第六話 西の砦に向けて
「ありゃまあ。王都から出て行ってしまうのかい?」
「うん。西の砦に行くんだよ」
パン屋で大量に買い込んだ袋を抱え、マロンはにこにこと笑って答えた。
隣ではレインが、次々と買った品を手際よく鞄に詰め込んでいる。
「西の砦って、魔族領との境にある所だろう? どれくらいいるんだい?」
「分からないけど……もしかしたら、ずっとかも」
「王様も何考えてんだろうねえ。でもまあ、お前さんたちが行くなら、ここより過ごしやすくなるかもね」
「ちげえねえや」
居合わせた客たちが、どっと笑った。
「そういや、西の砦って、近くに村なんかあるのかい?」
「廃村だけど、あるみたい」
「へえ」
「ま、砦も今は無人だし。着いたらまずは大掃除だろうね」
「そりゃ大変だ!」
笑い声が続いた、そのときだった。
外から、怒号が響いてきた。
驚いて窓の外を見る。
「またかい……最近多いんだよ」
マダムは呆れたように腕を組んだ。
見ると、両手を縛られた獣人たちが馬車から引きずり下ろされ、躓いて地面に転がるものさえもいた。
「第二騎士団の連中、また獣人の村を襲ったみたいだね」
「……うん」
レインは短く頷き、獣人たちから目を離さなかった。
「あんなに奴隷ばっかり、必要あるのかね」
「……」
周囲には何台もの馬車が並び、次々と獣人たちが下ろされていく。
レインは、わずかに首を傾げた。
「……働けない人たちを攫ってくる意味、ある?」
若い男女だけではない。
歩くのもままならない老人、乳飲み子を抱えた者の姿もあった。
「それに……数が多すぎる気がする」
「ざっと見て、百人はいるね」
奴隷制度は存在するが、決して一般的ではない。
まして、これほどの数を一度に扱う理由が思い当たらなかった。
「気になっているんだろ?」
マロンが言う。
「赤ん坊や老人が、どうなるのか」
「うん」
レインは小さく頷いた。
連れて行かれる獣人たちの中から、赤子の泣き声が聞こえた。
——なぜ、赤子まで?
レインは、ただ黙ってその光景を見つめ続けていた。
「こちら、認定式用のお衣装になります」
聖女認定式を間近に控えたこの日、アネモネは衣装合わせをしていた。
「素敵ね」
聖女を象徴するような、光沢のある純白のドレス。
一目で高価だと分かる。
姿見に映る自分の姿に、アネモネは思わず頬を染めた。
背後では侍女たちが、丁寧に裾や背中を整えている。
「アネモネ様」
「なにかしら?」
「こちらは、認定式の装いには合いませんので……外していただいてもよろしいでしょうか?」
指摘され、アネモネは首元に手を伸ばした。
幼い頃、父からただ一つ贈られたネックレス。
——気づけば、ずっと身につけていた。
『お前に降りかかる面倒を、払ってくれるだろう』
そう言って、父は微笑んだ。
「……取らなきゃ、だめかしら?」
「王族の皆様もご出席なさいます。装飾品は、こちらからお選びください」
そう言って侍女は、豪奢な宝飾品を目の前に並べた。
どれも、見たこともないほど眩しい。
アネモネは、ネックレスの小さな石を指でそっとなぞった。
新しい義父とも関係は良好で、可愛がられている。
——なら、これは。
「……そうね。石も小さいし、古いものだもの」
少しだけ言い訳をする。。
「外しておいてちょうだい」
「かしこまりました」
侍女がネックレスを外し、ためらいなくゴミ箱へと捨てた。
ゴミ箱の中で、小さな音を立てて、ネックレスが転がる。
「……さよなら、お父様」
アネモネは小さく呟き、差し出された新しい装飾品に視線を移した。
その眩いほどの輝きに、ほんの一瞬、胸の奥が痛んだ気がした。
——きっと、気のせいだろう。




