40 極炎と氷柱の試練
(くそー。もう初歩なんて飛ばして、中級の課題を押しつけて苦しめてやる!)
ケンコスは心中にイライラが堪るのを意識した。どうにかして、こいつらの鼻をあかしてやりたい。創造の業を指導するのを忘れ、ケンコスの思考はその方向に傾きつつあった。
「ほら。次の試練も初級だから、簡単だぜ。やってみろ!」
ケンコスはにやけた顔でいう。次にシュラン達が訪れた試練の世界は、プラズマを秘めた雷雲が轟く浮雲の世界であった。
凄まじい量の万雷が乱れ飛んでいる。
「一撃でも浴びたら、神体でもひとたまりもない雷だぜ! 気をつけて穴を埋めろよ!」
気を遣っているふりをして、大口に手をあてると、ケンコスはほくそ笑んだ。
(これだけの雷だ。怖じ気づくだろう。困りやがれ~)
しかし次の瞬間には、ケンコスは目玉を大きくひんむいていた。
「えええ! なにやってるの! お前!」
シュランはきょとんと顔をしていた。気にした様子もなく、シュランは後ろからミャウの二の腕を掴んで、空高く突き出していた。
「ひらいしん~」
シュランの声は、ミャウに落ちてきた雷に打ち消された。
「ちょっとおやめ! あたいを避雷針に代わりにするの! 髪がぱりぱりになっちゃう!」
落雷全てがミャウに落ちる。もちろん、ミャウは傷一つない。
「ほら、みんな! ミャウが雷を引き寄せてくれる間に、穴を埋めるんだ! うおー! 突撃ー!」
シュランが叫ぶ。こうして、シュラン達はあっさりとプラズマ雷雲世界の穴を修繕してしまったのである。
「雷が見えた時点で、この展開がくるの。解っていたけどさ! もう!」
髪型はアフロヘヤーになって、お肌がつやつやになったミャウがぷりぷりと怒る。
と、それに気づいてルオンがぎょっとする。
「ミャウ姉ちゃん。髪が変な髪型になってますぞ! お胸も大きくなってます!」
「あら。あたいは【電撃吸収】があるから養分になっちゃったのかな。ルオンちゃん、ルオンちゃん、セクシーポーズ!」
悪のりして、胸を強調したセクシーポーズをとるミャウ。ミャウの見事なお胸がぎゅっと艶めかしく揺れ、ルオンが頬をうっすらと桃色に染めた。
「おわ~」
「ルオンちゃんもやって!」
「え? こう? こうですか?」
恥ずかしながらも断り切れず、ミャウと同じセクシーポーズをとるお茶目なルオンである。
「あーですよ。恥ずかしいです」
「なにやっているんだ、あの二人は……」
シュランが仲むつまじく騒いでいる二人を眺めていると、そのぼやきを察知した。
「私は絶対、【電撃吸収】を掴むべきだな……」
アールマティは胸元を両手で押さえ、真剣な表情をしていた。世界に仇なす敵達と戦っていたときより真剣な表情だ。
「ぐぬぬ! こら、騒ぐな! お前ら! 次、いくぞ! 次!」
ケンコスが怒りで咽喉を唸らせ、叫ぶ。
「次は、な。この極炎の世界だ! ここにどでかい氷の柱を一本つくれ! 小さい氷じゃないぞ。一ヶ月は溶けない、俺以上の大きさの氷だ!」
超高温の炎だけが燃えさかる世界であった。
シュランはちらっとそれを確認した。あの炎塊スルトが燃え盛る炎の間をぴょんぴょんと跳びはねながら、遊んでいた。
そして、炎塊スルトはズサーーーーーっと派手にこけた。
「……」
炎塊スルトには目がないが……シュランは炎塊スルトと視線があった気がした。
すると、炎塊スルトはピンクに燃え上がり、一気に逃げ出していった。
「恥ずかしかったのかな」
シュランは瞬く間にいなくなった炎塊スルトに笑った。
(さて。高温の世界に、氷の柱をたてる。それも一ヶ月。なかなかできることじゃないぜ。普通に立てたら、あっという間に解けちまうからな。どうだ。この難しい試練は!)
ケンコスはまた意地悪い笑みをした。
しかし――
「これは簡単だな」
シュランがいい、ケンコスが飛び上がって驚いた。
「お前、本当にそう思っているのか?」
「だって、これ、圧力だよね?」
「そうか。圧力だな」
シュランの言葉に相づちをうったのは、ゲオルグである。シュランの言いたいことを既に理解していた。
「俺と親方で筒状の空間を創ろうか。問題は圧力の方だな」
「それなら、私ができそう。空間印を検索したら、圧力を操る印をみつけたわ」
マーシャが得意満面にいう。やっと自分が活躍できる場があり、嬉しそうだ。
「もう解決しちゃったみたい。あたいの出番なさそう」
「ミャウ姉ちゃーん。櫛を作りましたよ。髪をなおしましょう」
ルオンが木製でできた櫛をもって嬉しそうに、アフロなミャウに駆け寄る。意外にアフロなミャウは大人の鋭い色気があって魅力的だ。
「どうやって作ったの?」
「植物さんに、こういう枝ができるようお願いしたです。巨人族みんなは鎧や武器とかも作っているから、そういう創造ができるんですよ」
「そうなのかい。じゃあ、服とかも作れるのかな」
「できますよ!」
姉妹のように騒ぐミャウとルオンは、このとき【衣服作成】の事象を掴んだ。
「ただマイト念とか材料がいりますな」
「材料か。そうだ。植物から綿や糸とか取れるんだよ。ルオンちゃんなら、それできるかも」
ルオンがきらんと目を輝かせた。
――【神糸創造】
「なんか降りてきました! 材料を創造できそうです!」
「きゃあ。ほんと!」
ミャウとルオンは楽しそうに盛り上がっていた。
対して、ケンコスは呆然と見上げていた。
「こいつら、あの短時間で溶けない氷の柱を立てやがった……」
ケンコスは己の二倍ある氷柱をじっと見詰める。すぐ溶けると思ったが、極炎が溢れる高温世界で、氷柱はその存在を誇示しながら、悠然と立ち続けた。
「お前ら、なにをした!」
ケンコスの叫びに答えたのはシュランである。
「圧力が違う空間を創っただけだよ。ほら、水は100度で沸騰するけど、気圧の低い高い山なんかいくと、80度ぐらいで沸騰しちゃうはず。それと水深3000になると、何度だ?」
「300度ぐらいかな。300度になっても、水は沸騰しないわ」
マーシャが答え、ゲオルグが続ける。
「それを利用しただけじゃ」
まず雫の万華筒で筒状の空間を創造するのをすでにしていたシュランはゲオルクと協力して、大きな筒状な空間を創造するのはたやすかった。
そこに空間印にたけたマーシャとその氷の属性ゆえ、圧力を調節し、氷の柱をつくったのである。
さて、空間に圧力の加わりがあると、氷にどういう減少が起こるかである。
「水は1気圧だと、0度で氷Ih相という、みんなの知っている氷になるわ。だけど、圧力を低くすると、水は0度で沸騰するなんて状態が起きる」
マーシャが説明する。
氷に圧力をかけると、氷の相という状態が起こる。氷の結晶構造が変化し、通常の氷とは違った性質を持つ、高圧相氷というものになるのだ。
「逆に圧力を高めると、そうね~。九千気圧ぐらいだと、23度で氷VI。二万気圧にすれば、90度で氷VIIと呼ばれる氷になるわ。この状態になれば100度でも溶けない。六万気圧になれば、300度以上で氷に。私達は超高圧空間に、数百度の熱い氷というものをつくったのよ」
氷の相は氷IIから氷XVと種類があったりする。
「うふふふ。こんな簡単に気圧を操れるのなら、氷を金属化することもできる! いえ、それだけではないわ! 酸素を金属化できるわよ! 分子解離ね」
「巨大な惑星の中には金属水素が存在しているというのは聞いたことがある。だが結局、気圧や圧力を維持しないと、固定化できないじゃないか。陸上にでて破裂した深海魚みたいになっちまう。」
「いえ、きっとなにか方法があるはず」
「それさえ見つければ、ファンタジー的な氷の鎧や空気の剣をリアルに再現できてしまう訳か。性能は全く未知のものになるが……」
ゲオルグとマーシャの会話に、ミャウがはいってきた。
「氷で出来た暖かパンツとか出来ちゃうの?」
「その発想はどうかしら。この世界だと、念。氷の属性の念を込める防具や服を作った方が確実そうよ」
「そうだね~。着心地も微妙そうだ」
三人は様々な妄想を広げた。
(ミャウは氷のパンツを履くつもりだったのか……それも生あたかい)
シュランは独りごち、なんとも言えない顔をしていた。
もし気圧100万の世界があり、知的生物が存在しているのならば、金属酸素の鎧で武装した世界があるかもしれない。もちろんそんな世界に住む生物は人型を保っているか、あやしい。無理に想像を働かせるなら、水の熊と呼ばれる緩歩動物クマムシ型であろうか。
クマムシはずんぐりとした芋虫に八本の脚を生やす形状をした生物で、高温150度からマイナス273度、7500気圧に耐えられるのだ。
ちなみに、この極炎の世界に氷柱を創る試練に正しい答えはない。条件の緩さがある。
生まれながらに大量のマイトエネルギーを所有していた巨人は空間印を駆使して、永久凍土と呼ばれる、ただ純粋で巨大な氷柱の中に、この世界全ての極炎を閉じ込めた。
空間障壁を利用し、炎と氷の間に空気の断層をつくり、巡回させ、熱を伝われないようにした巨人もいる。
【神具創造】の御業を利用して、冷却装置みたいな道具をさえ創造した巨人もいる。
この巨人は神具創造、あの巨人は空間印に長所があると、極炎と氷柱の試練はある意味、適性をみる試験でもあるので、正しい答えはないのだ。
しかしながら、熱い氷を創るという発想に、ケンコスは驚いていた。
「こ、こんな方法があるのか……あちゃ!」
ケンコスはなにげなく氷柱に触って、熱さを感じ、手をひっこめた。ケンコスは驚き混じりに熱い氷柱を見上げるばかりだった……
高圧力下にだけ存在しえる、触ると熱い氷なのである。
後日――おまけの出来事である。
ミャウが作った水色縞パンツを黒石板アルゲスが頭からかぶって、とことこ歩いていた。
「アルちゃん~やめて~。ミャウ姉ちゃんが作ってくれた、私のパンツです! 頭からかぶるものではありませんぞ」
ルオンが真っ赤になって懸命にバタバタと追いかける。
「ルオ! 今、履いてないのか」
そんなルオンとアルゲスの追いかけっこを見かけたシュランは声を張り上げた。
「ひ、秘密なのです」
ルオンはさらに真っ赤になると、内股になって、手で押さえた。
また世話好きのミャウはアールマティにも黒い下着を作ってあげていた。
「……バカな! バカな!」
アールマティは二度見する。
「このような破廉恥なもの着用するのか。けしからん」
ヒモみたいなブラジャーと黒パンツを摘まみあげ、アールマティは苦悩する。
といいながら、アールマティは自分が着たところを想像する。
白い肌のスレンダーボディに黒の下着がよく映える。
はっとなったアールマティは手をふって、その妄想を打ち消す。
だが真面目に首肯したあと、呟いた。
「大事にとっておくか……」
アールマティは色々とお年頃なのかもしれない。




