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神卵 ― 神様転生のはじまり ―    作者: 万代 やお
第3律 星々をなおすもの
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45 少年の日の思い出

 恒星シリウスリミット。ベテルギウス、シリウス、プロキオンと星の大三角形があるオリオン座星域にあるシュランの故郷である星だ。


 これはまだ戦乱が始まってない、シュランが幼い少年であった頃の思い出である。


 自宅兼お店のキッチンから包丁の軽やかな音がテレビの雑音に混じって聞こえていた。シュランの家は母親の趣味で始まった軽食屋である。

 少年シュランはけだるそうにテレビのチャンネルを変え続けていた。興味のある番組がやっておらず退屈ぎみだ。


「お母さん。台風がくるってよ。それも二つだよーぉ」


 丁度、天気予報の番組になって、シュランは声をかけた。


「あら、大変! 明日の予約してくれたお客さんがくるのが難しいかなー。電話してきいておかないとねー」


 母親のお店は予約してまでも食べたいというお客さんができるほど、繁盛していた。


「お母さん。変なことがー。台風の形が二つとも渦巻き。お父さんが持っている標本の巻き貝と同じだよ」


 シュランは天気図に表示された台風の雲の形が気になって尋ねた。


「おー! 流石は我が息子よ! それは誰もが毎日、目にしながらも気づくことないものだ。それに気づくとは凄いぞ! 平凡、鈍感という意識から君は解放されたのだ! 褒美にちゅーちゅーしてあげよう!」

「遠慮します。ご褒美なら、地球の高いトマトでスープを作って。あれ、おいしい」

「君は愛情より食い気か。お母さんは悲しいぞー。しくしく……」

「嘘泣きはやめてー。なんでなのー?」

「もうちょっと、お母さんをかまってくれてもいいんじゃぞ」

「なんでなのー?」

「シュラったら……もう!」


 母親はちょっとすねた。


「『対数螺旋』っていうものだよ」

「たいすうらせん? お母さんは難しいことを知っているね。ご褒美にちゅーちゅーしようかー」

「してして!」

「する訳ないです。たいすうらせんってなに?」

「君はあげておとすわね……自然の世界にある不思議な法則みたいなものだよ」

「不思議な法則?」

「そうね。お父さんが酔っ払って貰ってきた巻き貝の標本。台風も同じように渦巻き――螺旋の形をしているよね?」

「うん」

「そんな風に、螺旋の形が自然の世界にあるのよ」

「ほかにもいっぱいあるの?」

「うふふふ。シュラが大好きな宇宙にない?」

「宇宙? あ! 銀河だ! 銀河が台風と同じ渦巻きだよ!」


 シュランは壁に貼ってあった渦巻き銀河のポスターを見て叫んだ。


「うふふ。ちなみに数式で表すと、対数螺旋はr=ae^bθよ」


 母は胸をはってどうだと言わんばかりだと言い放つ。


(どうだ! 息子よ。お母さんは凄いと尊敬するがいい! えっへん!)


 シュランはきょとんとしていった。


「あははは! 意味がわからねーや。お馬鹿な人みたいー!」

「ぐぬぬ! 親に向かって馬鹿なんて言わないの。じゃあ、そうね……」


 母親は少し考えると言った。どうしてもシュランの尊敬を勝ち取りたいらしい。


「実は、螺旋の形は自然にいっぱいあるのよ。銀河だけなく、蜂が花まで飛ぶ道筋も、鳥が獲物を狙うときの飛び方も、螺旋に近いものなのよ」

「え! 銀河と鳥が同じ形なの? 銀河って何万光年も広いんだよ。鳥と蜂は小さいんだよ。それが同じなの?」

「そうよ」


 小さい息子への優しい説明だったので、比率や角度などの専門的なこともなく誤解もあっただろう。けれども、鳥と銀河が同じような螺旋を描くということは少年に衝撃を与えた。


「あんな小さな鳥と、あれだけ広い銀河が同じ形をとるなんて、とても不思議!」


 少年シュランの心は純粋な感動に包まれた。


「ほんと不思議よねー」


 そこでシュランは何かを思い出した。


「そうだ。お父さんに連れていってもらったお店でも、女の子が渦巻きだったよ。お父さんを中心してね。これも自然の法則だ」

「え!」


 母親に激しい動揺が走り、台所から鈍い音が響いた。


「凄い音がしたよ。大丈夫?」

「心配しないで。まな板を半分に切っちゃっただけ……力を入れすぎたわ。お母さんはうっかりさんねー」

「うっかりさんだねー」

「そうなのー。そうかー。お散歩にしては長いと思ったんだよねー」


 母親はニコニコと笑い、使い物にならなくなったまな板を握りしめる。内に溢れ込んだ黒い激憤が発露して、指がバキバキと食い込み、木のまな板が粉々と砕かれた。


「帰ったぞー」


 玄関から父の声がし、シュランが声をかける。


「お父さん。今日は、はやいねー」

「台風が近づいているからな」

「あなたー。ちょっとお話があるのー」


 どす黒いオーラを全身に纏わせた母はにこやかな笑顔の仮面を飾り、父親を呼びとめた。


「またシュラをだしに、いかがわしい店で遊んできたわね!」

「なんのことかな?」


 父はすっとぼけた。それが母に火をつけた。母の怒りゲージがマックスとなり、いやゲージの限界すら突破してしまい、目がかっと赤くなった。


「もう! 言い訳無用! 何十回目だと思っているの!」


 母は腰を力強くすえ、拳を構える。


「暴力反対! 暴力!」


 父の制止は全身から殺意の波動を放出する母に届くことはなかった。


 母が多数の残像を引き連れ動いた。

 まずは回し足払い。


 父の身体が浮いた。そこへ――


 母は父の顎めがけ、強烈なパンチを下から突き上げながらお見舞いする。


 その拳が父の顎に直撃する瞬間――


 母は手首、肘、肩まで見事に回転させ、衝撃力を強めたコークスクリューパンチを喰らわした。


「あへー」


 父は口から血の糸を吐き白目を浮かべ、身体を竜巻みたいに回転させ跳ねた。

 母の超必殺技が繰り出されたが、少年シュランにとってはいつもの日常であり、泰然としたもので、動揺することなくテレビのチャンネルをかえだした。


「お母さんとお父さんは仲がいいなー」


 シュランはふと気づいていう。


「うん。お母さんのパンチも螺旋だ。お父さんも螺旋で飛んだ! 螺旋は世界のあっちこっちにあるんだね」

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