41 砂粒の試練と大空の穴
(くぬぬぬぬぬ!)
ケンコスは自分の身体を両手でがりがりとかきむしって、苛立ちを隠せない。
あれからケンコスは空間の三重ねじれ、逃げていく断層、黒い砂漠にある砂粒ほどの穴などなど幾つもの難題はふっかけた。
見渡すばかりの黒い砂漠。そこに立つシュラン達はその極小の穴を探していた。
ミャウは【異物象検知】【広域注意】を。
ゲオルグは【異物象検知】【一点集中】を。
それぞれの事象を【眺望知覚】と絡め、穴を探す。
この試練はどうやら複合的に事象を使うことを試す試練のようだ。
シュランはほくろのある目尻をこりこりとかくと叫んだ。
「歪みを見つけた。ルオの真下だ! そこに穴ある!」
言うなりシュランは四つん這いで走った。炎塊スルトが真似をしてついてくる。もはや炎塊スルトはシュランの忠犬みたいな存在だ。
「きゃあ! やめてください! 何故、股をくぐるのですか!」
「あれ。ないな……ちらっと感じたのに」
シュランはルオンを肩車して立ち上がり、周囲を窺う。
「あの、その……肩車は恥ずかしいです。嬉しくもありますが……」
ルオンはもじもじして、頬をそめた。嬉しさのほうが強く、そのうちルオンの顔にはにんまりとした表情がでてきてしまう。
「にひー。嬉しいです」
かなりご機嫌なルオンだ。
けれどもその表情はすぐに一変した。
「む。足か」
シュランはルオンの片脚のブーツを脱がしにかかった。
「ちょちょ! なにをするですか! 脱がすなんて! あうー。スケベなことはいかんですよ! みんなが見てますよ」
ルオンは大いに暴れ、二人は砂漠の斜面に倒れ転がった。
「きゃあ、なにをするのですか!」
しかしルオンは簡単にブーツを脱がされた。綺麗な白い生足がお見えになる。
「そこか!」
シュランはルオンの白い足の親指と第二趾を広げてみせた。その間をシュランは人差し指で撫でた。
「はう~~~~!」
ルオンは悩ましい声をあげ真っ赤になって、顔からぱたんと倒れた。
「シュランさんが変態さんすぎて困る。変態さん。私の足のニオイをかいだです……でもちょっと嬉しいです」
ルオンは顔を両手にうずめ、足をバダバタさせながら、身もだえした。
「砂粒が紛れこんでいただけだって。この砂粒に直すべき小さな穴があったんだよ。ルオンの臭い足のニオイなんて嗅がないよ」
シュランが人差し指にくっつけた小さな赤い砂粒を見せた。
途端、ルオンがぷーぅと頬を膨らました。
「シュランさんのおバカ! 臭くないです!」
ルオンは脱がされたブーツを持つと、それでシュランをぽかぽか殴りだした。
「やめろって。言い過ぎた。悪い」
といいつつ、シュランはルオンの足指の股を撫でた人差し指を何気なく嗅いでみた。
「……」
シュランは微妙な顔をした。
「あのー。シュランさん、どうしました?」
ルオンは殴る手を止めて恐る恐ると尋ねる。
「アルー! スルトー! こっちにきてくれ!」
呼ばれた黒石板アルゲスと炎塊スルトがなになにと興味ありげに寄ってくる。
シュランは屈むと、その人差し指を二匹に嗅がせてみせた。
黒石板アルゲスはその場でくるくると回り出して倒れ、炎塊スルトは驚いた猫が毛を逆立てるようにしゃあーと跳び退き、その炎の色を青くした。
「やばいな。これ」
シュランは二匹の様子に嬉しそうに笑った。
「くっちゃくないです! 砂のニオイです! 私のニオイではありませんぞ!」
ルオンは真っ赤に沸騰し、恥ずかしさにまたブーツでシュランを殴りだした。
こんな具合で、シュラン達は難所にある世界の傷口や難問の試練を難無くこなしていったのである。
(畜生! ルオンノタルのブーツの中に紛れ込ました砂粒の穴にもう気づきやがった。ルオンノタルはじじっこの秘蔵っ子。すげーマイトの塊だから、いつも力を放出している。それに妨害され、なかなか見つからないはずだったのに。くそ!)
ケンコスが怒りで咽喉を唸らせた。
これはそんな所にはないだろうという意識を問う試練でもあった。
シュランはすでに掴んでいた【異物象検知】【広域注意】【異物象検知】【一点集中】を【眺望知覚】で統合し、探索をしていた。
これらの事象を扱うには、基本、そこにあるのではないかという意識をある程度込めなければならず、意識外にあれば結果がでるのは難しい。
しかし、シュランには第六感を司る主眼角がある。主眼角の修正が、そんなところにはないだろうという意識外のものも探り当ててしまったのだ。
それらを意識することなく使いこなすシュランの探索能力と第六感は桁違いに向上していた。
――【無意識的意識】
(どう使うんだ。これ)
シュランは突然、降りてきた事象に戸惑ったが、
「ま、いいか」
と肩をすくめてすぐに忘れた。
(コイツら、一体なんなんだ! 修繕の奥義も事象もほとんど持ってない癖に、知恵と機転だけ乗りきちまう! 特に一本角の男! 何を考えてるか解らねーが、変則的な手段で解決しやがる)
シュラン達の成功に猜疑心を募らせ、ケンコスは眼をぐりぐり動かして、歯軋りした。
(だから、じじっこがかっているのか? 俺は認めんぞ。ひょっこり現れたヤツをのさばらせるもんか。何か……もう、あの上級の試練をやっちまうか)
思いつき、ケンコスが不敵に笑った。
「おい! これから少し時間のかかる修繕をやるからな。準備しろ!」
そう言って、ケンコスが一同を連れていったのは、季節が乾期なのか、罅割れた茶色の大地が永遠と続き、灰色の空がどんよりとたちこめる寂寞とした場所だった。
「変な模様の地面」
シュランはいぶかしげに、奇妙な模様筋がある茶色の地面を踏み締めた。
「あれを直すんだ。数あるから、覚悟しろ」
にやけるケンコスが示したのは、数万の黒点がある空間であった。地面から50メートル前後まで高さまでの空間。その空間域に幾つもの黒い穴が空き、黒いスポンジ状態であった。それが地平線の向こうまで続いている。
「なんだい。こんなの簡単だよ」
ミャウは巨神化し、空間壁の念動渦を出現させ、一気に手で塗りさろうとした。
「この馬鹿ちくー! 何を考えやがる! それじゃ。穴がない空間まで、ぬっちまって、でこぼこな空間になっちまうだろうが! いいか。もしでこぼごに埋めたら、へんな空間になっちまう。俺達はあまり影響を受けねぇが、ここの世界に住んでいる生命体に悪影響を及ぼすんだよ! 最悪、一瞬で全滅とかあるんだからな!」
ケンコスが飛び上がって、ミャウを怒鳴った。
「じゃあ、どうするだい?」
「ああん? 決まってだろが、今のお前達じゃ、いっこいっこ埋めていくしかねーよ」
「嘘! あの数を!」
「これは一苦労じゃぞ」
数万の黒穴を見詰め、マーシャとゲオルグが口々にうめいた。
「まあ、やるしかないじゃないの。気長にさ」
シュランが炎塊スルトを猫じゃらしみたいな草でからかいながら、言った。




