序幕 其の二
突然の雨に沙代はかけだした。
先ほどまでの晴天がまるで嘘のように一面が厚い雲で覆われ始め、見る見るうちに大粒の雨を江戸の城下に落とし始めたのだ。
雨はあっというまに乾いた地面に大きな水溜りをいくつも作り上げる。
沙代の行く手に大八車が見えた。
よほど急いでいるのか、かなりの速さで向かってくる。
沙代は走りながら道の裾へと避けた。
その時、目の端に動くものを捕らえた。
みると子猫が道の真ん中で心許なさげに震えている。
大八車は気づく様子もなくずんずん走ってくる。
このままではひかれてしまう。
沙代は思うが早いか道の真ん中に飛び出した。
同時にぬかるんだ道に足をとられ、道の真ん中で子猫に覆いかぶさるように転んだ。
「あぶねえ!」
大八車の男たちが止まろうと踏ん張った。
車輪が沙代の寸前でようやくとまった。
「ば、馬鹿やろう。気をつけやがれっ」
泥を被った沙代の頭の上から怒鳴る。
大八車は沙代を振り返りながら去っていった。
「あ~あ」
せっかくおろしたばかりの着物も、沙代の16になる愛らしい顔も泥水でぐしょぐしょだ。
手で払おうにもその手が汚れているので拭くことすらかなわない。
かたわらで「ミイ」と鳴く声がした。
「お前。無事でよかったね」
沙代は笑顔を取り戻し猫を高々と抱き上げた。
「ひとりぼっちなの?よかったら一緒においで」
そのまま猫を胸に抱いて帰る。
その一部始終をみている者がいたことに沙代は、ついぞ気づかなかった。