりだもの。なんというかこういう高級そうなお店って言うのは、見るのも入るのも初めてだ。


 ランチというと奥様ご推薦のメニューが立ち並ぶお店が周りにもさもさ建っているのに、彼が選んだのは人が少なめの一区画に建っているレストランだった。

 しかもっ! 聞いてよみんな! このレストラン、昼間っからコース料理しかないんだよ。まったく経済的にピンチなのだから、もっと健全に安上がりのデートにしてくれと言いたい。昼食で四桁を超えるのは高校生としては犯罪だよぜったい。一品料理で六百円とかでも高いと思うボクだよ。むしろこう戸月くんお手製のサンドイッチとかを公園で頬張るとかにして欲しいよ、ほんと。


 それでもこう文句も言えず……完全にウェイターさんが離れると、彼はナイフとフォークを器用に使って前菜に手を付け始めた。

「うわ、おまえフォークの使い方下手すぎ」

「そんなの、当たり前でしょう? ボクは日本人なんだよ、日本人。ボクからしてみれば、レタスをフォークで食べられる人の方が信じられないよ」

 苦労しながら、葉っぱものをがんばって丸めてフォークで突き刺しているボクに、戸月くんはからかいの声を挟んだ。ボクは当然それに文句を返す。


 そう。あんな挟めない物で、よく野菜を食べられると思う。

 ハンバーグやステーキなんかの、ちゃんと刺さるようなものならいいけど、レタスみたいな薄い葉っぱ物を食べるのは、なかなかフォークだと難しいのだ。つい、お箸をお願いシマスといってしまいたくなる。


「そういいながら、なんとか平らげてるじゃねぇか」

 彼はそう言いながら笑った。そりゃまぁ、ご飯があればボクはがんばる人間だ。

 料理はどれもおいしくて、どんどんお腹の中に入っていった。やっぱり高い物は美味しいにきまっている。これを五百円玉一枚で食べられるランチと一緒にしては罰当たりってもんだ。


「そんな幸せそうな顔しちまって。そんなに美味いもの好きか?」

 口の中にまだメインディッシュのお肉が残っていたので、咀嚼しながら首を軽く縦に振った。

「でも俺から言わせると残念ながら、わずかばかり塩が多いな。焼き加減も少し多すぎ。これじゃ、固くなっちまう」

「戸月くんって、味覚すごかったんだ……」

 水を一口飲み込んでからボクは驚いてみせた。

 たしかに戸月くんの腕は認めているし、フォルトゥーナのご飯はおいしい。でも、他のお店と比較したときにこのクラスのお店にだめ出しができるほどではないと思っていたのだ。

 だって、まだまだ全然若いし二十歳を少し過ぎたくらいだろう。そんな彼でさらに、普段のぐーたらっぷりを見てしまうと、予想以上にすごい腕を持っているのかな、という風には思ってしまう。


「あのなぁ、お前、これでも俺は千絵里オーナーに見初められた男だぜ?」

「それって、夜のお供とかそういうんじゃなくて?」

「うぐ……気持ち悪いこといわないでくれっ」

 彼は背筋を振るわせて頭を押さえた。そりゃ確かに千絵里オーナーが彼に言い寄っている姿を想像すると少し気の毒だ。そういう嗜好の人ならいいんだろうけど、彼は普通の人みたいだし。


「まぁ、外見あれだけどオーナーの目には驚かされるよ。ほんとうちの店の事愛してるって感じするしな」

 けれど彼はそういうと、嬉しそうに笑った。

 まったく、最近の態度を見てると働くのが嫌なんだとばかり思っていたのに、そうでもなかったみたい。じゃあなんであんな風な態度を取るんだろう。そんなにお店の事を良く言うんだったらちゃんと働けばいいじゃない。


「厳しいけど、良い店だと思う。最初はあんな小さな所でって思ったけど、今じゃ行って良かったと思ってるよ」

「今までなにやってたの?」

 そう思いつつも、ボクは彼の経歴が気になって尋ねてみた。どうにもこの生意気な感じからすると、調理師の専門学校を出たばかりとかいうわけではなさそうだ。


「はぁ!? あーやっぱ、業界人じゃないとわからないよなぁ……俺これでも、フレンチの大会とかでイイ線いってんだぜ?」

 それは初耳だ。でも、千絵里オーナーならいくらメイド喫茶だからって、妥協しないでそういう人を引っ張ってきそうだよね。ご飯と飲み物だって値段相応のものを出さないと満足できないんだと思う。ほんと採算とれてるのか心配になるくらいしっかりしたサービスだもん。都心の萌え文化の一等地なら手を抜いてもいいかもしれないけど、ここでは、全力を振り絞らないと、って千絵里オーナーは笑っていたっけ。


「まぁ、そんな肩書きはあんまり関係ないけどな。やっぱり俺は美味いものを作ったり、それを食べてるヤツの顔を見るのが好きなんだ」

 そう言いながら、デザートを咀嚼する彼を見ていると、この人は本当に料理が好きなんだな、とそう思った。

「それなら、なんでちゃんと仕事しないんです?」

「それは……」

 じぃっと目を見つめながらそんな疑問をはさむと、彼は視線をそらせながら、ぼそっと言った。


「嫌なことがあったんだ。それで、当たり散らしてて……」

「うーん、仕事に私情を持ち込むのはよくないなぁ。そりゃ、戸月くんは手抜いてもすごいご飯つくれるんだろうけど。やっぱりもっと美味しいご飯作ってくれた方が嬉しいよ」

 言いながらボクもデザートとしてでてきた、甘く煮られたパインとキュウイを口に放りこんでちょっとだけ顔をしかめて見せてから笑った。


 やっぱり腕のいい人っていうのは、どんどん妥協しないで頑張らないとダメ。巧巳だって寝る時間を削って創作してるんだし、戸月くんだってがんばってどんどん美味しいものを作ってくれないとダメだ。能力のある人はやっぱりそれを使い倒さないといけない。


「考えて……おく」

 怒られた彼は、それだけ言うと少し困ったように最後のひとかけらを口に運んだ。

ついに戸月くん本格参戦。

我ながら、昔に書いてた話なだけあって、ジェンダー的な要素がちょいと古いか? とか思いました。

でも、あっちがちょっと飛んでるだけか。と結論いたしました。ま、徐々にまいりましょう。高校一年で達観してるのもなんかアレですし。


いそべ焼き屋は果たして、今後どうなるのかっ、という感じで、次話はデートの続きです。

こんなまっさらな子を相手にしたら、ちょっと間違いを犯しそうになるのはショウがないと思うのです。


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