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神卵 ― 神様転生のはじまり ―    作者: 万代 やお
第2律 星々を破壊するもの
31/55

28 混沌の獣

 だが――


 半身を削がれていたが、アンリはまだ生きていた。


《くくくっ……そう云うことか。ならば、合点がいく》


 アンリはその半身の切断面から黒い奔流を鮮血のように迸らせ、喜悦の笑みをこびり付かせた。まるで邪悪な子供が面白い玩具を見つけ、無邪気に喜んだ笑いだった。


《ならば、引き込むか……》


 巨獣は変形で前後を入れ替え、黒き血を噴出した半身のまま、シュランと対峙する。これだけの死傷を負っても巨獣アンリは誇り高くおぞましい悪意の塊。視界に入っただけでも、その威圧感だけで、恐慌状態に堕とす力を発散させていた。


《シュラちゃん。こわい……》


 ルオンが恐怖に身を震わせたのを、シュランは強く抱きしめてやり、右手を構えた。


《まだ……やるのか……》

《シュランと云ったな。ここまでした褒美に面白いものをみせてやろう》


 嫌らしい笑みをしたアンリはぱちんと指を鳴らした。


 突き刺さっている円盤形の影に、赤い亀裂が入った。アンリの(プレーン)だ。シュランは振り向いて、後ろを伺うなどのことはしない。すでにそれができることは知っている。

 原子すら見えてしまう事象【眺望知覚(エンドレツトセンス)】。空間を意識する知覚領域を拡大させ、アンリに注意を払いつつ後ろの(プレーン)を意識する。亀裂から中が見えた。


《これは……!》


 シュランは絶句しかけた。


 地獄絵図だった。


 だだっ広い果てと果てを埋め尽くし、全身の皮膚を剥がされた赤い人間達が犇めいていた。己が流した血の海で溺れ喘いでいる。大量の白い蛆のたかった赤い筋肉人間が溺れてる。蛆は耳に侵入し、口からぽろぽろと洩れ、身もだえする筋肉人間達の肉を喰らう。


 未来永劫続く、無限の苦しみ。


 赤い人間山。赤い人間海。

 

 絶望、痛嘆、悲鳴、呻きが途切れることなく続く、暗澹たる感情が渦巻く、異様な地獄の世界である。


《くくく……知らぬのか。我らは高濃度のマイトを摂取して、力を得るが、特に神気(オーラ)や情念に染まったマイトより莫大な力を発揮する》


 アンリは陰惨な臭気と漂わせ、陶酔したような波動を空間に満たす。


《もう判るだろう。我らは、陰や負の感情に味付けされたマイトを贄とする。喜びや愛などの陽で満たされたマイトを得る、愚かなものもいるがな》


 山脈ウルリクルミは海水に満ちる陽の自然が源だ。


《シュランよ。その中には、お前のかつての仲間達がいる。あの輪をつけた恒星の近くで死んでいった魂魄(ソウル)の全てが、な。これはこれは愉しいぞぉ。感動の再会だろう! くはははははっ!》


 アンリは悦予えつよの高笑いをあげる。


《貴様……命を奪って、なおも、苦しめるのか!》


 シュランの髪は逆立ち、忿怒のあまり、相貌がピシッと罅割れた。激烈たる怒りがシュランの体内を貫き巡る。


《そうだ、怒れ! 憎悪せよ! 心を染めるまで、魂魄ソウルを汚染させるまで憎むがいい!》


 シュランを挑発した黒き巨獣アンリは無くした半身をあっという間に復元させた。


《なんて、奴なの!》


 ゲオルグの腹球体にいるマーシャが身震いした。ミャウも、ゲオルグも驚いたが、しぶとい赤エイ・フォルネウスと交戦中で深くはその感情に浸っている余裕はない。


《ユミル。もう界壁は編めぬだろう! それとも今から半身をとりにいくか? くくくっ……これはこれは楽しい宴のはじまりぞ。頭を下げ、拝むがよい》


 アンリは躰から、散開星団を取り出し、それを空へと放り投げた。


《界のエネルギーを圧縮亜空間の展開に消費。力場安定に消費……》


 再びあの術式人格ユニットの声が淡々と紡がれる。


《まさか――!》

《また、やろうというのか!》

《あれを!》


 マーシャ、ゲオルグ、ミャウが異口同音に叫んだ。


「貴様! どこから、その力を!」


 ユミルすらも驚嘆する、アンリの底知れぬ力であった。


《我らの力は無限なのだ。二割しか下ろせぬ、この躰でも、我らはここまでの力を行使できる!》


 ルオンとユミルが青ざめた。ルオンやユミルなどもう力の使い過ぎで、疲労困憊だ。


《我らの力は絶大! 感涙しろ! 絶望しろ!》


 現在でも激突しあう黒の大壁と緑の大海嘯を天井とし、その下に、あの巨大恒星が十字架状に並んだ。


 再度、殺戮の大壁【暗黒星雲十字架(サザンクロス)】が発動されるのだ。


《アンリ、滅してやる! 仲間をまた……! 全て、滅してやるぞ!》


 シュランは怒号した。だが、その怒声の波動を放ったのは、シュランであって、シュランでなきもの。


 眼窩下の亀裂の闇。


 アンリが喜びに天を仰ぐ。


 星の十字架に祈りを捧げるように。


《そうだ! 防いでみよ、混沌の獣よ!》

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