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一章 墓守りの青年

 清々しい朝を迎え、小鳥も楽しそうに歌を歌っている頃。

 ある大きな屋敷の書斎で、リフィーアは目の前に座る男性と、その隣に立つ青年に向かって大きな溜め息を吐いていた。


「えー、どうしても、ダメ?」


「何千回も言ってますが、嫌です。絶対に嫌です。何が何でも死んでも嫌です」


 大きな椅子に腰掛け、いかにも威厳たっぷりな金髪の男性が小首を傾げて自分を見つめる姿に、声を上げそうになるのを抑えながらリフィーアは首を振って言った。


「大体、私にはそんな権利はありませんし、賢くありません。公爵になるのは無理です」


「でも、本来なら君が一番目の後継者だぞ? 公爵だった伯父上の子供なんだし」


「確かに父が生きていたらそうだと思いますが、その父も私が生まれてすぐに亡くなり、今、私は庶民です。今、公爵なのは叔父様で、後継者はサイラードお兄様でしょう?」


 小さい頃から何度も何度も答えたことをリフィーアはもう一度、静かに叔父とその息子に言った。

 会う度に同じことを言ってくる叔父と従兄に、リフィーアは内心、辟易する。


「確かに今の状況だとそうなんだが、私はリフィを補佐するのが夢だから」


 にっこりと笑顔で答え、サイラードは従妹に近付く。

 彼の笑顔は肖像画でしか見たことがない死んだ父と、今、目の前で座っている叔父のマティウスにもそっくりだ。

 時々、死んだ父に言われているような感覚にリフィーアは陥ってしまう。死んだ父と話したことはないが。


「そう言われても、私には無理ですから。両親のお墓に行きますので、これで失礼します、マティウス叔父様、サイラードお兄様」


「あっ、リフィ、まだ話が……!」


 勢いよくお辞儀をして、リフィーアはサイラードが止める間もなく、足早に書斎を後にした。


「逃げちゃったなぁー」


 のんびりとした口調で、マティウスは姪が出て行った扉を見つめて呟いた。


「……そうですね」


 がっくりとうな垂れ、サイラードは小さく息を吐いた。


「次はもっと頑張ります」


「強く言い過ぎないようにな」


 肩を落とす息子の背中を軽く叩き、マティウスは微笑し、椅子から立ち上がり窓越しに空を見上げた。







 叔父と従兄からどうにか逃げることが出来たリフィーアは屋敷を後にした。

 屋敷から少し離れたところで安堵の息を洩らした。


「もう……。どうして、私を公爵にしたがるのよ、二人とも……」


 眉を寄せて、リフィーアは両親が眠る墓地に向かいながら呟いた。

 生まれてすぐ両親を事故で亡くし、孤児になってしまったリフィーアを叔父の家族はとても優しく、家族のように接してくれる。

 公爵の娘としてではなく、庶民として一人で暮らしているリフィーアを心配して、夜中でも顔を出してくれるほどだ。

 なのだが、物心ついた頃から「父の後を継いで、公爵になれ」と同じことを何度も、何度も言われ続けている。

 最近は、回数が多くなっていることもあって、あまり叔父の屋敷に行きたくないのが本心だ。


「……だから、最近、お屋敷には行きたくないのよ。もう……!」


 道端にあった小石を蹴って、リフィーアは尚も呟く。


「今はただの一般人なんだから、私が公爵になったってしょうがないじゃない」


 蹴った小石がころころと転がっていくのを目で追いながら、また呟く。無意識に頬も膨らませる。

 最初は子供だったので、よく分からなかったが、十六歳になった今なら「前公爵の娘」だから後を継ぐのは理解出来る。だが、今は公爵家でも何でもないただの庶民だ。

 そのように手続きをしたのは、叔父だ。

 後になって言われてもお門違いだ。

 そんなことを思いながら、リフィーアは道端をまだ転がっていく小石から目を離し、ふと前を見た。 墓地と自宅、叔父の屋敷のちょうど中央あたりにあるいつもお世話になっているパン屋だ。

 いつの間にか、ここまで歩いていたらしい。


「そういえば、もうパンがなかったんだっけ」


 自宅に置いてある食糧を思い出しながら、リフィーアは呟いた。

 ふと、生前の両親もこのパン屋を愛用していたらしいことを思い出した。


「お父さんとお母さんも喜ぶだろうし、ちょっと多めにパンを買って、お墓に供えよう♪」


 両親とパン屋のことで少し気分も晴れ、リフィーアは軽い足取りで店内へと入った。





 パンを買い終えたリフィーアは、墓に供える花を墓地の近くの花屋で買った。

 叔父の屋敷であったことなど忘れたような満面の笑みで、リフィーアは墓地へと続く門をくぐった。


「いつも思うけど、どうして、この都だけ墓地が中央にあるのかな……」


 リフィーアは木々の間にある舗装された道を歩きながら、呟いた。

 木々が覆い茂る森の中にある墓地は、どういうわけなのか都の中央に位置している。

 叔父の家族に連れられ、何度か隣の街や都に行ったことがあるが、どの街もどの都も、墓地は外れに位置していた。

 リフィーアが生まれ育った都――カエティスの都だけ、墓地が中央にある。

 都の名前にも、物語にもなっている何百年も前にいた騎士のカエティスが眠る墓があるから中央にあるだとか、当時の長が中央に置くことを決めたなど様々な憶測が長い間、飛び交っているが未だはっきりとした理由は分かっていない。

 リフィーアも両親の墓があるのもあって気になって本を読んだり、近所の年配の人達に聞くのだが、やはり分からなかった。


「うー……いくら考えてもやっぱり分からないや。知っている人だとか、古い文献だとかないのかなぁ」


 小さく息を吐いて、リフィーアは緩く首を振った。

 色々と考えている間に、リフィーアは両親の墓がある広場に辿り着いた。

 久しぶりに両親に会うのだ。

 笑顔でいないと、両親が心配してしまう。

 気分を切り替えて、広場の奥にあるリフィーアの両親の墓へと歩く。

 両親の墓へと向かう最中、何羽ものカラスの鳴き声が響いた。それもどういうわけか、勝ち誇ったような鳴き声だ。


「えっ、どうして、何羽もカラスが鳴いてるの?!」


 普段はカラスがいても大体一羽や二羽くらいなのに、今日は十羽以上がいて、鳴いている。

 不思議に思い、リフィーアはカラスが鳴いて飛び交っている辺りを見た。

 リフィーアが立っている位置が暗がりでよく見えないが、何か黒い影が地に伏している。人が倒れているようにも見えた。


「……もしかして、人?! 人が倒れてる!? しかも、お父さん達のお墓の前で?!」


 驚いてリフィーアは声を上げた。

 まさか、両親の墓の前で人が倒れているとは。何とタイミングの悪いことか……。

 リフィーアは自分のタイミングの悪さを少しだけ呪った。



 だが、この時のリフィーアは知る由もなかった。この遭遇が、彼女を巻き込むとんでもない事件への一歩だということを……。




 しばらくの間、呆然と立ち尽くしたまま、リフィーアは黒い影を見つめた。


「し、死体じゃないよね……? カラスがたくさんいるけど……」


 そう呟き、リフィーアは考え込む。

 両親の墓の前にいる黒い影がもし人間で、死体だったらどうすればいいのだろうか。

 もちろん、丁重に埋葬するべきなのは分かっているが、それを一人でやっていいものなのか。

 もしかしたら、事件に巻き込まれて逃げ延びたのはいいものの、途中で力尽きてしまったのならば、都を守る自警団の人達を呼ばなければいけない。

 呼ばなければいけない……のだが。


「そうなると、叔父様やお兄様も心配してすぐここにいらっしゃるよねー……」


 嘆息して、リフィーアは目線を足元に落した。

 叔父達が心配して来てくれるのは嬉しいが、先程逃げてきたこともあって顔を合わせにくい。

 出来ればここは死体ではないと願いたい。


「死体じゃないことを願いつつ、確かめないと何も分からないよね」


 目線を両親の墓の前にいる黒い影に戻し、リフィーアは手を少しだけ強く握った。


「よしっ。確かめよう! 怖いけど」


 大きく頷き、リフィーアは恐る恐る両親の墓へと近付いた。

 暗がりから一歩ずつ前へ歩く。

 両親の墓へと一歩ずつ近付いていく度に、太陽の光が強く墓地に射し込む。

 暗がりの道を通ってきたためか、少しだけ弱っていた花が太陽の光で元気を取り戻したようにリフィーアは思えた。

 出来れば、あの黒い影もそうなってくれたら尚良いのだが。

 恐怖も相まって、普段の歩幅より狭い歩き方でリフィーアはゆっくりと近付く。

 近付くにつれ、黒い影の周りを勝ち誇るように飛んでいたカラス達がリフィーアに気付いて、一斉に飛び立った。

 一斉に飛び立ったカラスに驚いて、声を上げたリフィーアは尻餅をついた。


「きゃっ! び、びっくりしたぁ……あっ」


 驚きの余り、持っていたパンと花を勢い良く放り出してしまったことにリフィーアは気付いた。

 放り出してしまったパンと花が放物線を描いて、黒い影へと吸い込まれていくように落ちていく。

 パンが先に落ちた。約一週間分のパンが詰まった紙袋が黒い影に直撃した。

 リフィーアが毎日食べている硬いパンも入っているため、直撃した時に少し鈍い音が彼女の耳にも聞こえた。

 それに追い討ちをかけるかのように花束が二つ、両方とも茎の部分から落ちてきた。

 黒い影の盛り上がった部分に尖った茎の先が刺さる。

 リフィーアは尻餅をついたまま、固まった。


「…………どうしよう」


 そう呟き、リフィーアは呆然と黒い影に刺さった二つの花束と約一週間分のパンが詰まった紙袋を見つめた。

 黒い影が死体でも、生きていても、悪気がないにせよ、これはかなり失礼だ。

 のろのろと立ち上がり、リフィーアは近付いた。

 黒い影に近付き、ゆっくりと覗き込んだ。


「やっぱり人だ……! どうしようっ! しかも、男の人だし……」


 リフィーアは黒い影――男の様子を窺った。

 黒い影に見えたのはどうやら黒いマントを纏っていたからのようだ。

 首から下を黒いマントで覆い、倒れた衝撃からなのかフードが頭を隠していた。

 男が生きているのか確認するため、リフィーアはゆっくりとフードに手を伸ばした。

 ゆっくりとフードを外し、顔を確認する。

 金の色が所どころ混ざった燃えるような赤く短い髪、優しそうな整った顔立ちの男の目はしっかりと閉じられている。

 恐る恐る男の顔の前にリフィーアは手を近づけた。

 生温い息が男の口から吐かれた。


「良かった、この人、生きてる」


 心の底から安堵したリフィーアは大きく息を洩らした。

 どうして倒れたかは知らないが、これで自警団や叔父達を呼ばなくて済む。

 安心したリフィーアは男のマントに突き刺さったままの花束を抜き、頭に直撃して地面に落ちたパンが入った紙袋を拾った。

 拾った紙袋が揺れる音を耳にしたのか、男の閉じていた瞼が僅かに動いた。

 更に何処からか、低い地鳴りのような音が響いた。


「何っ、何の音っ?!」


 パンが入った紙袋を持ったまま、リフィーアは辺りを見渡した。

 地面は揺れてはいないが、尚も低い地鳴りのような音が何処からともなく響く。


「……やっぱり、叔父様達を呼んだ方が良かったかも……っ!」


 墓場ということもあり、この音はもしかしたら死者の声かもしれない。そう思うと怖くなり、リフィーアは辺りを何度も見渡した。

 その時だった。


「……この匂いは、パン……!」


 低いか細い男の声が聞こえた。倒れている男の方からだ。

 リフィーアがその声の主に目を向けた瞬間、風のように素早い動きで男は跳ね起き、彼女の手から約一週間分のパンが詰まった紙袋を強奪した。


「えっ?! ちょっ……!!」


 リフィーアが声を掛ける間もなく、男は紙袋からパンを勢い良く食べ始めた。


「ええーっ!?」


 樽に入った水を飲むような、そんな勢いでパンを食べる男にリフィーアは固まった。

 男はリフィーアに気付くこともなく、黙々と食べている。

 彼の食べっぷりはとても見事なもので、約一週間分あったパンが見る見る減っていく。


「あ、あのー……?」


 黙々と食べる男に、リフィーアは恐る恐る声を掛けてみた。

 リフィーアの声に気付き、パンを食べる男の手が止まり、やっと顔を彼女に向けた。

 男と目が合う。彼の透き通った水のような青色の右目と意志の強い鋼のような銀色の左目が、不思議そうにリフィーアを見つめた。


「……ん?」


 リフィーアが呆然と男の持つパンと顔を交互に見ていることに気付いた。


「……あ。もしかして、俺、気付かずに君のパンを食べちゃった……?」


 パンを食べて元気を取り戻した男は、耳に心地よい低い声と共に苦笑した。


「それもあるんですけど、あの……倒れてましたよね、さっき。どうして倒れてたんですか?」


 約一週間分の食糧と両親に供えるために買ったパンよりも、先に気になったことをリフィーアは尋ねてみた。


「それが話せば長くなるんだけど……」


 首を緩く振り、男は手に持っていた食べかけのパンを平らげた。

 そして、上目遣いで男はリフィーアを見た。

 彼女はじっと男を見つめて話すのを待っている。

 仕方なさそうに頭を掻き、男は口を開いた。


「……さっき、カラスがいなかった?」


「たくさん、いましたけど……」


「そのカラス達に、食べられたんだ。俺の食事」


「……はい?」


 がっくりとうな垂れて大きく溜め息を吐く男に、リフィーアは固まった。


「えっと……カラスに、ですか……?」


「そう! そのカラスにね、食べられたんだ。俺の食事。ここ五日間は連敗だよ」


 最近は勝ってたのに……と男は呟き、大きく息を吐いた。


「……も、もしかして、それだけの理由で倒れてたんですか……?」


 呆れた顔で、リフィーアは呟くように尋ねた。


「そ、それだけ?! 五日間、何も食べれなかったんだよ! 君のパンで助かったけど。ここのカラスはね、食い意地が張ってて毎日が戦いなんだ……!」


 そう言いながら、男はぐっと拳を握った。


「そ、そうですか……」


 握り拳で熱く語る男に気圧され、リフィーアは一歩後ろに下がった。


「君は知ってるかい? ここのカラスの口ばしは凶器なんだよ。更に多勢でやって来て、俺に攻撃を一斉にするんだ……。あの痛さは屈辱以外のなにものでもないよ……」


 尚も握り拳で熱く語る男が袖を涙で濡らした。


「そ、そうですか……」


 もう一歩後ろに下がり、リフィーアはとりあえず相槌を打った。


(さっきの地鳴りのような音はこの人のお腹の音だったのね……。どうして、私、助けちゃったんだろう……)


 涙を全く流していないが、顔を袖に当てる素振りをする男を呆然と見つめながら、リフィーアは思った。そして、少しだけ後悔した。


「はい。この話は長くなるからこれで終わりにしてっと。君はどうして一人でここに来たんだい?」


 話をさらりと変えて、今度は男がリフィーアに尋ねた。


「えっ? あっ、わ、私は、両親のお墓参りに……」


 さらりと話を変えられて、リフィーアは慌てて答えた。


「ご両親のお墓参りかぁ……。まだ若いのに偉いね」


 柔らかく水色の右目と銀色の左目を細めて、男は穏やかに微笑んだ。

 その微笑みが肖像画の中の父のようにとても優しくて、目の前のまだ二十代くらいの彼に失礼だと思いながらも、リフィーアは見つめた。


「それで、君のご両親のお墓は何処にあるんだい?」


「あなたの後ろですけど……」


 おずおずと指で示し、リフィーアは呟いた。

 指で示された方へと男は向いた。

 二つの墓に書いてある名前を追っていく彼の目が驚きの色を浮かべた。


「え……? 君、ウィンベルク公爵の娘さん? リゼルくんとフィオナちゃんの……」


「は、はい……そうですけど……」


 自分の名字と両親の愛称を言い当てられ、リフィーアはひどく驚いた。

 訝しげにリフィーアは男を見た。


「そうかぁー。言われてみると、確かに君、二人にそっくりだね!」


 昔を懐かしむように男はリフィーアを見て、何度も頷いた。

 男は「そうか、そうかぁー」と言いながら、ただ頷くだけで両親との関係を説明しない。


「一人で納得しないで下さい! 私の両親とどういう関係なんですか?!」


 説明をせず、にこにことただ笑う男にしびれを切らし、リフィーアは声を上げた。


「ああ、説明してなかったね。ごめんね。君のご両親はね、よくここに来てくれて俺の話し相手をしてくれてたんだ」


 尚もにこにこと笑みを浮かべて、男は簡単に説明をした。


「話し相手、ですか?」


「そう。俺、ここの墓守りで、ここから離れられない分、とても暇でね。君のご両親が俺を気に入ってくれて、時間がある時に来て話し相手をしてくれたんだよ」


 昔を懐かしむように目を細めて、嬉しそうに男は話した。


「そうだったんですか。お父さんとお母さんが……」


 自分の両親のことを嬉しそうに話す男に、リフィーアも嬉しくなって口元が綻んだ。


「あの、あなた、墓守りさんなんですか?」


 男がそう言っていたことをふと思い出し、リフィーアは尋ねてみた。


「そうだよ」


 尋ねられ、男は大きく頷いた。


「私、小さい時からここに来てますけど、墓守りさんがいるなんて知りませんでした」


「大体、夜に起きてるから昼間とかは寝てて、あまり外には出ないんだ。だから会わなかったし、知らなかったんじゃないかな? ここの都のほとんどの人が俺のことは知らないよ」


「どうしてですか?」


 眉を寄せて、リフィーアは小首を傾げた。


「どうしてって……。えーっと、泥棒さんは夜にお墓の中の物を盗むために活動するから、見張りする時は夜じゃないと意味がないよね? 朝や昼だと人が行き来するし、見つかりやすいし。だから、俺もそれに合わせて生活してるから、会わないし、ここの都のほとんどの人は俺のことを知らないんだよ」


 苦笑を浮かべながら、男は分かりやすく説明した。

 小さな子供に説明しているようにリフィーアは少しだけ感じたが。

 それでも分かりやすかったので、リフィーアは納得して頷いた。


「なるほど。そうだったんですね。あ、あの、墓守りさん以外に墓守りさんはいないんですか?」


「俺以外? いないよ」


 きょとんした顔で男は首を振った。


「じゃ、じゃあ、いつも一人なんですか……?」


「そ、そうでもないんだけどねー……」


 言葉に窮し、どう説明したらいいかというような表情で男は頬を掻いた。

 その時だった。

 男の背後の茂みから大きな白いものが現れ、彼の背中に乗った。その重さに耐えきれず、男は勢い良く地面に突っ伏した。

 まるで先程の話を聞いていたかのような、ちょうど良いタイミングだ。


「重いっ!」


 自分の背中に乗っている大きな白いものに向かって、男は声を上げた。


「……あ、あのー、大丈夫ですか?」


 突然のことに驚きながらも、リフィーアは大きな白いものに潰された男にとりあえず尋ねた。


「だ、大丈夫……いつものことだから。ちゃんと忘れてないから、ほら、降りて」


 重いのか、男はよろよろと地面から起き上がり、背中に乗っている大きな白いものに言った。

 大きな白いものは男に言われ、素直に従った……ように見えた。大きな白いものは言葉を解すことが出来るのか、更に背中に乗りかかった。

 再び、男が地面に突っ伏した。


「……あの、本当に大丈夫ですか?」


 心配している声ではあるが、リフィーアの顔は笑っていた。


「……うん、大丈夫だけど、笑うか心配してくれるかどちらかにしてくれないかな?」


 男は苦笑しながら、尚も乗っている大きな白いものを退けようともがいていた。

 少しの間もがき、ようやく退かした男は起き上がった。

 男の背中から降りた大きな白いものは満足したのか、彼の横にぴたりと座った。

 リフィーアも笑いを収め、男の横に座る大きな白いものを見た。

 大きな白いものは白銀の毛並みの犬のような狼のような動物で、金色の目が興味深げにリフィーアを見ている。


「墓守りさんは、狼を飼ってるんですか?」


「飼ってないよ。彼は俺の相棒だよ」


 首を振って、男は隣に座る相棒の背中を撫でた。撫でられた相棒は白銀の太く長い尻尾を男の手に当てる。


「彼ということは雄、なんですか?」


「そう。男だよ」


 雄とは言わず、男と言って墓守りの男は頷いた。


「彼の名前はビアンっていうんだ」


 穏やかに微笑して、男はビアンという名の狼の頭を優しく触れた。

 紹介されたビアンは、男の手に尚も尻尾を当てる。


「ビアンさんっていうんですか。よろしくお願いします」


 にっこりと笑って、リフィーアはビアンに挨拶した。

 その時、ふとリフィーアは何かに気付いた。


「あっ、私、まだ名前言ってませんでしたよね?!」


「ああ、そういえば俺も名乗ってなかったね」


 手を叩いて、男はのんびりと呟いた。


「私、リフィーアっていいます。名字は知ってる通り、ウィンベルクです」


 慌ててリフィーアは言い、お辞儀をした。緩くウェーブのかかった肩までの長さの亜麻色の髪が揺れる。


「リフィーアちゃんか。俺はカエ……カイ。カイっていうんだ」


 少しだけ言い淀み、男――カイは小さく笑った。


「カイさんっていうんですね。よろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしく。さて、ご両親のお墓参りの邪魔してしまって申し訳ないから、俺達は家に帰るね」


「家って、何処にあるのですか?」


「すぐそこだよ。小屋って言われれば小屋なんだけど……」


 苦笑しながら、カイは横へ指を差し示した。

 リフィーアは指で差した方向へ向くと、小さな小屋が墓と木々の間に、よく見ないと分からないくらいひっそりと建っていた。


「いつもあそこにいるから、何かあったら呼んでね」


「はい。ありがとうございます」


 手を小さく振って、カイはリフィーアに挨拶をして小屋へ歩いていった。ビアンも彼に続いて歩く。

 カイとビアンの後ろ姿を見送り、リフィーアは両親の墓に近付いた。






「……あの子が公爵の娘なんだろう? 話さなくていいのか?」


 リフィーアと別れ、小屋に入った途端、低い声がカイに尋ねた。


「話さないよ、ビアン。話してしまったことで、巻き込んで危険な目に遭わせたくないし」


 息を小さく吐いて、カイはビアンを見た。


「話さずに危険な目に遭った時はどうする?」


「その時はしっかり守るよ。ところで、ビアン。俺の背中に乗るなって、いつも言わなかったっけ?」


 両腕を組んで、横目でカイはビアンを見下ろした。


「お前が空腹で倒れて落ち込んでいたと思って、元気づけようとやっただけだろ」


「ちょっと待った。その言い方から察すると、俺とカラス達の食事攻防戦を助けずに、ビアンは始めから見ていたってことだよな?!」


「ま、まさか~」


 しまったと言いたげな表情で、ビアンはカイから目を逸らした。


「そ、それはそうと、さっきの地鳴りの音はあの子に何て答えたんだ?」


 話を誤魔化そうと、ビアンは尋ねてみた。


「…………」


 少しの間、じっとビアンを見て、カイは小さく息を吐いた。


「言ってないよ。聞かれなかったから」


「……意外とのんびりした子だな」


「いいじゃないか。彼女の両親にそっくりだ」


 小さく笑みを浮かべ、カイは纏っていた黒いマントを脱いだ。


「だが、あまり油断出来ないぞ、カイ。いや、カエティス」


「分かってるよ」


 大きく頷いて、カイ――カエティスは小屋の窓から、両親の墓に花を供えているリフィーアの後ろ姿を見つめた。彼女を見つめるその目はとても優しかった。


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