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011.ケーキ職人とボク

気がつけば二月も放置してしまってすみません。六月はきっとちょいちょいアップできる、はず。

 きゅっきゅという音を鳴らせながら、ショーケースのガラスを磨くと、いつもと変わらない輝きが顔を見せる。

 見た感じ汚れはどこにも見あたらないけれど、こういうのは毎日の積み重ねが大事。すこし放っておくだけで、すぐにこういうのは汚れがついてしまう。ショーケースはお店の顔みたいなものだし、やっぱりこうやって毎日磨き込まなければだめだ。


 ちなみに床の掃除と空調の排気口は毎日仕事が始まる前と終わった後とにやることになっている。そこまでがバイトの仕事か、と思われるかもしれないけれど、オーナーが言うには、そこまでがメイドの仕事(、、、、、、)なのだそうだ。フォルトゥーナは料理以外のすべてがメイドによって成り立っているという、手作りな感じを持たせたいらしい。確かにホームメイドが自分のお店を掃除しないで外注の清掃業者に頼んでたら、違和感ありすぎだもんね。


 そんなわけで今日も休憩時間にお店の掃除。掃除自体はそれほど嫌いでもないから、ボクとしてはまったく苦にはならない。働いているところが綺麗になるのは好きだ。


「そーいや、どーだったの? 噂のケーキ屋の職人さんは」

 テーブルの上を拭き始めると、今日のパートナーが声を掛けてくる。

 今日一緒なのは愛水さんだ。彼女は今日もトレードマークのヘアバンドで前髪を上げて、元気そうな感じのボーイッシュでさわやかな笑顔をボクに提供してくれている。それでも聞いている内容はこの前の巧巳の件だから、こちらとしては大弱りだ。


「ボ、ボク達と同い年くらいでしたよ」

 少しどもりながらもなるべく平静を装って答えた。例のパティシエがまさか巧巳だとは思ってなかったから、どう考えて良いのか自分の中で整理がついていない。

「なんか渚凪さんの話では、けっこーかわいい感じだっていってたっけなー」

 彼女はそんなあわてふためいているボクの様子なんてとりあえず無視して、すでに聞き出した情報をそらんじていった。


 それにしてもかわいいか……年上の女の人にとってはそうなのかもね。ボクからしてみれば、けっこう頼りがいのある級友なんだけど。

「こー若い頃から何かに打ち込めるってのはいいことだね。しかもそれが将来に繋がるようなことだと、なおさら」

 彼女はそんな事を言いながら、手を止めて軽く息を吐いた。


 彼女の言い分は、なんとなくわかる。モラトーリアムがどーのと、この前社会の先生がいっていたわけなんだけど、実際、なにを将来やるのか、若いうちからある程度考えておかなければならないのは事実。高校までは、せいぜい理系か文系かくらいが決まっていればいいけど、その先、大学に行くに当たっては、何がしたいのか、がしっかりしていないといけない今日この頃だ。


 女は嫁に行ってればいいみたいな昔と違って、女だってやっぱりちゃんとやりたい仕事をある程度見つけておかなければならない。ボクだってそばに巧巳がいるから、焦りみたいなものはかなりある。やっぱり、やりたいことに突き進めている人間っていうのは羨ましい。

 やりたいことをやらないといけない、といった風潮が、きっとニートを一杯産むんだと思う。妥協して勤め人をやること、というのがなんだかひどくかっこわるい事みたいに見えてしまって。誰もが夢を持ってて、誰もが未来に向かって進んでいるなんて、たぶんない。将来やりたい事を高らかと語れる人の方がむしろ少ないんじゃないかな。

 生きていくだけでボクなんかはもういっぱいいっぱい。そんな十年後なにをやりたいかなんて、考える余裕もない。


「愛水さんは将来の夢ってないんですか?」

「うーん、それがねーまったくないんだなぁ」

 これがまた、こまりもんでねーと、愛水さんは頭をかいた。

「得意不得意ってないからさ。それこそ平均で全部4です、みたいな。だからこれが好きってのはなくってねぇ。音泉ちゃんはどうなのよ?」


「ボクは……全体的に全部できない感じかも。特に体育とかぼろぼろで……」

「うーん、結構動きも機敏そうなんだけどなぁ」

 そんなことを言われたって、ボクの体育能力は極端に低い。テニスとかならなんとかなっても、やっぱりバスケとかバレーボールとかじゃ、身長の高さの差がかなりネックになる。この前のラグビーなんかはもう、力不足で吹き飛ばされないだけでめっけものといったかんじ。最近はみんなある程度さけてくれるから楽といえば楽なんだけど、それもどうなのかなーって思ったりもする。


「まぁ、それで? 将来やりたいこととかってあるの?」

「ボクは今がめいっぱいで、一日一日なんとかこなしてるって感じだからなぁ……そんな余裕まったくないんですよ」

 ボクはしかたなく笑った。にこにこというより、はははといった感じの笑いだ。


「まさか……いじめにあってる?」

 深刻そうに目を細めて愛美さんは首を傾げた。そりゃまぁ、学生が精一杯生きられない理由といったら、そっちの方が断然ありうるもんね。もちろんいじめの範囲は学校だけじゃなくて家庭内暴力ってことも考慮されるべきだろう。

「あ、いえっ、そんなことはなくて。頑張ってお金稼がないと生活が成り行かなくて……うち父子家庭だから」

 困ったようにそう言うと、彼女は何かを感じ取って言葉をひっこめた。


「もしかして、親父さんが酒乱のぐぅたらで、娘が夜なべをして働かないと食っていけないとかそんな状況?」

 代わりに。思い切りおおげさに、ハッとしてみせてから彼女はわざとらしく言った。

「ちがいますよ! それ、この前の、丁八郎水戸日記の話じゃないですか」

「あら、音泉ちゃんも時代劇とかみるんだ?」

「みますよーおっとどっこい七三郎とかも見てるし」

「おぉー! こんなところに七三郎ファンが! もー音泉ちゃん、すごすぎよ、びっくりよ、だいすきよーー!」


 隣でテーブルを拭いていたはずの彼女は、なぜかボクの隣に来てぎゅーとボクの身体を抱きしめた。

 彼女の匂い。

 瑞々しい、木の葉のような匂い。それと一緒に、柔らかい女の人の感触があった。

 不思議とドキドキはしない。いまのボクは音泉だから、女同士という感覚の方が強いのかも。むしろ驚きのほうがおっきくて、ボクは口をぱくぱくさせていた。


「まーそういった事情があるんだったら、なんでもかんでも働いて食べていかないと仕方ないもんね。やりたいことがどーのーとか、言ってられる方がある種幸せなのかなぁ」

 彼女はボクの身体をはなすと、しみじみと言った。父子家庭というだけである程度は察したらしい。

「やっぱりやりたいことをやるってのが、一番なんだと思いますよ。ボクはここで働くようになってこういう給仕の仕事もいいなぁって思ったりしてるし」

「そっかぁ、たしかに音泉ちゃんには天職なのかもしれないね」

 ボクとしてはあまり天職でもなんでもないと思うんだけど、どうやら彼女にはそう映るらしい。給仕の仕事は楽しいけど、メイドが天職といわれるのは男としてどうなのかと思う。


 一方的に言われるのも癪なので、愛水さんはこの仕事をどう思ってるんですか、と言い返してやると、彼女はんーと軽くノビをして言った。

「このお店は確かにやってて面白いけどさ。あくまでも腰掛けって感じ。オーナー達はあたし達をキャラとしておいておきたいって思ってるんだろうけど、それでも十年二十年ってやれることじゃないと思うの。いちおうバイトなわけだしね」

 これからどんどん新しい子も入ってきて、どんどんこのお店を卒業していく人もいるだろう。自分達は高校生で、そしてアルバイトとしてここにいる。あくまでも場つなぎとしての要員でしかない。雇う側だってそれは踏まえているだろうし、雇われる側だって仕事の質よりも給料が目当てという部分は否めない。会社のメイドとして就職しているり~なちゃんや、瑠璃さんは本業だけれど、ボク達は違う。


「自分は何をして生きていくのか。結構みんな考えてないで、ちゃらんぽらんに日々を過ごしてるけどさ。必死に頑張っている人が身近にいたりするとなんか、それじゃあマズイって思っちゃうんだよね」

「愛水さんって、なんか……すごいですね……」

 これでボクよりたった一つ上だというのだから、どれだけボクがちゃらんぽらんな人間なのかがわかってしまう。


「そーでもないよー。若者は恋愛にかまけてればいいんだーって風潮があるけど、やっぱり女も自立しなきゃいけないし。うちの親は大学いけー大学いけーって言うんだけど、じゃあどういう大学にいくのっていうと、これがさっぱりでさ。すごくないからこそ悩みまくってるって感じ。すぱっと人生たのしむぞー! って割り切れちゃってる同級生達のがむしろすごいんじゃないかな」


「ボクは……カスターニャのケーキが食べられるだけで、もう人生楽しみまくりですけどねー」

「そーだねー。あれは確かに楽しみかも……って、そーじゃなくて! 実は来月になったら進路希望を学校に出さないといけなくてちょっと悩んでるんよね」

 愛水さんは、あー、と呻きながら嫌なことを思い出したと頭を抱えた。

 ここに応募したのも半分は現実逃避だったらしい。残り半分はこういった仕事への興味。

 羨ましいことにお金に関しては全然困っていないのだそうだ。


「みんなやりたいことなくても大学とかっていくわけですよね? だったらちゃらんぽらんでもなんとかなるんじゃないのかなって思うんですけども」

 ボクはクラスメイトを思い浮かべながら、かなり失礼な事を言ってのけた。実際、将来に繋がりそうな今を生きている人は、それほど多いとも思えなかったのだ。テレビの話題、芸能の話題、何組の誰が誰とつき合ってるとかそんな話ばっかりで。ファッション関係で盛り上がる女子を見てると、ああいうのは将来の役に立つのかもーって思ったりはするんだけれど。でも、人間快楽ばかり追い求めて生きられる訳じゃないと思うんだよね。

 そんなボクの指摘に、彼女はまーね、と言いながら答えた。


「人間関係を学ぶところだって、うちの学校の生物教師は言うんだけど、それじゃあ大学出っていうのは、能力的にたいして意味無いのかなぁって思ったりもしちゃうんだな。そりゃ人間関係ってのは学べると思うのね。いろんな人間がいていろんな出会いがあるわけだからさ。だったら別に大学じゃなくてカルチャースクールとかでもいいんじゃないかって思っちゃうわけ。むしろフォルトゥーナにいたっていろんな違う世界の人達と触れ合えるじゃない?」

 そう問われてボクはこくりと肯いた。

 そういえば、ボクの学校の生物の教師もそんな事を言っていた気がする。大学の勉強はそれほど社会では役に立たないって。でも、やっぱりボクも彼女が言うみたいにやりたいことを学べる所に行けるといいなぁって思う。今のところそんな余裕はミジンコもないけど、生活が落ち着いてきたら考えてみよう。


「おっと、そろそろ開店時間だね。今日も一日がんばりましょー」

 そう思ったところで、ちょうど時計は五時を指した。

 将来のこと。そんなの考え出したらきりはないわけで。

 とにかく今はそれよりも、お戻りになられるお客さんの対応をするだけで精一杯。

「おかえりなさいませ、ご主人様っ」

 ボクは外に出ると、クローズの札を裏返した。

放課後の方も更新頻度がおちててヤバイ! とか思ってましたが、こっちはなおさらですね……

今回は、身近に夢に向かって働く人がいると、それがない人はちょっとざわざわしてしまいます。

作者も高校時代アホな子だったので、夢も希望もなかったなぁ。


さて。そんなわけで、次話は灯南くんのターンです。お休みは大切です。

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