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      蛍の光 其の二

二人の男は町人のようだった。

しかし無精ひげが生えて髪も手入れがされておらずどうみても真っ当な人間には見えない。

手元には、長鳶口と小刀をそれぞれ持っている。


兵庫は、沙代を背にして刀を抜いた。


「何者だ!」

緊張のあまり声が裏返る。

向けた刀の先がわんわんと震えている。


「お侍さんに用はねえ。そちらの女を渡してもらおうか」

沙代を欲しがる言葉でつけまわし犯だと感づいた。


話が全然違うじゃないか。

なにしてるんだよ、一真も安次郎も。

心の中で二人に悪態をつく。


それでも沙代を守ろうと男たちに斬りかかった。


「やあっ」


上段の構えから大きく刀を振り落とす兵庫。

男たちは一瞬ひるむ。


しかし、振り落とした先に斬れるものは何もなかった。


どう目測を誤ったものか、男との距離は一間近くも離れている。

空を切り、振り落とした刀の先は地面に深々と突き刺さり、弾みで兵庫の体は宙に浮きあがる。


「ひえええっ」

叫びながら、兵庫はくるんと一回転して男たちの間に背中からどすんと落ちた。



男たちは一瞬何が起きたかわからず呆然としたが、兵庫が起き上がらないことを確認すると、沙代を土手の草むらへと連れ込んだ。


「やだあっ。放して、放してってば」

男たちは必死に抵抗する沙代を押し倒し体を押さえつけた。


「櫛はどこへやった」

男の一人が沙代に言う。


「櫛?知らない。何のこと?」

沙代はもちろん櫛のことは知るはずはない。


「とぼけんなよ。朱の櫛だ。雨ん中、お前がもっていったんだろう」

男たちは沙代の髪を掴んだ。


「本当に知らないってば」

悲鳴にも似たような声で沙代は言った。


「だったら、いつもは通らねえくせに何でこの場所にきたんだ。わざわざお侍を連れてきてよ。知ってんだろう」

男たちは沙代の首に小刀をあてて脅す。


ここに来たことも偶然のことだし、兵庫は護衛のためについてきただけだ。

沙代は泣きながらそのことを訴えるが、男たちは聞く耳を持たない。


「くそっ。いやまてよ。今、櫛を持ってるかもしれねえ。探せ」

そういうと男たちの無骨な手が沙代の体を調べ始めた。


手が沙代の懐に入る。

小袖の中も調べられる。

帯の間にも、着物の裾もめくって男の手が入ってくる。


「いやあ!やめてえっ」


沙代はありったけの声で叫んだ。



「しずかにしねえかっ」

慌てて男たちが口をふさいだ。


そのとき、男たちは周りの虫の音がしなくなっていることに気付いた。

そればかりでなく、周りの空気がひんやり冷えていくのを感じていた。


「何だあ?」

男たちは急に不安に襲われ辺りを見渡した。



振り向くと、そこには青白い怒りの気を発した一真が刀を抜いて立っていた。


「ひいっ」


恐ろしい剣幕の一真に二人の男は逃げ腰となる。


「お手柔らかにな。といいつつ俺も手加減できるかどうか・・・」

薄ら笑いながら安次郎も血管を浮き上がらせてその傍に立つ。


敵う相手じゃないと本能的に悟った男たちは、散り散りに逃げ出した。


一真は男の一人に切りかかった。


尋常じゃない速さと、殺気をみた男は固まって動けない。

刀の切っ先が男の着物の脇を突き破った。

そしてそのまま刀は廻りに生えていた竹に突き刺さった。


刺された瞬間、男は一瞬死を覚悟したが、着物は身を傷つけることなく貫通しており、無傷であった。

しかし、ほっとしたのもつかの間、男の体は竹に釘付けにされてしまい身動きが取れない。


目の前には、錯乱するくらい強い殺気を放つ一真がいる。


恐怖で引きつる顔に向かって一真は拳を振り下ろす。


「ぐわっ」

男の悲鳴が竹林に響いた。


安次郎は安次郎でもう一人の男を追いかけ、襟首を捕まえるとぐいっと引き倒した。

男は、派手に地面に転がる。


すかさず安次郎も馬乗りになって取り押さえた。


「い、命ばかりは・・・」

馬乗りになられた男はすでに戦意を失っている。

獲物を捨て、拝むように手を合わせる。

ふいに、安次郎が刀を地にさした。


「貴様なんぞで刀を汚してたまるか」

指をぼきぼき鳴らして、拳を見せ付ける。


「お、お助けをっ」

情けない声を出した男の顔を歯が折れるほどに殴った。



沙代はその騒ぎの中、這うようにして水辺のほうへ逃げていた。


土手の上では相変わらず殴る音と悲鳴が響いているというのに、水面は月をゆるゆると映すくらいに穏やかだ。

なおも、水辺に近づいていくと光るものが見えた。


黄緑の淡い光である。


「蛍?」


しかし蛍にしては飛ぶわけでもなく、光も弱い。

水の縁に集まってじいっとしている。


「何かしら」


沙代はぐっと身を乗りだした。

淡い黄緑の光が集まっている水辺には小さな島ができていた。


だがその小島が何でできているのかは暗くてよく見えない。

水の流れにゆらゆらとゆれているようにも見える。


「石ではなさそうだけど・・・」

沙代はさらにそれを見続けた。


黄緑の光の先にはもぞもぞ動くものがあった。

貝の群れのようだ。


さらにその貝の先をよく目を凝らしてみると・・・。



「ぎゃああああああ!」



夕暗闇の中につんざくような沙代の悲鳴がこだました。


その声を聞いて、殴られていた男たちは何かをあきらめたかのように放心した。


「おい、沙代。大丈夫か」

一真があわてて川辺に向かうと、沙代は硬直するように気絶していた。



それからは大騒ぎであった。


沙代が川辺で見たものは半分腐乱した女の死体であった。

その見分や捕らえた男達の聴取で三人は1日中、目の廻るような忙しさだった。



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