三枚目のジョーカー
作者の体験談を(たっぷりと)色付けしてお送りします。
ちなみに実体験要素は30%未満です。
では、しばしお付き合いくださいませ。
俺には和哉と由佳という、幼稚園のときからの幼馴染がいた。そしてその二人は、小五のときにどちらからともなく付き合い始めた。俺は別に驚きもしなかったし、遅いぐらいだと思った。それに二人が付き合ったところで、俺には大した影響もなかった。まぁ三人一緒に帰る回数が減ったくらいか。
が、二人は俺を含めた三人で進学した中学校で、中ニのとき別れたのだ。理由は周りの冷やかしに耐えられなくなったから、だそうだ。まぁ中学ニ年生なんてのは、こと色恋沙汰について盛り上がる時期だから、付き合ってるカップルを見ると冷やかしたくなりもするだろう。ともかく二人は別れたのだ。しかし周りの冷やかしがなくなることはなかった。「あっれ~和哉、由佳ちゃんはぁ? あーそっかぁ、別れちゃったのか。メンゴメンゴ」みたいなのを耳にした記憶がある。別れた理由は周りの冷やかしがイヤだから、でも別れても周りの冷やかしは『現在進行形』から『過去形』に変わっただけで結局なくなることはなかった。つまりは彼らが別れた理由は意味を成していなかったわけだ。
俺は彼らが別れた現場にも(周りへの証人として半ば強制的に)居合わせていたし、そのときの態度で明らかにお互いがお互いのことをまだ好きなのは知っていた。そんな中途半端な状態で別れた二人は、言葉を交わすどころか目も合わせることすらなかった。もちろん下校も別々になってしまった。俺としては、二人の間にそんな空気が流れているのはイヤだったし耐えられなかった。だから、一策を講じてやったのだ。
まず放課後、二人を別々に「一緒に帰ろう」と誘ってムリヤリ三人並んで帰った。もちろん俺を真ん中にして、だ。そして閑静な住宅街を通っているとき、周囲に同じ学校の生徒がいないことを確認していきなり由佳に告白した。時が止まった。音という音が消えた。最初に沈黙を破ったのは由佳ではなく、和哉だった。
「ふざけんなっ!」
アイツは激怒して、俺の制服の胸倉をこれでもかというほど強く掴んできた。予定調和だ。アイツの力が小学校のときよりも上がっていることを除けば、だが。
「ふざけてなんかない、俺は大真面目だ。由佳のことが好きなんだ。別れたお前には関係ないだろ」
俺はあくまで冷静に言葉を紡いで行った。
「隣にお前がいたから遠慮していたけど、今はもう遠慮する必要がない。むしろ適当な理由で由佳を捨てたお前より、よっぽど幸せにしてやるつもりだ――」
あえて神経を逆なでするようなことばかりを言う。そして俺が準備していた最後のセリフを言う前に和哉は俺をぶん殴った。歯が何本か抜けるかと思うほどの衝撃に、俺は思わず尻餅をつく。
ふぅ……あとはコイツが俺のシナリオ通りのことを叫べば完璧だ。
「俺だって由佳が好きなんだよ! 別れたけど、別れたけど……っ! でもやっぱり好きなんだよ!」
なんとまぁかっこいいことを言えるんだろうか、俺の親友は。……あとは由佳がちゃんと素直な返事をすれば、完璧なんだが――
「……もう、いいでしょ?」
今まで黙っていた由佳がようやく口を開いた。……俺が想定していたセリフではなかったが。
「ユウちゃん、ありがとね」
由佳はそう呟くと、ゆっくりと和哉に近付いていった。和哉は自分が今叫んだことに自分自身で動揺していた。
「由佳、いや、さっきのは――」
「いいの」
和哉の言葉を遮ってヤツの正面に立つと、由佳はおでこを和哉の胸にコツンと当てて、
「大好きだよ、カズちゃん」
心からそう言っていた。
「…………」
予想外の展開に、俺は無言でいることしか出来なかった。
「でもね、カズちゃん」
「な、んだ……?」
いまだに動揺しているのか、和哉の声は裏返っていた。
「ユウちゃんには謝ってね」
「あ……」
おそらく俺の存在を忘れていたのだろう。和哉は俺をみて、再度敵意のこもった眼差しでこっちを睨んできた。
俺はというと、地面に腰を下ろしたまま肩を竦めていた。もうなんとなく結末は見えた。
「睨まないの。ユウちゃんはねぇ、アタシたちのために演技してくれたんだよ?」
「えん、ぎ……?」
子供をあやすような口調で由佳は続けた。
「そ。アタシたちの関係を元通りにするために、憎まれ役を買って出たわけ」
「ここはカッコよく、『ピエロを演じた』って言って欲しかったな」
「ふふっ、ごめん。ユウちゃんはピエロ、大好きだったね。でもアタシの語彙力じゃ無理」
「そうかい」
「…………」
「カズちゃん、考えてみなよ。あんな悪口、ユウちゃんの口からスラスラ出てくるわけないじゃん」
「……っ」
「それにユウちゃんがあんなに堂々と、女の子に『好き』って言えると思う?」
「…………」
「ピエロは、演技が得意分野なんだよ」
「……そ、か」
どうやら和哉は納得してくれたらしく、さっき俺を殴った自分の右手を恨めしそうに見つめていた。
「雄ニ」
「ん、なんだよ? 酷いこと言ったのはまぁ悪かったけど、さっきのパンチでチャラに――」
「俺を殴れ」
わお。青春っぽい展開になった。俺はそういうアツい話は苦手なんだよ。
「ヤだよ。俺の罵詈雑言とお前のパンチは同等ぐらいってことで御破算だっての」
「いや、お前の悪口は俺のためのモノだった。ならばお前の悪口をむしろ俺の落ち度だ。だからその分も含めて俺を殴れ」
こんなにアツい奴だったかな?
「さあ!」
いや、さあじゃねぇよ。由佳が寄りかかった状態のお前を殴れってか? 俺のモットーは女の子を殴らないにあるんだっての。
「……じゃあ、借りってことで」
「借り?」
「うん。別にいいだろ、それで」
しばらくの思考ののち、
「まぁ、いいだろ。俺にできることならなんでもしよう」
だからアツいって。暑苦しいわ。
「……ありがとな」
和哉の素直な感謝に俺は、おう、とだけ返しておいた。
優しく由佳の髪をなでている和哉見て、俺はため息を吐いた。
――こいつら、ほっといてもきっかけさえあればこんな感じに元通りになってただろうな。
むしろ俺が変な介入をしたから厄介なことになりかけたのかもな。
「じゃあな、お先」
俺は適当に手を振りながらその場を後にした。後ろで和哉がなにか言っているような気がしたが、とりあえず無視して退場していく。あとは若いモン同士で、ってな。
「……ふぅ」
そろそろケジメの時かな。いつまでも仲良く三人で、ってわけにもいかないしな。
俺は一度だけ振り返ってから、携帯を取り出し、待ち受けの画像を変えた。三つのピースが写った写真をあっさりと消え、代わりに先日この町に来た大道芸人たちのうちの、一人の、滑稽なピエロの写真になる。
「…………」
この写真、なぜかお気に入りだったんだけど、いま理由がわかった。
道化芸ってのは、道化師が手品とか軽業やらを見せながら、時折失敗を混ぜて、観客の笑いを誘ったり、主に観客の緊張を解くことを目的として上演する曲芸のことらしい。
「……道化、か」
ピエロはただの道化じゃない。ピエロはメイクの中に涙マークがある。馬鹿にされながら観客を笑わせているが、しかしそこには悲しみを持っているという意味を表現している。
笑顔と涙の仮面の下で、ピエロはなにを考える。なにを想い、ウソを演じる。
待ち受け画面のピエロは、変わらぬ不気味な笑顔を浮かべたまま、なにも語らない。
そして俺は――
「……っ」
ピエロになった。
佇むピエロは、象徴であるマークを一人滲ませる。
自分の演じた演目に、なんの失敗もなかった。ただそのことを後悔して――
読了、ありがとうございました。
解釈の如何は読者にお任せいたします。
見方によって、雄二がヘタレだったりイケメンだったり。
そうなってくれると嬉しいです。
では、