第四話 第三騎士団
「ちょっとレイン? どうしたのよ、その顔⁉ 誰にやられたの?!」
ようやくたどり着いた第三騎士団の拠点。
受付のミミは、レインの腫れた頬を見た瞬間、救急箱を抱えて駆け寄ってきた。
「ちょっと……実家で」
「はぁ?! なんてことなの! 見せなさい、ああ……綺麗な顔が! 頬がこんなに腫れてる。頭も切れてるじゃない!!」
ミミは手際よく、レインの頭と頬に応急処置を施していく。
「皆は?」
「会議室に集まってる。深刻そうな顔してたから、多分重要な話ね。ほら、できたわ。あとは団長に治してもらいなさい」
「うん、ありがと」
大きなガーゼを貼りつけたレインは、ミミに手を振って会議室へ向かった。
「一体どういうことなの? 急に西の砦に行けなんて」
「王都の護りは必要ないってさ」
「はあ⁉ 馬鹿じゃないの? 魔獣の間引きは?」
「誰かやるんじゃない?」
会議室では、赤毛の女性と茶髪の少年を中心に、団員たちが集まっていた。
赤毛の女性はサーシャ。
平民出身ながら副団長を務める、屈強な鈍器使いだ。
茶髪の少年はマロン。
前髪を留めたマスコットピンがよく揺れる、第三騎士団では少し珍しい魔術師だ。
副団長補佐の肩書きを持つが、剣を握ることはほとんどなく、後方支援専門である。
彼らから少し離れた場所に、第三騎士団の団長が静かに座っていた。
「……ってあれ? レイン?」
マロンが気づく。
「あ、ただいま」
屈託のない笑顔で入ってくるレイン。
実家とは違い、ここは素の自分でいられる場所だった。
「レイン、おかえり……って、その顔どうしたの?!」
「怪我したの?!」
サーシャとマロンが駆け寄るより早く、セラがいつの間にかレインの前に膝をついていた。
「レイン」
静かに名を呼ぶ。
第三騎士団団長、セラ・ローシャン。
——そして彼は、この国の第一王子でもあった。
「どうしたのですか? その傷は」
セラはじっとレインの瞳を覗き込んだ。
「えっと、義父に……」
「……そうですか」
セラは穏やかに微笑み、自分の膝をぽんぽんと叩いた。
レインは素直にその膝に腰を下ろす。
「すぐに治します」
セラの白銀の髪がふわりと揺れ、触れた指先から滲むように魔力が溢れ出す。
その温もりに包まれるように、レインの顔の腫れはみるみる引いていった。
エルフの血を引くセラは、癒しの魔法を使える。
だがそれは、神殿にとっては〝神の力〟ではない。
認められるのは、純血の人族だけだった。
だから彼は、その力を第三騎士団の外で使うことはなかった。
「それで、何の話し合い?」
「新しい赴任先が決まったのですよ」
「え?」
レインの問いにセラは答えた。
「西の砦です」
西の砦。
魔族領と人族領の境に広がる《漆黒の森》のすぐ近くにある。
この国最西端に位置する砦だった。
「魔族の動きが活発だそうです」
「そんな話、聞いたことないよ」
マロンは首を傾げた。
「現在、西の砦は無人です。周辺の村も廃村になっています」
「どうして? もともと第二騎士団の駐屯地だったでしょ?」
「狩りつくしたからですね」
セラが淡々と言った。
「はっ。……反吐が出る」
サーシャは床に唾を吐くように言い、腕を組んだ。
第二騎士団は、魔族や獣人を〝国益〟の名のもとに狩る。
この国では、それが公然と行われていた。
そしてセラの母も、その『戦利品』だった。
「で、団長。誰を送るの?」
マロンの問いに、セラはレインの頭をゆっくりと撫でた。
「今決めているところです」
「レインは残留組でしょ?」
「えっ? なんで?」
レインは驚いてマロンを見た。
「ほら、一応エリック殿下の婚約者だし」
「……その婚約、昨日なくなった」
一瞬、空気が止まる。
ランタンの火が、ぱちりと音を立てた。
「は?」
「え?」
「?!」
「なに? そんなに驚くことかな? 妹が聖女になるから、婚約者を変更するって」
「聖女って……お前」
サーシャはぽかんと口を開けた。
「……なるほど。我々は体のいい追放ですね」
セラの瞳が、わずかに細められた。
「イヴァン団長の影響を、王都から消したいのでしょう」
「アネモネ嬢も英雄の娘だろう?」
「ええ。しかし聖女です。あとは外見ですね」
「確かに。レインはイヴァン様そっくりだもんね~」
マロンはレインの頬をちょんちょんとつついた。
「もしかして、エリック殿下が勇者とか言い出しはじめるかも」
マロンは笑いを堪える。
「勇者や聖女は役職だ。国王と神殿が任命すれば、ぶっちゃけ誰でもなれるだろうよ」
サーシャは鼻で笑った。
「そういえば……」
レインはぽつりと呟く。
「義父が、西に行って野垂れ死ねって言ってた」
「……なるほど」
セラはレインの頭に手を置いた。
「いいのではないですか。ここを離れれば、煩わしい輩もいません。今よりもずっと自由でしょう」
「うん」
レインは、セラの胸にぽてっと身体を預けた。
セラは何も言わず、レインの身体を優しく抱き寄せ、静かに頭を撫で続けた。




