序章 有り得ない邂逅
いつだっただろうか、神社へ行ったのは。
基本的に自分には信仰心なんてなく、ほとんど神社に寄り付くことなってなかった。
だが、毎年実家の名残からか、初詣にだけは足を運ぶようにしていた。近所の神社で、ほそぼそとお参りして帰るだけという単純なパターンだった。おみくじすら引くことなく、参拝だけして颯爽と帰るのがお決まりだった。
そして、ふと納得する。ああ、そうだ、今年も初詣には行ったんだった、と。それからは神社に足を運んだ記憶はない。
確か、その時も……。
記憶を遡って思い返したところで、自分が願ったことと言えばごく平凡なものであったはずだ。
『――今年も、平和に静かに、集中して作れますように』
たったそれだけ、だけどそれだけ。それだけ思ったはずだった。
人付き合いは昔から得意じゃなかったし、何より一人の時間を好んだ。
一人で没頭して、それを作っている時間が好きだった。
まだ目印しかつけていない、まっさらなキャンバスに模様をつけていく時間が至福のときであった。
自信をつけたかった。
何か特別な自分を見つけたかった。
何か誇れるようなものが欲しかった。
ようやくそれを見つけて、自分が自分でいられるものを探し出せて。
前へ進めた、そう思えてきたこの頃だったというのに。
綴穂希は目の前の光景に信じられないと頭を抱えた。いまだに持っていた趣味の道具を見て、危険だからという理由で元に戻す。ついでに現実逃避をしたいとばかりに目の前の光景から目を逸らした。
元に戻したことを確認して、視線を再度移す。現実逃避したくなる光景はいまだに変わっていなくて、頭から顔へと移した手で一度覆ってみるも、しっかりと感じる体温に現実感が増してしまった。
だが、どうしても信じられない穂希はポツリと思わず呟いていた。いや、零れ落ちたと言うほうが正しいだろう。
「……私はいつの間に寿命が尽きたんだ?」
答えがあるとは思えなかったが、つい問いかける形となっていた。
確かに日常的にストレスがなかったと言えば嘘になる。些細なことだろうと、ストレスはどこかしらで発生した。それでも、自分の身体は健康体だと、唯一の取り柄だったはずだった。
すると、問いかけられた目の前にいる原因となったものが微笑を称えながら優雅に応えた。
「いいえ、あなたのその命、まだ尽きてはおりませんよ」
笑みを浮かべているのは見目麗しい、長身の男。世で歩いていれば、数多の女性が振り返ることだろう。サラリと艶のある帳のような黒髪が揺れて、拐かすかのようであった。
だが、そんな男は一目見て普通じゃないと悟れるものだった。
穂希はじとっと男を見つめて。
「……いや、どう考えても、後光を背負った奴は現実的じゃないだろう」
呆れた声音で言い返したものの、穂希の声は弱々しい。なんだか妙に疲労感を覚えて、力が抜けてしまいそうだった。
脱力感がありながらも、穂希は対峙する。
そう広くない1LDK、自身の部屋であるそこで穂希は有り得ない邂逅を果たすのであった――。




