終局
4
狭い部屋。だが、人一人が生活するには申し分ない広さ。先ほどから何度も、何人もの部下が出たり入ったりを繰り返している。
山田敦宅。テレビ、パソコンはもちろんの事。見たことのないような機材までもが、所狭しと置かれている。それらが一層、狭い部屋を狭く感じさせる。
窓にもたれかかるように、座るように死体がある。頭、右側に刺さる包丁。今朝の死体と同じく、柄が刺さっていた。そして手には拳銃のような物が握られている。
机の上にまで放り出された、様々な機材。そこにも混ざって置いてある、二つ目の拳銃……
俺は手袋をした手で、それを手に取る。縦に長く薄い銃口。引き金もきちんとついてはいるが、これまで見たことのない形状だ。
「こいつからの硝煙反応と、指紋の検出を急げ。」
あまり銃には詳しくはないが、デザイン的にはデザートイーグルとか、フルオート式と呼ばれるそれと同じだろう。
置かれていたゴミ箱を確認する。そこからは、生活していたことをうかがわせるようなゴミは無く、導線やプラスチックの削りカスと言った類の物はかりが入っていた。
こいつは、武器でも作っていたのか?
本棚に収められた本には、物理の授業で使われるであろう教科書と漫画、そして武器に関する本ばかり。わずかに空いていたであろうスペースには、銃や戦車といった置物が置かれている。
火薬。
そいえば、発砲するような音が聞こえた、と証言があったな。
ある本のタイトルに刻まれたその二文字。俺はそれに手を伸ばしかけた丁度その時、同じように室内を調べていた部下が、興奮しながら俺の元へとやってくる。
「これを見てください!今朝の様子を収めたビデオカメラのようです。」
差し出されたカメラ。俺はそれを手に取ると、再生のボタンを押した。
一人の男が写っている。真っ暗などこかを背景に、緊張しているのか妙に落ち着きがない。ふと、彼はカメラへと目を向ける。
「あれ、これもう撮影している?」
こちらへと人差し指を向けながら、驚いたように尋ねる。少しの間をおくと、急に彼は怒り出した。
「おい馬鹿野郎、撮影始まってんだったらちゃんと言えよ。」
怒りながら、焦りながら。彼は話をはじめようとした。
「えぇっと、みなさん。おはようございます。こんにちは。こんにちは……」
悲鳴と共に一瞬かがみこむ。ただ、写った表情は楽しそうな物だ。
「ごめん、最初から撮り直させて。」
動画は静止画に変わり、右向きの三角が表示される。
俺は次の動画を再生させた。
「みなさん。おはようございます。こんにちは。こんばんは。今回私は、レールガンと言う物を作ってみました。これまでいろんな方が同じような物を作ってこられたと思いますが、今回私が作ったレールガンはこの、とっても小っちゃくした物になっております。弾はネットで買った包丁です。なぜ包丁にしたのかと言うとですね、この薄さと金属面の大きさ、あと重量からですね。あ、刃からは飛ばしません。刃は、銃で言うところの火薬の役割と同じになります。」
レールガン……
明らかになる意外な事実に、さすがの俺も開いた口がふさがらなかった。
「皆さん見えますかね。あの場所に、大きめの石があってその上にコーラの空き缶が乗っています。あれが的です。今回私が皆さんにお見せしたいのは、レールガンもそうですがバッテリーの性能ですね。このサイズで、包丁と言う重い物がどれほどの精度で飛ばせるのか。それをご覧いただけたらと思います。」
死体を挟んで15番のポイントのだいたい反対側。確かに、大きめの石とコーラの空き缶があった。
カメラの動き方からして、彼らが話しているのは道路の上だろう。
「レールガンは膨大な電力を必要とするため、もっとバッテリーと言う物はですね、本格的ならばもっと巨大な物だったりするものですが、それをずっと小っちゃくしたものをこのレールガンの中に搭載されております。電気を溜めて一気に放出。それをエネルギーに、弾を飛ばす予定です。では、実際に撃った様子をご覧ください。」
再び、動画はここで止まった。どうして包丁を使ったのか。いや、そもそもどうしてこんな実験をしようとしたのか。実験なんて考えなければ、死ぬことは無かっただろう。
俺は次の動画に変えようとしたが、そこに目的の動画は無かった。
「次の動画は、こちらの中のようです。」
差し出された二代目のカメラ。同じように再生させる。
音声なんてない。画面がゆっくりと動くだけ。写っているのは山田敦。三脚に固定させたカメラを背に、銃を構える彼を斜め前から映し出していた。
長い草が騒ぎ出す。
引き金にゆっくりと加わる力。
銃口から青白い閃光がほとばしり、爆音が轟く。発射したから響いたのか、弾が当たったから響いたのかは分からない。だがその音は流れる川へと波紋を広げ、暗き天へと新たな訪問者の存在を伝達した。
崩れるカメラ。
それは慌てて走りこむ山田敦を映していた。
恐怖。
不本意ながらに人を殺してしまったという、恐怖。
完全にそれに支配されてしまった彼がとった行動は、逃げる、だった。
大山和弘の手からレールガンとカメラを取り上げる。まだ起動しているこのカメラ。彼は慌てて撮影を終了させる。
すべての機材を一人で持って逃げた、か。山田敦の気持ちもわかる。本当に不本意で、人一人の命を絶ってしまったんだ。もたれ掛る死体に、視線を投げかける。
結局こいつは、最後まで逃げちまったのか。人を殺してしまった責任から。自分がしでかしてしまったことから。
全く……
「わかんねぇなぁ」
部屋の外にでる。誰も人目に付かない場所を探して、ただ一人。
人の言葉も、車の音も聞こえない。そんな場所で座り込む。見上げた空には巨大な月。広大な街の灯りによって、どれほどの星が隠れてしまったのだろう。行ってしまった二人の若者。彼らも、街の灯りに輝きを奪われた星なのかもしれない……
考えすぎ、か。
背後から近づく足音。それが隣に来て、立ったまま俺に話しかける。
「リンゴジュースとコーヒー、どちらにします?」
差し出された二つの缶。迷うことなく、コーヒーを手に取った。
「ジュース、飲まないのですね。」
プルタブを起こし、また寝せる。
「人が死んでんだ、そんな甘ったるい物飲めるか。」
そっと口を付ける。
口に含むより先に、コーヒーの香りが広がった。
「そうですか。」
気が抜けるような、音が響いた。
冷たいコーヒーが、体へと染み渡る。
あぁ、とっても……
「苦っげぇ。」