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 暗い大部屋。巨大なスクリーンに映し出された数々のグラフ。金山紀彦学長は今、講師としてそれらを解説している。

 話に合わせて動くマウスポインター。

 一生懸命話を聞く学生、ノートを取る学生、お喋りに勤しむ学生、寝ている学生。各々が各々の態度で授業を受けている。

 講義室のもっとも離れた壁に、二人はもたれかかっていた。

 全て学生は担当の教授を持ち、教授は約25名の学生を担当する。これはゼミが始まる三年生まで変わることが無く、主に生活や学業の相談を受け付けたりする。

 大山和弘の担当は現在、講義を行っていた。ただの俺の興味で時間つぶしの代わりに、こうして講義を見ていたのだった。


「ある大陸に辿り着いた靴のセールスマンがいました。彼は、靴を履かない原住民の姿を見て、ここでは靴を履く文化がない。つまり、靴は全く売れない、と帰ってしまいました。後日その会社は、別のセールスマンを派遣しました。そのセールスマンは、同じく原住民の姿を見てこういいました。ここでは靴が普及していない、広大な市場を発掘した、と。何事にも考え方と言う物があり、ポジティブにとらえることが重要なのです。」


 一時間と三十分にわたる講義。別に退屈ではない。むしろ面白い、とさえ感じた。昔とは違う、勉学の楽しさ。

 もしかすると、興味のあることだけをやっているからかもしれないが……

 対して、部下は退屈そうにしていた。明るくなり、騒々しくなる講義室。

起きているのか、寝ているのか分からない部下に呼びかける。

「おい、行くぞ。」

 背中をやや強く叩くと、無視してその部屋を後にした。慌てて追ってくる部下。

向かうは大山和弘の担当教授、大森正也の研究室。第一講義棟五階まで、再びエレベーターで移動した。

 五から七階までには、全ての教授の研究室が集まっている。

 清掃が行き届き、綺麗な施設。

窓からの陽の光に眩しさを感じながら、真っ白な廊下を進んでゆく。回廊状のその一角。目的の部屋はあった。

 電気はついている。

 扉につけられた在室中のカードを確認し、そっとノックする。どうぞの声を確認し、扉を開けた。

 飾り気のない、真っ白な部屋。内装こそ違う物の、元々は学長の部屋と同じだったことを伺わせる。

「すいません。ちょっとゴチャゴチャしておりまして。何処か適当におかけください。」

 パソコン用の机を真ん中に、左右に一つづつの机が奥の壁に面している。中央を区切るように縦に置かれた本棚、左右の両壁にも本棚が置かれ、まるで図書館の一角だ。ただでさえ狭かったであろう研究室は、変なレイアウトのおかげで、さらに狭く感じられる。

 やっと人が通れるほどのスペースを、何とか抜けて机の椅子へと腰かけた。

「おもてなしも出来ずに、申し訳ないです。」

 中央の椅子に俺が、右に部下が、そして左に物理学教授、石黒智樹が腰かけた。

 腰掛ける俺の背中のすぐ後ろ。金属製の本棚から放たれる冷気が、俺の背中をなぞっている。

 本棚に磁石で止められた紙が、エアコンの風に当てられ揺れた。

「物理学の教授のお部屋には初めて入りましたよ。実験器具だらけかと思っておりました。」

 どこを見ても本があり、知らない単語でタイトルが作られている。

「一応ここは第一講義棟の一角ですので、本を置かせてもらってます。実験用の施設はまた、別にありますよ。」

 なるほど。うっかり実験を失敗して壁をぶち抜いたりを防ぐためだな、と自分の説明で納得する。

「それにしても、思っていたよりもお若いですね。」

 黒縁メガネに、無造作な黒髪。そして白衣ではなく、スーツを身に着けている。わずかにでも外見に気を使えば、格段に格好よくなるだろう。

「まぁ、教授と言うだけでおじいちゃんや、おばあちゃんを連想する方がいるくらいですからねぇ。そういった方からすれば若いのかもしれませんが、僕より若い方々も案外いたりしますよ。」

 ニッコリと笑ったレンズの奥。ふと何かを思い出したのかのように、彼は立ち上がった。

「そうだ、少しお待ちを。」

 本棚と本棚の間を、床に置かれた書類につまづきながら、角に置かれた段ボールへと向かう。しばらく中を漁った後、三つの筒状の物を持って戻ってきた。

「いただいたものですが、それでよろしければどうぞ。まさかこんなところにお客さんが来るとは思っていませんでしたので、なにも準備できてませんでして。」

 渡されたのは缶コーヒー。

 金色の下地に、微糖、の二文字が刻まれている。

「わざわざありがとうございます。」

「ごちそうさまです。」

 部屋に置かれた書類や本の山から察するに、ここでは普通う何かを飲まれていないのだろう。もし、少しでもこぼしたりしてしまえば、どこで、どんなふうに飲んでいたとしても、すぐに書類にかかってしまいそうだ。

 そんなところでわざわざ勧めてくれたことに、感謝しながら一滴もこぼすわけにはいかないと、一気に飲みきった。

「今は何か研究を?」

 空になったスチール缶を、そっと机に置いた。金属どうしがぶつかり合う、小さな音が響き渡る。

「私は物理学の中でも、光を専門に研究しておりまして。今はその光から、もっと効率よく他のエネルギーに変換できないか、の研究を行っております。」

 机のすぐ上に設置された、一切の曇りがない窓。二限目の太陽は、そこそこ高い位置にある。

「レーザー、とかもですか?」

 興味が沸いた、と言うふうに部下が尋ねた。こういう時はしゃべるんだな、と呆れた心の中で罵倒する。

「えぇ、まぁ。それも研究の一つですね。」

 俺と本棚とに隠れて見えない部下へと、しっかりと反応する。

「物理学の教授として貴方に質問します。刃にほとんど触れる事無く、包丁の柄を人体に、生命活動を停止させるほど刺すことは可能だと思いますか?」

 一瞬だけ、わずかに目が開かれたのを見逃さなかった。さすがに驚いたのだろう。

「不可能、ではないと思いますが。物理学では犯人までたどり着けませんよ?」

 その言葉を聞いて、小さく笑った。

「ばれてしまいましたか。」

 探偵ガリレオ。

 物理学准教授がその知識を生かし、難事件をいくつも解決していく話だ。一昔前にドラマが放送され、流行ったのを今でも覚えている。

「学生たちから勧められましてね。確かに面白かったですが、あれほどの推理を行うには、さすがに物理学の知識だけでは足りませんね。」

 頬が緩み、さらに親しみやすさを感じさせる。それにしても。

「では、可能なのですね?」

 まっすぐに、目を見ながら確認する。こちらの方が重要な情報だ。それにさきほど、現に起きていた。

「はい。とは言え、方法はすぐに思いつきませんが……」

だんだん小さくなる語尾。本当は自信がないのだろう。

「いえいえ、とんでもない。とても、参考になりましたよ。」

 そろそろ切り出さなくてはならない。ちょっと刺激が強いかもしれないが、知っておいてもらわなければならない事だ。

「我々は警察と言う組織の中でも、基本的に人殺しの現場を担当しているのですが、つい先ほど柄から包丁が刺さった包丁が発見されました。当然、その方法が分からずに困惑していた所です。」

 完全に笑みが消え、静かに話を聞いている。ゆっくりとした瞬きが、彼の余裕さを表していた。

「そうでしたか。ですが、僕は小説の主人公ではありません。都合よくは行きませんよ。」

 カチカチと進む針の音。何も会話をしていなくとも、時は刻まれ続ける。

「川辺にて発見された男性の死体。使われた凶器は包丁でしたが、刃では無く、柄が刺さった状態で発見されました。現在、私の部下が凶器の入手ルートを探っておりますが、まだ時間はかかりそうです。そして、その死体ですが――――」


「――――大山和弘、21歳、物理学部学生。貴方の担当されている学生です。」

 見開かれた眼、わずかに開けられた口は閉じられずにある。ちょっと、率直過ぎたか……。

 何度やっても、これだけは慣れない。報告する、この瞬間だけは……。

「す、すいません。少々お待ちを……」

彼は立ち上がると、本棚の向こう側へと姿を消した。何か紙をめくる音。しばらくすると、彼は戻ってきた。

「大山和弘、ですね。確かに、僕の担当する学生です。」

 視点が定まっていない。当然と言えば当然だろう。彼は一応、責任者なのだから。

「彼は別段、成績が良いわけではありませんでした。僕の単位も、ギリギリでしたので……」

 声に震えが混ざっている。

「落ち着いてください。別にあなたが犯人だと言いたいわけではありませんし、学外でのことです。貴方に責任はありませんよ。」

 彼は缶コーヒーを空けると、一口だけ口にした。そして、大きく息を吸うと、目を閉じゆっくりと吐き出す。

「失礼しました。ちょっと取り乱してしまいました。」

 早い復帰。人によっては、もっと時間を要する人もいる。

「いえいえ、仕方がありません。突然このようなことを聞けば、誰だって取り乱しますよ。それこそ、犯人でない、限りはですがね。」

 彼はもう一口、コーヒーを口にした。

「僕で良ければいつでもお力になります。どのような事でも聞いてください。」

 突然舞い込んだ非日常からあてられる緊張感を、無理矢理、心の奥底に押し込んでいるように感じた。

「ありがとうございます。今回、私が聞きたいのは一つだけ、大山和弘の人間関係です。」




 広い芝生の上を、大量の学生が通過してゆく。

 楽しそうに集団で談笑する者、たった一人でさっさと歩いていく者。そういった点では大きく違うが、歩いてゆく方向は全員同じだ。

 講義が終わり、昼休み。食堂とかへでも向かっているのだろう。木陰のベンチでぐったりと、たった一人で俺はくたばっていた。

「人間関係ですか。申し訳ないですが、彼とは講義中にしか会わないので全く分からないですね。」

 物理学の教授から得られた、被害者の人間関係の情報は皆無。結果、こうして五人の部下たちに、学生たちへ直接聞いて回らせている。四人の部下は、つい先ほど呼んだばかりだ。

「あーぁあ。」

 くっそ暇だ。

 ベンチの背もたれに両手をのせ、足を開きしっかり地につけていた。そのままの体制で、空を仰ぎ見ては今回の事件を振り返る。

 今回の一番の謎は殺し方。それ以外は大してこれまでと変わらない。人間関係からしっかりと調べなおせばわかるだろう。

 無差別な犯行、と呼ばれるものは早々起きない。そちらを考慮し始めるのは、もっと後になってからだ。

 人が最も人を殺してしまった理由として、その場で熱くなってしまったが多い。よくテレビで、悪い奴では無かったのに、と言う発言を見るがあながち間違いではない。

 殺意に染められた、その瞬間は人でなくなる。どんなに良い奴でも、殺意と言う狂気に染め上げられれば、どんな行動にでるか分かった物ではない。100%殺意が心を支配した瞬間、理性と言う物は消え失せ、同時に自分を見失うのではないだろうか。

 自分とは違う何かが身体を支配し、殺意と言う欲望のままに行動する。

 いや……

「ちげぇか……」

 ぐらつく頭をそのままに、ざわつく木々に視線を向けた。小さな木漏れ日が、眼球を刺激する。風に揺れるそれらは、一つ一つが生物のよう。まぁ、生物って言いや生物だが。

 すぐ目の前を、男女の集団が歩いてゆく。

 マスクを付けた男。銀髪で長髪の女。

うさみみを着けた男に、幼女……?

 あれは学生なのか?

 本当に……

「わっかんねぇ……」

 時計の針が一時を指し、さすがに腹が減ってきたころ、ようやく散らばってい部下どもが戻ってきた。

 間もなくお昼休みは終了する。一か所に集まっていた学生たちも、またそれぞれの棟へと散らばってゆく。

 大きく欠伸をしながら、俺は全員が戻ってきたことを確認した。

「おっし、じゃあ知った情報を共有しろ。」

 順番に聞き込みで分かった人間関係を中心に、答えてゆく。とはいっても、分かったことは大体同じような内容であった。


森本奈緒香。

20歳、外国学部生。

被害者と恋愛関係では無いと、本人は否定している。


山田敦

20歳、物理学部生。

高校の時からの顔なじみで、普段からよく一緒にいる。

今日は学校に来ていないらしい。


木下陽臣

21歳、物理学部生。

大学で知り合い、山田敦と同じく普段からよく一緒にいる。

山田敦と大山和弘と共に、昨日どこかに誘われたがバイトの為断った。


大和田誠也

20歳、物理学部生。

大学で知り合い、木下陽臣と同じくよく一緒にいる。

山田敦と大山和弘と共に、昨日どこかに誘われたがサークル活動の為に断った。


 考えるまでも無いな。どう考えても、山田敦が怪しいだろう。そして今日、学校に来ていないとなると、逃げたか……

「一旦、全員に召集をかけろ。時間は午後三時だ。第三会議室にて情報の共有、そしてこれからの方針を固める。」

 立ち上がり、全員が駐車場へと移動する。昨日、一体何があったのか。

 そういえば、死亡推定時刻を聞いていないなと、いまさらながらに思い出す。

 まぁ、関係ねぇか。

 そんな事よりも重要なのが、犯人が逃げ出すこと。そして、新たな犠牲者を出さないか、と言うこと。未然に防ぐ、口で言うには簡単だが、本当に防げたのか分からない分、防げたのかどうかは余計に難しい。それを行うのは、俺たちの仕事ではない。

 国家公安。

 そいつらの仕事だ。

 取りあえず今、するべきは今回の犯人の確保だ。南中をわずかに過ぎた太陽が、真上から俺たちを照らす。

 人が減らない街中を、二台のパトカーが駆けて行った。

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