第二幕 子猫と少年 其の一
翌朝、一真達が沙代の家の前で待っていると「おまたせ」と沙代が満面の笑みで出てきた。
親戚のあやめから貰った高価な着物を着てうっすら化粧までしている。
「どうしたんだよ」
一真が驚いて聞いた。
普段はこんなに着飾る娘ではない。
「どうもしないわよ。さ、いきましょ」
と楽しそうに歩き出した。
一真達は用心して周りを見渡すが、つけられている気配は今のところ感じられない。
少し安堵しながら一真は沙代の後ろを歩く。
そこへ安次郎が一真によってきて耳打ちした。
「沙代ちゃん、恋してるぜ」
「は?誰に?」
一真は聞き返す。
「見てりゃ分かるって、恋する女の華やかさが出てる」
「だから誰にだよ?」
にやりと安次郎が笑う。
「そりゃあ、俺だろう。俺、もてるしな」
うんうんと、満足げにうなずく。
そんなわけがないだろう、と一真は心の中でつぶやいた。
しかし、沙代が浮き足立っているのは認める。
華やいでる様子も認めよう。
その恋とやらの相手は誰だ?
妹のような沙代の恋に一真は落ち着かなかった。
寺子屋まで何事もなく送り届け、一旦、一真の家に帰った。
3人はつけまわし犯が現れたときの対処を考えた。
万が一、犯人が現れた場合は、一真と安次郎が捕らえる役目を担う。
その間に兵庫が沙代を家に送る。
怯えるといけないので沙代にはこのことは気づかれないように実行するつもりだった。
夕刻、沙代が出てくるより先に一真達は寺子屋の前でまっていた。
沙代は朝よりも幾分緊張した面持ちだ。
昨日追われたのは帰りだったからだろう。
それでも沙代は楽しそうに一真達と歩いていた。
やがて辻に差し掛かった辺りから一真と安次郎はついてくる影に気づいた。
隠れているつもりでも、夕日で長く伸びた影まで隠すのは容易ではない。
「丸見えだな」
安次郎が小声でささやいた。
一真は兵庫に目で合図を送る。
兵庫はうなずき、沙代を連れて振り返ることなく歩いていく。
それを見計らい一真と安次郎は角に潜む人間に近づいた。