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第四幕 まっつぐなもの 其の一

捕らえられた二人の男は、やはり町人であった。

一人は大工、もう一人は櫛師である。


もっとも今は二人とも仕事についていない。

大工の男は与作、櫛師は伊造といった。


「あっしら、たしかに悪いことはしました。けれど、殺そうと思って殺したわけじゃあなかったんです」

与作は堪忍したらしく、女の死体のいきさつについて話し始めた。



死体の女は、博打の元締めであった。


派手な女でたいそう羽振りもよかった。

博打に負けた分はその女が気前良く貸してくれる。


博打にのめりこんでいた二人は女から借金を重ねて、あっという間に稼ぎじゃ手の届かないほどの額に達してしまった。


しばらくすると、女は手の平を返したように取立てを始めた。

仕事中に取り立てにきたり、家の前で待ち伏せたり、近所に触れ回ったりと容赦がない。

それだけでなく、少ない稼ぎを全部渡しても利息だなんだといって、肝心の借金は元のまんま減ることがなかった。


そうこうしているうちに女のやり口はどんどんひどくなっていった。


夜中に押しかけ大声で怒鳴ったりするので、近所からも白い目で見られるようになった。

挙句の果てに長屋からは追い出され、仕事も暇を出されてしまう。


「あまりにもひどすぎる」


自分でまいた種とはいえ家も失い仕事もなくなり二人は途方にくれた。


かくなるうえは、逃げるしかない。

そう思った二人は、できる限り遠くに逃げる算段をした。


しかし、逃げるにしても金はいる。

それに女にやられっぱなしというのも癪だった。


「あの女に一泡吹かせてやろうぜ」


櫛師の伊造は策を立てた。



あくる日、二人は酒と金を持って女のところを訪れた。


「言われる前から持ってくるとはいい心がけじゃないか。ご丁寧に酒まで持ってくるとはね」

女は上機嫌でそれを受け取り、二人はそのまま女の家に上がりこんで勺をした。


もともと酒が好きな女は二人のおべっかにもすっかり気持ちがよくなってつがれるままに飲み続ける。

一刻ほど飲み続け、すっかり酒瓶は空になってしまった。


酒がなくなると女はいびきを立てて寝込んだ。


二人はこのときを待っていたのだ。


与作と伊造は女の脇をそっとすり抜け、家財の物色を始めた。

寝込んだ女の懐から財布を取り出し金もとった。

長持ちから、高価な衣装や小物を選別し、風呂敷に包む。


「そろそろいくか」

もてるだけ持つと二人は逃げる準備を始めた。


慎重に間口へと向かうがその途中、女の異変に気付いた。


先ほどまで大きないびきをかいていたというのに、今はまるでその音がしない。

不安になり様子を見てみると、女は土色の顔をしている。


「おい、まずいんじゃないか」

慌てて女の脈や息を確かめるが、全く音がしない。


「し、しんじまった!」


強い酒だったせいなのか、女の体が限界まで壊れていたのかわからないが、とにかく女は戻らぬ人となってしまう。


これは、大きな誤算だった。

人が死んだら追っ手が嫌というほどつくはずだ。

そうなれば、やすやすと逃げられるはずもない。

二人は頭を抱えた。


考えた末、二人は女の死体がなるべく見つからないように川に捨てることに決めた。

川ならば酔った上の転落事故ととられるかもしれない、そういう期待もあった。


都合よく雨も降り始め、人通りはまばらだ。

「よし、いこう」

大八車に女の死体と盗んだものを乗せて、上から筵を被せる。


そして、人気のない道を選びながら大八車を押した。



途中で人が飛び出してきて車を止めることはあったが、なんとか川辺まで怪しまれずに付くことができた。


水の中へ女の死体を捨てて、もと来た道を引き返そうとしたときだった


「ねえ!櫛がねえ」


伊造が盗品の一つだった櫛を探して騒ぎ出した。


「櫛くらいどうだっていいだろう。それで足が付くわけでもないだろうし」

与作がそういうと、伊造は首を振る。


「足が付くかも知れねえ。あれはこの江戸でも一番腕の良かった櫛師の一点ものなんだ。俺がそこで奉公していたときにもらったものだ。見る人が見ればすぐわかる。そんで俺にたどり着くにちげえねえ。しかも、姐さんにこの櫛を取られたとき、姐さん、自分のものだって大層自慢してふれまわってたもんな。あの櫛だけはぜってえ、取り戻さないと」

伊造は言った。


二人は、もと来た道を戻ったが、櫛はどこにも落ちていなかった。


考えられるとしたら、ぶつかりそうになったときである。

あの時は随分踏ん張って車を止めたから、何か落ちてしまっても不思議はない。


しかも、ぶつかりそうになったのは女だ。

女なら落ちている櫛をねこばばすることだってありえるだろう。


二人は、翌日からその辻で沙代を探し始めた。


沙代はあっさりと見つかった。

しかし見つかったはいいが、武家の娘なので迂闊に手も出せない。


男たちは隙を見つけるために毎日つけまわした。

この前は襲えると思い追い掛け回したが、すんでのところで逃げられた。


そうこうしているうちに昨夕、侍を連れて竹林に入っていくではないか。

二人は焦った。


自分たちがあの川に死体を捨てたことがばれたと思ったのである。


幸い侍は一人である。

二人で得物を持てばなんとかなるだろう。


そう思った二人は、兵庫と沙代を襲いにかかったのである。



それから後のことは、一真も良く知っている。


全てを話した与作は、自分の罪の重さを認め覚悟を決めたようにうなだれた。



しかし、その一方で櫛師の与作は口をつぐんだままだった。

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