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八章 守護する者

 眠るベッドの横に、誰かが近付いてくる気配がした。

 イストだろうか。

 そうカイは思ったが、瞼が重く、誰なのか確認が出来ない。


「……全く。君に似て、この子は本当に無茶をする」


「心外だな。私は無茶をした覚えはないぞ」


 聞き覚えがあるどころか、絶対に忘れることはない大切な育ての両親の声に、カイは驚く。


「それは貴女に、というより私達にも似たのかも……ねぇ?」


「同じ魂だからな。似ることはある。だが、俺は無茶をしたことはない」


 優しそうな薄い色素の群青色の髪の男の声と、機嫌が悪そうな空のように青い髪の男の低い声が更に聞こえた。


「……俺の血筋は皆、無茶をするのか」


 更に呆れた声音で、赤紫色の髪をした青年が小さく呟く。

 何の集まりだろうか、と思いながら、カイはそっと目を開けようと試みるが出来ない。なのに、髪の色が分かるのは何故だろう。


(……先生と司祭様もいるのに話せないって、辛すぎるよ……)


 口も動かないことを残念に思いながら、カイは心の中で呟く。


「……まぁ、何があっても私達がいる。だから、カイ。お前は、お前の決めた道を進めよ。ちゃんと見てるからな」


 育ての母が不敵な笑みを浮かべ、カイの金色が混ざった赤い髪に触れる。

 最後に触れた冷たさではなく、温かい血の通った育ての母の手に、カイは思わず泣きそうになる。

 もう何百年も感じたことがない温かさに、カイはしばらく浸っていたいと思ってしまう。

 無理だと分かっていても。

 もう何百年も経っているのだから、出来るはずがない。

 離れていく温かさにカイは残念と思いつつも意を決して、目を開けた。





 目を開けると、いつもの自分の小屋だった。

 育ての母と共に暮らした小屋で、今は相棒の魔狼のビアンと暮らしている小屋だ。

 長い年月建っているこの小屋も改築を何度か行なったが、流石に老朽化はしている。

 カイはベッドから上半身を起こし、自分の身体を見る。

 包帯だらけの身体に、眉を寄せる。


「……えーっと、何があったんだっけ?」


 自分のこの状況に、カイはしばらく考え込む。


「……あ、そうだ。俺、リフィーアちゃん達を助けに行ったんだっけ。で、空腹と怪我で倒れたんだ」


 思い出したように、ぽんと手を叩き、カイは呟く。


「……隊長、空腹も理由で倒れたんですか」


「あ。イスト君……。無事だったんだね。良かった」


「隊長のお陰で無事です。ありがとうございます」


「気にしなくていいよ。ところで、皆はどうしたんだい?」


 普段なら不機嫌ながらも近くにいるビアンや、心配そうに見つめるネレヴェーユ、説教をするエマイユ達がいるはずなのに、誰もいない。


「皆さん、隊長やミシェイル達の過去を見に行きました」


「え? 俺達の過去? もしかして、レグラスのところ?」


 カイの問いに、イストは頷いた。

 複雑な表情をカイは浮かべる。あまり知られたくなかった。そんな表情だ。


「……そっか。じゃあ、そろそろ俺も覚悟を決める時かな……」


 小さく呟き、カイはベッドから出る。


「隊長……?」


「イスト君。今からちょっと準備してくるよ。準備が終わったら、剣の稽古に付き合ってもらえないかな?」


 穏やかに微笑み、カイは尋ねる。


「よ、喜んで! 俺の方からもよろしくお願いします!」


 大きく頷き、イストは目を輝かせた。


「こちらこそ、よろしく。あ、ミシェイルの剣も取ってくるよ」


「え、あ、はい! そうか。ミシェイルが使ってた剣、預けてましたよね。隊長に」


「泥棒が出るから、ちゃんとした場所に置いてるけど、ちょっと遠いし、封印してるから時間かかるけど、ちょっと待っててね」


「はい!」


 手をひらひらと振り、カイはタンスから服を取り出し、着替える。そして、新しい黒いマントを羽織り、小屋を出た。




 小屋から出て、カイは墓地の奥へ向かう。

 墓地の奥にある洞窟のような場所に立つレグラスを見つける。

 相変わらず、暇だと呟く幼馴染みにカイは苦笑する。


「……元気そうだね、レグラス」


 レグラスに近付き、カイは微笑する。


「俺は無茶しないから、そりゃねー。お前は相変わらず包帯だらけだな」


「頑丈だから、大丈夫だよ。それより、ネリー達はまだ中かい?」


「ああ。もう少しかかりそうだけどな。で、お前がここに来たってことは封印しちゃってるアレを取りに来たってとこか?」


 杖を肩に引っ掛け、レグラスはカイを見る。


「うん。そろそろ俺も覚悟を決めないといけないみたいだから」


「……あぁ、最近、負の集合体とかの動きが活発化してるもんなぁ。この国の王様、変わったみたいだから余計に……。国が荒れるか、荒れないかは新しい王様とお前にかかってるもんな」


「俺、普通の墓守りなんだけど」


「五百年以上生きてる普通の墓守りがいるかって」


 半眼で睨み、レグラスはカイに向けて杖を振る。

 二歩後退して、カイは軽い足取りで杖を避ける。


「……お前、怪我してる割には余裕で避けるよな」


「君がゆっくり振ったからでしょ」


「結構速めに振ったんだけど。ついでに言うと、途中からかなり速く振ったんだけど?!」


「え? あれ……? 何で楽に避けれたのか自分でも気になるけど、まぁ、いっか」


 少しだけ首を傾げたが、カイはそのまま話を終わらせる。


「よくねぇーよ! 気になるんなら解明しろよ! 俺が眠れなくなるじゃん!」


「大丈夫、俺は眠いから」


「お前の眠気はどうでもいいんだよ、この際。俺の眠気を返せ」


「あ、封印してるアレって、中だったよね? こっちの」


 二つある扉の内、右にある青い扉を指差し、カイは聞く。


「やっぱり、お前も無視かい。ああ、そーだよ。カエティスが大事にしてるアレはそっちにあるよ」


 むすっと頬を膨らませて、レグラスは頷く。


「分かった。ありがとう。取りに行ってくるよ」


「気を付けろよー」


 杖を左右に振りながら、レグラスは二つある扉の内、青い扉に入っていくカイを見送る。




 青い扉の中に入り、カイは目的の物がある場所へまっすぐ歩く。

 部屋の奥、エマイユ達にはレグラスの部屋と教えたその部屋は、彼の部屋ではない。

 その部屋はカイが五百年前に使っていた赤眼せきがんの剣と鴨頭草つきくさの剣、ミシェイルが使っていた魔力を帯びた剣が封じられている部屋だ。

地面に触れることなく、立てた状態で浮いている三振りの剣に近付き、カイは鴨頭草の剣の柄に触れる。


「久しぶりだね。鴨頭草、赤眼。それと翠宵すいしょうも」


 カイの言葉に反応して、鴨頭草の剣から青色のオーラ、赤眼の剣から赤色のオーラが彼の手に触れる。遅れて翠宵の剣から緑色のオーラがカイの手に触れる。


「鴨頭草も赤眼も元気そうだね。良かった。翠宵、ミシェイルの生まれ変わりのイスト君が君に会いたがってるよ」


 そう言って、カイは微笑して、右手に魔力を込める。


「君達の力を貸して欲しい。この長い戦いをもう終わらせたいんだ」


 カイの言葉に応えるように三振りの剣からそれぞれの色のオーラが彼の左手に触れる。


「――ありがとう。またよろしく。鴨頭草、赤眼、翠宵」


 カイは礼を述べ、右手に込めた魔力を三振りの剣に目掛けて放つ。

 放った魔力が柔らかい光となり、明滅を三度繰り返す。

 光が消えると三振りの剣は地面に倒れていた。

 それらをカイは拾い、鴨頭草の剣と赤眼の剣を腰に引っ掛け、翠宵の剣を左手に持つ。

 そして、カイは部屋を出た。




「エマイユさん、待って下さいー!」


 ずかずかと大股で前を行くエマイユに、リフィーアは呼び掛けた。


「君達はゆっくりでいいよ。私が急いでるだけだから」


 歩調を緩めることなく、エマイユはリフィーアに告げる。

 何かに怒っているのか、こちらには目も向けない。


「そ、そういう訳には、行きません、よぉ……」


 肩で息をしながら、リフィーアはエマイユの背中に投げ掛ける。

 リフィーアの言葉に何かを感じたのか、エマイユは立ち止まった。


「……やっぱり、君もウィンベルクの血筋だね。言い方は違うけど、クレハに似てる」


 年相応ではない、大人びた笑みを浮かべ、エマイユはリフィーアを懐かしそうに見る。


「え、そうですか? あの過去を見た限りではそう思いませんでしたけど……」


 エマイユの言葉に眉を寄せて、リフィーアは首を傾げる。


「元夫の私が言ってるんだよ。本当に似てるよ。あー、私が男だったらリフィーアちゃんを口説くのに」


「ええっ?!」


 エマイユの一言に、ウェルシールが驚きの声を上げる。


「ん? もしかしなくても、君、リフィーアちゃんが好きなの?」


 ウェルシールの方向に顔を向け、エマイユはニヤリと笑みを浮かべる。

 その問いにリフィーアとウェルシールの顔が一気に赤くなる。


「あの、えと、その……」


 どう逃れようかとウェルシールは慌てるが、言葉が出てこない。

 その様子を微笑ましくエルンストとトイウォース、ネレヴェーユが見つめ、人の姿のままのビアンは欠伸をする。


「そうか。頑張ってね。ウィンベルクの女の子は皆、気が強いから」


 自分より背の高いウェルシールの肩に手を置き、エマイユは耳打ちする。


「何か困ったことがあったら、ウィンベルクの女の子と結婚した先輩の私に相談でも構わないよ。占い師でもあるし、当たるよ?」


「え……あ、はい。分かりました」


 エマイユの言葉に困ったように笑みを浮かべ、ウェルシールは頷いた。

 内心、相談するならカイにと思ったが、後が怖いので言わないでおいた。

 そうこうしている内に、カイの住む小屋に着いた。

 小屋から離れた場所で、金属を打ち合う音が聞こえた。


「カイさん、やっぱりもう起きてるんですか?!」


 緑色の目を大きく開き、リフィーアは声を上げる。


「……のようだね。やれやれ。本当に無茶をする親友だなぁ。全く」


 首を緩く振り、エマイユは息を吐く。

 金属を打ち合う音が聞こえる方向へリフィーア達は歩く。

 カイとビアンが住む小屋を通り過ぎ、更に奥へ進む。

 少し開けた広場で青いオーラを放つ鴨頭草の剣を振るカイと、緑色のオーラを放つ剣を振るイストがいた。


「カイさん、凄い……」


 ぽつりとリフィーアは感嘆の声を上げた。

 剣の手合わせをしているようだが、素人のリフィーアの目から見てもイストの方が劣勢だ。

 そのくらい、カイの剣技は圧倒的だった。そして、何より動きに無駄がなく、踊っているかのように軽やかで華麗だ。


「――今回はこの辺にしようか、イスト君。ありがとう」


「いえ、こちらこそありがとうございました! やっぱり、隊長は強いですね。俺、ついていくのがやっとでしたよ。またお願いします!」


「うん。またよろしくね。あと、皆、お帰り」


 鴨頭草の剣を鞘に戻しながら、カイはにこやかにリフィーア達を迎える。


「あ、はい。えと、ただいま帰りました」


 カイが自分達に気付いていたことに驚きながら、リフィーアは返した。

が、すぐ表情を暗くしてリフィーアは俯いた。


「あ、そういえば、過去を見たんだっけ……?」


「そうだよ。で、君に聞きたいことがあるんだけどさぁ」


 普段の声より低い、何かを問い詰めるような声でエマイユはカイに近付く。


「ん? 何だい? エマイユちゃん」


「……どうして、言わなかった。本当は私がここの墓地を守ることを」


「は?」


「何故、私にそのことを話さなかった! 何故、黙っていた! 私は話せない程、信用出来なかったのか?! 答えろ、カエティスっ!」


 カイの胸倉を掴み、エマイユは声を荒げる。


「えー……っとね、エマイユちゃん。トーイも、エマイユちゃんも信用出来る人だし、何より本当に親友だと心の底から思ってるよ」


 胸倉を掴まれているのに焦る様子もなく、カイは穏やかに笑う。


「話さなかったのは過去で言った通り、トーイはこの国に必要な人だからだよ」


 自分の胸倉を掴むエマイユの手をそっと外し、カイは尚も笑う。


「それに、俺がここの墓地を守ると決めたのは、俺の出来る唯一のことだと思ったから。あとはトーイにも昔、言ったけど」


 頬を掻きながら、少し恥ずかしそうにカイは告げる。


「トーイと俺が立つ場所を同じにするには、まず真逆の位置から始めないと。って言ったよね」


 穏やかに微笑み、カイは言う。

 カイの言葉に、エマイユは大きく目を見開く。


「トーイは国を王として守る。俺はここで墓守りとして国を守る。そこから始めれば、同じ場所に繋がる。そう思ったんだけど、トーイとエマイユちゃんは違ってたのかな」


 少しだけ、悲しげに微笑み、カイはエマイユを見つめる。


「……私が怒っているのは、そんな大事なことを私に話さずに進めたことだ」


 カイの言葉に、落ち着きを取り戻したエマイユは小さく不満を呟く。


「トーイに話したら、そっちが気になって国のことに集中出来ないでしょ。だから言わなかったんだよ」


「それがおかしいって言って」


「……あの、エマイユさん。ちょっといいですか?」


 イストがエマイユに近付き、ぼそりと尋ねる。


「ん? 何だい、イスト。私は今、カエティスと話してるんだけど」


「隊長がトーイ様に言わなかったのは理由があるんです」


「それを今からカエティスに聞こうと思ってるんだけど」


「多分、隊長に聞いても言わないと思うので、僭越ながら俺が言おうかと」


「は?」


 イストの言葉にエマイユは目を丸くする。

 何度も目を瞬かせ、小声で話すイストを見つめる。

 小声で話す二人の様子をカイが不思議そうに見る。


「隊長がトーイ様に話さなかったのは、クレハ様が止めたからです」


「え……ちょ、ちょっとどういうことだよ、それ!」


 声を上げ、エマイユはイストに詰め寄る。


「声が大きいですって!」


「ご、ごめんっ」


「と、とにかくですね。隊長はトーイ様に話そうとしていたんです。それをクレハ様が止めたんです。理由はトーイ様が焦ってしまうから、と」


「私が……?」


 眉を寄せて、エマイユは理由を話せと言わんばかりにイストの顔を見上げる。


「はい。もし、神様の言う通りにトーイ様が墓守りをすると国のことが気になって焦って、

結界が歪むから。あとはクレハ様が離れるから嫌だ、と」


「なっ……なっ……!」


 イストの最後の言葉に、エマイユは一気に顔を赤くする。


「くっそぉ……。これじゃあ、私、カエティスを怒れないじゃないか」


 口を大きく膨らませて、エマイユは顔を真っ赤にしたまま、カイに近付く。


「ん? エマイユちゃん、イスト君と何の話をしていたんだい?」


 不思議そうな顔をしつつもカイは優しく微笑む。

 エマイユは何も言わずに、カイの腹を拳で思いっきり殴った。


「ぐふっ!」


 突然の行動に対応出来ず、そのまま一撃を喰らったカイは間抜けな声を上げる。

 同じくエマイユの行動を見たリフィーア達も面食らった顔をする。


「ごほっ、ごほっ……。エマイユちゃん、いきなり何をするんだい」


 地面に膝をつき、殴られた腹を押さえてカイは咳き込みながらエマイユを見上げる。


「私に言わなかったことはクレハに免じて、今ので勘弁してやる。次、同じことしたら許さないからな!」


「え……クレハ? イスト君、エマイユちゃんに何を言ったんだい?」


「えーっと……まぁ、ちょっとお話をしただけです。隊長、それよりお腹大丈夫ですか?」


 苦笑いを浮かべ、イストはカイを心配そうに見つめる。


「うん、傷が開きそう……」


「よく言うよ。もう塞がってるくせに。それにしても、君のお腹、固かったね。もう一回殴ってもいい?」


 面白いものを見つけたと言いたげな、にんまりと笑みを浮かべ、エマイユはカイに近付く。


「ネレヴェーユ様とリフィーアちゃんも良い機会だから殴りませんか?」


「いや、それ、おかしくない? 良い機会って何が?!」


「あの、エマイユさん。私はカエティスを殴るより、その……触りたいです……」


 顔を林檎のように真っ赤にして、ネレヴェーユは呟いた。


「え、ネリー……? それもちょっと違うと思うんだけど……」


「そうですか……。残念ですが、また機会があったら誘いますね、ネレヴェーユ様。リフィーアちゃんはどうする?」


「わ、私はいいですっ! カイさんを殴る理由がありませんし」


 ぶんぶんと左右に頭を振り、リフィーアは断る。

 それを見たカイがホッとした顔で、息を吐く。


「つまらないなぁー。またとない機会なのに。仕方ないなぁ」


 本当につまらなそうに息を吐き、エマイユは諦めた。


「あ、あの、カイさん。少しだけ聞いてもいいですか?」


 会話が終わったと感じたウェルシールがおずおずとカイに声を掛ける。


「ん? 何だい、ウェル君」


「本当にカイさんが伝説の守護騎士と言われたカエティスなんですよね?」


「……伝説かは分からないけど、俺がカエティスだよ、ウェル君。ウェル君にもリフィーアちゃんにも、エルンスト君にも黙っててごめんね」


 申し訳なさそうに頭を下げて、カイは謝る。


「あの、カイさん、謝らないで下さいっ! カイさんは今まで僕達を守って下さったのですよ! 僕達が謝って、お礼を言わないといけないのに」


「そうですよ! カイさん、今まで守って下さってありがとうございます!」


 勢い良くお辞儀をして、リフィーアは礼を述べる。ウェルシールも彼女と同じようにお辞儀をする。


「ウェル君、リフィーアちゃん……ありがとう」


 嬉しそうに微笑み、カイも礼を述べる。


「――私からもお礼を言わせて下さい、カエティス殿」


 今まで静かにしていたトイウォースが声を発し、ウェルシールは驚いたようにそちらに顔を向ける。


「トイウォース殿……」


「大切な従弟を、ウェルを守って下さってありがとうございます」


「君だったんだね。ウェル君を守ってって、俺に訴え掛けてたのは」


「聞こえていたのですか……?」


 呆然とした声でトイウォースが尋ねると、カイは大きく頷いた。


「……まぁ、ここは墓地で、戦場以外だと死に一番近いところだからね。色々な声が聴こえるよ」


 苦笑を浮かべ、カイは肩を竦める。


「君も無事で良かったよ。それにしても、ある王様と同じ名前なのに、君は真面目だね。同じ名前なのに」


 二度同じ言葉を繰り返し、カイはちらりと横目でエマイユを見る。


「ちょっと、伝説の守護騎士さん。何故、二度同じ言葉を繰り返しているのかなぁ? 返答次第では温厚で有名な私も怒るよ?」


 引きつった笑みを浮かべ、エマイユはカイを見上げる。


「エマイユちゃんには言ってないよ。俺が言ってるのは親友のある王様のことだよ。あと、伝説の守護騎士って呼ぶのやめてくれないかな。俺、騎士じゃないし、伝説と呼ばれる程強くないし」


「そんなことありませんっ!」


 カイの言葉にネレヴェーユ、リフィーア、ウェルシール、トイウォース、イスト、エルンストが同時に叫んだ。

 声に驚いて、カイとエマイユはビクリと身を揺らす。


「……え? 皆に全力で否定されるとちょっとショックなんだけど……」


「だって、カイさん凄く強いのに強くないって言うからですよ」


 リフィーアの言葉に、叫んで否定した面々が大きく何度も頷く。


「俺が本当に強かったら、トーイのお祖父さんを封印せずに倒してるよ」


 肩を竦め、カイは苦笑する。


「……まぁ、今回は絶対倒すけど……」


 ぼそりと呟き、カイは墓地の奥のトイウォースの祖父を封印している場所を見据える。


「……さてと、立ち話も申し訳ないし、狭いけど小屋の中で話さないかい? 他にも聞きたいことがあるようだし。ね、ウェル君」


 何故か少しそわそわした様子のウェルシールを見遣り、カイは小屋に指を差す。


「え、あ、はい!」


 大きく頷き、頷いた後にウェルシールは恥ずかしそうに顔を赤くして俯いた。


「じゃあ、行こうか」


 穏やかな笑みをウェルシールに向けて、カイは小屋へと歩く。

 その後をリフィーア達がぞろぞろと続く。


「――さてと。俺に聞きたいことって何だい?」


 小屋に着き、ベッドの端に座るカイは椅子にそれぞれ座るリフィーア達を見る。


「その前に私が話してもよろしいですか?」


 まだそわそわした様子のウェルシールに変わって、トイウォースが声を掛ける。


「うん、どうぞ。トイウォース君」


「ありがとうございます。カエティス殿やウェルにも、ウィンベルク公爵のお嬢さんにも女神様にも関係することなので、聞いて頂きたいのですが……」


 目を伏せ、俯きがちにトイウォースはゆっくり口を開いた。


「私に負の集合体が乗り移っていたのはご存知だと思います。その負の集合体が私の身体であることをしていました」


「あること?」


 眉を寄せて、カイは鸚鵡返しに尋ねる。


「はい。負の集合体はウェルより先にカエティス殿とウィンベルク公爵のお嬢さんを見つけるようワルト伯爵に命じていました」


 ワルトという名前を聞き、一瞬だけカイの顔が変わる。が、誰も気付かず、話は続いていく。


「ど、どうしてカイさんとリフィさんを?」


「負の集合体を二つに分け、二人の身体に乗り移ろうと考えていたようです」


「なるほど。カエティスとリフィーアちゃんさえ手中に収めれば、あとはウェルシール。彼は自分の近くにいるから楽に手に入る。そして、封印も解くことが出来る」


 トイウォースの言葉を聞き、エマイユは腕を組んだまま呟く。


「はい。この墓地を何度も亡くなった方達を使って襲ったのも私の身体を使っていた負の集合体です」


 エマイユの呟きに頷き、トイウォースは申し訳なさそうにカイを見つめる。


「それにしても、相変わらず解せない元祖父だなぁ。国王だった時は尊敬出来たのに。こんなに執念深くて美人好きだったなんて知らなかったよ」


「……そこはそっくりだと思うなぁ。方向性は違うけど」


 エマイユの言葉に昔を思い出し、カイがぼそりと呟く。


「聞こえてるんだけど?」


 にっこりと暗い笑みを浮かべ、エマイユはカイににじり寄る。

 カイもエマイユの笑みに動じることなく穏やかに微笑む。


「あの、それが、負の集合体なのですが、今は三代目のクウェール国王が主ではないのです」


「えっ? ちょっとどういうことだよ」


「確かに女神様を欲しているのは事実です。ですが、三代目のクウェール国王の意識は僅かしかありません。五百年前、カエティス殿によってほとんど浄化されましたので……」


 トイウォースの言葉にエマイユは意味が分からないと言いたげな顔で眉を寄せる。


「じゃあ、どうしてネレヴェーユ様を欲しているんだよ?」


「……ネリーを手中に収めれば、この世界の神、ラインディルに手が届くっていうことかな? トイウォース君」


 嫌そうに顔を顰めて、カイが答える。


「――その通りです」


 大きく頷き、トイウォースは苦い顔をする。


「大体、繋がってきたけど、五百年前の時より面倒臭くなってきたなぁ。今回で終わらせるつもりなのに」


「終わらせるよ、エマイユちゃん」


 小さい声だが、しっかりとした声でカイはエマイユに笑い掛ける。


「終わらせないといけないんだよ、今回で。だから、五百年前の関係者がいるんだよ。終わらせないと、今までのクウェール王家とウィンベルク公爵家の子達が空に帰れない」


 カイの透き通った水のような水色の右目と鋼のような意志の強い銀色の左目がエマイユの青い目を捉える。


「……そうだね。終わらせないと、私も楽しい人生を送れないしね。ところで、さっきからそわそわしてるけど、ウェルシール、何かあった?」


 そわそわした様子のウェルシールに目を向け、エマイユは尋ねる。


「あ、えっと……何も起きてはないのですけど、カイさんが本当に憧れのカエティスだったので、緊張して……」


 恥ずかしそうに顔を赤くしてウェルシールは俯いた。


「……あとはこう言っては前世が僕のご先祖様のエマイユさんに怒られるかもしれませんが、僕は国王としてちゃんと出来るのかな、と思って……」


「ウェル君、ちょっと一緒に外へ行っていいかな?」


 ベッドから立ち上がり、俯くウェルシールにカイは穏やかに声を掛ける。


「え……はいっ」


 俯いていた顔を上げ、カイを見上げウェルシールは大きく頷く。


「皆はちょっとここで待っててね」


 そう言って、カイはウェルシールを連れて外に出た。


「……王として、と考えなくていいよって、言いたいとこだけど、実際は考えるんだよね。私もそうだったし」


 肩を落とすウェルシールを元気付けるように話し掛けるカイの後ろ姿を見つめ、エマイユは呟く。


「え、全然考えたことがないように見えましたけど……。むしろ、楽しんでいたようにしか見えなかったのですが」


「そこは相手に隙を見せない為に出さなかったんだよ、イスト。というか、失礼だな。私がまるで冷血人間みたいな言い方じゃない」


 じっと横目で睨み、エマイユはイストに近付く。


「そ、そんなことは思ってないですし、そういう言い方をしたつもりはありませんよ……!」


 蛇に睨まれた蛙の如く冷や汗を掻きながら、イストは弁解する。


「ふーん? そこまで言うなら信じるけど、嘘だったらカエティスみたいにお腹殴るからね」


 口を三日月のように優美に両端を上げ、エマイユは笑う。


「それは勘弁して下さい」


 笑うエマイユにイストは即答で返した。


「……ウェル様、大丈夫でしょうか」


 エマイユとイストのやり取りを小さく笑みを溢して見ていたリフィーアは心配そうに窓に目を向ける。


「大丈夫だよ。カエティスが一緒だし、相談とか得意だから」


「そうですよ、リフィーアさん。カエティスに任せて下さい」


 エマイユの言葉にネレヴェーユがリフィーアに頷いてみせる。彼女の横ではイストも頷いている。


「そうですね。カイさんなら大丈夫ですよね」


 自分を安心させるように頷き、リフィーアは小さく微笑んだ。

 まだ少し心配だが、リフィーアは不安を消すように窓に目を向け、もう一度頷いた。




「――少しは落ち着いた? ウェル君」


 木の切株に座るウェルシールに穏やかな笑みを向けて、カイは尋ねる。


「はい。すみません、恥ずかしいところをお見せして」


「恥ずかしいことでもないし、気にしなくてもいいよ。俺も何度も思ったことだしね」


 にこやかに微笑み、カイはウェルシールの隣の切株に座る。


「だから、聞いてみたいんだけど、ウェル君はどうしたい?」


「え……?」


 目をぱちくりと何度も瞬かせ、ウェルシールは真意を問うようにカイを見つめる。


「ウェル君は、何をしたい? 今から、王として何をしたい?」


 真剣な、けれど穏やかに、優しく微笑んでカイは問う。


「王として、僕がしたいこと、ですか……?」


 突然問われ、戸惑った様子でウェルシールは呆然とカイの左右それぞれ色が異なる目を見る。

 尚も優しい表情でカイは頷く。


「うん。ウェル君がしたいこと。したいことがあるなら、していいんだよ。それがウェル君が正しいと思ったのならしていいんだよ。もし、間違いならイスト君やエルンスト君、リフィーアちゃん、トイウォース君、エマイユちゃん、ビアン、ネリー、国の人達皆が止めるよ。もちろん俺もね。俺達でも分からない時は後世の歴史家達が決めるといい。だから、ウェル君が心からしたいことをしていいんだよ」


 ウェルシールの手をそっと叩き、優しい表情でカイは話す。

 思わず、ウェルシールは泣きそうになった。

 父が亡くなり、代わりに王になってから、誰かに言ってもらいたかった言葉を、憧れの守護騎士から言われ、目頭が熱くなるのを感じた。


「……カイさん、ありがとうございます。まだまだ駄目な国王ですが、一歩一歩頑張ります。時々、カイさんに色々相談してもいいですか?」


「もちろん。いつでもおいで。俺はここにいるから」


 頷くカイに微笑み返し、ウェルシールは切株から立ち上がる。


「あの、僕、早速、したいことが思い付きました。後で、お手伝い頂けますか?」


 自信に満ちた笑みを浮かべ、ウェルシールはカイに尋ねる。先程の自信がない顔と打って変わった表情だ。


「もちろん。俺が手伝えることなら」


「ありがとうございます! 僕、イスト達と一旦帰ります! またこちらにお伺いする時にお手伝いをお願いします!」


 頷くカイを見て、勢い良くお辞儀をしたウェルシールは小屋へ駆ける。

 イスト、エルンストを呼び、ウェルシールは風のように墓地を後にした。


「あらら。あっという間に帰って行っちゃった。ウェルシール、自信に満ちた顔をしてたけど、一体何を言ったの、カエティス」


 満足したようにウェルシール達が去った方角を見つめるカイに、エマイユは腕を組んで問い掛ける。


「ん? ウェル君のしたいようにしていいんだよって、言っただけだけど?」


「それだけ?」


「うん」


「そ、そう。まぁ、元気になったのならいいか。ところで、これからどうするんだい、カエティス」


「どうするって、いつも通りここで墓守りをするよ。そう言うエマイユちゃんはどうするんだい?」


 にっこりと笑い、カイはエマイユに問い返す。


「私? 私は……そうだなぁ、また君の家に泊まろうかな。だから、また買い出しをしてくるよ」


「あ、でしたら、私もお供します」


 カイと同じように、トイウォースもにこにこと微笑み、エマイユに告げる。


「えっ、それは助かるけど、君、王族でしょ。王族なら、普通やらないでしょ。まぁ……私はしてたけど」


 驚いたようにトイウォースを見上げ、エマイユは自分の前世を思い出す。


「女性を一人には出来ません。前世がご先祖様なら、尚更です。ですから、お供します」


 穏やかに微笑み、トイウォースはエマイユに手を差し出す。


「そ、そう? なら、お願いするよ。よろしく」


 頷き、エマイユは差し出された手を握り返す。


「はい。よろしくお願いします。では行きましょうか」


 嬉しそうに笑って、トイウォースはエマイユと共に都へと歩いていった。


「――カイさん、少しいいですか?」


 エマイユとトイウォースの後ろ姿を見送るカイを見上げ、リフィーアは声を掛けた。


「ん? 何だい、リフィーアちゃん」


 リフィーアに顔を向けて、カイはにっこりと笑う。

 優しく笑うカイの目を見つめ、ずっと聞きたかったことをリフィーアは彼に尋ねた。


「……お父さんとお母さんのこと聞きたいのですが、お父さんとお母さんは殺されることを知っていたのですか……?」


 リフィーアの問い掛けに、カイは眉を悲しげに寄せて、小さく頷いた。


「……そうだよ。ウィンベルク公爵家の当主はクウェール王家の当主の身代わりをしていたから……」


 きつく眉を寄せて、カイは俯く。


「そのことはリゼル君とフィオナちゃんから聞いたんだよ。クレハがウィンベルク公爵家の家訓として決めたそうだよ」


「家訓……?」


「うん。トーイにも俺にも内緒でクレハが決めたんだよ。『王を支え、守るのが公爵家だ』って、残したらしいよ」


「王を支え、守る……」


 小さく呟き、リフィーアは過去で見た先祖のクレハノールを思い出す。

 真っ直ぐに前を見据え、自信に満ちた女公爵らしいその言葉に、リフィーアの脳裏にウェルシールが思い浮かんだ。

 自分が襲われた時、守ってくれたウェルシールを。


(私を守ってくれたウェル様を私が守れるかな……。公爵になったら、守れるかな)


 一生懸命、王として務めようとするウェルシールをリフィーアは守りたい、そう思った。

 でも、自分は果たして公爵になれるのだろうか。

 今まで、なりたくないと思っていた公爵に簡単になれるのだろうか。

 現在、公爵を務める叔父や従兄のサイラードは喜ぶかもしれないが、今まで庶民として生きてきたリフィーアには公爵としての知識が全くない。それでもなれるのだろうか。


「リフィーアちゃん、公爵になる、ならないは今決めなくても大丈夫だよ。リフィーアちゃんはリフィーアちゃんの速度で歩けばいいんだから。焦って結論を出したらいけないよ」


 思い悩んでいるリフィーアに微笑み掛け、カイは告げる。

 悩んでいる内容を読まれたのかと驚いてリフィーアは顔を勢い良く上げる。


「カイさん、何で分かったのですか?!」


「何となく。俺もリフィーアちゃんくらいの歳の時に色々と悩んでたからね。その時はクウェールじゃなくて、アイサリスにいたんだけどね」


 爽やかに微笑み、カイはリフィーアに告げる。


「カイさんは何を、悩んでいたのですか……?」


「騎士になるか、ならないか。結局、友人を守る為に騎士にならなかったんだけどね」


 肩を竦めて、カイは苦笑した。


「どうしてならなかったのですか?」


「騎士ってね、国や国の皆を守らないといけないでしょ。俺は友人だけを守ろうと思ったんだ。友人の周りは皆、騎士で強いけど、国や国の皆を守るのに手一杯で、その友人も自分のことは後回しの人でね、目が離せなかったんだ。だから、俺は騎士にならずに友人を守ることだけに専念してたんだ」


 尚も苦笑いを浮かべ、カイは懐かしそうに話す。


(……そのカイさんの友人って人、何だかカイさんみたい)


 カイの話を聞きながら、リフィーアは彼の過去を思い出した。

 友人は似たような人が多いと言うが、カイの話を聞くと本当にその通りだと思った。


「……まぁ、昔話はこの辺にして。とにかく、リフィーアちゃん。焦らないで、ゆっくり考えてね。リフィーアちゃんが後悔しないように」


 優しく微笑み、カイは告げる。その言葉が、言葉を交わしたことはないが死んだ父リゼラードから言われたようにリフィーアは感じた。


「はいっ!」


 大きく頷き、リフィーアはじっとカイを見上げた。


「カイさん、私も一旦帰ります。叔父様もサイラードお兄様も心配していると思うので」


「うん、そうだね。またおいで」


「はい! それでは失礼します」


 ぺこりとお辞儀をして、リフィーアは墓地を出て、自宅へと戻って行った。


「……カエティス」


 リフィーアの後ろ姿を見送るカイに、ネレヴェーユが躊躇いがちに声を掛けた。


「ん? ネリー、どうしたの?」


「……ごめんなさい」


「え、何で謝るんだい?」


「だって、私のせいで貴方の運命が変わってしまって……。私の力まで、貴方に行ってしまったのよ。だから、本当にごめんなさい」


「あっ、えっ、ネリー……っ」


 涙を浮かべる女神にカイは慌てて、指で彼女の目から涙を拭う。


「えーっと、ね。ネリー。実は君の力、まだ俺に定着してないんだ」


「え……?」


 目を瞬かせて、カイを見上げた。溜まっていた涙が目から一筋流れる。


「ちゃんとネリーに聞いてからにしようって思ってたら、君のお父さんが来て、君の力を持って帰っちゃったんだ。その後、君が閉じ込められて、出られた時に君のお父さんがこっそり返したんだ」


 カイの説明にネレヴェーユは口に手を当てた。


「じゃ、じゃあ、私の力は貴方にはないの……?」


「うん。一ヶ月くらいはあったんだけどね。ネリーの力を持っておくと俺自身が危ないから預かるって、ラインディルが。どういう意味なのか俺には分からないけど」


「じゃあ、どうして、五百年も貴方は生きてるの?!」


「俺の過去を見たのなら知ってると思うけど、俺には二人の神の血が流れてる。ラインディルの話だと、その血がネリーの力で目覚めちゃったから、ほぼ神と同じくらい長生きになっちゃったみたいなんだ」


 苦笑いを浮かべ、カイは頬を掻く。


「まぁ、ネリーと一緒に生きていけるから俺は嬉しいけどね」


 そう言って、カイはネレヴェーユの右手を持ち上げ、口付ける。

 その行動にネレヴェーユは顔を一気に赤くする。


「さてと、俺も準備をしようかな」


「え? 何の準備をするの?」


「この長い戦いを終わらせる準備だよ。ネリー、すぐ戻るから小屋で待ってて」


「ええ。分かったわ」


 頷くネレヴェーユに小さく笑みを溢しながら、カイはレグラスがいる墓地の奥にある洞窟のような場所へ向かって歩いていく。

 カイの後ろ姿を見送り、ネレヴェーユは小屋の中へ入った。






 墓地を後にしたリフィーアは、叔父と従兄が住むウィンベルク公爵の屋敷へ向かった。

 屋敷へ向かうリフィーアの歩調はいつもより速い。

 叔父と従兄にどうしても伝えたいことがあるからだ。


「カイさんにはゆっくりでいいって言われたけど、私は、ウェル様を守りたい……」


 普段より速い歩調で歩きながら、リフィーアは呟く。

 ウェルシールを守る。

 その為には何が必要か。

 それを考えたら、すぐ答えが出た。

 叔父から聞いた話、先程見たカイの過去。

 辛いことがあったのに人に見せることなく笑うカイと、いきなり国王になり、必死に国王を務めるウェルシールを見て、覚悟が出来た気がする。

 ウェルシールを守る為に、ウィンベルク公爵を継ぐ。その理由は自分勝手かもしれないが、リフィーアには大事な理由だ。


「……もう、逃げていられないね。私も立ち向かわないと」


 叔父の屋敷に着き、門の前でリフィーアはぐっと手を握る。

 意気込んだ緑色の目を屋敷に向け、リフィーアは扉を開けた。

 叔父と従兄に自分の決意を伝える為に。


「叔父様、私決めました……!」


 叔父の部屋の扉を開けるなり、リフィーアは開口一番そう告げた。

 勢い良く扉を開け、リフィーアは部屋の中へ入る。

 入ると、叔父のマティウスが呆然とこちらを見つめた。


「どうしたんだ? リフィーア」


 書類を持つ手を止め、マティウスはリフィーアに笑みを向ける。


「あの……っ、叔父様……!」


「ん?」


 少しだけ首を傾げ、笑みを浮かべたままマティウスはリフィーアの言葉を待つ。

 その仕種がカイに少し似ていたことにリフィーアは気付いた。


(叔父様もカイさんに似てるよ……!)


 やはり長く一緒にいると似るのか。

 自分よりカイと付き合いが長い叔父にリフィーアは少し苦笑した。

 そう感じたお陰か、緊張していたリフィーアは少しずつ落ち着くことが出来た。

 リフィーアはゆっくり息を吸い込み、叔父と目線を合わせる。


「叔父様。私、ウィンベルク公爵を継ぎます」


 父リゼラードと同じ緑色の目で、同じく緑色の目のマティウスをリフィーアは見つめ、告げる。

 姪の言葉にマティウスは驚いたように目を何度も瞬かせた。


「……本当か? リフィーア。いいのか?」


「はいっ!」


「……公爵になるということは、今までと違って命を狙われるようになるんだよ。それでもいいのか?」


 マティウスの問いに、リフィーアはゆっくり頷いた。


「覚悟は、出来ました……。ウェル様やカイさんだけを危険な目に遭わせる訳にはいきません。ウィンベルク公爵の位を継いで、二人を守ります」


 真っ直ぐ叔父を見返し、リフィーアは告げた。

 その言葉を聞いたマティウスは静かに目を閉じ、頷いた。


「……分かった。やっぱり兄上似だな」


「え?」


「ウィンベルク公爵を継ぐと決めた理由だ。兄上は義姉上とウェルシール陛下のお父上、カエティス様を守りたいからという理由でウィンベルク公爵を継いだんだ。ウィンベルクの血なのかな……」


 息を吐き、マティウスは苦笑いを浮かべた。


「私も兄上と義姉上が亡くなった時、二人の忘れ形見のリフィーアと家族を守ると決めて、ウィンベルク公爵を継いだ。ただ、私はウィンベルク公爵の血を継いでいても傍系。直系ではないから、狙われることはほとんどなかった。だが、リフィーアは直系だ。本当にいいのか?」


「はい。いつまでも逃げる訳にはいきませんから」


 にっこりと柔らかく微笑み、リフィーアは頷いた。


「……分かった。では、リフィーア。おいで」


 そう言って、マティウスは立ち上がり、書棚に近付き、慣れた手付きで書棚から本を何冊か取り出す。

 すると、書棚が右へゆっくりと滑り移動した。

 その書棚があった場所の壁に、白いオーラを放つ剣が立て掛けてあった。

 それの鞘を掴み、マティウスはリフィーアに渡す。


「叔父様、これは……」


「ウィンベルクに代々伝わる剣だ。カエティス様が墓守りになり、三代目国王の魂と同化した負の集合体が封じられた後に、当時のウィンベルク公爵が当時のクウェール国王と一緒に作った剣だ。代々、ウィンベルク公爵当主に渡されているものだ」


 両手で受け取り、リフィーアはじっと白い剣を見つめる。

 剣はリフィーアを歓迎するかのように彼女の周りを包むように漂う。


「その剣の名は『白銀の鎮魂剣しろがねのちんこんけん』という。カエティス様が持つ強制的に浄化する剣と違って、その剣はその名の通り魂を鎮め、還す剣だ。使いこなせた者は魂を肉体に戻すことも出来ると言われている。だからか知らないがその剣も一緒に狙われている」


「白銀の、鎮魂剣……」


 小さく、剣の銘をリフィーアが言うと、応えるように白いオーラが動く。


「叔父様、私が持ってもいいのですか?」


「私よりはリフィーアが持っていた方がいい。その剣はウィンベルク公爵を守る。後でカエティス様のところに行くのだろう?」


「はい」


「それならリフィーアが持っておくべきだ。私は出掛ける予定はないから」


 穏やかに微笑み、マティウスはリフィーアに言って机に広げた書類を整えた。


「……さて。明日からリフィーアに公爵についてや仕事などを教えないとな」


「……あ」


 叔父の言葉に、リフィーアは苦い顔をした。

 ただ、なりたいという思いだけで勉強のことはすっかり忘れていた。

 リフィーアの苦い顔を見て、マティウスはニヤリと悪戯を思い付いたような笑みを浮かべる。


「サイラードにも話しておこう。嬉々としてみっちり教えてくれるぞ」


「あの、叔父様、それはちょっと……」


 従兄の喜びとみっちり教えてくれそうな様子を想像し、リフィーアは更に苦い顔をする。従兄のサイラードは勉強に関しては容赦がない。

 それを知っているリフィーアとしては出来れば、まだ優しい叔父に教えて欲しい。心の底からそう思った。


「ははは。まぁ、とにかく。今日は疲れただろう? この家で休みなさい」


 姪の表情で何を思っているのかを察し、微笑みながらマティウスは告げた。


「そうします。部屋に行きますね、叔父様」


 叔父から受け取った白銀の鎮魂剣を両手で抱えてお辞儀をして、リフィーアはマティウスの部屋を後にした。


「リフィーアの決意にカエティス様はどう思うかな。ウェルシール陛下もどうされるだろうか」


 リフィーアが出た扉を見つめ、マティウスは静かに呟いた。






 クウェーヴィア城に戻り、ウェルシールは足早に公務室に入った。

 その後をイスト、エルンストが続き、公務室に入る。


「ウェル様、どうされたのですか? いきなり城に戻られて」


 主君の突然の行動を疑問に思い、エルンストは尋ねる。


「したいことが見つかったんだ。ただ、その為にはちょっと書類がいるから用意しようと思って」


 質問に答えながら、ウェルシールは羊皮紙を机の引き出しから取り出し、羽根ペンにインクを付け、文章を丁寧に書き始める。

 ウェルシールがしたいこととは何なのか分からず、イストとエルンストの兄弟はお互いの顔を見合わせた。

 その間にも、ウェルシールは文章を書き終え、羊皮紙にクウェール王家の印章を押す。


「……出来た」


 書き終えた羊皮紙を見つめ、ウェルシールは小さく息を吐いた。

 ウェルシールが書いた羊皮紙を彼の背後からイストとエルンストは覗き込み、内容を読む。


「えっ……ウェル様?」


 内容を読んだイストが驚愕の表情を浮かべ、主君を見た。横ではエルンストも無言で兄と同じようにウェルシールを見ている。


「これが僕がしたいことだよ。カイさん、応えてくれるかな……」


 そう呟き、ウェルシールは公務室の窓から見える空を眺めた。

 空はカエティスの都の墓守りの髪と同じ赤い色をしていた。





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