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神卵 ― 神様転生のはじまり ―    作者: 万代 やお
第3律 星々をなおすもの
50/55

44 休憩と鳥と銀河

「なんとか、水を堰き止める手段がとれないものかの~」


 空間の穴を埋める作業中、ゲオルグが何気なく呟いた。


「それは俺も考えていた。けど、ちょっとひっかかることがあるんだ。それを確かめてみるか」


 シュランは言うなり飛び立った。一同がシュランの独断をまったくもうと肩をすくめた。小一時間した頃、様子見で、仮面の部族が住む場所や各地を確認したシュランが帰ってきた。


「水を塞ぐ方法はダメだ。まず上から見てくれ」

 

 作業をしていた一同は手を止め、シュランの言葉に従い、上空に舞い上がる。

 上空から見て、一同がまず思ったのは、黒いスポンジみたいなドーナツがあるな、であった。空間に点在する黒い穴は、円柱の芯がないような立体的なドーナツ型に広がって、この地に存在していた。


「この空間穴のドーナツの外周には水甕が九個。真ん中には一番大きな水甕があった。この一番大きな水甕が転送装置になっていた」

「転送装置? どういうことなの?」


 マーシャが疑問を投げかける。


「外周の水甕は叩かれることで水を発生させる。これはみんなが既に見た通りだ。この発生した水は空間の穴に引き寄せられ、過剰分が中央の水甕に溜められる。溜められた水は、仮面の部族の居住地にある水甕に転送され、生活水と使われていたんだ。外周が水甕が青に輝き勝てば、青の一族の水甕に。赤だったら赤の一族の水甕という具合だ。どうもこの世界は雨が降らないらしい」

「うーん。調べるほど、変な世界だね~」


 ミャウがシュランの説明に巻き舌で答えた。二つの部族は外周の水甕を叩きあい、勝敗をつけることで、水を自分の陣地に得ていたのである。


「水を堰き止めたら、住民の生活に支障をきたしてしまう訳か。それはいかんな」


 ゲオルグは巨神化して土の防波堤を築くことを考えていたが、それが無理であることを悟った。


「もう水の対策は諦めましょう。短時間で、効率よく、空間の穴を埋めていく。そういう感覚を得るほうが、今の私達には大事と思えるわ」


 マーシャが冷静に分析していう。


「そういう試練かも知れないね~」


 ミャウが頷き、シュランが話をまとめた。


「じゃあ、最初は無難な方法でいきますか」


 シュランがいう無難な方法は、まずシュランとゲオルグ。ミャウとマーシャと二手に分かれコンビを組み、空間の穴を埋めることであった。


「わしの手はどこじゃ」


 ゲオルグが空間の穴に手を入れて叫ぶ。


「あそこだ」


 シュランはゲオルグの手が出ている穴まで飛ぶと、その穴を埋めた。


「一個一個、確認しながらだと、手間がかかるわね~」


 マーシャは愚痴り、自分の手を穴にいれる。


「こればかりは仕方がないさ~。対になった穴をきちんと埋めないと、津波がきたときに壊されちゃうからね」


 ミャウはマーシャの手がでている穴まで飛行し、その穴を埋めた。

 シュランとミャウは時流速で飛行できる。遠い場所にはその速度をいかし駆けつけ、埋めていこうという作戦であった。


「シュランさんの近くに、私の手がでてまーす!」

「ルオー! おっぱいをいれてもいいぞ! おっぱいだ!」

「ぶーです! 真面目にしてください! スケベなことはいかんですよ」


 黒石版アルゲスがぱっと明るい表情を宿して、空間の黒穴に、身体をぐりぐり押しつけはじめた。胸を押しつけているらしい。


「もう! アルちゃんが変なことを始めちゃったじゃないですか! やめてください!  変態が伝染していくです! 危険です! ほんと怖い!」


 シュランの変さは巨人族に影響し浸透していっている。ルオンは最近、それに気づいた。

 

 ルオンは黒石版アルゲスとコンビを組んでいて、穴が遠くにループで繋がっていた場合は、シュランかミャウに声をかけ、近くだった場合は黒石版アルゲスが穴を修繕するという手はずにした。


「アルの胸囲ゼロは魅力がないなー」


 シュランが残念そうに笑うと、アルゲスは身体を膨らませ怒った。


 ちなみに炎塊スルトは地面で猫みたいに丸くなって、首根っこをしゃしゃとかいて、我関せずを決め込んで昼寝をしている。


 かくて、騒がしく知ることの多かった一日目が終わった。

 一日目で修繕した空間の穴は109個ほどであった。

 おおよそで、埋めなければならない空間の穴は1万個程度だ。まだまだ先は長いのを皆は自覚した。


 二日目。

 修繕した穴は160個と、慣れもあって少しその数が上昇した。


 しかし――


「一日で350以上を埋めないと、あと二十八日で終わりそうもないぞ」


 ゲオルグが作業の工程を見積もる。


「嘘でしょ! 今の二倍の作業が必要なの!」


 マーシャがヒステリックに叫び、ミャウはうたた寝をしていた炎塊スルトが上昇したのに気づき、注意を促した。


「また水がくるよ!」


 シュラン達は高波を避け上昇する。

 高波がくると作業を中断しなければならない。作業効率を低下させ、いつくるか予想がつかない高波はシュラン達の集中力を奪い、精神的な疲労を与えるのであった。


 三日目は204個。


 四日目は221個。


 六日目は211個の穴を修繕できた。どう頑張っても一日二百個ほどしか穴を修繕できない。高波がくる頻度も多く、皆のストレスも溜まってきた。


「はぁ~。疲れた。もう、おっぱいをいれようかな……」


 ミャウが遠い目をして呟き、ルオンがぎょっとする。


「シュランさんの変態が伝染し始めているです! 危険! 危険! ミャウ姉ちゃん、しっかりしてください。ほら、シュランさんがにやにやしていやらしいですよ! シュランさんの思惑に乗らないでください。いかんことです! しっかり!」


 ルオンはミャウを必死に揺さぶる。少し視線の怪しいミャウはシュランを一瞥した。シュランはにやにやしていて、少しイラッときて、我を取り戻す。


「あとで、あの子の目玉をツンツン。いや、ぶすぶすしていいよ」

「はいです。いやらしい目玉をぶすぶすします」

「変な約束をかわすな!」


 シュランが驚いて声を張り上げ、ミャウは屈託なく腹から笑った。


「冗談だって。でも、波で集中力が乱されるのはつらいねー」

「そうですね……」


 ルオンは何かを思いつき人差し指を立てた。


「そうですよ! 大きくって長い津波がきたときは、みんなで紅茶を飲んだりして、休憩時間にしましょう」

「いいね~。あたい、紅茶は大好きなんだ。色々ある?」

「ありますよー」


 ミャウとルオンはきゃきゃっと騒ぎ出す。


 こうしてルオンの提案で大きな高波がきたときはティータイムをすることになった。

 

 ルオンが黒石版アルゲスの角を軽く叩く。アルゲスが所有する空間ポケットから、陶磁器製のティータイムセット一式と、円机が飛び出した。


「アルは、ほんと、色々と小物をしまえるんだな~」


 シュランは会ったばかりの頃、そこから包帯をだしたアルゲスのことを思いだして感心した。


「キーっ!」


 とアルゲスは自慢げに胸をはった。


 ルオンは円机を空中に固定し、テーブルクロスまで広げ、いそいそと準備をしだす。

 用意したのは紅茶の茶葉だ。ルオンは神樹や草木の創造が得意なので、紅茶の種類も豊富に揃え、揉み潰し、乾燥させるまでしていた。


「げっちちゃん。お湯をお願いします」

「おうよ」


 ゲオルグが手の平に炎を出現させ、その上にヤカンをおいた。片手でヤカンの湯を沸かしているゲオルグの光景は少しシュールだった。

 湯が沸いて、ルオンはポットとカップにお湯を注いだ。


「ポットとカップを温めているのね。本格的だわー」


 マーシャは感嘆した。


「調べて、こだわりを持ちました」


 ルオンは沸騰したお湯を茶葉の入ったポットに勢いよくいれた。


「あとは蒸らします」


 ルオンは少し待つと、ポットの中をスプーンで軽くまぜ、用意していた茶こしでしごきながら、みなのカップに紅茶を注いだ。

 みなは空中に座り、紅茶を楽しむ。


「いい香りだ。なにか甘いものがほしくなるな」


 シュランが深い香りを堪能し呟く。


「シュランは意外に甘いもの好きだよねー」


 紅茶を飲みご機嫌なミャウがいう。


「なにか果物を創造しますか?」


 ルオンが手の平をにぎにぎして答えた。


「果物よりお菓子かなー」

「お菓子は作り方がわからんです」


 ルオンが残念そうに口をすぼめる。


「マーシャが、お菓子作りが得意だよ。あとで教えてもらうといい」


 ミャウが良案を思いついたように楽しそうにいってきた。


「それは初耳だな」


 シュランはやや驚いた。科学者とお菓子が結びつかない。


「うふふ。3Dプリンタ技術に凝っていて、それで作っただけよ」


 赤い唇に妖艶な笑みを絡みつかせ、得意満面の表情をしたマーシャの隣で、ゲオルグが苦い顔をした。


「あれか。あれは……いかん」

「なーに、酷いわね。『裏切りにあった館で、世間を罵り焼け爛れていく姉妹のチョコケーキ』は会心のできだったのに……食べてくれないんだから」

「とてもお菓子の名前とは思えないタイトルだな」


シュランが白い歯をみせ笑うと、ゲオルグが拳を握りしめ力説した。


「造形は見事なものであった。館も姉妹も! ワシの職人魂を揺さぶるほどじゃ! しかし、そこに火をつけた果樹酒をかけたのだ。チョコできた館は溶け出し、姉妹は皮膚層まで作られた凝ったものでな。それが焼け爛れ、皮膚がどろどろと……食えるか!」

「ホラーチョコケーキ! 得意って、形の方か!」


 シュランは思わずつっこむ。


「んや。味も美味しかったよ。なんだったかな。あれ、ゼリーでできたヤツが、あたいは好き」


 ミャウが思い出そうと考え込み、マーシャが言葉を添えた。


「くくくっ。兇悪な銀行強盗がパトカーと壁に挟まれて、内臓をばらまけるかな。因果応報をテーマにした力作だったわ」

「それそれ。内臓ゼリー。内臓をちゅるちゅるした」

「お~い。お菓子のお話だよな。お菓子の!」


 シュランは呆れ気味に笑い、ルオンが目をきらりと輝かせた。


「マーシャお姉ちゃん!」

「なにかしら」

「目玉! 目玉の形をしたお菓子は作れますか!」

「簡単よ。一層のこと、3Dプリンタの装置も作ってしまう。いえ、もしかしたら神具創造の技術を応用すればできるかもしれないわね。あとで調べましょう」

「そうしましょう! そうしましょう! 目玉です! 目玉なんです!」

「何故、そんなに目玉が好きなんだ……」


 シュランが口に笑いを飾り、ゲオルグは不安げに呟いた。


「このあと、なにかよからぬものを食べさせそう気がするぞ」

「ははは……そんなことないだろう」


 シュランは乾いた笑いを浮かべた。


 後日。

 食べ物に青色を使うという、食欲を減退させる色をつかったお菓子。


『人食い鮫に襲われる金髪美女の惨劇の砂浜』


 というお菓子と対面することになって衝撃を受けることになる男性陣である。


「ああ……足が砂浜に突き刺さってる! 空気ボンベみたいなものがある……」


 シュランは鮫の口の中にあるボンベに気づき、ルオンが嬉しそうに答えた。


「中に水素というものがはいっています! 火をつけて鮫を爆破してください! きっと、美味しいですよ! 目玉が飛び出します! 目玉ですよ!」

「お菓子なのに、水素? 爆破? 爆破なの! 目玉?」


 そんなやりとりがあって、この後、ルオンの背後にマーシャの邪悪な企みが仕込まれたけったいなお菓子作りが続くことになった。


「けっ。……紅茶はだめだな。俺は珈琲派なんだ」


 ケンコスは乱暴にカップを円机に置いた。


「珈琲がお好きなのですか。植物の豆ですよね。今度、育ててみます」

「ふん。勝手にしろ」


 ルオンの優しい言葉に、ケンコスは不機嫌に腕組みをする。


「珈琲は高い山でとれるものほど高品質になると言われているの。環境も必要かも」


 マーシャが助言した。


「そうなんですか……高い山。クルミちゃんの頭にでも植えますかな。耕し耕し、植え植えの、農作業をしないといかんです」

「なんだ、これは!」


 突然、声をあげたのはアールマティだった。

 何事かと一同が振り返ると、アールマティは戦慄した顔で、カップを持った手を震わしていた。


「どうしたです?」


 ルオンが首をかしげる。


「この、この紅茶は美味しすぎる! ケンコス! この味がわからぬとはお主の舌はどうかしているのではないか!」

「好みだよ。好み」


 ケンコスはうるさそうにいい、アールマティは紅茶を一口する。


「芳醇な香りは素晴らしく、口あたりもよい。この琥珀色の輝きがなんと美しい!」

「やや! 褒めすぎですよ」


 ルオンは頬をほんのり桜色に染め照れた。アールマティは紅茶をさらに賞賛した。


「ああ! 紅茶が身体全体に染み渡る。身体が熱くなる! 身体がとろける。とろけてしまいそう! とろとろに~~~~あは――――ん!」


 アールマティは甘い息を漏らして胸元に手を置きうっとりとした。


「なんかリアクションがエロいな……」


 シュランが呟き、ルオンが頷いた。


「うん。えっちなのは困ります」

「な! 違う! この紅茶がそれだけ素晴らしいのだ! 神酒や神薬にも値する効用すらあるのではないか! と、とろけちゃうんだから!」


 アールマティは真っ赤になって弁明した。慌てたのか後半の言葉遣いも乱れていた。


「全く、浄化騎士どもは娯楽が少ないから。なんでも大げさに喜びやがる」  


 ケンコスはうんざりとぼやいた。

 ともあれ、休憩時間はとりとめもない雑談に費やされ終わったのであった。


 修復しなければならない残りの穴はあと約9300個。過酷で地味な作業はまだまだ続く。再びシュラン達は作業をはじめる。


 そして、七日目のことである。


 いつものように空間の穴を埋める作業をしていると、甲高い鳴き声をきいて、シュランは空を見上げた。


 一匹の鳥が飛んでいた。


 白い鳥は澄み切った青い空に弧円を描き飛んでいる。軽風を受けて華麗に飛ぶ鳥の姿は生命が放つ強さがあり、気高く、とても美しかった。


「こんな世界でも鳥がいるんだな……」


 シュランは惚れ惚れと白い鳥の飛行を眺めた。


「こらー! さぼるな!」


 ゲオルグの注意する怒声があったが、シュランは鳥を眺め続けた。


 青空には白い鳥がよく映える。


 そのうち、鳥を見続けたシュランの相貌が歓喜の波を伴って崩れはじめた。にやにやとにやけが止まらなくなっていた。


「わかったぞ! 鳥だ! 鳥も同じだ!」


 シュランが大声で叫んで、一同がぎょっと見返す。突然、場を読まない奇天烈な人物が登場した印象があった。


「鳥さんが同じなのですか?」


 ルオンが目をぱちくりして尋ねる。


「そうさ。この世界にも鳥がいて、同じなんだよ。銀河とあの鳥は同じなんだ! だから、この空間の穴も解決できる! 鳥と銀河が同じなんだから!」


シュランは嬉しさのあまり叫んだ。


「なにいってんだ、こいつ!」


 ケンコスが呆れぎみに叫んだのを皮切りに――


「なにいってんじゃい!」

「なにいっているの?」

「なにいっているんだい!」

「なにをいっているのですか!」


 ゲオルグ、マーシャ、ミャウ、ルオンが一斉に叫んだ。


「え! 総ツッコミですか」 


 シュランは一瞬引いたが、もう喜びが溢れ、止まることができず続けた。


「あれ。みんなは、わからないのか? 鳥と銀河が同じなんだぞ! だから、この空間の穴も同じなんだ!」

「鳥と銀河が同じで、その穴も? ほんと意味がわからない。もう、あたいはお尻の毛が抜けちゃうよ」


 ミャウが困り果て、その場に乙女座りした。


「あーですよ。シュランさんの変人ぶりには花がしおれる気分です。しゅんしゅんですわん」


 ルオンがしゅんとし、ミャウの横にしなだれ肩を寄せた。


「きゅにゅ~」


 と鳴くと、黒石版アルゲスも身体をくねらせて萎えた。


「なあ……お前達……こんな変なヤツと今までつきあっていたのか……」


 今まで敵愾心があったケンコスがそれをなくし、真底、同情した瞬間であった。


「はあ……」


 返事は、溜息が五つであった。

 シュラン以外の一同は複雑な顔で溜息まじりにケンコスの言葉を噛みしめた。


 一方、シュランは皆の困惑などどこ吹く風の大はしゃぎで、清々しい大空を胸に受けとめんばかりに両手を広げ、仰ぐと、叫んだ。


「鳥と銀河が同じだー!」


 シュランの元気な叫びは鳥が飛ぶ青空によく響いたのであった。

 果たしてシュランが思いついた事はなんであったのか。

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