表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神卵 ― 神様転生のはじまり ―    作者: 万代 やお
第3律 星々をなおすもの
43/55

37 ユミルのプレゼント

「ほれ。いい加減。実践作業に入るぞ!」


 ユミルの指示に従い、やっとシュラン達は空間作成の作業に入る。


 座天翔船(ソロネ)の外壁を存在力4以上の空間で塗っていく作業だ。コーティングに似た作業かも知れない。


 シュランは左手に念動の渦を作成する。念渦に力を込め、黄色い閃光がぱっしゅんと4回ほど輝いたのを確認する。これで存在力4になった。

 この溜めるという作業が難しく、一発で成功したのはシュランだけ。マーシャは成功できず、ゲオルグから渦を分けてもらおうことになった。


「各々に得意不得意の分野があるのは承知しておる。だが、この空間創造は我ら一族の秘伝にも繋がる初歩の業となる。最低限、初歩だけでも習得しておくのじゃ。のちのち、別の御業に繋がることもあるからのう」


 ユミルは自慢の髭をさすり言う。


 シュランは渦から空間の元となるものを右手ですくい、壁塗りをするみたいに作業を始めた。手を使わなくとも、念で誘導すればいいのだが、それがまだできないので、淡々と手で塗ってゆく。

 平面を塗りながら四角立方体をはめ込んでいく感覚で、なかなか難しい。


「こら、曲がっておる! 空間壁は平坦に真っ直ぐ創るのが基礎じゃ!」


 少しでも、おかしな作り方をすると、ユミルの怒鳴り声と共に、容赦なく尻を棒杖(ワンド)で叩かれた。ユミルは創造の御業に関しては妥協を許さない職人気質な塊らしい。


「あのさ。ぱっとできないの? こんな手作業でなくて」


 半身で塗っていたマーシャが抗議した。


「馬鹿者! そんなものは、正しく空間壁をできてからじゃ! それの応用だからの! 基本となる元を知れなければ、千や万を創造したとき、不良品が並ぶだけじゃ。この感覚だけは絶対に正しく掴むのじゃ」


 ユミルがゲオルグの尻を叩いた。


「キャ! もう、お尻を叩かないでよね。片手じゃ、大変なのよ」


 マーシャが痛みを覚えた尻を押さえた。上方で作業していた半身のゲオルグが助言する。


「こんな風に、念で誘導してやればいいだろう」


 ゲオルグは手を使わず、念動の球を千切って飛ばし、空間壁を創っている。見事に平らに塗られている。納車したての新車のような輝きすらある。

 ゲオルグはヘカトンケイル巨人達が壁を創っていた様子を見て、あっさりとマスターしてしまったのだ。流石は、親方と呼ばれ、【乙女の極み】の事象を持つ男である。


「その感性、私にあると思う?」

「無理か……なら、あの神具を創ったみたいに道具を生み出せばよいのでは?」

「ああ! その方法!」


 マーシャは円盤武器スダルサナを創った要領で、ローラー型の念動神具を創った。そのローラーを塗り動かし、空間壁を量産していく。

 マーシャが叱られるかしらんと、ちらっとユミルを窺った。


「空間壁がうまくできておるからよいぞ。そうやって、自分にあった方法を見つけ、試行錯誤していくことも大事なのじゃ」


 頷くユミルは方法と感覚を見つけていくことを重視している趣があった。だからパッとできる方法を安易に教えなかったのだろう。


 そして、シュラン達一同、感じたことがあった。


「やっぱり、なにか物を創るってことは大変だな」


 シュランが空間壁を創りながら呟いた。正しく空間壁を創るのは難しい。


「そうじゃ。物を破壊するのは一瞬でも、物を創るのは時間と手間がかかるものじゃ」


 何気無い呟きに、感じいるものがあったのかユミルが言った。


「例えば、小さな枝きれ。それを折るのは一瞬じゃが、そこまで成長するのは莫大なエネルギーや年月が必要じゃ。その意味をよく考えておくのだ。こら! そこ、捩れておる!」


 ユミルは叱咤し、シュランの尻を叩いた。

 シュランは微笑を浮かべ、指摘された空間を直そうとした。


 ふと、奇妙なことがあった。


 漂っていた藤色の水滴が、曲がった空間を通り過ぎた瞬間だけ、菱形の水滴になっていたのだ。


(確か、至純奔流が捩れた空間などで、陰性奔流に変化するといっていた……)


 シュランはあることを思いつき、ローラー型神具の数本を創りだした。


 ローラーの部分が平らのものから、長毛、中毛、短毛と毛の長さが違うローラー、穴が沢山開いている砂骨ローラー、様々な模様がついたものと数種類のローラーである。


「ゲイシャロール! エチゴヤ、ヨイデワナイカヨイデワナイカ! バカトノサマ、ダッフーン! ナットウフロー!」


 シュランが突然、謎の言葉を叫びだし、ミャウが目を見張った。


「いきなり奇声!」

「【無限なもの(エン・ソフ)】で検索中だ。形を思い出せなくってね。ジャポンって国にそれがあった気がするんだ。サナトリウムニトウリュウ、オタクサムライ! シャブシャブパンツ! クノイチオッパイノヒト! JKノブナガー! アイドルコイビトハッカク、セップクセヨ!」


 ちなみにシュランの日本に対する知識はほとんど間違っている。教えたのは母親だ。


「お! きた」


 主眼角アイホーンにピンと降りてきて、それを創造する。


「なんか変な道具」

「左官こてという、ジャポンのヘイアン時代からある道具だ」


 目を丸くしたミャウに、シュランが左官こてを見せびらかす。


「あれも創っておく」


 コロニー建築員であったときは、人手不足で、内装の塗装仕事もしていた。


 エアスプレーガン。


 塗装液を壁に吹き付けるときに使う道具だ。

 毎日、愛用し内部構造も熟知していたので、すぐにその道具を創造できた。銀色の銃型をしたスプレーガンの上には、カップが付属していた。


「このカップのところに、空間の元をいれて使う」


 カップの中に空間の念渦を入れ準備する。シュランはスプレーガンと左官こてを両手に持つと、どこぞやのガキ大将の笑みで、得意満面といった。 


「見て見て! 俺、今最強!」


 一瞬、ミャウは目が点になった。


「……そうだね。そうだね」


 ミャウは母親がお馬鹿をしでかした子にあきれてするような、冷めた目つきと口調で頷いた。


「さてやるか」


 まずはスプレーガンから空間の元をある一定の距離まで噴射し塗りつける。次にローラーを使う。ローラー押さえ研ぎだしの技術で、空間壁を塗り広げる。


「おう! 空間がメッタリックな感じに! 空間なのに金属的!」


 壁を塗装するとき、吹付け材と吹付け方法によって、表面に模様を作る技術だ。

 山を作ってローラーで押さえていくとメタリックな感じに、砂壁状の模様にすれば落ち着きがあって豪華な感じと多様な表現ができる。


「むふ。むふふふ」


 シュランは調子にのって、スチップル状模様、ゆず肌状、クレーター状模様、小型砂壁状の模様と、空間壁を彩り、創っていった。


 まさに、縦横無尽に動く両手はシュランの真骨頂!


 頭上でローラー数個が舞っている。

 ローラーのジャグラーか。


 それでいながら、スプレーガンを噴射する引き金の指は止まらず、さらに左官こてが的確に動いていく。

 手さばきが素早く確認できない。

 ローラー、スプレーガン、左官こての三種の舞いである。


 瞬く間に波状、渦巻き型、糸柾目、うずら杢目もくめ、波紋状とあらゆる模様の空間壁を量産し終えた。


 出来上がると、シュランは未知の期待に胸を躍らせながら、指先で水滴を弾き、作り終えた空間壁に流してみる。


 水滴は色も形を変えながら、赤や白金や紫紺色の無数の玉、柘榴のように散ったかと思えば、オーロラのように……と、変幻自在に変形し流れていった。まるで水滴は万華鏡の夢幻世界を形つくり、酩酊感を誘う優美さと妖しい魅力で満ち溢れた。


「ああ……空間の形で、存在するものの形も変わるんだぁ!」


 シュランはたった一粒の水滴が織りなす世界に感嘆して、無邪気な子供の瞳で、変幻する水滴を見詰めた。そんなシュランを叱ろうとし、ユミルは止めて、そっと声をかけた。


「どうじゃ」

「おう! すごい!」


 シュランが満天の笑顔を輝かせた。見ているこちらまで嬉しくなる笑顔で、ユミルは見開いた右目に慈愛の光を宿らせて、シュランを見守った。


「あれだね。ちびジジイは、シュランになんだか優しいね」


 ミャウは垂直の外壁に立って、念動で飛ばし空間壁を創造しながら言った。


「そりゃ、あーですよ。遠い、遠い、昔に生み出した命が、ユミルじーさんの元へ辿り着いて、遂には同じお仕事を手伝っているのですよぉ。それはそれは、嬉しいこと!」


 黒石板アルゲスと一緒に空間壁をぺちゃぺちゃぶつけて創っていたルオンが言った。


「ああ! アルちゃ~ん、へたくそぉ~」


 ルオンに指摘され、黒石板アルゲスはぷくっ~と躰を膨張し、おおいに不貞腐れる。


(そうだ……ユミル様にとって、生み出した命と共にあるは、最も至福のとき……)


 女騎士アールマティが円盤を握り締める手の甲にある宝珠には、親しげに寄り添うシュランとユミルの二人がうつっている。


(それを……砕くか……)


 アールマティは自嘲の笑みを浮かべた。今さながらに与えられた使命の重さを感じていた。


「ほほほっ……なかなか筋がいいぞ。どれ、明日の希望がなくなるようなものを与えてやろうかの~」


 シュラン達は作業を一時休止し、上機嫌なユミルに連れられてある場所へ案内されることになった。飛行するユミルを追って、シュラン達がついていく。ルオンは逆さに飛行し、アールマティは横向きに飛行している。


 周囲の建築物も無秩序に横や下から突き出ている。


 ルオンも時々、逆さ向きでシュランに話し掛けてくることがある。空間に暮らす者に上下左右の感覚はあまり意味がないのだ。


「シュラン! 後ろ向きで飛ぶの。お止め! 気味悪い!」


 ミャウに叱られた。一番、空間の感覚に慣れてきたのはシュランだ。一緒に後ろ向き飛行していた黒石板アルゲスが戦いて、向きを変えた。


「お主達は、まだ亜空間に小界を創る事象も掴んでおらぬし、界壁もできまい。だから、わしが用意しておいた」


 四つの扉型の穴がある。穴の先には淡い緑で染まる空間が広がっていた。


「ここに、お主達の世界を創ってもらう。わしからのプレゼントじゃ」


 ユミルの発言を汲み取れず、一同が顔を見合わせた。


「ユミル殿。それは、わしらに『創世』を行えということで……」


 半信半疑の面持ちで、ゲオルグが尋ねた。


「そうじゃ。最初は、衝動体(アーヂ)達が住まうような小さな世界しか創れぬだろうがの」

「それって、私達が『界持ち』になるってこと?」


 マーシャが訊くと、ユミルが頷いた。


「大きな創造を行うには必要なものじゃ。無心の愛情を込め、創るのだ。その世界に生きとし生きるものの活力、希望、喜び、高次元の感動の力が、お主達の活力となるのだから……」


 シュランは身を屈め、沸き上がってくる喜びを破裂したかごとく、ユミルに飛び付いた。


「じーさん! やってやるって! 俺!」

「こら! やめぬかっ!」


 歓喜に酔って、シュランはユミルを両手で抱きかかえ、くるくると回転した。


 ……こうして、シュラン達はユミルから創造の技を学びつつ、暇がさえあれば、与えられた小界に自分達の世界(プレーン)を創世していくことになったのである。


 即ち、シュラン達は小さくとも、『世界』を創ることになったのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ