第三幕 蛍の光 其の一
その頃、沙代と兵庫は竹林の傍の川沿いを歩いていた。
空はもうだいぶ暗い。
「一真さんたち、遅いわね」
水面を見つめながら沙代が言った。
途中で沙代は二人がついてきていないことに気づいた。
あまり不安がらせてもいけない。
家のすぐ近くにまで差し掛かり、もう本当のことをいってもいいだろうと思い、兵庫は犯人を今捕まえにいっている最中であることを告げた。
沙代はそれを聞いて驚き心配するが、兵庫が二人の強さを力説した。
「あいつらは江戸で一、二を争う剣の腕の持ち主だ。今頃つるし上げてぼこぼこにしてるに決まってる」
二人が剣の使い手であることは沙代も知っており、つけまわしの心配がなくなったことには胸をなでおろした。
「よかった。これで安心して蛍狩りができるわ」
沙代は兵庫に微笑むと軽い足取りで駆け出し、兵庫に「早く早く」と手招きをした。
兵庫は兵庫でどっぷりと安心しきっていた。
剣の腕前が下の下の兵庫は、つけまわし犯が刀を持たなくても勝てる自信がなかった。
しかし、沙代を送ることにもう危険はない。
それに沙代の家までもう少しである。
ちょっと沙代の蛍狩りに付き合ったら後は一真に飯でも奢ってもらおう。
そんなつもりで呑気に構えていた。
そのため、兵庫は自分達をつけてくる怪しい影に全く気づかなかったのである。
竹林と道を挟んで土手がある。
土手には草が茂り、上ったばかりの月が水面にきらきら反射する様子が草の隙間から見える。
時々草の露に反射する光に惑わされるも、蛍はまだ出ていない。
「まだ、蛍には早いようだね」
苦笑しながら兵庫が言った。
「そうかしら。一匹、二匹は出てくるかもしれないわ。ちょっとまってみましょうよ」
そういって、沙代は手を後で組んだ。
心なしか鼻歌まで歌っているようだ。
「沙代ちゃんは蛍が好きなんだね」
「大好きっ」
沙代はそういった後、はっとしたように顔を赤らめた。
こんな可愛い妹がいればきっと毎日楽しいだろうな。
と、兵庫はその様子を楽しそうに眺めていた。
ふと、足音が近づいてきた。
「一真達かな」
兵庫は2,3歩足音のほうに歩いていく。
竹の陰になって誰かは分からないが、男が二人こちらに小走りに歩いてくるようだった。
「おい、こっち・・・」
呼ぼうと声を上げかけた兵庫は口をつぐむ。
二人の男の顔が竹の陰から出て月明かりにさらされる。
「誰?」
兵庫は小首をかしげた。