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013.三色のケーキ

 カリカリカリ。

 ノートに鉛筆を走らせながら、ときどきペンが止まる。

 今は数学の問題集をひたすら解いている感じだ。結構な量があって出された瞬間、うへって言ってしまったくらいなんだけど、それでもなんとか半分くらいまでは来てしまっている。普通は一日一ページ程度ずつの量なんだろうけど、仕事がある日に疲れて帰ってきてからやる気はしない。いくら近くにあるっていっても、フォルトゥーナから家に帰ってくる頃にはもう十一時近くになってしまう。数学なんてなかなか疲れた脳みそではやりたくないのだ。


「ねぇ、巧巳。これ、どーやんの?」

「もう一回考えてから解けなかったら教える」

「えーそんなー」

 時々ひっかかる問題を巧巳に聞くと、必ず一回はそんな風に言ってくる。必死に考えても、やっぱりわからないものはわからないんであって、うーんってがんばってもやっぱり無理だ。わけわかんないものはわけわからない。


「無理だよぅ。なんとかしてよぅ」

 そんなこんなで可愛らしくおねだりしてみると、一瞬巧巳の身体がビクッとなった。それからちょっと間が空いて、教科書をぱらぱらめくり始める。

「ほ、ほれ、ここ、56ページ読んで、ちょっと考えてみればなんとかなるから」

 彼はぶっきらぼうに教科書を突き出すと、なぜかこちらから目をそらして、該当箇所を指で示した。さすが家庭教師だ。答えをぺぺぺっと教えてくれれば楽なのにしっかり考えさせようとしてくださる。


「おわったー」

 そんなやりとりが何度かあって、ようやっと数学の問題集が終わった。

 かなりの量があったのにたった一日で全部終わりだ。もーほとんど奇跡だといっていい。例年夏休みの宿題なんて、八月の最後になんとか終わらせるのが普通だったのに、今ここで数学が終わってしまっているだなんてもう、嬉しくって小躍りしたいくらいだ。


 他の宿題は読書感想文だったり英語の問題だったりいろいろあるけど、そっちの方は得意だから結構なんとかなる。数学の問題集だけは夏休みの最後の最後のほんとに最後まで残るんだろうなぁって思っていたから、ちょっとなおさら嬉しい。


「おぉ、ちょうど三時だな」

 んー、と伸びをしながら、巧巳は時計を見た。

「じゃ、ケーキタイムにしよっか」

 僕はノートを隣に片づけてから立ち上がって、台所に向かった。


 ポットからお湯をたっぷりヤカンにとって火にかける。沸くのを待つ間にカップとケーキを乗せるためのお皿を用意。たまには僕も来賓用のカップで飲んじゃおう。

 そして冷蔵庫にいれておいた、巧巳のケーキを取り出した。

 中身みてなかったけど、どんなケーキが入ってるんだろう。


「うわ……すごっ」

 ちょっとドキドキしながら箱を開けると、そこには三種類のケーキが二個ずつ入っていた。きっと親父の事も計算に入ってるんだろう。そのどれもが今まで見たことのないケーキで、おまけに巧巳らしくないすごい綺麗なデコレーションがされていた。


「ねー巧巳は、どれ食べるー?」

 少し大きめな声で、首だけ後ろに向けて聞くと、巧巳からはなんでもいいぞーって返事が返ってきた。そりゃま、ケーキ屋をやってればケーキ食べ放題だもんなぁ。


 いちおー中を開けてケーキの種類を確認。紫と黄色と赤。

 赤はこれ……上に乗ってるのはさくらんぼだよね、確かに夏季限定。収穫時期は六月から七月にかけてだから、ちょっと季節はずれかも。八月一杯までさくらんぼ手に入るのかな。

 紫はブルーベリー。これはどんぴしゃで今が旬。綺麗な紫に仕上がってて、表面がぷるんとしたゼラチン状になってる。あーうー食べたい。今すぐにでもかじりつきたいです。でも、巧巳の手前そんなことはできない。

 黄色のは、ぱっとみわからないけど、匂いからするとパインかなぁ。シンプルにみえるけど、うわ、これ……表面から中のパインが見える仕掛けになってるんだ……むーまったくもって、巧巳らしくないなぁ。美しすぎる。


 とりあえず赤いのを出してお皿にのせた。さくらんぼ、僕は大好きなんだけど、親父が見るのも嫌っていうくらい苦手だから、巧巳に食べていってもらった方が良い。

 その時ちょうどいい具合でヤカンがしゅーしゅー湯気を吐いた。

 それをカップに注いで一度温めてから、中身を捨てる。そしてすぐにティーパックを一個ずついれてお湯を注いで小皿で蓋をした。


 普段なら一つのティーパックで大量に出す我が家だけど、お客様が来てるからまぁ今日くらいはいいだろう。

 きっちり二分。蓋をあけて軽くパックを揺すってから、でがらしをさっき蓋に使った小皿に置いた。

 う~ん、やっぱり紅茶はいい香りがするね。

 広がる匂いの前で深呼吸を一回してから、お盆にそれらとスティックシュガーとミルクとを入れてテーブルに持っていった。


 お店だとミルクやお砂糖なんかはメイドが入れるわけなんだけど、巧巳が相手だからそこまではやってやらない。音泉ならやるけど灯南はやらないのだ。


「おお、桜桃にしたんだ」

 ケーキを運んでいくと、色を見ただけで巧巳は言った。

「もう、収穫時期おわっちゃうけどね」

「そうなんだよなぁ。実は試作したのはいいんだけど、今年は店に並べらんないんだよ」


「それじゃ、意味ないじゃーん」

「でもなぁ、どーしても作ってみたかったんだよなぁ、さくらんぼ……」

 しょぼんとしながら、巧巳はケーキにフォークをいれた。

 僕もそれにならって、目の前のケーキにフォークを入れる。


 もーちょっと固いもんだと思っていたのに、割とするっと割れたのでちょっとびっくり。この前フォルトゥーナで試食したやつも、こんなタイプのだったんだけど、もーちょっと固かった気がしたのだ。

 あの時のはアボカドをベースにした緑とゴマをベースにした黒、そして白桃をベースにした白の三種類。前者二つは甘ったるい感じではなく、男の人向けって感じらしい。


「んーおいしー幸せー」

 軽い弾力とさくらんぼの風味が一気に口に広がって、かなりいい仕上がりになっている。さくらんぼって高級品だから、値段もはるんだろうけど……安かったらいいなぁ。


「にしても、いつもとまったくデザイン違くない?」

 そんな事を思いながらも僕は意地悪でそんなことを聞いてみた。答えはもちろん知ってる。でも巧巳の口からとりあえず聞き出してみたかったのだ。


「それは、喫茶店に依頼されて作ってるヤツだから。お前も知ってるだろ? メイド喫茶のフォルトゥーナ。あそこで八月から出すヤツだから、オーナーさんの主張がかなり入ってるんだ」

「へぇ~。前にいってたのはあそこの事だったんだねぇ」

 ふぅ~ん、といってやると、巧巳が何か気付いたようで軽く呻いた。


「いやっ、あのだな……確かにその……すまん! すっかり忘れてた」

 そう。巧巳のケーキがどこに卸すことになるのか決まったら教えてくれるように約束していたのに、こいつはすっかりさっぱり忘れやがったのだ。あの時フォルトゥーナに出すって言ってくれれば、いきなりこられてあんな恥ずかしい目に遭わなくてもよかったんだ。


 彼は、慌てておろおろしながらも、ちょうどいい温度になってきた紅茶に口をつけた。

「おっ、うまい」

 り~なちゃんに教えてもらったティーパックでの美味しい出し方でやってみたんだけど、どうやら気に入ってもらえたらしい。いきなりほっとできる紅茶ってのはやっぱりいいもんだね。


「じゃあ、フォルトゥーナにいけば、巧巳が作ったケーキ食べられるんだ?」

「ああ。あそこでしか食べられない限定品をな。うちとしては、というか俺としては、あっちで出してるヤツを店でも売りたいんだけど、オーナーが許してくれないんだよなぁ。それでうちの親があの堅物だから、あんな見た目きらきらのケーキなんて売ってたまるかいって息巻いててさ」

 マジ勘弁してくれ、と巧巳は頭を抱えた。


「今回のだって、もーちょっとおとなしめにしろとかいろいろ言われたし。あっちのオーナーはもーエレガントでビューティホーなのがいいとか注文あるし、もーすんげぇ大変だったよ」

「ははは……」

 千絵里オーナーならそんなこと言うだろうなぁ。でも八月から新メニューって言ってたけど、はたして千絵里オーナーのオーケーは出たんだろうか。


「それで、試作品はこれで完成なんだ?」

「いちおーこれの他に黒と白と緑があって、さくらんぼをのぞいた五色で完成だな。オーナーも渋ってたけど、まぁ季節だけはどーにもならないから。ハウス栽培っていっても、季節限定のデザートがそれじゃやばいだろうしな」

 まぁねぇ、といいながら僕は最後のひとかけらを口の中に放り込んだ。

 ほんともーこれがお店に並んで残れば、絶対僕が美味しくいただいてあげるのに。


「で、いくらで出すんだろう?」

「一個三百円だってさ。飲み物とセットにして五百円」

「おぉー高い」

 いや、フォルトゥーナのケーキはちっちゃいからもーちょっと安いんだけど、これはちょこっと不満が残る値段だ。だって、ちっちゃいから二個、三個って食べるわけだよ。そうなるとどうしたって高くなっちゃう。


「ちなみに三種類てきとーに選ぶセットだと七百円になるってさ。まぁ、うちの卸値考えると、けっこーそれでもボロいんだけどな」

 うちの店に並べるとしたら一個二百円で出すと巧巳は言っていた。まぁ、上乗せ分はきっとメイドの給仕代だ。それでもうちの店は、クッキーセットでオレオが二枚でてくるだけのお店よりは抜群に内容が濃いと思う。


「それでも、お客さんは入るんだよねぇ……三組の松田とか」

 あぁ世界はなんだかよくわからないと、僕は腕を組みながらむーと唸った。

 そう。三組の松田はすっかりと、ぷち常連客になっているのだ。週に一回は必ず来て、ケーキやらなんやらいろいろ食べて飲んで帰っていく。愛水さんをご指名してたから、きっと彼女の追っ掛けなんだろうなぁ。メイドの魅力に多分あてられちゃったんだろう。

 そんなお客さんが実は僕にもついてきている。みんなを選んだ方がいいと思うのに、なんでか僕なんだよね。まぁ選んでくれたなら僕は丁寧に対応するだけなんだけど。


「松田は……あいつもーだめだ。うちがケーキ卸してるの調べ上げて、会うたびに、愛水さんのケータイ番号ゲットしてきてくれって五月蠅くて。んなことできるわきゃねーだろって追い返しても、何度も食いついてきやがる」

「巧巳だったら……その……どんなメイドさんがいいのかな?」

 ふと気になって、紅茶に口を付けながら聞いてみる。巧巳だってメイド喫茶に顔をだしてるわけで、順位みたいなものをつけているだろう。それを聞いてみたい。


「俺は……そうだな……」

 彼はしばらく考えてから、にやりと笑って言った。

「お前がメイド服きたら、良い感じかもなぁ」

「へんたいがいる! ここにへんたいがいるよ!」

 あーの……僕がメイド服きたって、どーしょもないと思う。

 もぅ、せっかく誰がお気に入りなのか密かにきいて、巧巳の観察日記でも付けようと思ったのに。まったく巧巳ったらなに馬鹿なことを言ってるんだろう。


「まぁ、冗談はなしにして、一度ちゃんと客として行ってみないか? 俺の友達ってんならちゃんとサービスしてくれるだろうし」

「メイドか……考えとくよ……」

 答えながら心の中では、絶対いかないよって言っておく。いくらなんでもこの姿であそこにいくのはやばい。


「お前も、一度行けば味をしめるかもしれないぞ」

「んー僕が行くとしたら、メイドよりもケーキ目的になるんじゃないかなぁ」

 巧巳んちのケーキは美味しいからねぇ、と付け加えて、お店に並んでるケーキ達の姿を思い浮かべる。一度全部試食はしてるけど、あれだけじゃもう全然足らない。


「なんなら、お前には特別につくってやってもいいぞ。そんくらいオーナーも赦してくれるだろ」

「おぉ、やったー」

 わほーい。ちょっと小躍りしたいくらい嬉しい提案だ。もーねもーね、毎日毎日毎日、お皿をご主人様達にもってくたびに、いいないいないいないいなーって思ってるわけなんですよ。かといってあそこのケーキは絶対残らないし、もーここの所、食べなさすぎで悶えそうだったんだよ。巧巳の店で売ってるケーキも確かに美味しいんだけど、フォルトゥーナで出してるケーキだってもりもり食べたいもん。


「って、もうそろそろ四時か……悪いけどそろそろ勉強会お開きにしていいかな?」

「この後なんか、用事あるのか?」

 ちょっといろいろ妄想で頭がぶっとびそうになるのをこらえて、時計を見るともうこんな時間になってしまっていた。やっぱり楽しい時間っていうのは過ぎ去るのが早い。


「お米とか買ってこないといけないんだよね。あと、四時半からタイムサービスだから、買い物も一緒にね」

「所帯じみてるなぁ、おまえ……」

「いや、まぁ、うち母親いないし、買い物は僕の仕事だしね」

 使うものをなるべく安く買うのは、ほとんどもう家計を預かる身としては当たり前のことだ。うちはだいたい、特売品を見てメニューを決めて、その残りと翌日の特売品を見てメニューを考える、といった風にしてる。

 おまけに火曜日はポイントが二倍だし、割引券とかももらえるから、お米を買うならこの日って決めているのだ。


「なんなら俺も買い出し手伝おうか? 米買うなら男手はあったほうがいいだろ」

 いや、男手って、僕も男なんだけど……

 でもなぁ、確かに自転車でいくにしてもお米は重い。スーパーで一気に買って来ちゃおうって思ってるけど、これがまたこのスーパーは結構遠いんだよね。歩いて二十分はみないといけないくらい。

 巧巳も手伝ってくれるってんなら、厚意に甘えてしまってもいいかもしれない。


「じゃあ、手伝ってもらっちゃおうかな……」

 上目づかいにちょっと遠慮しながら、僕は言った。

 どうも遺伝なのか、僕も人に何かをしてもらうことには抵抗がある人間なんだ。

 巧巳はそんな僕をちらっと見ながら、行くぞ、とだけ言って、立ち上がった。

まだまだ序盤ということもあって、灯南くんが男の子っぽいです。

いちおう、この時点だとまだまだフラグが立ってないので「同級生が家に遊びに来た」ですね。


ああ、早くでれていただきたいところです。

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